ここでは大学院修士課程の入試問題を鑑賞しよう。
行列 `M` に対し,その転置行列を`{::}^(\ t)M` で表す.次のすべての問に答えよ.
(A) `n` 次実正方行列全体のなす実ベクトル空間 `M_n(RR)` の線形変換 ` f : M_n(RR) -> M_n(RR)` を
`f(X) = 1/2 (X - {::}^(\ t)X)`
により定める.以下の問に答えよ.
(1) `f @ f = f ` を示せ.
(2) `f` の固有値は 0 と 1 であることを示し,それぞれの固有値に対する固有空間の次元を求めよ.
(B) `V` を3 次元複素線形空間とし,`{bb(a), bb(b), bb(c)}` をその基底とする.`f : V -> V` は線形変換で
`f(bb(a)) = 3bb(a) + bb(c), quad f(bb(b)) = 2bb(a) + bb(b), quad f(bb(c)) = -bb(a) + bb(b) - bb(c)`
を満たすとする.以下の問に答えよ.
(1) 基底`{bb(a), bb(b), bb(c)}` に関する `f` の表現行列 `A` を求めよ.
(2) `f` の表現行列 `A` のジョルダン標準形 `J` と`P^(-1)AP = J` なる正則行列 `P` を求めよ.
(C) A を`m times n` 実行列とし, 線形写像 `f_1 : RR_n -> RR_m` を
`f_1(bb(x)) = A bb(x) (bb(x) in RR_n)`
により定め,また線形写像`f_2 : RR_n → RR_n` を
`f_2(bb(x)) = {::}^(\ t)A A bb(x) ( bb(x) in RR_n)`
により定める.以下の問に答えよ.
(1) `Ker f_1 = Ker f_2` であることを示せ.
(2) 任意のベクトル `bb(b) ∈ RR_m` に対して,`bb(x) in RR_n` に関する連立一次方程式 `{::}^(\ t)A A bb(x) = {::}^(\ t)A bb(b)` は解を持つことを示せ.
(A) の最初の問題を見て、どうにも手掛かりがなくて弱った。しばらくして、ベキ等ということばが天啓に導かれてひらめいた。 行列 `A` を `n` 次正方行列とする。`A` がベキ等行列であるとは、`A^2 = A` であることをいう。 ベキ等(冪等)とは英語で idempotent という。
さて、ひらめいたぐらいで先に進めるわけがない。`f @ f = f` であることを示すにはどうしたらいいのだろうか。 考えてみたら `f` を表す行列を `A` とすれば、`A = 1/2 (X - {::}^(\ t)X)` であるから、`A^2` を計算すればよいのではないか。ではやってみよう。
`A^2 = 1/2 (X - {::}^(\ t)X) * 1/2(X - {::}^(\ t)X) = 1/4 (X * X - {::}^(\ t)X * X - X * {::}^(\ t)X + {::}^(\ t)X {::}^(\ t)X) `
これから先、簡単になる気がしない。よって、ここで休憩する。
(B) の問題で気になるのは、表現行列ということばだろう。 手持ちの本で、表現行列の定義について書かれているものを探してみた。 有馬・浅枝の演習書にはある。これを参考にしよう。
`A = ((3,0,1),(2,1,0),(-1,1,1))`
ジョルダン標準形については別に調べる。
(C) の問題は、いわゆる正規方程式の問題である。統計学で最小二乗法を解くときに頻出する(数値解析の観点からは誤差に弱いという点があるが、 それはここでは述べない)。
3 次正方行列 `A = (( 7, 1, -4), (-4, 1, 3), ( 8, 2, -4)) ` を考える. 次の問に答えよ.
(1) 行列 `A` の固有値2 に対する固有ベクトルを1つ見つけよ.
(2) 3 次正方行列 `B` が `AB = 2B` を満たすならば, `B` の3つの列ベクトルはそれぞれ零ベクトルか,
あるいは `A` の固有値2 に対する固有ベクトルであることを示せ.
(3) `A` の転置行列 `{::}^(\ t)A` の, 固有値1 に対する固有ベクトルを1つ見つけよ.
(4) 零行列でない3 次正方行列 `B` で `AB = 2B,BA = B` を満たすものを1つ求めよ.
(5) `A` の固有多項式と固有値を求めよ.
(6) `A` のジョルダン標準形を求めよ.
(7) `E` を3 次の単位行列とする. `V` を3 次実正方行列全体がなす線形空間とし, 線形写像 `varphi : V -> V `
を `varphi(C) = (A - E)^2 C` により定義する. このとき `varphi` の核 `"Ker "varphi` の次元を求めよ.
固有値に対する固有ベクトルはこれらの定義から求められるはずなのだが……
(1) 固有ベクトルの一つを、`((x), (y), (z))` とする.固有値と固有ベクトルの関係から、次の式が成り立つ.
` 7x + y - 4z = 2x`
`-4x + y + 3z = 2y`
` 8x + 2y - 4z = 2z`
それぞれ整理して
` 5x + y - 4z = 0`第 2 式と第 3 式は同じである。第 1 式と第 2 式を辺々足すと `y` が消去でき,次の式が得られる.
` x - z = 0`
この式から、たとえば、`x = 1, z = 1` ととればよい。y は第 1 式から `y = -1` となる。これは第2式、第3式も満たす。よって、
`((x), (y), (z)) = ((1),(-1),(1))`.
[1] `f : RR^3 -> RR^3` を
`f((x), (y), (z)) = ((y), (z), (-aby + (a+b)z))`
によって定義される `RR^3` 上の線形写像とする.(ただし `a, b` は正の実数とする.)
(1) `RR^3` の基底[1] 変数 `x` に関する `n` 次以下の実多項式のなすベクトル空間を `V_n` とする.実数 `a, b` に対して,写像 `F_(a,b) : V_n → V_n` を
`(F_(a,b)(f))(x) = f(ax + b) (f ∈ Vn)`
で定める.さらに,`f, g in V_n` に対して,
`(f, g) = int_(-1)^1 f(x)g(x)dx`
と定義する.
(1) ベクトル空間 `V_n` の次元を求めよ.
(2) 写像 `F_(a,b)` は `V_n` の線形変換であることを示せ.
(3) 上に定義された( , ) は `V_n` 上の内積であることを示せ.
(4) `n = 1` のとき,`V_n` の正規直交基底を一組求めよ.
(5) `n = 1` のとき,(4) で求めた基底に関する変換 `F_(a,b)` の表現行列を求めよ.
(6) `n = 1` のとき,`F_(a,b)` が直交変換となるような `a` と `b` の組をすべて求めよ.
大学時代に線形代数を学んでいて驚いたことは、行列の成分に多項式が出てきたり、内積に積分が出てきたりしたことだった。 これは、高校のベクトルや行列から類推していたことが誤っていたということだった(高校のベクトルや行列がまちがいだった、というわけではない)。 線形代数を学ぶうち、要素は数だけではないこと、ベクトル空間というのは数の並びだけではないこと、 数を並べただけではベクトルということはできないことなどを身に着けてきた。 この問題を見て、そんな学生時代を思い出した。
(1) ベクトル空間 `V_n` は `n+1` 次元である。基底として `1, x, x^2, cdots, x^n` をとることができる。
このページの数式は MathJax で記述している。