晩秋の黒部五郎岳 (2/3)

第2日(10月13日):快晴のち曇り

4:40に起床。室温は12.7℃で、とても暖かかった。早速自炊室に移動するが、まだ小屋内の発電機が動いておらず、暗い中で朝食を準備することとなった。空は物凄い数の星で埋め尽くされており、予報どおりの好天は間違いない。今日はこの山行の核心の黒部五郎越えで、山頂からの大展望への期待に胸がふくらむ。
梅茶漬けを食べていると徐々に空が明るくなって、星が消えていった。雲ひとつない快晴の空は真っ白になった。もしこのときに目覚めていたら、曇りと勘違いしたかもしれない。それくらい、晴れすぎているのだ。
結局出発準備が整ったのは6時ちょっと過ぎ。小屋の外でストレッチなどをしていると、食堂のTVでNHKのニュースが流れているのが見えた。これから2日間はテレビが見られないので、そのままもうあと10分くらい待って、週間予報を見てから出発することにした。予報によると、晴れるのは今日までで、明日以降は天気が崩れるようだった。うーむ・・・

6:21 出発(2340m, 14.3℃)

白山
草紅葉の向こうに白山を眺めながら歩く
風があって寒く、Tシャツ・ウールシャツの上にカッパを着て、耳宛てを着けた。出発して間もなく、水晶岳の肩から朝日が差し込んできた。小屋のすぐ裏の太郎山を越えると、目の前の黄金色のなだらかな稜線の先に大雲海が広がり、中に白山が浮かんでいた。稜線の西側には目立って高い山は白山しかなく、雲海の広がり方はとてもダイナミックだった。小屋からは、ところどころに切れ間があるものの、木道がずっと続いていて歩きやすかった。
出だしの30分は、そんななだらかな気分のよい稜線漫歩が続いた。その後は、土留めの板が階段状に打ち込んであるえぐれた道が木道に混じって出現するようになった。

7:16 登りの途中

稜線
太郎山の稜線と鍬崎山(左)を振り返る
1時間近く歩いて体が温まり徐々に汗をかくようになったので、耳宛てをとってカッパを脱いだ。振り返ると太郎山の草紅葉の稜線が見えた。その向こうで鍬崎山が赤く色づいている。ハイマツの風下側にチングルマらしき赤い固まりがあり、縞状できれいだった。
さらに30分で太郎平小屋からも見える斜面を登りきると、視界が一気に開けた。今日これから歩く予定の北ノ俣岳と黒部五郎岳が見え、五郎の右奥に笠ヶ岳、左奥には槍ヶ岳が姿を現した。北ノ俣岳の西側山頂直下は残雪が豊富なところだが、この季節には雪は跡形もなく、夏に残雪があるところは草も生えずにぽっかりと口を開いたままだった。北アルプスというと岩と雪のイメージが強いが、ここから見える山肌はどこも雪が全くなく、なんだかヘンな感じがした。ここからなだらかな道をルンルン気分で登っていく。

8:12 北ノ俣岳登頂(2660m, 19.5℃)

白山
北ノ俣岳から白山
薬師岳
北ノ俣岳から薬師岳
30分ばかり登って北ノ俣岳登頂。西側の雲海はなくなっていて、有峰湖がきれいに見渡せた。湖の周囲は赤かった。もうそんなに紅葉前線は下りていたのだ。東は逆光でまぶしいが、水晶や鷲羽などの黒部の山々とともに、槍ヶ岳の勇姿が見える。穂高は五郎の肩で見えないようだった。北に目を転ずると、あいかわらずでっかい薬師の左肩に尖がった山が見える。おお、剱岳じゃないか。ん、ずっと奥は富山平野と・・・するとこれは日本海か。腰をじっくり落ち着けて、この山旅の最初のピークの眺望を楽しんだ。

8:36 北ノ俣岳発(2680m, 25.5℃)

五郎
北ノ俣岳から黒部五郎岳と槍ヶ岳
いよいよ黒部五郎岳を目指す。たっぷりと休憩をとったあと、まずは緩やかに下っていく。
五郎はカールを開いた東や北からの姿がなんといっても有名で、山頂がちょこんと突き出た西側からの姿はあまり馴染みがない。相棒なんかは笠ヶ岳と勘違いしてしまったくらいだ。
こちら側に突き出ている広い尾根に、ジグザグに登っていく急登の道が見える。キツい斜面を登りきって、肩からカールをどどーんと見下ろした5年前の感動を思い出した。あのときはガスだったが、今日はどうだろうか。

9:03 赤木岳(2630m, 23.0℃)

下りきり、ちょっと登り返して赤木岳。ここは山頂を巻く。山頂直下の道中に標識があった。
その次の小ピークが岩ゴロゴロで歩きにくいことこのうえない。相棒は荷物の重さに肩の痛みを訴えるし、そのうえ気温も上がってきて、ペースがみるみる落ちてきた。中俣乗越を見下ろす小広場で堪らずザックを降ろす。かつりんはもう我慢できずに、ズボンを脱いで下半身はスポーツタイツ1枚になった。まるで江頭2:50だが、どうせ今日は誰にも会わないだろうから構わない。

