最近珍しくオペラで昂奮(!)の夜をMETで過ごしてきました。
オペラに出かける前、いえ正確には同じ週の水曜夕刻にパバロッティが出演予定の「Tosca」2回のうち、1回を間際キャンセルして以来、メディアをにぎわしている、「パバロッティ、METでの最後のオペラ出演」と取りざたされているシーズンのクロージング ガラに関して、新聞紙上に関連記事が載らない日は無いといった連日の報道のなか、当日の土曜を迎えました。
その日は終日、夜のハラハラ、成り行きが心配で手に汗をにぎる舞台用に(近年のパバロッティ出演のコンサート、オペラの際にはいつもだが)エネルギーが必要とばかり、夜に備えてラクに過ごし、午後になって、今日もかの翁がインフルエンザで調子が良くなく、出演キャンセルの可能性が極めて高いこと、代りにMETがミラノから急遽若いテノールを呼んでいることを知り、ハラハラどころか、本人出演50%の可能性もないとんでもないリスク舞台(それも、シーズンフィナーレを飾る日で豪華ガラデイナーの夜です。 それを彼が大胆にもキャンセルできるか!と思い、3月にチケット買っていたのですが)な事実を知った訳です。 ちなみに、この春のロンドンのコベントガーデンでは、彼の母の死に直面したにもかかわらず、イタリアをとんぼ帰りし、無事オペラ出演を果たしていました。
が、しかし、果たしてやはり、マエストロ・パバロッティは7:10pmにドタンバのキャンセルをし、舞台上には支配人のMr. Volpeがライトを浴びて登場。 水曜のキャンセルの際にはひどいブーイングだったようで、それをふまえてか、今夜は例の’82年2月のスカラ座モンセラ・カバリエのキャンセル時(カラスの亡霊といわれている逸話のひとつ)の話を持ち出しました。
レナータ・スコット、ジュリエッタ・シミオナートが出て説得しようとしても観客が聞き入れず、ブーするのでスカラ座のその公演自体を取り消した話です。
彼曰く「ルチアーノに歌うのは駄目でも、舞台で挨拶しにくるだけでもと勧めたのですが、それも出来ないとのことです。 でも今夜は良いニュースがあります。 ミラノから昨日コンコルドに乗ってやってきた、イタリア人のテノール、サルバトレ・リチトラがカバラドッッシを歌います。」と紹介しました。
そして、幕が上がり、そのリチトラ登場。 33歳で今まで私がMETで見たなかで一番若いカバラドッシ。 既に体型はドミンゴばりの胴回りをして酒樽状態となっているのが、ちょっと気になりますが、やっぱり若いから可愛い感じ。トスカ役のマリア グレギーナが大姉御風だけれど、さすがにリードも上手にしてやり、盛り上げていました。 彼もベテラン相手に奮闘します。
カバラドッシ登場するや、すぐにあのアリアなので出足が気懸かりかと思いきや、あがっていない風で、難なく”Recondita armonia”を堂々と謡いあげて、拍手喝采。 しばらく止まらず。高音部の伸びがどのくらいまでなのかがちょっと気になりましたが、さすがやっぱり若い声の艶! 沸き上がる泉のような感じ。 これに気を当然良くして自信も出たでしょう。 2幕目の拷問後の、”Vittoria!”だけでも、いつもよりずっと長くひっぱって歌ったと感じたのは私だけでしょうか。「きっと、自分へのVittoriaの気持ちを込めて歌っているのだ」とさへ思えました。
そして、最後の幕は例の”E Lucevan le stelle”が、朗々と謡えて安心して聴いていられました。当然、また凄い拍手で場内制止状態。。。。
ちなみに、舞台セットはパバロッティ版で、豆キャンバスと城壁シーンのみでした。(ドミンゴ版はチャペルの壁に板組み階段を昇ってあがり、牢屋内から処刑場の城壁へは階段をあがる仕組みになっています)
この彼獲得にはMETでも、既に動いていて、2004~5年シーズンで全く同役でハウスデビュー予定だったらしくて、それが2年も早く転がり込んで来たわけです。 とにかく「来た、出た、歌った!」という印象。それも出来は上々。
少なくとも今夜の「ご祝儀相場」の観客には暖かくwelcomeされていました。
声はドラマチックテノール域なのでしょうが、低音部がきれいで(驚くべきか、パバロッティのそれと一部似て聞こえます)安定しています。 当然ながらパバロッティとは声質が違いますけど、豊かなイタリア声(シチリー出身の両親でスイス育ち)で、 デル モナコ、コレッリの声路線なのでしょうか。
とにかく、声のタンクが満タンという感じで、いくらでも出そうな勢い。 今夜パバロッティが出なくて良かったという印象です。出ていたら、きっと気を揉みながら、手に汗をにぎって、ちゃんと声が出るかなと心配しなくても良いだけでなく、同じ舞台を「老い」を感じながら悲哀の目で見ていたような気がします。後進(しかも同じイタリア人)に道を譲ってやって、その若い新人が成功を納めて、パバロッティにしたら良い役回りだったのかもと思えなくもないです。 比較するなら、人が良くて面倒見も良さそうなドミンゴなら、きっと病気でも舞台に出てきて、代役の新人を紹介したことでしょう。一切の舞台登場を拒絶したパバロッティには、また違う意味でカラスの強いアクとカリスマを思いださせるようなアーティスト伝説が生れるかもしれません。
「スター誕生」という意味では、この夜、間違いなく、アメリカのオペラ界では新星が出ました。