藤谷 治:船に乗れ! II 独奏

作成日 : 2011-08-20
最終更新日 :

概要

主人公の津島サトルは高校2年生になった。夏休みを利用して渡独しチェロを習うが、帰国後2つの事件が襲った。

感想

この第2巻では音楽は脇に置かれる感がある。特に後半は重大事件のために、どんな音楽が話題にのぼっていたが、 私には思い出せないほどだ。

これらの複数の事件が起こることに関して、読者にはいろいろな意見がある。 私の意見は、どうせフィクションなのだから何が起こってもかまやしない、というものだ。 それでも特に、第2の事件については私も深く考えてしまうのだった。

音楽上の詮索

p.55 では、津島が恋人の南と電話でおしゃべりをしている。

(前略)会話の内容はまず九割がお互いの練習の進展具合、レッスンの報告、そんなことばっかりだった。 ボウイングがどうしたとかファルセットがなんだとか、えんえんと喋っているもんだから(後略)

ここでファルセットということばが出てくる。ふつう、ファルセットといえば、歌手の裏声のことである。二人は弦楽器の練習をしているので、 フラジオレットだとかハーモニクスというところではないだろうか。実際このあとこれらの用語も出たはずだが、 いくら探してもそのページが残念ながら見当たらない。

p.103 では、津島がチェロの先生にフォーレの楽譜を渡されるところがある。

帰りの電車の中で改めて楽譜を見て、僕は汗をかいた。 フォーレ小品集の最初の曲は「エレジー」だった。

いいよなあ、津島は。エレジーが弾けるなんて。もっとも津島は、 バッハの無伴奏チェロ組曲も一緒に練習しているので最初は気が遠くなりそうで、何もかも放り出してしまいたくなった と回想している。 ちなみに、フォーレ小品集に載っている曲は、エレジーのほか、シシリアーノ、蝶々、セレナード、ロマンスではないかと想像する。 フォーレ:ヴァイオリンとチェロの小品参照。

pp.153-154 では、合宿場での話が描かれている。

『セント・ネル・コーレ』というのは「イタリア歌曲集」に入っているスカルラッティの歌曲で、 声楽科の生徒はこぞてこれを歌わされるから、ほかの生徒も全員、自然と覚えてしまっている曲だった

ここのスカルラッティとは第1巻の始めに出てくるスカルラッティではない。 第1巻に出てくるのはスカルラッティは、おそらくドメニコ・スカルラッティである。 ドメニコは主に鍵盤楽器のソナタを作曲したことで知られていて、第1巻ではピアノの練習のときの文脈で登場していたからである。 一方、この第2巻で出てきたのはドメニコの父親であるアレッサンドロ・スカルラッティで間違いない。 アレッサンドロには鍵盤楽器の曲もあるが、有名なのはイタリアにおける古典歌曲だ。 『セント・ネル・コーレ』(原題:Sento nel core)は「私は心に感じる」と訳されている。 ちなみにアレッサンドロの活躍の場のひとつにナポリがあり、ナポリ学派の一員としても知られている。 ついでにいえば、この曲には「ナポリの六度」が使われている。

その後主人公はチェロを習うために二か月間ドイツに滞在する。ドイツのチェロの先生に、まず音階から、 そして次はヴィヴァルディのチェロソナタホ短調を弾くようといわれ、意気消沈している。 当時の主人公に向かって、現在の主人公である僕がいいたいことがある。 p.189 から引用する。

なぜならそのソナタをきちんと弾くことができさえしたら、 もうお前は、どんなものでも弾けるからだ。 バッハも、フォーレも、ドヴォルザークも、サン・サーンスも、ベートーヴェンも、 ハイドン、ボッケリーニ、ショスタコーヴィッチ、シューマン、どんなものでも弾けるようになるだろう。 すべてはそのヴィヴァルディのソナタを、お前がしっかりと練習することにかかっているのだから。

第3巻でも大作曲家たちが挙げられているが、ここでの作曲家たちは次のようなチェロの曲を書いている。 バッハは無伴奏チェロ組曲6曲のほか、チェンバロ伴奏つきのチェロソナタ(正確にはヴィオラ・ダ・ガンバソナタ)3曲がある。 フォーレは先の小品集のほか、ソナタ2曲を書いている。 ドヴォルザークは、不滅のチェロ協奏曲が光り輝いている。 サン・サーンスは、チェロ協奏曲2曲、チェロとオーケストラの作品、チェロソナタ2曲がある。 それから小品として、動物の謝肉祭からの「白鳥」が名高い。 ベートーヴェンには、チェロ協奏曲はないもののチェロソナタ5曲やチェロとピアノのための変奏曲がある。 ハイドンは、目もくらむようなチェロ協奏曲が2曲ある。 ボッケリーニも、超絶技巧が必要なチェロ協奏曲がある。 ショスタコーヴィッチは、迫力あるチェロ協奏曲2曲とショスタコヴィッチ作品としては珍しく音の美しさであふれたチェロソナタが1曲ある。 シューマンは、チェロ協奏曲で有名。

こうしてみると、チェロに対して協奏曲もソナタも残した作曲家はわずかしかいない、ということがわかる。

書 名 船に乗れ! II 独奏
著 者 藤谷 治
発行日 2011年3月24日 (第2刷)
発行元 ポプラ社
シリーズ ポプラ文庫ピュアフル
定 価 650円(本体)
サイズ 文庫版(15cm)
NDC 913
ISBN 978-4-591-12400-7

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MARUYAMA Satosi