10:06 中俣乗越通過(2510m, 30.6℃)

五郎
2578mピーク付近からの五郎
広場で20分以上休憩してから出発。中俣乗越は10分とかからず着いたので通過した。
続いて2578mのピークを目指す。道はピークの直下を左に大きく弧を描いていく。すると薬師の右からとんがった山が見えてきた。立山だ。そのさらに右にまた特徴的な山容が見えた。どうやら後立山のようだ。8月末に歩いた唐松岳も見えた。すげー展望だ。
ピークからは、肩への急登がはっきり見えるようになった。ずっとジグザグで、最上部で左上への直線になっていた。

10:59 急登の手前で息を整える

急登
ガツンと張り出す五郎の急登
2578mピークを過ぎて鞍部へ下る。下りきってから少しの間は緩やかな登りで、そのあといよいよ急登が始まる。ここでいったんザックを下ろして呼吸を整えた。見上げると凄い迫力だ。ガツンと張り出した尾根がカッコいい。
しかしここは5年前にバテバテになった急登。今回もここで突然バテた。気温のせいもあるかもしれない。それまで30分〜40分で休んでいたが、ここでは20分ごとに休憩というペースにした。先ほどまで荷が重いとキツそうにしていた相棒はなぜか好調になり、どんどん先に行ってしまった。誰にも会わないと思っていたが、途中で、ものすごい身軽な老人に、ものすごいスピードで抜き去られた。

11:49 五郎の肩着(2810m, 31.4℃)

北ノ俣岳
急登の途中で歩いてきた北ノ俣岳稜線を振り返る
白くてカラカラと軽い石がゴロゴロしてくると、ジグザグが終わって左上にまっすぐ登るようになった。ようやく肩に到着だ。たかだか200mの標高差だったが、疲れて座り込んでしまった。カールには雪がまったくなかった。そしてぐっと近くなった槍が、予想外の巨大さでたたずんでいた。しかし感動より疲れの方が大きかった。
意外なことに、肩には大きなザックがふたつデポしてあった。ハイパー老人のほかにも登山者がいるようだ。

12:05 五郎の肩発、山頂へ

軽食をとりながら休んでいると山頂から人影が。大ザックの持ち主たちで、50代くらいの夫婦だった。テントでこの山域を気ままに歩いているのだという。五郎平の水場について知らないかと尋ねると、知らないようだった。が、「まー大丈夫でしょう」という。かつりんが太郎平小屋で聞いた話をすると「水場までは撤収しないでしょー」という根拠のない返事であった。うーん。そうこうしていると山頂から先ほどのハイパー老人が下りてきた。老人も話に加わり、テント場の裏に流水があったと思うのだがと言うと、この人は詳しくて、「その流水は涸れているかもしれないが、カールの中やカールから小屋に行くまでの間にたくさん湧き水がある」ということだった。また、最悪の場合は五郎沢まで下りればいいが、小屋からの汚染がちょっと心配だとも言っていた。いずれにしても不確定情報で油断はならないが、水は太郎平で買ったペットボトルのおかげで潤沢だ。
挨拶をしてから、みかんと水とカメラと防寒用のカッパを持って山頂へ向かった。ハイパー老人はそのまま北ノ俣方面へと帰っていった。

12:17 黒部五郎岳登頂(2840m, 29.4℃)

カール
黒部五郎岳山頂からカールを見下ろす(中央やや右が雷岩)
カール
カール壁と水晶岳
ゴロゴロの石を踏みしめて10分ほどで登頂。いかん、江頭スタイルのままだった。しかたないので記念写真は下半身を隠すようにして撮った。山頂は早めに発ってカールでゆっくりしようと思っていたが、今までの経験の中でも最高級の大展望を前にしてはすぐに下りることは不可能で、結局1時間もいてしまった。みかんを食べ、まったりのんびりとした幸せな時間を過ごした。もちろん、山頂は終始我々だけであった。(ぐるぐる写真

13:05 山頂を後にする

槍穂
黒部五郎岳山頂から槍穂連峰を望む
水晶岳
黒部五郎岳山頂から雲ノ平越しに水晶岳を望む
展望の白眉は槍と水晶だった。あたりまえだが、北ノ俣岳で見たときよりも槍はずいぶん近くなったなあと感じた。水晶は相変わらずきりりとした姿で、雲ノ平越しに眺められるのがよい。
展望を楽しんでから下山開始。見下ろすと、カールの中の何箇所かに水溜りがあり、水が流れ出しているようだった。ただ、溜まりには油のような汚れが浮いているのが見えたので、飲用には使わない方がいいかもしれないと思った。

13:30 五郎の肩発、カールへ下る(2800m, 22.7℃)

