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Animerica Extra 2003年 2月号の吉田秋生特集

by P.Duffield

Animerica Extraの読者の皆さんはBANANA FISHについては既によく知っていると思いますが、 吉田秋生にはこの大ヒット作以外にもたくさんの作品があります。1977年のデビュー以来、 吉田秋生は多くの作品を世に送り出し、いくつかの賞も受けています。また、デビュー以来ずっと 最も人気のある少女漫画家の一人であり続けています。人気を支えているのは日本の少女漫画に つきものの可愛らしさや花などではありません。吉田作品は一般の少女漫画よりも内容がシリアス です。

大人向きのテーマ

吉田作品はほとんどが少女漫画雑誌に発表されていますが、その内容はいつも多かれ少なかれ 現実世界のありのままの姿を映しています。BANANA FISHはベトナムで1人の米兵がドラッグ中毒の ため戦友を殺してしまうシーンから始まり、ニューヨークでの不審な連続自殺の捜査、路上での 撃ち合いへと続きます。普通の少女漫画の中でも悲惨な出来事はよく起こりますが、吉田作品の ような現実感を持っているものは稀です。BANANA FISHが描いたのはニューヨークでのストリート キッズやギャングの苦悩や抗争だけではありません。吉田秋生は警察のあり方と米国の司法制度の 複雑さを描くとともに、たとえば米国での子供の誘拐事件は多くの場合子供の監護権を失った方の親 によって引き起こされるというような社会的背景も承知した上で、現実に即してディテールを描き込 んでいます。こういった要素が、この複雑なプロットに現実感を持たせています。逆にいえば一般の 少女漫画によくあるファンタジックな軽い作品にはこのような要素は見られません。
吉田秋生の最初のシリーズは「カリフォルニア物語」で、これはニューヨークのソーホーを舞台と した、ヒースの心の旅を描いたものです。この物語はヒースのような若者が経験する貧困、堕落、 人種差別、精神の荒廃などを通じてビッグ・アップルの暗黒面を描き出しています。

「ラヴァーズ・キス」というタイトルからは熱い恋物語を思い浮かべるでしょう。たしかに、 この物語を構成する3つのパートはキスに象徴される「恋愛」に関するものです。けれどもここで 描かれている恋愛は登場人物の感情と同じくたどたどしくて込み入ったものです。各パートは別々の 登場人物の視点から語られており、その中に他の登場人物がからんできます。
最初のパートは里伽子の話です。彼女はかっこよくて人気者の朋章に熱をあげます。噂によると朋章 はいろんな女と寝まくっていて、ぜいたくなマンションに一人暮らしということです。しかしそれは 里伽子にはどうでも良いことでした。子供時代に教師にされた性的いたずらが彼女の心を混乱させ、 セックスと愛と恐怖がないまぜになっていたからです。朋章の実生活は皆が羨ましがるようなものでは ありませんでした。彼のクールな態度は生まれつきのものではなく崩壊した家庭が原因でした。
次のパートは鷺沢の話で、彼も朋章が好きです。彼は、好きな男が別の人間とかかわるのを見ている しかありませんでした。3つ目のパートは里伽子の妹の依里子の話です。依里子が好きなのはクラス メートの美樹で、美樹が好きなのは里伽子です。この蜘蛛の糸のように込み入った相愛図が予定調和 で都合よく解決されることはありません。現実の世界と同じで、登場人物達には人それぞれの 感情、憎悪があり、それが情況を複雑にするからです。この静かでメロドラマ的ではない激しさが 物語を現実的な重みのあるものにし、また読者を惹きつけ満足させるものにしています。

