米国立環境健康科学研究所ジャーナル
EHP 2009年8月号 フォーラム
海洋の潮流が
北太平洋にメチル水銀を運ぶ

キャロル・ポテラ

情報源:Environmental Health Perspectives Volume 117, Number 8, August 2009
Ocean Currents Key to Methylmercury in North Pacific
by Carol Potera
http://www.ehponline.org/docs/2009/117-8/forum.html#ocea

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2009年8月8日
このページへのリンク
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/ehp/09_08_ehp_methylmercury_North_Pacific.html


 アジアの石炭火力発電所から放出される水銀が海洋の潮流に乗って長距離移動を行い、北太平洋の水銀レベルを上昇させているとハワイとアラスカ間の海洋16地点で水銀を測定した研究者らが報告している。彼らの発見は、東北太平洋にはこれといった水銀汚染源はありそうにないのに同海の水銀レベルがなぜ増大しているのかを説明し、従ってこの海域の魚の水銀レベルが高いことを示唆している。エルシー M. サンダーランドらは、もしアジアの石炭使用を含んで人為的放出が現在のレベルを維持し続けるなら、北太平洋の水銀レベルは1995年のレベルの2倍になると書いている。2009年5月1日に発表された研究報告書は太平洋におけるメチル水銀の形成を初めて報告したものである。
stuna.jpg(18883 byte)
太平洋の潮流が魚のメチル水銀汚染に重要な役割を果たしている。
images (top to bottom): Shutterstock/Baloncici;
Wikimedia Commons/U.S. Army

 現在はハーバード大学の研究員であるサンダーによってEHP2007年2月号に発表された研究によれば、アメリカ人の水銀摂取の24%は太平洋のマグロに由来する。水銀は、強い残留性と神経毒性のあるメチル水銀に容易に転換する。メチル水銀は子どもの神経発達を阻害し、成人の心臓血管系疾病のリスクを高める。魚類に生物蓄積する唯一の水銀の形態であるメチル水銀は、マグロのような捕食性種の全蓄積水銀の95%以上を占めるとサンダーランドは述べている。

 研究者により収集された水サンプルの中で、メチル化された水銀は、海表面や深いところの水ではなく、特に中間深度(200〜700メートル)で高かった。さらに水銀レベルは、1995年以来30%上昇したが、それは中間深度からのサンプルのみであった。”それが我々にとって不思議であった”と共著者で米国地質調査所の水文学者デービッド・クラベンホフトは述べている。海洋の水銀は大気中の堆積が海表面に落下したもの又は深海の海底火山からのものに由来するというのが従来の考え方であったが、クラベンホフトらは海表面又は深海の水からはほとんど水銀を検出しなかった。

 この謎はサンダーランドと共著者のシアトルにあるワシントン大学のサラ・ストロンデにより構築された大気海洋循環モデルによって解くことができた。そのデータは、水銀汚染源としてアジアの海岸の人口密集地帯からの放出を示した。このモデルによれば、この有害金属は、まず西太平洋に堆積し、次に海洋の潮流が東北太平洋の調査地点まで2年以内に運んでいた。

 著者らは、水銀の大部分は藻類の表面に付着して沈み、中深度の海中に定着することを発見した。海水中のバクテリアが水銀の付着する藻類を分解し、メチル水銀が生成される。同研究チームは、中深度の最も高いメチル水銀レベルは、微生物分解の指標である有機炭素利用の高いレベルと一致することを確認した。国連の食糧農業機関によれば、マグロの大型種もまた 200〜1,000メートルの中深海水層に生息する。

 この発表の数日後、フランスの科学者らの独立チームは、『Limnology and Oceanography(陸水学と海洋学)』の2009年5月号に、地中海におけるほとんど同等な結果を発表した。彼らはまた、中深海においてバクテリアによる有機物質の分解により生成されるメチル水銀の最大濃度を検出した。アルバータ大学生物科学教授ビンセント セントルイスも『Environmental Science & Technology』の2008年11月15日号で北極海における同様な発見を報告した。今まで、ほとんどの水中水銀研究は湖に焦点をあてており、”人々は海で何が起きているのかを理解し始めたところである”とセントルイスは述べている。この新たな発見は”メチル水銀が海洋のどこで生成されるのか理解するのに役に立つ”と彼は述べている。

 これらの研究はまた、なぜある海域で捕獲した魚がその海域近くに汚染源がないのに高いレベルの水銀を持っているのかという環境問題における謎に光を当てた。アラスカの魚類監視プログラムは州ごとの海洋水銀レベルを評価した。同州獣医師ロバート・ガーラッハは、ベーリング海のオヒョウの水銀レベルが1976年のレベルに比べて150%にまで上昇していることを観察しているが、アラスカ湾南東部のオヒョウの水銀の増加はわずかである。”私の仮説は、増加の原因はアジアの石炭火力発電所からの大気中の堆積と、海洋潮流に乗った長距離移動である”とガーラッハは述べている。サンダーランドのモデルは、アジアの海洋潮流はベーリング海まで移動するが、アラスカ湾は迂回することを示唆しており、ガーラッハの考えを支持している。

筆者紹介:モンタナを拠点とするキャロル・ポテラ(Carol Potera)は1996年以来、EHPのために記事を書いている。彼女はまた、 『Microbe』、『Genetic Engineering News』、『the American Journal of Nursing』 にも執筆している。


訳注:関連記事


化学物質問題市民研究会
トップページに戻る