カール
槍穂を眺めながらカールへと下る(中央やや右が雷岩)
カール
コバイケイソウの残るガレ道をカールへと下る(中央奥が雷岩)
肩にもどって水分を補給してからカールに向けて下山開始。肩からは稜線を少し行ってから壁の中をジグザグに下る。遠くからは易しそうに見えた道だったが、実は岩ゴロゴロで結構手強かった。実になって黒く変色したコバイケイソウがうじゃうじゃと生えていた。今年は当たり年だったとかで、たいそうな数だった。バランスを崩してそのうちの1本にストックをうっかりぶつけたら、白っぽい種がはぜた。これまたたいそうな数で、いきなりだったのでちょっと驚いた。
山頂では雲ひとつなかったのに、突然雲が流れるようになった。

14:06 五郎のカール(2630m, 27.4℃)

雷岩
雷岩
山頂
山頂を仰ぐとまぶしかった
カールに降りたったあたりの巨大な岩の近くで、肩で会った夫婦のダンナさんの方がすげー機材で写真を撮りまくっていた。その付近で道は左(北)に曲がり、いったん五郎沢に入るようになる。どういうわけかそこだけペンキ印が見当たらず、わずか2,3分の区間だが濃霧時は注意が必要だ。
標識が現れて五郎沢から離れるあたりでザックを降ろした。今回の目的は山頂からの展望もさることながら、カールの底でコーヒーを飲むことだった。1時間くらいはたっぷり楽しみたいと思っていたが、もう山頂からの展望でお腹いっぱい。このときのためにコーヒー豆を持ってきていたのだが、インスタントのカフェオレで手軽に済ませて早めに小屋に向かうことにした。
山頂を仰ぐと逆光でまぶしい。やはりカール内の眺めは午前が旬なのだ。反面、雲ノ平方面は順光で美しかった。晴れの天気は続いていたが、頻繁に雲が流れるようになった。雲がかかって日陰になるととたんに寒くなり、温かいカフェオレがとても美味しく感じられた。写真を撮り終えた夫婦が先に五郎小舎へと下っていった。狐色の大きなカールの中には我々のほかには誰もいなくなった。特にすることもなく、水晶岳を眺めていたりした。まったりと時は流れていく。

14:40 カールを去る

カール
カールに別れを告げる(中央の丘に雷岩)
水晶岳
水晶岳を眺めながら五郎小舎を目指す
雲が増えて寒くなってきたので下山を開始した。出発前に目の前の流れから水を1L汲んだ。山頂から見たとき汚れているように見えたので、調理用にするつもりだ。ペットボトルの水1.5Lにはまだ手をつけていないので、これで合計2.5L。今日の夕食から明日双六小屋に着くまでの分としては充分だろう。
雷岩をちょっと過ぎてからカールの縁をトラバースするような形になり、カンバの林に入る。ナナカマドは葉が落ちて真っ赤な実だけになっていた。ここで後方から若い男性がやってきて我々を抜き去っていった。ザックの大きさからしてテントではなさそうで、すると冬季小屋は混んでいるのだろうか。

15:50 黒部五郎小舎着(2325m, 17.8℃)

紅葉
最後の輝きを見せる紅葉
いったん林を抜けて、またまたゴーロの道になる。ペンキ印を忠実にたどってどんどん下り、再び林に入る。この林の中にも何本か沢があり、水を得ることができる。そういった流れに遭遇するたびに時計をチェックし、小屋までの時間を計る。最後に深くえぐれた沢を渡ってからは8分で五郎小舎に到着した。ということは小屋から往復20分弱か。水場としては申し分ない。
空はすっかり曇っていて、寒かった。特に下半身が寒くて、そういえばあれからずっと江頭スタイルだったことに気付いた。

その夜

笠ヶ岳
笠に湧く雲に夕陽があたる
到着後、とりあえず気象通報を聴いた。この一帯はAMラジオの電波が入りにくいということで、聞き取りに苦労した。雨の区域は前日の北京からこの日は大連に移っていた。高気圧は東に去りつつあった。
冬季小屋はだいたい10人が入れるくらいの小さな建物だ(詰めればもっと入れると思う)。狭い小屋の方がテントよりも暖かいだろうということで、ちょっと迷ったが小屋泊まりにした。内部は中2階と2階の3段に分かれていた。この日の泊まりは我々を含めて5人で、先ほど林で我々を抜いた男性が1階、カメラマン夫婦が2階で、最後に到着した我々が中2階に入った。中2階は我々のテント(210cm×150cm)よりちょっと広く、ふたりが寝るには充分すぎる広さだった。ただ、天井がちょっと低かったので、何度か頭をぶつけてしまった。
結局、テント場の裏の流水は涸れていた。あのハイパー老人の言ったとおりだったわけだ。カメラマン夫婦は水の蓄えがなかったようで、最後の沢まで汲みに行っていた。
夕食は、小屋の前で調理をした。この頃には周辺はすっかりガスに包まれてしまい、たいそう寒くなってきた。シチューはすぐに冷めてしまい、乾燥野菜ももどりが悪くてあまり美味しくできなかったのが残念だった。トイレも閉鎖されていたので、闇にまぎれて用を足し、19時過ぎには眠りについた。
ところが、あまり寝心地がよくなくて夜中にしょっちゅう目が覚めた。床は板で、もちろんマットは敷いたのだが。外で風が強烈なうなりをあげているのが聞こえ、テントにしなくて正解だったと思った。
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