旅の終わりに−トロントにて− 


 トロントへ帰ってきてから久しぶりに村岡女史の訳で「赤毛のアンを」読みました。

 −アンは膝をついて六月の朝にみとれた。・・・中略・・・家の両側は一方はりんご、一方は桜の大きな果樹園になっておりこれまた花ざかりだった。花の下の草の中にはたんぽぽが一面に咲いていた。紫色の花をつけたライラックのむせるような甘い匂いが潮風にのって、下の庭から窓辺にただよってきた。
 庭の下は青々としたクローバーの原で、それをだらだらと下ると窪地に出る。窪地には小川がながれ、何十本もの白樺がいきおいよくはえている。下草は、しだや苔やさまざまな森林植物らしい。そのむこうはえぞ松や桜で青くけむったような丘で、木の間にみえる灰色の破風作りは、「輝く湖水」のむこう側からみたあの小さな家の屋根だった。−第四章「緑の切妻屋根」の朝より

 東の小さなアンの部屋から見た Green Gables のまわりの描写です。この中から家と庭、窪地と小川と丘が切り取られたように今の Cavenndish に有りました。100年近く前の姿がそっくりそのまま、この部分だけが残っているのです。マシューとアンが牛をつれて帰ってきた恋人の小道も有りますが、残念ながら牧場の辺りはゴルフ場になっていました。 Green Gables のまわりだけが島の人々によって大切に守られているのでしょう。

 今回 Cavendish を訪れて気がついたのですが、多くの「赤毛のアン」にあこがれる日本人にとって Cavendish は小説の中の Avonlea そのままではないかとのイメージが有ると思うのですが(日本のガイドブックにはそれしか載っていませんね)、実際には多くの北米人が夏の長期休暇を過ごすためのバカンス地になっていました。島でも有数の海水浴場があり、島の中でも特にショップや、長期滞在型のコテージなどが集まっている場所でした。海水浴だけでは時間のもたない子供のためにアミューズメント施設がいくつもあり、ゴルフ場があるのもその一部なのでしょう。(カナダではゴルフは日本よりも庶民的なスポーツで家族で楽しむ様です。)


Baie Rustico Bay

 島の風景で一番気に入ったのが、入り江などの切り取られた海の見える場所でした。北海岸をドライブしていると丘を超える毎に入り組んだ入り江の上を渡る橋を何度となく通りました。道の両側に青い海と緑と赤の縞模様の丘が広がります。写真ではとても撮り切れない美しさです。

 トロントへ帰って数日後に Uxbridge の果樹園へ林檎の花を見に行きました。平年より2〜3週間遅れでちょうど満開でした。果樹園を後にして Uxbridge の農村をドライブしていると、農家の軒先や牧場のはずれ、それこそ至る所に林檎の花が咲いているのです。モードの小説さながらの風景でした。多分PEIでもあと2〜3週間遅ければこの風景に出会えたのでしょう。

 モードが結婚後暮らした Leaskdale−Uxbridge の一集落−も PEI に負けないくらい素敵な風景だと私は思いながらよくドライブを楽しんでいます。では、なぜ、モードは Leaskdale をモデルに小説を書かなかったのでしょうか。


Park Corner

 PEIにあって、 Leaskdale にないもの、それは海の見える風景と潮騒の音だったのではないでしょうか。その風景の中こそがモードにとっての「黄金の道」のかけがいのない日々だったのだと思われてなりません。結婚後、 Mrs. Macdonald としてのモードはいつも心に「黄金の道」の日々を描き続け、その思い出の場所、品々、人々の話を彼女の小説に大切にしまい続けたのでしょう。唯一、 Mrs.Macdonald から解放された時が、「青い城」のモデルになった Muskoka で家族と過ごした夏休みだったのかもしれません。モードは「丘の家のジェーン」のように Mrs. Macdonald の自分を Maud として PEI のなかへ解き放つことに憧れ続けていたのでしょう。

 その願いかなってか、今モードは潮騒の聞こえる Green Gables を見下ろす丘に眠っています。多くの人が彼女の小説に触れ、その PEI の美しさを分かち合うことを喜んでいてくれればと私は願います。


Cavendish

Last Update: 24 Apr 1998
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