晩秋の黒部五郎岳 (3/3)

第3日(10月14日):晴れのち曇りときどき雨

小屋
冬季小屋と薬師岳
五郎
小屋前から黒部五郎岳を望む
起床は4:40で、小屋内の温度は10.5℃と暖かかった。小屋に泊まって正解だったと思った。まだ暗い外に出てみるとどん曇りで、星はひとつも見えなかった。
湯だけ沸かしてココアを淹れ、パンの朝食にした。これが一番水を使わない。出発前に天気予報を聞くと、飛騨地方は午前中はおおむね晴れで、のち曇って、夕方は山沿いなどところにより雨ということだった。今日は鏡平までのつもりだったが、翌日のことも考えると、できるだけ下に下りておいたほうが良さそうだ。新穂高温泉までのコースタイムは10時間なので、下山できないこともない。16:55のバスに乗れば、深夜になるが帰宅することも可能だ。そこで、最低でも鏡平、できればワサビ平、あわよくば下山、を目標に歩くことにした。
出発する頃には雲は流れるようになり、五郎や笠の山頂が時折雲の中から見えるようになっていた。

6:16 出発(2315m, 12.4℃)

笠
笠ヶ岳の雲はなかなかとれない
五郎
ゆっくりコースから見た五郎は雲の中だった
他の3人に、早く起こしてしまったことを詫びてから出発した。
いきなり急登。・・・のはずだったが、新しくつけられたらしい道が分かれており、ラクに歩けた。新しい道は合計3箇所で、それぞれ分岐点に小さな手作りの看板があり、「ゆっくり回り道コース」「ゴロゴロ急坂コース」なんて名前がついていた。要するに、岩ゴロ道を直登するのか巻くのか、という違いだ。我々はもちろん、3本ともゆっくりの方を選択した。
ゆっくりコースはその特性から見晴らしがよく、黒部五郎を見ながら歩くことができる。しかし肝心の五郎は雲の中だった。

7:17 尾根上に出る(2590m, 12.3℃)

森林限界を過ぎ急登が終わると道はゆるやかに左(北)に曲がり、夏に残雪があるところで尾根の突端に出た格好になって北の展望が開け雲ノ平と薬師岳が姿を見せた。これから向かう東を見ると、三俣蓮華岳から双六岳にかけての稜線は、ある一線から上が雲の中だった。2661mのピークは見えるので、雲のラインは標高2700mあたりだろうか。
方向を東に変え、雲の峰を目指してハイマツの中を進む。ちょっぴりがっかりしたが、2661mピークに差し掛かったあたりでふと振り返ると、それまでしつこくかかっていた雲がようやくとれた黒部五郎岳が目に飛び込んできた。ラテラル・モレーンの内側の落葉したカンバ林が美しい。雲ノ平からの姿もいいが、ここからはカールが真正面なのが印象的。なかなかいい角度だと思った。

7:53 黒部乗越(2635m, 12.5℃)

谷
祖父岳の胴体とカール
2661mピークを越えると崖の上端をトラバースする岩ゴロ道になる。左手の下にカール地形が広がり、その向こうには黒部源流の谷をはさんで雲ノ平(というより祖父岳)の胴体が屏風のように聳えていた。胴体は陽を浴びてきらきらしていたが、木々は葉を落としていた。紅葉の最盛期はさぞ美しいに違いない。
左にカールを眺めながらさらに登り、黒部乗越に到着。ここは三俣山荘への分岐点で、立派な標識が立っている。ところで黒部乗越というと黒部五郎小舎のある五郎平を指すこともあるらしく、そちらを黒部乗越としている本もある。黒部五郎小舎のオーナーでもある小池潜氏の写真集もそうだ。が、ここの標識には黒部乗越と明記してある。だが乗越というには地形的にちょっとおかしい。はてさて。
分岐を過ぎたあたりでライチョウを見かけた。もう下半身がずいぶん白くなっていた。

