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Animerica Extra 2002年12月号の特集
"The Magnificent Ms. Moto Hagio" by P.Duffield

作品の多様性や少女漫画一般に与えたインパクトの大きさから、萩尾望都は手塚治虫に なぞらえられてきた。彼女は1960年代の終わりに少女漫画の世界に入った、尊敬の的となっている女性達の 一人である。少女漫画の創造が女性達の手に委ねられると、彼女達は少女漫画の可能性を追求し始めた。 萩尾望都はその可能性を極限まで追求し、SF、ファンタジー、時代物から現代物まで幅広い分野にわたり 内容も単純なロマンスから複雑なドラマまで、短編も長編も書いている。彼女は現代の漫画家のための 道を切り拓き、その作品の深さと豊かさは少女漫画に影響を与えつづけている。

萩尾望都の作品を読み始めるのはあたかも蜘蛛の巣に入り込んで行くようだ。行き詰まり、もつれた 展開を見せる複雑なストーリーに読者は夢中になり、登場人物に感情移入する。「残酷な神が支配する」 のイアンは、父と継母の葬儀の際、義理の弟のジェルミのつぶやきは母に先立たれた子供のものでは なく殺人者のものだと気づく。しかし、こんな傷つきやすい若者がどうして凶悪な犯罪を犯すことが できたのか? 話は何ヶ月か前に遡る。ジェルミの母はグレッグと婚約した。初めは何事もなかったが、 グレッグに言い寄られたジェルミが彼から逃げると、グレッグは婚約を解消した。サンドラは自殺を 図るほどショックを受け、グレッグが復縁を求めて来ることに望みをつないでいた。母を救うためには ジェルミはグレッグの性的奴隷となるほかなかった。暴君の例にもれずグレッグはジェルミの 生活を完全に支配しようとし、ジェルミに友人達との関係を絶つように求めた。イアンを含む グレッグの家族がストーリーに絡んで来ると話はさらに複雑になる。残念ながら、読者としては ジェルミが車に細工してグレッグと母を死に追いやってしまう日を待たないわけには行かなくなる。
少年愛を扱った作品を最初に書いた漫画家という通念通り、萩尾の作品では男が主人公の 場合が多い。ヨーロッパの男子校を舞台にした「トーマの心臓」は、トーマの死によって衝撃的に話が始まる。 事故死と考えられたが、委員長のユーリは彼を愛するためトーマが自殺したことを匂わせる手紙を 受け取る。物語はこの謎を解いて行く。「トーマの心臓」は愛と信仰と犠牲をテーマとし、 更に大人になることの難しさが絡んだ複雑な話であり、少女漫画史において画期的な作品と 位置付けられている。
「トーマの心臓」という作品があるにもかかわらず、萩尾作品は少年愛と本物の男性同性愛とは どう違うのかの際立った例証である。人間関係は大抵他の事柄と絡んでいる。古典的SF「11人 いる!」の中で、学生のフロルの故郷の星では人々は第二次性徴に達するまで性が分化していなかった。 フロルは宇宙大学の試験に合格して男になりたかったが、主人公の男子学生に対する恋心が芽生える。 「マージナル」では地上には男ばかりで、たった一人の女が子供を産んで種族を維持している。 「A-A'」の一角獣種は感情の乏しい遺伝変異種である。型にはまったロマンスはまずない。
萩尾作品のキャラは注目に値する。アン・ライスのレスタトよりずっと前に、「ポーの一族」の 主人公のエドガーが登場した。美形のポーツネル一家は最近町に越してきた。ホテルの食堂で メリーベルが失神したとき、一家はその町の2人の医者と知り合いになる。ハンサムなクリフォード 医師はその一人だった。エドガーと「父」の言い争いのシーンで彼らの秘密が明らかになる。彼らは バンパネラで、一族に新しい血を加えるためにこの町に来たのだった。エドガーは永遠に14歳の 少年のままで、この残酷な事態を招いた人々の息子を演じている。それゆえにエドガーは14歳の 少年としては大人すぎる目をしているのであり、かわいい妹のメリーベルにしか恐れも愛も抱かない のである。
「ポーの一族」やヒンドゥー神の出る「百億の昼と千億の夜」のように明らかに空想的な作品もあるが、未来を舞台にした ものでも萩尾作品のほとんどはファンタジーの性格を持っている。土星の輪、プロキシマの閃光、火星での カイト・レースなど、一角獣シリーズは萩尾の絵とストーリーによって不思議な魅力を持ったもの になったSF的イメージに満ちている。このシリーズの中心である一角獣種は、エルフや妖精のように ほっそりした、この世ならぬものである。「マージナル」は主に近未来の地球が舞台の話だが、馬や駱駝、 刀や弓が出て、未来よりもむしろ中世を感じさせる。
雪の降る、詩のように静かな「トーマの心臓」のオープニングは激しい感情の発露をイメージ豊かに 描いた物語の前触れである。萩尾望都は、あまり空想的ではない作品の中にでも天使的なものから 悪魔的なものまで幅広いファンタジーの要素を必ず織り込んでいて、作品の質を高めるのに効果を あげている。
人をひきつける、深みのある心理ドラマは萩尾望都の魅力の1つだが、それになくてはならない 要素は「暗い秘密」である。ダンサーの生活は競争が激しくて苦労が多いものだが、 「ローマへの道」のマリオの凶暴さはそれだけでは説明がつかない。彼はトラウマを克服して バレエに打ち込むため、自分の過去を知り謎を解くことが必要だった。「海のアリア」では、 コリンの双子の兄アベルは海で行方不明になった後戻って来たが、記憶喪失だけでは説明の つかない変化があった。アベルは謎の新任音楽教師ともつながりがあった。この謎解きは ストーリー中に数ある秘密のほんの一部を明らかにするにすぎない。
萩尾作品の影響は後続の漫画家の作品中に無数に見ることができる。少女漫画の中の恋愛は 乗り越えられそうもない障害を伴うものが多い。渡瀬悠宇の「ふしぎ遊戯」の美朱と魏の恋を 阻むのは2人の気持ちや周囲の人々の気持ちではなく、美朱の朱雀の巫女役と魏が本の中の 登場人物だという事実である。
過去に秘密を持つ、心を動かす謎めいたキャラは少女漫画につきものである。ビーパパス・さいとうちほの 「少女革命ウテナ」も物語が進むにつれて解き明かされる登場人物達の秘密や謎がなければこんな 人気作品にはならなかったろう。少女漫画ではシリアスな現実的設定より、軽い空想的な話の方が が多くなっている。田村由美の「シカゴ」は、この世のものとは思えないシーンを使って 胸を刺すような感情をメロドラマ的にならずに強調してる。萩尾望都が後輩の少女漫画家に 与えた影響を見つけるのは簡単だが、同じ要素を彼女と同等のスキルで、同じように効果的に 使っている漫画家はあまり多くない。
女性が描いた最初のSF漫画「11人いる!」のアニメ "They Were Eleven" のビデオは米国のCentral Park Mediaから出ていて購入できる。「A-A'」の英語版は Viz communications から出ている。「A-A'」はハードなSF的要素と社会の進化、人間の感情という 要素を巧みに結びつけた作品である。
この記事の中で紹介した萩尾作品は、膨大で多様な日本語で読める萩尾作品の中のほんの一部にすぎない。 彼女の作品は探し出して読む価値がある。それは萩尾望都が現代の少女漫画を築いた漫画家の一人であるという 理由だけではなく、人をひきつける話を名人芸で丹念に描いているのが萩尾作品だからである。










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