キング絶賛!
腰巻や解説だけでなく、最近は新聞の広告などでも「キング絶賛!」の文字を見かけます。これが果たして売上に結びつくのかは疑問ですが、ファンとしては気になってしまいます。キングは二流の太鼓持ちと言う人もいますが・・・。
個人的にはこの文句にはずいぶん泣かされました。その経験を元に、ここではキング作品の読者が、その本を読んで楽しめるかという観点から紹介します。
ミッドナイト・ミートトレイン
クライヴ・バーカー 宮脇孝雄 訳 集英社文庫 1987年発行
「私はホラーのジャンルの未来を見た。その名はクライヴ・バーカー」とキングに語らせた、彼ののデビュー作、血の本シリーズ(全5巻)の第一作目。残虐性、独創性、エロス、幻想性等、キングに欠けているものを多く持った作風が魅力。血の本シリーズは、あらゆるスタイルを詰め込んだ「ホラーのカタログ」とでも言うべき作品集で、全ホラーファン必読の書。

モダン・ホラー・ブームに乗って現れた作家たちの多く(いや全員)が、キングの影響を強く受けていたのに対し、バーカーはデビュー作から既に独自の個性を確立していた。その才能は小説だけに止まらず、映画「ヘルレイザー」、「ミディアン」では監督を、『アバラット』ではイラストを手がけている。
フィアー
L・ロン・ハバード 島中誠 訳 ニューエラバブリケーションズジャパン 1992年発行

デイヴィッド・マレル 山本光伸 訳 早川書房 1992年発行

『ダブルイメージ』のあとがきを本屋で立ち読みしていたら、「キングが最高傑作と絶賛した『蛍』..」と書いてあるのを見つけ、そういえばずいぶん前に読んだことを思い出した。
もうこの本は手元にないので以下は記憶を頼りに書くので、もし間違いがあれば知らせてください。
『蛍』は映画『ランボー』の原作である『一人だけの軍隊』の作者として知られるデイヴィッド・マレルの作品で、難病で死んだ自分の息子のことを題材としたノンフィクション風の小説。(小説風ノンフィクションだったかも?)
「難病もの」の小説や映画が苦手な私がこの本を読んだのは、「キング絶賛」の言葉に惹かれてのことだったと思う。このときは私もまだ独身だったが、結婚し子供を持った今ではとても最後まで読みきることができないかもしれない。(そう、今は『ペット・セマタリー』も読めない。)その本といつ出会うかによって感じ方もずいぶん変わるものだろう。
本書の中で最も記憶に残っているのは「人間の最も優れた特質は、知性ではなく思いやりである。」という言葉だ。非常に過酷な経験から産まれた言葉だけに、ずっしり胸に響く重みを感じた。
フェイド 
ロバート・コーミア 北澤和彦訳 扶桑社ミステリー 1993年発行
キングのコメント:「ホールデン・コールフィールドがH・G・ウェルズの古典的なSF小説『透明人間』の世界に足を踏み入れたらどうなるか想像してみるといい。それだけでロバート・コーミアの新作『フェイド』の面白さがわかるだろう。みごとに釘付けにされてしまった。古い皮袋に新しい酒を盛り、エキサイティングで、息もつかせぬ読み物に仕上げている。コーミアは素晴らしい小説を書いてきたが、本書はベストだ。ヤング・アダルトばかりか、大人が読んでもうっとりすること請け合い。」

キングが誉めるからといって、必ずしもその作品を気に入るとは限らないが、本書は間違いなくキング・ファンの琴線に触れる作品だと思う。少年を描くのが抜群に上手いこと、『デッド・ゾーン』や『ファイアスターター』と同じく、特殊な能力を持った人間の悲哀がテーマであること、主人公が作家であることなど、キング作品との共通点も多い。

コーミアは一部に熱心なファンもいるものの、まだまだ知名度が低いようで、本書も含めて扶桑社から翻訳された作品の多くが既に絶版になっていることが残念でならない。読者がいなければこんなに素晴らしい作品も埋もれてしまうのか・・・。
シンプル・プラン
スコット・スミス 近藤純夫訳 扶桑社ミステリー 1994年発行
この本に対するキングの誉めっぷりは尋常ではない。訳者あとがきによると、キングは作者のスコット・スミスと共にTVのトーク番組に出演、30分にわたって本書の素晴らしさを説いたらしい。これはそれだけの賞賛に似合う作品である。発表された当時の書評では、必要以上に残酷すぎるというものもあったが、キングの作品を読みなれている者なら、終盤の容赦ない描写にもひるむことはないだろうし、それが主人公の陥った狂気を表現するために絶対必要なことが理解できるだろう。
すごい新人が現れたもんだと思ったが、その後はとんと音沙汰なし。他に何も書いていないのだろうか?

