私のオペラとの出会いは10年あまり前にワシントンに在住するようになってか らのことだが、歌唱力、演技力、セット、衣装、オーケストラとあらゆる面での完成度が要求される複雑さにすっかり魅了されてしまっている。
大学院時代はルームメートと立ち見のチケットを入手する為に早朝からケネディー・センターに並んだりしたものだが、その後は友人の招待でオーケストラのよい席で楽しめるようになった。その友人がワシントン・オペラのロイヤーズ・コミッティーのメンバーである為、1月末の恒例のファンド・レージング・ディナーに出席する機会があった。
プラシド・ドミンゴがワシントン・オペラの芸術監督に就任した後、その運営費は随分増え、現在は年間予算2500万ドルを越えている。そのうち35%が寄付によって賄われており、ロイヤーズ・コミッティーも重要な役割を果たしている。 現在、同コミッティーの会長は財務省Comptroller of the Currencyのジョン・ホーク、副会長は私の友人を通じて知り合いになった前FDIC総裁リッキー・ヘルファーが務めており、百数名の会員がいる。政府勤務の弁護士と経験5年以下の弁護士は年会費350ドル、その他は750、1500、2500ドルの会員ランクがあり、ドレス・リハーサルやレクチャーへの招待など色々な特典がある。
ファンド・レージング・ディナーでは例年、オペラ出演者のアリアが聴けたり、各テーブルに座ったアーティストと話ができる他、普段はクライアントに対してさぞかし真面目な顔をしているに違いない弁護士がちょっとしたエンターテイメントを披露する。
この晩の目玉は最高裁判事をゲストにした、土曜のメトロポリタン・オペラのラジオ生放送の幕間に行なう「オペラ・クイズ」の真似だった。出席したのはルース・ベイダー・ギンズバーグ、アントニン・スカリア、スティーブン・ブライヤーの3氏。
このうち、ギンズバーグ判事とスカリア判事は特に熱心なオペラ・ファンで数年前の「ナクソス島のアリアドネ」で歌う場面こそなかったが、衣装もかつらもつけて脇役として出演したこともある。結腸癌手術後、放射線療法を受けているギンズバーグ判事の体調が心配されたが、この日は元気そうな姿を見せていた(後日、クリントン大統領の一般教書演説には体調不調を理由に欠席したギンズバーグ判事をはじめ、最高裁判事全員が欠席という異例の事態となったが)。さて最高裁判事がゲストということで、この晩のオペラ・クイズは当然、法律関係の内容となった。その一部をご紹介したい。
クイズ「誰をクライアントにしてどういう訴訟をするか」スカリア「リゴレットをクライアントとして、マントヴァ公ではなく娘を殺してしまった刺客スパラフチーレを契約不履行で提訴する。又、『魔笛』のザラストロは夜の女王を名誉毀損で提訴すべきだ」。ギンズバーグ「『フィガロの結婚』の侍女スザンナをクライアントに、アルマヴィーヴァ伯爵をセクハラで訴える。」ブライヤー「アルマヴィーヴァはスザンナの寝室を自分の寝室の隣にするなどこれは確かにホスタイルな職場環境と言える。私は『愛の妙薬』のネモリーノをクライアントとして、薬売りドゥルカマーラを詐欺で提訴したい」
集団訴訟についてはギンズバーグが「『ドン・ジョバンニ』に出演する女性全員を代表してドン・ジョバンニをセクハラで提訴する。スペインだけでも被害者は1003人いる。」と答えると、セクハラ訴訟のメリットを信じていないスカリアは「ドンと女性達の関係は同意に基づくものでりセクハラは成り立たない」と反論。思わず両判事の思想の違いを反映するやりとりとなった。一方、ブライヤーは「カルメンの煙草工場の働く女性を代表して最低賃金賃上げを求める。十分な給与をもらっていたら、カルメン達はアルバイトする必要はなかったはずだ」と述べた。
「誰がアシスタントによいか。」という問いに、スカリア「機転がきくドン・ジョバンニの従者レポレロがよい」ギンズバーグ「世知にたけているスザンナと婚約者のフィガロ、コシ・ファン・トゥッテのデスピーナがよい」ブライヤー「床屋のフィガロが働き者でよい」という答え。やはり働き者で機転がきくのがアシスタントの条件らしい。
「レンキスト最高裁判所長官の適役は何か」という問いにギンズバーグはすかさず、「当然、ギルバート&サリバンのミュージカル『イオランテ』。そもそも長官のローブの袖の金のストライプはそれからアイデアを得ており、衣装を新調しなくてすむ。」と答え、オペラ・クイズは終わった。
さて、このディナーでは例年、来シーズンが発表される前にそのラインアップが特別に紹介されるのだが、公言してはいけないことになっているので、ここではシーズン幕開けのドミンゴが出演するオペラは「パルシファル」だということだけご紹介する。もう何シーズンか前にメトロポリタン・オペラでドミンゴのパルシファルを観る機会があったが、当時でも無垢な若者を演じるのはちょっときつかった印象を受けたのだが、果たして59歳のドミンゴがどんな舞台を見せてくれるのか今から楽しみである。