線型代数の教科書。なお永田氏は代表著者であり、奥付を見ると著者は計 21 人に上る。 ジョルダン標準形について記載されている。スペクトル分解についての記載はない。 各章のあいだに問が、また章末には演習問題と雑題がそれぞれある。略解が付されている。 参考文献の記載はない。
理系といってもいろいろな切り口がある。まず、文科系と理科系という大きな2枠を切り口として、後者を理系という場合がある。 科学一般を、人文科学、社会科学、自然科学と3種類に分けることがあり、この自然科学も理系といえるだろう。 これらの理系の中で、大学学部に相当するさらに細かな分け方がある。つまり、理学、工学、農学、医歯学、薬学である。 ここでいう理系とはこの範疇の理学、それもさらに理論よりの数学や物理学を指すものではないか。 というのも、抽象数学の高みを目指しているような書き方がなされているからだ。
最初は複素数から始まる。それはよいとして、pp3.-4 でいきなりカリグラフ体が出てくる。
次の,特別な形の2次の正方行列の集合を考える。
`cc C = {((a, -b),(b, a))| quad a, b in RR}`
`E = ((1, 0),(0, 1)), quad J = ((0, -1),(1, 0))`
`cc C` が `C` のスクリプト体だなんて、誰もわからないのではないか。
複素数には実体がある。それを表すために二次行列を使って導入している。つまり、二次行列の演算については既知であることを前提に書かれている。 著者らは、当時の高校数学の過程では二次行列について履修している、と考えたに違いない。 実際にはどうか。この本の第1刷は 1986 年 12 月 24 日、私がもっている版は 2001 年 7 月 26 日の第 11 刷である。 指導要領によれば(以下西暦とする)、1982年4月に施行された高校数学では「代数・幾何」に、行列に関する取扱いがある。 また、1994年4月に施行された高校数学でも「数学C」に、行列に関する取扱いがある。
ということは、行列はやっていたということだ。その後の、2012年4月施行された高校数学では行列に関する取扱いはなくなった(理数科除く)。
初歩からの線型代数の教科書としては珍しく、Grassmann 代数や、代数的構造(多項式環など)の項目がある。p.169 から引用する。
可換環 `R` の要素 `a` に対し、`0 != b in R` によって `ab = 0` となることがある場合,`a` は零因子であるという. 0 以外に零因子をもたないような可換環をとくに整域という.整数全体の集合 `ZZ` は整域であり,整数環という.
これはまったく代数学の本である。代表著者の永田雅宜は「可換環論」の著者であることは知ってはいるが、 線形代数からは遠いところに来てしまった。少し飛んで p.198 を見てみよう。ここで `R` は可換環である。
`a_1, a_2, cdots, a_s in R` のとき,
`Ra_1 + Ra_2 + cdots cdots + Ra_s = {x_1a_1+cdots cdots+x_sa_s | x_1, cdots, x_s in R}`は `R` のイデアルであり,このイデアルを `a_1, cdots, a_s` で生成されたイデアルであるといい,`a_1, cdots, a_s` はこのイデアルの生成元であるという. とくに,一つの元 `a` で生成されたイデアル `Ra` を単項イデアルという.`R` のイデアルは単項イデアルとは限らないが, とくに `R` のすべてのイデアルが単項イデアルであるとき,`R` は単項イデアル環,さらに `R` が整域ならば単項イデアル整域という.(後略)
うう、定義が多すぎる。次のページを見よう。
整域 `R` の 0 でない各要素 `a` に対して,自然数 `rho(a)` が対応していて,次の条件がみたされるとき,`R` は Euclid 整域であるという:
`a, b in R, a !=0` ならば,適当な `q, r in R` により `b = qa + r`,かつ,`rho(r) lt rho(a)` または `r = 0`
わからない。Euclid とあるのは、ユークリッド互除法を思わせる要素の決め方だからなのだろう。引用ついでに、p.200 から引用しよう
定理 6.9.4 Euclide 整域は単項イデアル整域である.