この作品は作者本人による脚本、サム・ライミ監督で映画化されたが、残念ながら多くのキングの映画化作品と同様に、原作のスピリッツのようなものが抜け落ちてしまっている。
ストーリーの変更については、小説より映画のほうが、暴力的な描写などについての規制が厳しいのでしかたがないことだと思う。しかしそれならなんらかの工夫をするべきではないのか?例えばブライアン・シンガー監督の『ゴールデンボーイ』も原作とはラストがまったく違うが、強力な悪にふれて自分自身が破壊されてしまった小説のトッドと、その悪を自分の中に受け入れ、ドゥサンダーの転生として今後の人生を生き、おそらくは社会的成功者だがソシオパスと呼ばれるような人間になることを予感させる映画のトッドとでは、どちらが社会にとってはより脅威なのかと考えさせられてしまう。
確かに映画の『ゴールデンボーイ』は、原作に比べるとずっと衝撃が弱いが、与えられた条件の中でベストを尽くしていることが感じられるのに対し、『シンプル・プラン』はただ単に残酷な場面をカットして甘くなっただけだ。
それとサム・ライミならではのカメラ・ワークがまったく鳴りをひそめているのも、『死霊のはらわた』シリーズの大ファンである私にとっては大いに不満だ。優れた脚本があってこそ抑えた演出が光るというものなのに。
キングファンに対する小ネタとしては、エンディング近くで、主人公の妻サラが働いている図書館で書棚に本を並べるシーンがあって、そのとき手にしているのがキングの本(たぶんバイキング版のクリスティーン)なのだ。

ほとんど映画の話ばかりになったついでに、どうせ見るなら『シンプル・プラン』よりコーエン兄弟の『ファーゴ』をお薦めします。映画自体が素晴らしいのは言うまでもないが、ポール・バニヤン像が見られるのがキングファンにはポイント高し。
ホットゾーン
リチャード・プレストン 高見浩 訳 飛鳥新社 1994年発行
本書はキングが書いているように確かに怖い。しかし私はキングにひとこと言いたい。「このての本をほめたらあかんがな」と。ホラー小説や映画は非常にデリケートなものと心得ているファンならともかく、一般の人が解説の中のキングの言葉を読めば「やっぱり”キング・オブ・ホラー”なんていっても現実の恐怖には勝てないのだな。」などと思われてしまうではないか!それにも増してダメなのが裏表紙のA.C.クラークの言葉。「これまで読んだ本の中で最高に恐怖を感じた一冊。これにはスティーヴン・キングやマイケル・クライトンも歯が立つまい。」だと。えーかげんにせい!
ファン・メイル

