諏訪の森法律事務所 Lawyer SHIGENORI NAKAGAWA

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あなたはどう考えますか?−「性教育バッシング」

2004年3月

昨年一二月二二日,一五〇〇人を超える市民・教師・保護者らが,東京弁護士会に対して,東京都教育委員会と石原知事が,子どもたちの性教育を受ける権利や名誉を侵害した,性教育について親や教師の教育の自由を侵害した,として人権救済の申立を行いました。是非とも皆さんに事実を知っていただきたく報告します。


1 経過

発端は,昨年七月二日,都議会での土屋たかゆき都議の一般質問。同議員は,「最近の性教育は,口に出す,文字に書くことがはばかられるほど,内容が先鋭化」として,教育委員会が調査・指導を行い,「不適切」な教材は廃棄すること等を求めた。石原都知事は,「挙げられた事例どれを見ても,あきれ果てるような事態が堆積している」「異常な何か信念を持って,異常な指導をする先生」と述べ,横山教育長も,後述の「からだのうた」について,「とても人前で読むことがはばかられる」「男女の性器の名称が,児童の障害の程度や発達段階への配慮を欠いて使用されている,きわめて不適切」と決めつけ,強力な指導を約束した。

二日後,土屋都議らが都立七生養護学校を「調査」と称して訪れた。都教委も立ち会い,産経新聞の記者が同行した。都議らは教材や授業の内容を非難したうえ,きちんと服を着た状態でしまってあった指導用の人形を,わざわざ下腹部を露出させて並べ写真を撮影し,これが産経新聞に掲載された。記事では,「まるでアダルトショップのよう」などと報道された。

七月九日には,都教委も三〇人を超す指導主事を動員して教員全員から性教育実践について「事情聴取」し,学校での性教育の授業を記録したビデオ,人形などの教材145点を「押収」した。

その後都教委は,「都立盲・ろう・養護学校経営調査委員会」を設置し,9月になって,「不適正な性教育」「不適正な学級編成・服務」との理由で,七生養護学校の校長の降格をはじめ116人の異例の処分を強行した。


2 七生養護学校の性教育

今回降格処分を受けた七生養護学校の元校長,金崎氏は,「七生養護の自慢は学校を囲む裏山とみんなで取り組む性教育だ」と話していたという。 七生養護学校は知的障害児を対象とした養護学校である。家庭的なハンディをおわされた子どもたちのための施設である七生福祉園が併設され,生徒の約半数はこの福祉園から通っている。

障害を持つ子の親にとって,性の問題は悩ましい問題である。障害はあっても,身体の成長と心の変化は訪れる。しかし,障害児に対する偏見から,単純な興味に基づく言動が「ちかん」や「のぞき」に間違われたり,他方で自分を守る知識や力が不足しているが故に,性的な被害にあう例も少なくない。ちょうど七生養護学校で,7,8年前,生徒の間で性に関わるトラブルがあった。従来,このような問題が表面化するたびに,関わった子どもたちにその都度「指導・注意」をしてきた。しかし,問題が小学部の子どもたちのも及んでいることがわかり,先生たちは,今までの指導では不十分だと考え,学校全体で,専門家を呼ぶ等して勉強を重ねた。その結果,子どもたちの多くが,虐待や家庭崩壊を経験したり,社会の冷たい視線を経験する等の生育史の中で,心の傷を負い,どこかで自分に自信を持てずにいるという事実につきあたった。そこから,愛情を確認したいが故に「こっちを向いて」と周囲の注意を引きつけるために問題行動をしてしまったり,性的興味が芽生え体が成長する中で,心の隙間を埋めるかのように性的な行動に走ったりする。ではどうしたよいか。この点に真正目から取り組むのが七生の性教育,「こころとからだの授業」である。

今回都議や都教委からやり玉にあげられた教材の一つに,「子宮を体験できる袋」がある。これは,子宮と産道・膣に見立てた布製の大きな袋である。袋の中に入った子どもは,まず,羊水に見立てた暖かなクッションで、お母さんのからだに守られている感触を味わう。そして,ゴムで少しきつくしてあるところを、外で待っている友だちの声援を受けながら這っていく。「誕生」の瞬間、待っていた友だちや教員は、「がんばったね」「おめでとう」と声をかけ,子どもは、お母さんもがんばり自分もがんばって生まれたこと、その誕生をたくさんの人が祝福してくれたことを実感として学ぶのである。都教委の調査委報告書は、この袋を「膣付き子宮内体験袋」と呼んで、不適切な教材としている。都議会で質問された「からだのうた」も,一度でも実際に聞けば,到底「人前で読むことがはばかられる」などと言う発言が出てくるはずがないすぐれた教材である。

ほのぼのとしたメロディーで,
「あたま、あたま、あたまのしたには首があって肩がある。
肩から腕、ひじ、また腕、手首があって手があるよ(右と左をくり返す)
胸のおっぱい、おなかにおへそ、おなかのしたがワギナ(ペニス)だよ。
背中は見えない、背中は広い、腰があって、お尻だよ。
ふともも、ひざ、すね、足首、かかと、足のうら、つまさき、おしまい。」