8:30 三俣蓮華岳登頂(2800m, 14.6℃)

登山道
うっすらと見える五郎をバックに登る
登るにつれて雲も上がっていき、三俣蓮華岳の山頂に着いた頃は周囲の山もうっすらと見えるくらいだった。しかし強風のため寒く、山頂のケルンに身を隠すようにして休憩をとった。

8:48 三俣蓮華岳発(2830m, 10.8℃)

蓮華岳を出発する頃は山頂周辺の雲はかなり薄くなっていた。このあとはいったん下るが、風は西風で、東側斜面に入るととたんに無風状態になり、ぐっと暖かさが増した。丸山への登りにかけてはまた西側に出た。今度は登りなので風が心地よい。・・・と思ったのは最初のうちだけで、すぐに寒さが身に沁みる。

9:15 丸山(2840m, 12.0℃)

双六岳
丸山から双六岳と笠ヶ岳の眺め
丸山はのっぺりとした山で、登りきってから平らな道を10分ほど歩く。辺りをずっと覆っていた雲はすっかりとれ、とうとう槍の先っちょが見えるまでに回復してきた。昨日歩いた太郎平から五郎の稜線もすべて見渡せた。

9:38 中道分岐(2765m, 14.3℃)

双六岳
圧巻の双六岳の腹
晴れてきたので双六の山頂を経由することも考えたが、風は強いし時間はないしで、予定通り中道を行くことにした。丸山を下って少しすると東側斜面に入る。ここでとうとう黒部五郎岳ともお別れだ。
中道は分岐から一気に下ってそのあとはだらだらと登る感じだ。なんとなく双六小屋に向かって下っていくようなイメージでいたが、そのつもりで行くとしっぺ返しを食うことになる。本当に下るのは最後の10数分だけなのだ。
中道は初めて歩いたが、美しくて楽しい良い道だった。行く手には槍が雲の間から時々姿を見せてくれたし、なんといっても右手の双六岳の斜面が圧巻だった。大きすぎてカメラに収まりきらない。輝く枯草に積み重なった巨岩の迫力が凄かった。振り返ると丸山にかけての斜面がずっと黄金色に染まっていて、鷲羽・水晶もきれいに見えた。

10:14 山頂分岐(2720m, 24.1℃)

槍
分岐からは槍ヶ岳が見えた
山頂からの下り道との合流点に着いたときには槍が完全に見えるようになっていた。ここから小屋に向かって下りが始まる。

10:18 巻道分岐(2705m, 24.9℃)

三俣蓮華岳
振り返ると三俣蓮華岳(中央)が
この周辺は広場になっている。小屋まであと10分ほどなので立ったまま水を飲んだりして休憩した。振り返ると中道からは見えなかった三俣蓮華岳が見えた。

10:30 双六小屋着(2610m, 27.1℃)

鷲羽岳
鷲羽上空の不吉な黒い雲
ジグザグにどんどん下って双六小屋到着。水はまだ500ml残っていた。涼しかった(というより寒かった)のであまり消費しなくて済んだのだ。ペースも、黒部五郎小舎から4時間ちょっとでほぼコースタイムどおりと順調そのものだった。
人気の双六小屋といえども、さすがに閑散としていた。小屋前広場のテーブルの数が妙に少ない。そのひとつで年配の男性がひとり、おにぎりを食べていた。黒部五郎小舎を出てから今日初めて人に会った。
我々もベンチに陣取って、鷲羽を眺めながら水分と食料を摂った。先ほどまですっきりと晴れていた鷲羽の上空に、いつの間にか怪しい黒い雲がかかっていた。小屋の人の言うには、低気圧が近づいている証拠だという。予報どおり、夕方には雨が降るのだろうか。

11:00 双六小屋発(2595m, 21.6℃)