ロナルド・マンソン 飛田野裕子 訳 角川文庫 1994年発行

気象予報士
スティーヴ・セイヤー 浅羽莢子 訳 角川文庫 1996年発行
ロード・キル
ジャック・ケッチャム 有沢善樹 訳 扶桑社ミステリー 1996年発行
オンリー・チャイルド
ジャック・ケッチャム 有沢善樹 訳 扶桑社ミステリー 1997年発行
計画殺人 
マイケル・キンブル 高儀進 訳 講談社 1997年発行
メイン州が舞台の、200万ドルの金をめぐって欲望、陰謀、裏切りが渦巻くミステリー。
本書の冒頭にはキングによる「『計画殺人』に寄せて」と題する小文が掲載されている。そして腰巻には著者名よりはるかに大きく目立つ「スティーヴン・キング絶賛」の文字が踊り、無名の新人の本を少しでも手にとってもらおうとする編集者の努力が感じられる。しかし当然のことながらキングが誉めたぐらいで本が売れるわけではない。同じく無名の新人の作品『シンプル・プラン』が売れたのは、作品自体の持つ力、面白さが評判を呼んだからだ。
本書は決して出来の悪い作品ではないが、友人に「面白い新人みつけたで!」と話したくなる程ではない。そんな平凡な作品をなぜキングは誉めたのか?おそらくご近所の新人(著者のキンブルはメイン州在住=謝辞にキングとタビサの名前があるので、彼らは交流があるのかも?)を応援してやろうと思ったか、又はなんらかのしがらみがあるのか。どちらにしろファンにとっては困ったものだ。
隣の家の少女
ジャック・ケッチャム 金子浩 訳 扶桑社ミステリー 1998年発行
今キングが最も肩入れしている作家といえば、おそらくこのジャック・ケッチャムだろう。本書にはキングの14ページにおよぶ解説が収録されている。(ネタバレバレなので先に読まないように!)
この作品は「キング絶賛!」ものの中でも群を抜いて優れている。人間の暗黒面を見つめる視線の強さはジム・トンブスンと肩を並べるほどだ。しかし困ったことにあまりに内容が強烈すぎて胃腸の弱い人にはお薦めできない。特に女性には。もしこれをうかつに薦めたりすれば趣味を疑われるどころか、人間性まで疑われてしまう恐れがある。(少年犯罪が多発する現在においてはなおさら。)
なんといってもいちばん恐ろしいのは、この小説が実際にあった事件を元にしているということだ。しかもケッチャムはこの家に住んでいたそうだ。
眠れぬイヴのために 
ジェフリー・ディーヴァー 飛田野裕子 訳 早川書房 1998発行
『ボーン・コレクター』でブレイクする前の、ディーヴァーの奮闘ぶりがうかがえる作品。非常にサービス精神旺盛なれど、それが空回りしているのが面白くもあり、悲しくもある。本書、『静寂の叫び』、『ボーン・コレクター』と続けて読むと、彼の成長がよく分かり、また、キングのようにデビュー作から完成されている作家は稀なこともよく分かる。
オウエンのために祈りを 
ジョン・アーヴィング 中野圭二 訳 2000年発行
私の知る限りでは、いわゆる純文学系の作品に対して「キング絶賛!」のコピーが使われたのは本書が初めてだ。アーヴィングとキングではファン層が違うと思うので、あまり意味がないような気がするのだが。
『サイダーハウス・ルール』と同様、重いテーマを扱った作品で、信仰の問題など日本人にとってはとっつきにくい部分もあるが、ユニークなキャラクター達と、独特のユーモア感覚のおかげで楽しんで読むことができる。ただ個人的にはもう少し軽い方が好みなのだが。(ちなみに私の1番好きなアーヴィングの作品は『熊を放つ』だ。)
キングとアーヴィングとは作風は全く違うが、現代のアメリカを代表する、力強く豊かな物語を創造する作家という共通性があると思う。もしキングがホラーというジャンルを選んでいなければ、またもっと純文学志向が強ければ(あるいはもっとエリートでハンサムだったら)、アーヴィングのような作品を書いていたかもしれない。
ハンニバル
トマス・ハリス 高見浩 訳 新潮文庫 2000年発行
読まなきゃよかったの一言です。以上。
内なる殺人者
ジム・トンプスン 村田勝彦 訳 河出書房新社 2001年発行
本書はサイコスリラーなどという言葉が生まれるよりもずっと前に書かれたとは信じ難い、まるで今日の社会的病理を予言したような作品である。そして人間の暗黒面を描いた小説としては、他に並ぶもののないほどの傑作と言っても決して過言ではないと思う。
保安官補でありながら、次々に嘘と殺人を重ねていく男を語り手とすることによって、読者は彼の内面を余すところなく知ることになる。その殺人者の歪んだ心のありよう(というか心のなさ)には心底寒気をおぼえる。しかしそれだけではない。読者はある部分では彼のシニカルな世界観に共感を覚えるだろうし、ルー・フォードが自分とは全くかけ離れた異次元の存在ではないことに気づくだろう。自分の心の中にルー・フォードの存在を認めることは、私たちが加害者として事件を起こさないためにも必要なことなのではないだろうか。

