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和平復興関連 No97


2005‐8‐19
或る外相の死
ラクシュマン・カディルガーマル



或る外相の死

 カディルガーマル外相はスリランカ現代政治史のなかでもっとも特筆すべき傑出した人材だ。その論説は知的で、その人格は豪快だった。友人のシンハラ人たちと何度も彼のビデオを見た。BBCのTV放送で、あの「テディ・ベアは要らない」と言いきった時の、彼の饒舌で傲慢で知的で、そして多分に独善的なディベートを楽しんでいたのだ。
 73歳とは到底思えないタフガイだった。ハード・トゥ・ダイ。常々、彼の命は狙われているとシンハラ人たちから聞かされていたが、何が起ころうとも死にそうにない男に見えた。しかし、その彼が12日夜おそく、セレブな住宅地コロンボ・セブンの自宅プールで泳いでいたとき隣家の2階から狙撃され、市立病院に運ばれたが、オペの甲斐もなく死亡した。

 その暗殺事件の後に飛び込んできた知らせはスリランカの世情の不安を煽るものばかりだった。テロルが引き金となってスリランカは混迷を深める。そういう報道ばかりが日本を席巻した。日本のマスコミの特徴だが、重要で緊急な事件を扱うとき、決まって右も左も意見の一致を見る。外電を鵜呑みにしたり、発表期間の文言を反芻するのでそうなってしまうのか。内情はわからない。だが日本式単一報道は読者がつかむべき真実を、常に見失わせてしまう効果を持っている。


日本のマスコミの反応

 「スリランカ外相暗殺 反政府武装組織の犯行か」 「警察は反政府武装勢力タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)の犯行とみている」----各通信社、朝日・読売はこぞってこのように書く。反政府の武装集団がスリランカ外相を銃撃し暗殺した。その結果、スリランカの和平交渉は遠のき、再び内戦の気運が高まる。スリランカは一触即発の状態、というムードを煽るのだ。こうした火に油をそそぐ報道の論調に首を傾げた。

 津波による未曾有の災害という負の出来事を支点にして反政府組織LTTEと政府はP-TOMS協約を結び、共に協力してスリランカの復興に乗り出した。制約は生じていたが、ほぼこの路線で復興が進むだろう。これが事件の前のシンハラ‐タミル和平における状況だった。暗殺はその最中に起こった。LTTEとの協約を結んだスリランカ政府外相としてカディルガーマルの役割は思い。彼が暗殺されれば協約の行方が危ぶまれる。日本語で書かれたニュース紙面はそうささやく。だが、果たしてそうだろうか。事態をそのように図式化すると政治的な視点が隠される。カディルガーマルという特異な才覚を有した人物が絡むとき政治情勢は多様に変化する。


カディルガーマルという男の政治手腕

 この3月にBBCに出演したカディルガーマル外相が海外から寄せられる津波の援助に関して「テディ・ベアはもう要らない」と発言したことがある。それは援助を進める西欧援助国と善意のドナーを恫喝するような激しい表現だった。「援助には米も要らない」とも言った。援助は要らないと言うのではない。それは早く約束した援助金を支払って欲しいと歯に絹を着せず言いきる彼一流の表現方法だ。西側諸国に早く援助金を支払えと迫る言葉には一片の嘘もない。事実、アメリカも加わったスリランカ復興援助は各国の思惑がずれて共同援助が有名無実と化している。
 カディルガーマル外相のBBC発言が政治に敏感なシンハラ人たちの関心を買ったのは言うまでもない。日本国内では獰猛果敢にものを言う日本の政治家たちが、海を越えると途端に牙を欠いた獅子に変身して頭を下げて廻るのとは訳が違う。
 敏腕弁護士の滑らか過ぎる陳述は、時に諸刃の刃となる。彼の率直過ぎる発言は国内でも繰り返され、物議をかもす。


UNPとの確執

 チャンドリカ主導の政権がUNPに敗れた2001年12月、当時もチャンドリカ政権で外相を務めていたカディルガーマルはUNP主導の新政権を率いるラニル首相に呼ばれ、「’黒い6月’の暴動事件はUNPにその責任がある」という彼の言を訂正するよう求められたことがある。この「UNPに責任がある」という挑発的な発言は、テディ・ベア発言のように、やはりBBCのインタビュー(サンデーシャヤ)に答えた時に出てきたものだった。チャンドリカと歩調を揃えたカディルガーマルはUNPの仇敵となった。
 そのUNPにとって糾弾すべきカディルガーマルはスリランカ軍部を動員して政権を奪取したチャンドリカの復権ののち、再び外務大臣として現政権に現れた。そして、新たな政権は2000年前後の前回と打って変わってLTTEとの協調路線を進めるようになる。LTTEとの協調というテーマはUNPが初めて取った政策だったから、UNPはチャンドリカの変化をもろ手を上げて歓迎するわけには行かなかった。まして、そこに論客として仇敵カディルガーマルがいたのだから。