笠
秋色の双六池と笠ヶ岳
西鎌
西鎌尾根と槍ヶ岳
トイレを済ませ、水を補給してから出発。小屋の裏のテント場に出るとまた風が吹いてきた。双六池の周囲がすべて草紅葉で覆われているのを見て思わず歓声をあげてしまった。きれいだ。
弓折岳の稜線まで再び登り。登りきって稜線の東側に出ると少し下る。その鞍部に、3年前にはなかったベンチが設置してあった。ここは正面が槍ヶ岳と絶好のロケーション。すげえ。先を急ぎたいところだが、腰を下ろしてゆっくりと眺めを楽しんだ。

12:00 花見平

迫力の槍を見ながら進むと雪田に到着。もちろんこの時期は雪はない。ここにも見慣れぬベンチがあり、単独の女性が休んでいた。さらに「花見平」なる看板が。えっ、ここってそんな名前だったの。でも看板が新しいところを見ると、最近つけられた名前なのだろう。(検索してみたら2004年以降の山行記録しかヒットしないようだ)
この花見平からの眺めも素晴らしかった。穂高は逆光気味でちょっと霞んでいたが、槍は上手い具合に陰影が強調されて先ほどよりも表情が豊かになった。すげえ。「花見平」よか「槍見平」の方がピッタリだと思ったが、すでに他所についている名前じゃダメなのかな。
眺めを堪能して立ち去ろうとし、鷲羽・水晶が見えるのはここが最後だったことを思い出してお別れに一目見ようと振り返ると、ベンチで休んでいた女性が三脚セルフタイマーで槍を眺める自身の写真を撮っていた。なるほどと思い、相棒にシャッターを押してもらってマネをした。

12:14 弓折岳分岐(2625m, 27.3℃)

槍
ド迫力の槍
花見平からはちょっと下るだけで分岐に到着。道中でさんざん遊んだがコースタイムどおりでほっとした。
ここにもベンチができていた。花見平で休んだばかりなのでここはちょっと腰を下ろしただけで通過した。相変わらず槍の迫力は凄まじく、眼前に迫り来るようだった。

12:53 鏡平山荘(2355m, 24.7℃)

鏡平山荘
鏡平山荘から歩いてきた道を振り返る
弓折岳分岐から35分で鏡平山荘着。周辺の紅葉の見ごろは前の週末までだったらしい。13時までに鏡平に着いた場合はワサビ平に下りると決めていたので、ジュースを買って飲んでからすぐに出発した。
ここでついに空は雲に覆われてしまった。それでも雲は高かったので、念願だった鏡池越しの槍穂連峰をとうとう見ることができた。今まで何度か通っていた道だったが、いつも眺望がなかったのだ。しかし、憧れていた景色ではあったがあまり感動は大きくなかった。曇っていたのと、稜線での迫力ある眺めに圧倒され尽くしたからだろう。
鏡池を出てからすぐに夫婦の登山者とすれ違った。この日4組目の対向者だった。そしてこのあとはもう、対向者に会うことはなかった。

13:38 シシウドが原(2160m, 21.1℃)

紅葉
穂高連峰とシシウドが原の紅葉
紅葉
シシウドが原から大ノマ乗越方面を見上げる
15分ほど下ってからトラバースになり、さらに15分ほどでシシウドが原に到着。鏡池からは30分ちょっとで着いてしまった。このトラバースは林の中の薄暗い道という印象を持っていたが、この時季は葉っぱが落ちていて明るかった。しかしこの落ち葉が曲者だ。道を隠してしまうので、大石のつもりで足を踏み出すとガラガラ動いたりしてぎょっとすることがあった。
シシウドが原周辺は紅葉がきれいだった。

13:51 シシウドが原発(2165m, 23.4℃)

紅葉
紅葉の谷を下る
軽食をとってから下りにかかる。両側が紅葉している広い谷を下るというシチュエーションは初めてで、結構感動した。だが林に入ってしまうと、林の中は紅葉していなくてさほどきれいではなかった。