キングは本書に対し「時代を超えた不朽の名作」「間違いなくアメリカ文学の傑作であり、『白鯨』や『ハックルベリー・フィンの冒険』と肩を並べる作品」と、「ちょっと言い過ぎとちゃうんかい」とツッコミを入れたくなるほどの最大級の賛辞を寄せている。ちなみにこの文章は『残酷な夜』に収録されているので、こちらもあわせてチェックして欲しい。

ネバーウェア
ニール・ゲイマン 柳下穀一郎 訳 インターブックス 2001年発行
キングのコメント:ニール・ゲイマンは物語の宝が詰まった家を建てる。どんなメディアであれ、彼のような存在がいるのは大いなる幸運だ。

ロンドンの地下世界を舞台にしたダーク・ファンタジーで、バーカーの『ウィーヴ・ワールド』あたりが好きな人なら楽しめると思う。そのバーカーも本書に賛辞を寄せている。彼は「サンドマン」の関連書にイラストを描いているらしく、かなりゲイマンのことを気に入っているようだ。
ミスティック・リバー
デニス・ルヘイン 加賀山卓郎 訳 早川書房 2001年発行
著者略歴
ジョン・コラピント 横山啓明 訳 早川書房 2002年発行
壊人
レックス・ミラー 田中一江 訳 文春文庫 2003年発行
キングのコメント:「身の毛もよだつ独創的なこの処女作でもって、ミラーはダイナマイト級の衝撃的デビューを飾った。こういう他に類を見ない強烈で感動的な作品が出てきたことは喜ばしい。『壊人』は、あまりに恐ろしくて目をそむけたくような小説だ・・・・けれど、ページを開いたが最後、読者は本を閉じることができないだろう。」

とにかく主人公《チェーンギャング》のキャラが秀逸。見事にホラー好きのツボにはまっていて、映画化されればジェイソンやフレデイに次ぐ人気者になる可能性があると思う。ただストーリーは上記のキングのコメント同様平凡。シリーズ化されているそうなので、次に期待しよう。
ねじの回転
ヘンリー・ジェイムズ 南条竹則・坂本あおい 訳 創元推理文庫 2005年発行
「この百年間に世に出た怪奇小説で傑作といえるのは、わたしにはジャクスンの『たたり』と、この『ねじの回転』の二作だけという気がする」このキングの『死の舞踏』からの引用(*)がつり文句として使われた、古典的傑作として名高い作品の新訳版。

このキングの賛辞は、『山荘綺談』をほめまくる中でついでに出てきたようなものなので、キング自身の『ねじの回転』の具体的な評価はわからない。『山荘〜』にしても、『ねじの回転』やストラウブの『ゴースト・ストーリー』にしても、キングは自分にないもの(ひとことで言えば「文学性が高い」ということかな)を持っている作品を高く評価する傾向があるので、キングがほめる作品と、キングを好きな読者の好みとはずれが生じてしまうことも多い。

個人的には、この作品などは最もずれを感じるというか・・・正直に言うと全然面白くない。「朦朧法」だかなんだか知らないけど・・・いや、はっきりしないのが悪いというのではなく、物語として面白くないのだ。なぜこの程度の作品が研究の対象になったりするのか理解に苦しむ。

こんな感想じゃつまらんという方のために、この作品にぴったりな言葉を『死の舞踏』からの引用しておく。

ニュー・アメリカン・ゴシックの登場人物はほぼ全員がナルシスティックだ・・・・・現実のなかに自分の脅迫観念を読取ろうとする臆病者なのだ。

(*)この引用部分はちょっと手が加えてあって、正確には「この百年間に世に出た怪奇小説で傑作といえるのは、私にはこのジャクスンの『山荘綺談』と、『ねじの回転』の二作だけという気がする」(バジリコ版第9章542ページ)もちろん『たたり』と『山荘綺談』は同じ作品です。
〔キング堂ホーム〕〔研究本〕〔雑誌〕〔キングが影響を受けた作家、作品〕
〔キングに影響を受けた作家、作品〕〔その他の関連書籍〕〔リンク〕