LTTEとの確執

 カディルガーマルは現政権でLTTEとの協調を目指したのか。いや、カディルガーマルの政治手腕はそれほど単純ではない。LTTEとの協調路線という道を選んだのはチャンドリカだ。カディルガーマルはチャンドリカの進めるP-TOMS協約に正面から賛成していない。
 彼はジャフナ生まれのスリランカ・タミルだ。しかし、LTTEがとるタミル国家建設、タミル自治区を設けてスリランカを分割するという政治目標に反対している。彼はタミル人のクリスチャンでありながら仏教徒シンハラ人至上主義を標榜しJVP張りのシンハラ国家を標榜している。LTTEをテロ集団として国際社会に紹介し、LTTEの国外追放を解いて歩いたのも彼である。
 かつて武装蜂起し、現在のところ武装路線を外しているシンハラ主義政党JVPと彼の間には密接なコンタクトがあるという。JVPは盟友の死を悼んでLTTEあてにEメールを送っている。
 それは「敬礼」と表題をつけた私信でLTTE指導者ピラパハランに送ったものだ。「友よ、志士よ。死してまた生きる友よ。理想を分かちながら死した友よ。君の死は無駄にはならない。我等は君の死を悼み、君が勝ち取ろうとして立ち向かった真の価値あるものを勝ち取るとるために更なる決意を固めた」タミルネット6月13日
 それはLTTEの仇敵であったカディルガーマルを褒め称え、盟友カディルガーマルの意志は不滅であるとするLTTEへの挑戦状であった。
 P-TOMS協約を憲法違反と断じ、P-TOMS協約を嫌って政府を飛び出したJVPはLTTEの対極にある。タミル人カディルガーマルとシンハラ至上主義政党JVPの結び付きはLTTEにとって不愉快この上ない。

 LTTEにとって彼は悪の加害者を弁護する悪徳弁護士であった。
 1999年9月15日、ムッライティウ近郊のプトゥックディルップで起きたスリランカ空軍による22人のタミル民間人殺害を国際赤十字委員会が糾弾した。このとき赤十字の申し立てに異議を唱えたのはカディルガーマルだった。
 こんなこともある。
 タミル・ガーディアンが政権交代で大臣の職を失ったカディルガーマルが大臣時代のままの豪奢な暮らしを続けていることを暴いて見せたことがある。カディルガーマルは職を失ってなお政府の高級車15台を持ち、125人の護衛兵を従え、コック・庭師・給仕を抱えている。その経費はすべて国家が支給しているというスキャンダルだ。暗殺事件勃発の当初、LTTEが狙撃犯として目されたが公私にわたる彼への糾弾には激しいものがある。


狙撃犯は誰か

 チャンドリカが抱えるスリランカ国軍は暗殺実行犯をLTTEと決め込み、トリンコマリのスリランカ軍施設爆破犯を暗殺実行犯として追っている。シンハラ語新聞のディワイナはトリンコマリの事件をトップに掲載し@k`tQ wYQm@l~qWw~ s~nyQpr\ gs` yRq hmRq` @sbLkO mr` qmwQトリンコマリで狙撃犯が爆弾攻撃、政府兵死亡 と報じた。この報道はシンハラ民族主義を鼓舞する色彩が強い。
 LTTEを実行犯とする見方にスリランカ停戦監視団は否定的な見解を表明している。また、LTTEはインドのNDTV.comによるインタビュー(16日)で、LTTEタミルセルワン政治部指導者が「暗殺は政府内の政敵によって起こされた事件」という発言をしている。
 チャンドリカの率いるスリランカ政府とタミル自治組織のLTTEはP-TOMS協約を結んでいる。その共同組織が国際社会からの津波救援金受け入れとその割り当てを行う。このときにLTTEが政府要人を暗殺すればLTTE自身に不利益が迷い込むことは自明だ。UNPはこの観点から、狙撃実行犯をLTTEではなくLTTEから分離したカルナグループの犯行という見方を当初していた。が、今はその論調が聞かれなくなった。

 カディルガーマルの周囲に敵は多い。LTTE,UNP、そして、ここ数日は彼に最も近い人の犯行という噂も飛び交うようになった。身内犯行説はもちろんマスコミに載る情報ではない。町の噂話にすぎない。だが、その噂話はLTTE幹部がインドのテレビで発言したかのようにまことしやかに語られる。
 大方のシンハラ人はいたって平穏だ。シンハラ社会が揺れるようなことはさらさらない。カディルガーマル外相暗殺はこれまでも身内のいざこざで起こされた多くの’嫉妬のテロル’と大差なく受け取られている。


誰が次の外相となるのか

 15日のカディルガーマル外相葬儀の時、チャンドリカ政権のマヒンダ・ラージャパクシャ首相とUNPのラニル・ウィクラマシンハ党首が椅子一つ挟んで同席した。ディワイナは不在の椅子を挟んで会話する二人をフライデーして紙面に掲載し、こうコメントする。この写真のタイトルはどうしようか?「カディルガーマルの死」、か? いや、「次期大統領たち」。「選挙は今年か?、来年か?」。「あんたか?俺か?」。二人がそんな会話を交わしたかどうか、もちろん知る由もない。
 これが大衆ジャーナリズムの底力だ。そして、この二人が友人であるという状況を理解すれば、この大衆ジャーナリズムの信憑性も深まって来る。昨年の吉田幼稚園開園25周年記念式典に来賓として出席した二人はこの日の葬儀の時と同様に同席し和やかに談笑していた。おい、式典に遅れたじゃないか。ああ、途中車が込んでいてさぁ。遅刻したラニル氏は落ち着かなかったが、二人のこうした談笑を訝る人はスリランカにはいない。二人は敵対する政党に籍を置く友人だ。

 カディルガーマル外相の葬儀のあと、チャンドリカ周辺から次の外相の名がいくつか掲げられた。大統領は彼に代わる外相を和平実務経験者のジャヤンタ・ダナパーラ、タミル穏健政党TULF党首でカディルガーマルの盟友アーナンダサンガリのいずれかに内定するもようだという。シンハラとタミルの候補者の名が上がっているのだが、これは明らかにP-TOMS協約のすみやかな履行を視野に入れた人選だ。
 観光大臣のアヌラ・バンダーラナーヤカの名も外相候補にあがっているというが、まさか、そこまであからさまには任命しないだろう。  


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