14:36 秩父沢(1830m, 23.9℃)

さすがの秩父沢も水が少なく、橋がなくてもラクに渡れそうだった。ここの橋は鏡平山荘の小屋終いとともに撤去されるという話だ。
さて、この時間に秩父沢ということは新穂高下山も夢ではない。16:55のバスには間に合いそうだが、それでは風呂に入れないし、帰宅は深夜。それだったら平湯か新穂高の温泉宿に泊まろうということになり、試しにケイタイを取り出してみると通じるではないか。観光協会を呼び出してみるが繋がらない。夢中になってi-modeで宿を検索したりしているとあっという間に10分ほどが過ぎた。ここで相棒が、空が暗くなってきたことに気付いた。やべえ、とっとと下りよう。あとのことは下で考えればいい。
ザックを背負い歩き始めて数分後、ついに雨が降ってきた。

15:17 林道着(1585m, 22.4℃)

登山口
林道に到着して振り返る
雨はまだカッパを着るほど強くない。ザックカバーを付けようか迷ったが、とりあえず林の中の道までがんばろうと急ぎ足で進む。焦らず、慎重に、速く・・・と念仏のように唱えながら歩いていたが、濡れた石でスリップして転んでしまった。しかし、記憶と違ってなかなか林に入らない。そう、葉っぱが落ちているのだ。もう面倒になって、余計なことは考えずに足元だけに集中して歩いた。
そうこうしていると雨は小康状態になり、その隙に河原に出た。3年前に行われていた補修工事は終わっていて、遠回りすることなく林道に到達できた。

15:35 ワサビ平小屋着(1505m, 21.0℃)

林道に着いてからまた雨が降ってきた。ワサビ平までが長く感じられた。
ワサビ平小屋に泊まることも考えたが、すると翌日は朝から1時間の林道歩きとなる。しかも雨の中の歩きになる確率が高い。今日このまま濡れついでに新穂高まで行ってしまおうということになった。小屋で新穂高の宿を紹介してもらえないかと相談すると、同じ双六小屋グループの双六荘を斡旋してもらえた。なんと林道入口のゲートまで迎えにきてくれるという。願ったりかなったり。
ほっとして長めに休憩をとって足を休めてから、傘をさして16時に小屋を出発した。少しして雨は止んだ。17時ちょうどにゲートに着いた。なんだか前より舗装区間が増えているような気がした。ゲートからケイタイで双六荘に迎えをお願いした。行動11時間の長い1日はようやく終わった。

双六荘

双六荘は小さな、古い旅館だった。バス停新穂高温泉口のすぐそばで、ゲートからは車で10分くらいかかった。
木の風呂が気持ち良かった。宿の隠居と思しき老人が自慢の湯だと延々と説明。くどい。が、確かにいい湯で、ひと風呂浴びただけで肌がつるっつるになった。
食事もなかなかで、岩魚の笹の葉焼きやきのこ鍋が美味しかった。全般的に味はしょっぱめだったが、山から下りてきたばかりなのでちょうど良かった。ヱビスビールかワインがあったらなお良かったのだが。あと、せめて食事中は禁煙にしてほしい。折角の料理が台無しだ。
20時ごろいったん寝て、夜中に起きてまた風呂に入った。とてものんびりできた。

10月15日 雨のち曇り

朝から本降りの雨。昨日のうちに下山しておいたのは正解だった。前日に送迎車で一緒になった若者と、バスを待ちながらいろいろ話をした。彼は表銀座から槍・大キレットと歩いたそうだが、槍の山頂では、1時間くらいいたのにほとんど人が来なかったということだった。みんな涸沢に行ってしまうので、槍は空いているのだそうだ。また、今年の紅葉は色づきが良くないとも言っていた。
平湯で松本行きのバスに乗り換え。信州に入ってしばらくすると雨は止んだ。スーパーあずさに乗って14時過ぎには帰宅できた。関東はなんと晴れていたのだった。
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