証明 Euclid 整域 `R` の任意のイデアルを `cc A` とするとき,`cc A = {0}` ならば `cc A` は単項イデアル `R0` ゆえ,`cc A != {0}` とする. このとき `{rho(a) | 0 != a in cc A}` は自然数の集合であるから最小値がある.その最小値を与える `cc A` の要素を `a_0` とする.`Ra_0 sube ccA`. 次に,`b in cc A` ならば,`b = a_0q + r (varphi (r) lt varphi(a_0) "または" r = 0)` となるから,`rho(a_0)` の最小性により `r = 0` . ゆえに `b in Ra_0`.ゆえに `Ra_0 = cc A`.
この証明を見ると、`varphi(*)` がどこから出てきたのか気になる。ひょっとして `varphi(*)` は `rho(*)` のことなのだろうか。
すべての用語に英語表記が与えられている。当然、外国の数学者を関している用語が多いのだが、
人名由来であることから大文字で始まっているのがほとんど(例 : Cramer の公式、Euclid 整域など)、
なぜか Hermite 行列の英語名が hermite matrix と小文字で始まっている。
ただ、他の本でも、文献欄に G. Shimura, Invariant differential operators on hermitian symmetric spaces, Ann. of Math. 132 (1990),
237-272
のように小文字で始まっているので、そういうものかもしれない。
別の本でもエルミートの形容詞形を hermitian で表記する例があった。
演習問題を解いてみることにした。p. 47 第1章の演習問題にある、1.1 の 1. だ。
`((1),(0),(-i)), ((1+i),(1-i),(1)), ((i),(i),(i))` は `CC^2` の基底をなすことを示せ.また,
`((1),(0),(-i))` をこれらの一次結合として表せ.
基底はわかりそうだが、具体的にどうしたらいいのかわからない。p.210 の「問題の略解・ヒント」を見ると、
基本ベクトル `bbe_i` (i = 1, 2, 3) を,この三つのベクトルの一次結合として表せ.
とある。そこで、ヒントの方針で考えることにした。
問題文の各ベクトルをそれぞれ `bbp, bbq, bbr` とする。
まず、前半である。
`bbp + bbq + bbr = ((2+2i),(1),(1))`
である。また、
`i bbr = ((-1),(-1),(-1))`
である。よって、
`bbp + bbq + bbr + ibbr = ((1+2i),(0),(0))`
となる。この両辺に `1/(1+2i)`を乗じれば、右辺と左辺と交換して、
`bbe_1 = 1/(1+2i) (bbp + bbq + (1+i)bbr)`
となり、`bbe_1`を `bbp, bbq, bbr` の一次結合で表した式が得られる。
次に、`bbe_3` を求める。視察により、
`bbe_3 = i(bbp- bbe_1)`
である。右辺に`bbe_1` の式を代入すればよい。
`bbe_3` |
` = i/(1+2i) ((1+2i)bbp - bbp - bbq - (1+i)bbr)` `=1/(1+2i) (-2bbp - ibbq + (1-i)bbr)` |
残る `bbe_2` であるが、`bbe_2 = -ibbr - bbe_1 - bbe_3` から計算する(後半で述べる)。
(2019-12-20)後半の問題について、`((1),(0),(1)) = bbe_1 + bbe_3` であるから、これを計算すればよい。
`bbe_1 + bbe_3` | `=1/(1+2i) (bbp + bbq + (1+i)bbr) + 1/(1+2i) (-2bbp - ibbq + (1-i)bbr)` `=1/(1+2i)(-bbp+ (1-i)bbq+2bbr)` |
残した問題である `bbe_2` は先に述べた式から計算する。
`bbe_2` | `= -ibbr - bbe_1 - bbe_3` `=1/(1+2i) (bbp+(i-1)bbq-ibbr) ` |
行の欄の↑は下から n 行目の意味である。矢印がないのは上から n 行目を表す。
ページ | 行 | 誤 | 正 |
---|---|---|---|
160 | 9 | 予盾 | 矛盾 |
本書は線型代数の教科書として一定の評価を得ているようだ。長谷川浩司「線型代数」では本書を、
論理が透明であ
ると評している。
数式はMathJax を用いている。
書名 | 理系のための線型代数の基礎 |
著者 | 永田 雅宜(代表著者) |
発行日 | 2001 年 7 月 26 日 第 11 刷 |
発行元 | 紀伊國屋書店 |
定価 | 2600 円(税別) |
サイズ | |
ISBN | 4-314-00475-4 |
NDC |
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