《その2》 《その3》 《その4》 《その5》 《その6》

「正しい正坐」のすすめ

― 身体感覚を高める ―

野口整体 気・自然健康保持会

主宰 金井省蒼

もくじ

《その1》
 1-1 身体感覚と正坐(1)
 1-2 禅・正坐・野口整体

《その2》
 2-1 身体を心の「拠り所とする」ために正坐がある 

《その3》
 3-1「身体感覚」とは「気」を感じること
 3-2 身体感覚と正坐(2)
 3-3 紙一枚から教えられること 

《その4》
 4-1 正坐、それは上虚下実の身体
 4-2 腰と心の耐震性
 4-3「上虚下実」の身体
 4-4「行雲流水」の身体

《その5》
 5-1「正しい正坐」のすすめ

《その6》
「正しい正坐」の詳細について
 6-1 跪坐(きざ)により坐骨感覚を養う
 6-2 正しい正坐(一人で)…跪坐からの流れで

  


  

《その1》

 

1-1 身体感覚と正坐(1)

『月刊MOKU』2007年5月号原稿
「正しい正坐のすすめ」より

  

 現代では、病気を怖れ、心配している人は本当に多くいますが、「これなら大丈夫」という、自分の体の状態を知っている人は少ないように見受けられます。
 きちんと歩いてもいないし、正しく坐ってもいない。「自分の体がどうなっているか」ということには、実は無関心で、体がしゃんとしていないのに、その体のまま、病気の心配だけをしているというのは、私には、何ともおかしなことに思えます。
 それと呼応するかのように、心の問題に関心を寄せていても、「自分の感情が分からない」という人が増えています。
 野口整体の見方では、この二つは同じ問題に端を発しています。共に心と体を「ひとつもの」として感じる「身体感覚」が低いのです。心は心、体は体、というように捉えていたのでは自分の状態を把握することはできません。

 先日、ある研究職に就いている女性が個人指導を受けにやってきました。彼女は重要な仕事を任されるようになってから、これまで経験したことのないような疲れを感じていました。それなのに彼女は、「読みたい本があったから、ずっと本を読んでいました」と言うのです。「疲れ」を別のものに集中することで癒そうとはしていたのですが、頭だけが働いて、寝食を忘れるほど本を読んでいたのです。彼女自身、首に強度な凝りを感じていましたが、腰の感覚は鈍く、自分の体に「障りとなっていた不安」を感じられずにいました。指導の途中、私が「知の暴走ですね」と言うと、心身に落ち着きを取り戻しつつあった彼女は「暴走、という言葉はぴったりです」と言いました。

 自分の体や、心というものは「感じる」もので、いくら考えてみても分かるものではありません。
 「感じる」働き、「身体感覚」を養うには、まず頭の中を「から」にする必要があります。それにはみぞおちが柔らかくなることが大切で、それをもたらす「上虚下実の型」が、正坐なのです。
 かつて、日本で椅坐
(いざ)(椅子で坐ること)が発達しなかったのは、背もたれにもたれる習慣がなかったからですが、それを可能にしたのが「立腰(りつよう)」です。仙骨から腰を立てることで、みぞおちの力が抜けると頭が「空(くう)」になります。「正坐」とは身体がそのような状態になるための「型」なのです。
 体が疲れても、心になにか引っかかりがあっても、きちんと坐ることは難しいものです。食事の時に「正坐して箸と茶碗を持つ」というのはかつての日本人の生活文化のひとつの「型」であり、当時はその様子を見て、親は子どもの心身を観て取っていました。そして、「何かをする時には、体に『気』を通し、心と体をひとつにする」ということを、「坐」という「型」で、体に教えていたのです。

 一般の人々の生活に正坐が溶け込んでいったのは江戸時代前期であると言われていますが、日本の生活文化が発展し、各階層に定着したのも江戸時代でした。豊かな「からだ言葉」も、この時期に生まれたと言われています。
 当時は着物が普段着であり、腰に帯を締めることによって、骨盤神経叢という副交感神経の中枢部の働きが高まり、交感神経が休まった状態を自然と保持していました。これによって、頭が休まり、高い身体感覚を保って生活していたのです。
 かつては、日本人はこのようにして、家庭生活の中でも「禅」の心に生きていました。

    

     

1-2 禅・正坐・野口整体

友永ヨーガ学院にて「野口整体」を講義する V13
第二回 2008年3月29日
「正坐と活元運動によって身体感覚を養う」を講義する はじめに より

   

 野口整体そのものは、長い伝統があるわけではありませんが、その基盤は『老荘思想』や『禅』に根ざしています。 
 禅堂では、仏に対する読経、礼拝なども正坐で行われていますが、正坐と結跏趺坐の違いは、結跏趺坐が独りで瞑想に没入していく時の姿勢であるのに対して、正坐は仏に対してと同様に、他者と対話し、他者のために動こうとする姿勢であるという点にあります。結跏趺坐は「静」へ、正坐は「動」へと向う姿勢とも言えます。
 対話する姿勢であり、動きへと繋がる姿勢である正坐は、野口整体の中心である「愉気法」、「活元運動」の基本となるものです。
 正坐は、心を静めながらも、他者に働きかけることができる「動」としての構造なのです。
 他者を受け取り、他者に働きかけるため、心身をひとつに使う愉気法。そして「動く禅」とも呼ばれる、動きの中で裡なる他力を感じ、委ねるという「活元運動」。ともに禅に連なる精神であるのです。
 野口整体は、身体の「行」によって自己を成長させるという、古来よりの、日本の諸道の伝統に根ざすものであり、それを硬い精神論に偏ることなく、「不易流行」
(註)としての身体的な方法論として成立させたものであると言えます。

 「無心」を命題とする禅的な日本の精神修養の道筋は、「不立文字、教下別伝」(註)の教えのとおり、実生活の中での経験と実践によって培われるものであったために、それが理論的に説明されることはありませんでしたが、野口整体では、心(精神)と体(身体)をひとつのものとして捉え、「正坐の効用」を背骨、腰骨、仙骨の状態から説明することができます。
 且つ、「無心」であることの具体的な道筋を「体を整える」ことによって体現することができます。さらに「無心」であることが、いかに全能的であるかが理解できます。

 野口整体は生理学的な解釈に準拠する部分も多く、精神分析的な面という現代的合理性も持ち合わせているのです。
 野口整体という手段を開発された野口晴哉先生という人物と、それを産み出した日本の文化、その源にあった日本人の感性に深く感慨を抱く念
(おも)いです。

(註)

「不易流行」(ふえきりゅうこう)

蕉風俳諧の理念の一。新しみを求めて変化していく流行性が実は俳諧の不易(変わらないこと、永遠性)の本質であり、不易と流行とは根元において結合すべきであるとするもの。

 

「不立文字」(ふりゅうもんじ)

禅宗の根本的立場を示す語。悟りの内容は文字や言説で伝えられるものではないということ。仏の教えは師の心から弟子の心へ直接伝えられるものであるという以心伝心の境地を表したもの。

  

「教下別伝」(きょうげべつでん)

禅宗で、仏の悟りを伝えるのに、言葉や文字によらず、心から心へと直接伝えること。

 

 

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