と歌う。

信頼できる大人に自分の頭やからだをやさしく触ってもらうことは肯定的な自己イメージの出発点である(もちろん性器にはふれない)。
また,障害を持つ子の場合、認識力にハンディがあるために、「ペニスが勃起する」という自分の体に起こる変化が自分ではうまく理解できず、回りの状況を考えずに,ペニスをズボンから出して不思議そうに見たりさわったりするようなことがある。子どもに対しては、社会のルールやマナーを伝えることも大切であるが、自分の身体の変化について、科学的な理解を促すことが重要なのである。都教委は,アメリカの性教育専門家ジューン・ハーネストさんが考案した性教育のための人形も「不適切」として持ち去った。これらの人形は,言葉や図ではなかなか理解しにくい障害児たちに,自分のからだのしくみや生理の時の対処を学ぶために使用されていた。現に,もうすぐ生理を迎える女の子の保護者は,人形が無くなってしまったことで,「以前のように自分が生理になった時にナプキン等を見せて教えるしかない」ととても不安を感じているという。もちろん,このような家庭でのやりとりも大切なことであるが,子どもは何事につけ,友達といっしょに学ぶことでエチケットを意識し,自分以外の子どもにも訪れる体の成長の証なのだということを理解できるのである。


3 果たして不適切なのはどちらか

東京都教育委員会は,七生の性教育を不適切として処分まで行った。しかし,いったい不適切なのはどちらだろうか。 第一に,七生の性教育のどこが問題なのだろうか。子どもと保護者の現実・ニーズから出発し,学校全体で取り組んできた性教育。それは,性器とか性交だけではなく,自分の体と命の大切さから社会で必要とされるマナーに至るまでを体系的に学んでゆこうというものである。事前に保護者に説明を行い,授業の様子は丁寧に報告する。それでもどうしても授業を希望しない保護者には別の授業を保証する(現実には過去一例だけあったそうである)。だからこそ,今回の都教委の措置にいち早く声をあげたのは保護者たちだった(人権救済申立とは別に,6000筆以上の署名を集めている)。

第二に,今回の一連の措置は,憲法,教育基本法に明らかに反している。教育委員会が現場の教育の内容にまで踏み込んで教材を没収したり強圧的な調査を行うということは前代未聞である。ましてや,今回は「処分」にまで至っている。本来,処分というのは,誰の目から見ても明らかな非違行為について,ほかの方法では是正できない場合にとられる最後の手段では無いだろうか。先日,私は,東京都教育委員会の性教育についての責任者から話を伺う機会があったので,教育委員会が問題としている性器や性交の扱いについて,性器や性交を低学年で扱うとどのような害があるか,ということについて,裏付けとなる学術研究や報告等があるのかを伺ったが,結局のところ,文部省がこのように考えている,というだけで,実質的な根拠らしい根拠をうかがうことはできなかった。にもかかわらず,処分までして教育内容に介入していいのだろうか,というのが率直な疑問である。


4 いまこそ,私たち市民が真正面から考え判断しよう

私はみなさんに提案したい。

私たち大人の大半は,学校で系統的な性教育を受けた経験を持たない。男子も女子も,早熟な友人や雑誌から学んでいる。小泉首相は,「性教育なんて受けた経験ないけどなんとかなってる」とうそぶいている。しかし,ほんとうにそうか。一〇代の妊娠中絶は増えている。それは事実である。しかし,いまなお,人工妊娠中絶の大半は,一〇代ではない。全体の約半数が三〇歳以上の「大人」である。「主婦」の三〇パーセントがこの悲しくつらい経験をしている。決して大人もなんとかなどなっていない。自分が系統的な学習の経験が無いからこそ子どもの現実にびっくりし素直な質問にもうろたえるのである。もはや高校三年生までの性交体験率は,女子45.6%,男子37.3%(東京都幼少中高心障性教育研究会2002年調査)。このような中で,「寝た子を起こすな」という議論じたい成立するのか?むしろ,性に関する教育は,子どもたちと接する現場の教育者・研究者の熱意ある努力によって,豊かに発展している。大切なことは,私たち大人も子どもといっしょに,タブーを作ることなくいっしょに性について学ぶことである。

人権救済の申立人は,その後も増え続けて四〇〇〇名を超える勢いである。都内の公立小・中・高・盲・ろう・養護学校の保護者及び教員、私学教員、PTA役員・保護者、大学教員などの研究者、主婦、医師や保健・福祉専門家、カウンセラー、税理士、司法書士、行政書士、弁護士,映画監督、エッセイスト、作家、漫画家、翻訳家、ジャーナリスト、NGO役職員、編集者、団体役員、地方議会議員、デザイナー、シンガーソングライター、会社員・・金八先生の原作者である作家の小山内美枝子さん,映画監督の山田洋二さんなどの著名人も名前を連ねて下さった。都民が性教育の抑制ではなく,のびのびとした発展を求めている証左である。近日中には,先のジューン・ハーネストさんも来日されると聞いている。処分や没収はやめにして,教育委員会も現場の先生も保護者・市民も同じテーブルについて大いに議論しようではありませんか。


リンク

東京都立七生養護学校

“人間と性”教育研究協議会/Seikyokyo


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