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 森ノ宮医療学園附属診療所  院長 田中 邦雄
「丹田を錬るということ」

 
「ストレス」という言葉はカナダ、モントリオール大学教授のハンス・セリエ教授が
「ストレス学説」として提唱したのが最初です。本来ストレスというのは心身の
「反応」をいい、ストレスを感じさせる原因をストレッサーと呼ぶのですが、
最近は原因の方もストレスと呼ぶようになっています。

例えば「売り上げが上がらない(ストレッサー)→胃潰瘍になった(ストレス)」、
この「売り上げが上がらない」ことの方を一般にストレスと読んでいます。
 ストレスに対する対処法はどうすればいいのでしょうか。 セリエ博士の
ストレス対処法は「できるだけストレスを避ける」ことでした。つまり、ストレスに
負けないためには、ストレスを減らせばいい。これを消極的ストレス対処法と
呼びましょう。

セリエ博士は昭和32年に来日されてストレスについての講演をされたとき、
ストレス対処法は耳栓とサングラスであると説かれたそうです。しかし、
耳栓とサングラスをして普通の社会生活ができるでしょうか。極端に
いえば、ストレスをゼロにしたければ死ぬしかないということになります。
死ねばストレスはゼロですが、活動もゼロになります。生きている限り
ストレスはかかってくる、生きている限りストレスから逃れることはできない、
ストレスから逃げようとしても無駄だということになります。

となりますと、「ストレスと共存すること」もしくは「ストレスにとらわれない
こと」がストレスに対する対処法ということになります。これを積極的
ストレス対処法と呼ぶことにします。 西洋医学の現場での積極的
ストレス対処方法の一つに自律訓練法というのがあります。一方、
東洋では昔から「丹田(たんでん)に気を集める」という積極的ストレス
対処法があります。 もともと丹田という言葉は中国の宗教、道教に
ある言葉です。「丹」は赤い丸薬のこと、「田」はこの丸薬を作る畑を
意味します。

丹田とはどこの部分を指すのでしょうか。江戸時代の医者、貝原益軒
(かいばらえっけん)は「臍下三寸を丹田と言う、腎間の動気ここにあり、
難経(漢方医学の基礎になる、中国の古い医学書)に臍下腎間の動気は
人の生命、十二経の根本なりといえり、これ命明の命眼のある所なり」と
記載し、丹田の場所を明記しています。

つまり、前では臍の下三寸(臍から指三本分)、後ろなら左右の腎臓の
間の、お腹と背中の真ん中の所です。 この丹田を身体の重心・中心点・
バランスと保つために力を集中する場所と認識して、常に丹田を呼吸から
全身運動まであらゆる動きの中心とすることでストレスに対応できると
されています。

「緊張して上がる」といいますが、なにが「上がる」のかといえば、丹田に
あるべき体の重心が上がるのです。頭がクラクラする、手足が振るえる、
人前で真っ赤になるなどは、丹田にあるべき重心がそれより上に上
がった結果であると考えます。

「落ち着く」というのは、重心が丹田にしっかりと落ち着いている状態を
いうのです。「肚が太い」「腹が錬れている」「堂々としている」「何者にも
動じない」などなどは全て、丹田に重心が保たれている人のことを指
しています。 江戸時代の禅宗の名僧、白隠(はくいん)禅師が
おっしゃっている「静中の工夫」「動中の工夫」ということは、丹田に
気を集め、統一体としての身体を最高の状態にするための「錬丹の
方法」のことです。

腹を煉る・丹田力をつける、このための静中の工夫として座禅が
あります。動中の工夫の代表が「武道」です。昔から、偉人になる
には丹田を錬れとよくいわれます。

明治維新の「三舟」と称された、勝海舟、山岡鉄舟、高橋泥舟の
三氏は、ともに剣と禅の修行をして、丹田を錬ったとして有名です。
 その後にも、日本では「強健術」の肥田春充、「息腹心調和法
(丹田呼吸法)」の藤田霊斉、静坐法の岡田虎二郎、「クンバハカ法」
「安定打坐法」の中村天風、「正心調息法」の塩谷信男など、錬丹を
テーマとして意識的・組織的な訓練法を提唱された方々が多数
おられます。
                   文責 田中邦雄




 


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