辛い過去

吉田秋生の作品においては、BANANA FISHのアッシュやラヴァーズ・キスの朋章のような、非情な面を 見せる登場人物がプロットの焦点であることがよくあります。彼らの若さに似合わぬ利口さを読者に 納得させるのは2人が過去に受けたトラウマです。アッシュが8歳の時に殺した相手は長期にわたり 彼を性的に虐待していた人間でした。朋章は、息子に執着することで浮気者の夫に傷つけられた心の 埋め合わせをしようとする異常な母から逃げようとしていました。このような悲劇的要素は物語の 最初の方には出てきませんが、話の進行につれて読者に明かされ、それが登場人物の魅力を倍化する ことになります。
夜叉の主人公の静の場合は違います。静を魅力的にしている「痛み」は最初の章に出て来ます。 彼が定期的に通院していたこと、周囲を警戒しすぎる独り身の母、異常に高い聴力。これらは読者の 興味をひきますが、静はあくまでも普通の男の子に見えます。やがて雨宮という冷たい目をして男が 現れ、静を連れ去ろうとします。静の母は彼を助けようとしますが彼の目の前で殺されます。 次の章は6年後の話になります。静は遺伝子研究所で煙草をプカプカ吹かす女好きの天才に成長 しました。読者は、何が起きたのか、あの男の子がどうすればロックスターのような雰囲気のかっこ 良い10代の博士になれるのか、と思うでしょう。これは彼のキャラをおもしろくしているもののほんの 一部分です。物語全体の中にはもっとたくさんの謎や読者の興味をそそるものがあります。

狡猾な敵役

吉田秋生の作品には必ず敵役が出るわけではありませんが、いくつかの作品には実に歪んだ性格の 敵役が出て来ます。BANANA FISHに出るマフィアのドン、パパ ディノは快楽主義の小児性愛者で、 麻薬の密売、児童売春、政治家の暗殺を資金源としています。彼の最大の動機は権力、金、復讐です。 彼が単に主人公を窮地に陥らせるために存在する二次元のキャラクターであるとは思えません。 ほとんどの場合、主人公達は彼の悩みの種にすぎません。彼は三次元の、実在する怪物のように思え ます。二次元のキャラクターがこれほど入り組んだストーリーの敵役を演じられるはずはないから です。このような複雑な敵役を創造するため、吉田秋生はストーリーをより骨太にするだけでなく 主人公達に深みを与えています。敵役は主人公の相手役であり、主人公と比較されるものだからです。
雨宮は夜叉の主な敵役の一人ですが、この物語最大の敵役は静の双子の弟、凛です。凛は、当初は 悪者に見えない点で、他の吉田作品の敵役よりも悪質です。凛は離れ離れになった後の久々の再開を 喜んでいる兄弟のように振舞います。静は自分が双子であることも弟がいることも知りませんでした。 一方、凛はすべて知っていて、自分の持ち札を次々に自分に有利に使います。まるで猫がネズミを弄ん でいるようです。
吉祥天女の主人公は謎めいて上品な美人の高校生です。小夜子は大変礼儀正しい、異常に鋭い直観力を 持った少女です。真面目な女子達は彼女が好き、不良っぽい女子達は彼女が嫌い、男子達は彼女を 畏怖しています。表面上、彼女は単に冷静なだけのように見えます。けれども友人に対する親切や 敵に対する脅しはごまかしのようにも思えます。彼女の動機は何なのでしょう? 答えは次第に明らか になって行きます。吉田作品中、最も身の毛のよだつ物語。



吉田秋生の漫画は1つもアニメ化されていませんが、「櫻の園」は映画化されました。「櫻の園」は 女子校の2人の生徒の間の静かな恋物語です。2人の隠された関係は学校でのアントン・チェホフの 戯曲上演の準備の過程で明らかになって行きます。チェホフが少女漫画のモチーフになっているのは 稀でしょう。医者、弁護士、退役軍人も少女漫画の登場人物としては珍しいかもしれません。 J. D.サリンジャーの作品中の生物に因んだタイトルをつけたり、知性的であることがかっこ良いと する作者ならではのことです。吉田秋生の少女漫画は一味違っていて、だからこそ彼女はこんなに 素晴らしいのです。



BANANA FISH のファンの皆さんは「プライベート・オピニオン」も読んでみてはいかがでしょう。 英二とアッシュそれぞれの何年か前の話が載ってます。ネタバレもありません。

Gacktという日本のロックシンガーはBANANA FISHの大ファンで、BANANA FISHにインスパイアされた 曲を書きました。


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