伊理 正夫:線形代数I

作成日:2012-01-17
最終更新日:

概要

著者曰く、線形代数の入門書としての役割を担うとともに,線形代数を道具として使う人達にとっては, いつまでも有用なマニュアルとしても役立つようにと,やや欲張った目標を置いて執筆した(後略)

第1分冊では行列と行列式の具体的な操作技術に当てている。

感想

まえがきには、鄧小平の「白猫黒猫論」に模していえばという叙述があり、驚く。 数学の本なのに、なぜこんなことを書くのだろう。その後を読んで、なるほどと思う。

§1.14(75ページ)で、注意1.14.15で、「具体的な分解手続きを書き下すのはもうわずらわしいから省略する.」とある。 この「もう」ということばがいい。

交代化演算と行列式の導入

本書では、§1.5 で交代化演算を導入し、その結果をもって§1.6 で行列式を定義している。 さて、交代化演算のところで見慣れない記号が出てきてとまどった。 たとえば、p.14 で、交代化演算のもつ諸性質が (i) から (v) までのべられているが、そのうち (i) は次の通りである。

`a_( j_1)^([i_1:}) cdots a_(j_r)^({:i_r]) = a_([j_1:})^(i_1) cdots a_({:j_r])^(i_r) = a_([j_1:})^([i_1:}) cdots a_({:j_r])^({:i_r])`

[ と ] の対応は添字に作用するのだが、その中に成分 `a` が入ってきて私には気持ち悪かった。その気持ち悪さを解きほぐさないといけない。

まず、行列`A=[a_(ij)]`の`(i, j)`要素を`a_j^i`と記すことがある、という注意がある。 この記法は、交代化の手続きの表記が混乱しないようにするためである。

次に交代化の定義である。 `i_1…i_r`の順に添字が並んでいる式`F_(i_1…i_r)`に対して、 `F_(i_1…i_r)`をこれらの添字に関して交代化するとは、`F_(i_1…i_r)`から

`F_([i_1…i_r]) = 1/(r!)sum_(j_1=1)^n…sum_(j_r=1)^n epsilon_(i_1…i_r)^(j_1…j_r)F_(j_1…j_r)`

を作ることをいう。では`epsilon_(i_1…i_r)^(j_1…j_r)` は何かというと、 `(i_1…i_r)`の置換`(j_1…j_r)`の符号である(詳細省略)。具体的には、

`F_(123)=1/6(F_(123)+F_(231)+F_(312)-F_(213)-F_(132)-F_(321))`

である。ここまでくると、なんとかわかりそうである。先の諸性質のうちの (i) の左辺は次のことを言っている。 ただし、`r = 3` とし、辺々 `r!` 倍する。 また、`(i_1 cdots i_r)`と`(j_1 cdots j_r)`をどちらも123とした。

`6a_(j_1)^([i_1:}) cdots a_(j_r)^({:i_r]) = a_1^1a_2^2a_3^3 + a_1^2a_2^3a_3^1 + a_1^3a_2^1a_3^2 - a_1^2a_2^1a_3^3 - a_1^1a_2^3a_3^2 - a_1^3a_2^2a_3^1`

この右辺を見るとなんとなく行列式っぽい気がする。事実、次の節では行列式を交代化演算の記号[]を用いて表示している。 違和感は残るが、その気になれば個別展開すればいいということがわかり、ここで心を収めることにした。

なお、いくつかの複雑な式を ASCIIMathML で表示するには工夫が必要だった。 その工夫については ASCIIMathML の「工夫が必要な表現」を参照してほしい。

パフィアン

§1.8 にパフィアン(Pfaffian)が述べられている。 パフィアンについてはたしか学会誌「応用数理」で見た覚えがあるが、どう応用されるのだろうか。 ここでは、偶数次の反対称行列のときに det A がある式の二乗になる。その式を A のパフィアンという。 広田良吾氏によれば、パフィアンは結合型ソリトン方程式の N-ソリトン解の表現ではなくてはならないものである、ということだが、 私にはよくわからない。

パフィアンは偶数次(n=2m次)次の反対称行列(交代行列)に対して、次で定義される。

`tt(Pf) A = (n!)/((n/2)!2^(n//2)) a_([12:})a_(34) cdots a_({:n-1,n]) `

具体的に、

`A = [(0, a_12, a_13, a_14), (-a_12, 0, a_23, a_24), (-a_13, -a_23, 0, a_43), (-a_14, -a_24, -a_34, 0)]`

とすると、`tt(Pf) A` は次のとおりとなる。

`tt(Pf) A = a_12a_34 - a_13a_24 + a_14a_23`

演習問題

p.104 に 1.7 次の行列の行列式の値を計算せよ.として (i) から (viii) までの行列がある。 (i) の行列は次の通りである。

`[(8, 4, 17),(24, 10, 57),(33, 16, 72)]`

さらにそのあとに続きがあって、問題 1.7 の行列の LU 分解,逆行列を求めよ.とある。 行列式はなんとかなりそうだから、LU 分解を求めてみよう。 LU 分解とは、行列 `A` から、下三角行列 L と上三角行列 U を求めることをいう。 ここで条件は `A = LU` である。計算をしたらややこしく、分数が出た。正しいのだろうか、不安だ。

`L = [(1,0,0),(3,1,0),(33//8, 1//4, 1)], U = [(8,4,17),(0,-2,6),(0,0,3//8)]`

https://keisan.casio.jp/exec/system/1308269580 で検算したところ、LU 分解は正解だった。 次は逆行列である。 `A^-1 = (LU)^-1 = U^-1L^-1` である。L や U の逆行列を求めるのは一般の行列を求めるより簡単だろう。 しかし、本書にはその逆行列を求める方法は出ていない。 よく見たら、逐次的に定める方法として、p.30 の 1.9.8 式があったのでこれを使うといいが、 行列の中に区切り線が入っているのでここでは出しずらい。よって省略する。 結果だけ書くと、次の通りである。

`L^-1=[(1,0,0),(-3,1,0),(-27//8,-1//4,1)], U^-1=[(1//8,1//4,-29//3),(0,-1//2,8),(0,0,8//3)], A^-1=U^-1L^-1 = [(32, 8//3, 29//3),(-51//2, -5//2, 8),(-9,-2//3, 8//3)] `

こちらも上に掲げたサイトで検算して一致した。ほっとした。

数式の記述

数式はASCIIMathMLMathJax を用いている。

誤植

p.37 (1.10.7) 式の直後、
一般性を失わに,とあるが、 もちろん「一般性を失わに,」が正しい。

線形代数の本

書誌情報

書 名線形代数I
著 者伊理 正夫
発行日1993 年 4 月 15 日
発行元岩波書店
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MARUYAMA Satosi