ES&T 2009年6月17日
陸から海へ:水銀の沿岸環境への経路を追う

情報源 ES&T Online News - June 17, 2009
From land to sea: tracing mercury's transit to coastal environments
http://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/es901715p

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2009年7月1日


 世界の平均では、水銀の大気からの降下は産業革命以降3倍になったが、それは主に化石燃料の焼却のためである。この大気中の水銀が淡水系及び沿岸の生態系の広範な汚染の主要な原因であると長らく考えられてきたが、ある科学者らは他の潜在的な汚染経路として陸の地下水の流れに目を向けている。ES&T (DOI 10.1021/es900539c)に発表された報告書は、中部カリフォルニア沿岸の二か所で海に注ぐ地下水は、地域的大気浮遊水銀の海への落下に比べて、はるかに多くの水銀−それには驚くべき多量のメチル水銀(MeHg)を含む−を沿岸の水中に注ぎ込んでいることを発見した。

 海洋生態系を通じての水銀循環の多面性は、特に高い毒性を持つ有機メチル水銀(MeHg)の発生源について科学者らを悩ませてきた。一般的に言われている仮説は、無機水銀は、海底堆積物中の硫黄還元及び鉄還元バクテリアによってメチル化され、拡散と移流のプロセスにより海水中に放出されるという説である。しかし、研究者らは最近、そのようなバクテリアによるメチル化は、海洋の中深度の水銀含有水中の有機物質による分解で起きるのかもしれないと提案した(Global Biogeochem. Cycles 2009, DOI 10.1029/2008GB003425) 。

 他の最近の研究は、いくつかの海底地下水の放出が従来考えられていた以上に多量の水銀を放出するということを示唆した。しかし、そのような地下水中のメチル水銀の量、及びそれらのうちどのくらいの量が海洋に達するのかはミステリーである。プリンストン大学の生物科学者であるフランク・ブラックと彼の同僚らは、この疑問に対して中部カリフォルニア沿岸を調査した。”沿岸沿いの山に昔からある水銀鉱山や、石油堆積、地熱活動、及び水銀鉱物を伴う近くのサンアンドレス断層(San Andreas Fault)など、そこに高いレベルの水銀が存在することを疑わせる多くの理由がある。バクテリアによるメチル水銀生成のホットスポットとして知られる沿岸湿地もまた存在する”とブラックは言う。

 特徴が異なる二つの場所、すなわち、近くに町のある大洋に面したスティンソン海岸と、潮の干満がありモンテレイ湾に注ぐエルクホーン湿地帯で、研究者らは2007年10月から2008年7月の間に42の地下水サンプルを採取した。これらのサンプルの陸上ラジウム・レベルの測定値を沿岸の水中のレベルと比較して、科学者らは海洋に注ぐ地下水の量を計算した。そして、化学分析の手法を用いて、彼等はそれぞれの場所の水銀(Hg)量とメチル水銀(MeHg)量の平均濃度を推定した。場所の違いにも関わらず、そのレベルは同じようなものであったが、それは予想に反して高かったとブラック述べている。”合計水銀量はサンフランシスコ湾近くの大気中からの推定量より1桁大きいものであった”と彼は説明した。メチル水銀の流入は、沿岸水域のメチル水銀発生源であると広く考えられている地表堆積物からのものと同等であった。研究者らは、スティンソン海岸の近くの浄化槽の中のバクテリアの活動がそこでのメチル水銀化の主要な因子であり、一方、エルクホーン湿地帯の地下水は堆積物や湿地から流れ出ているのではないかと疑っている。

 ウッドホール海洋学研究所の海洋化学者カール・ランボルグは、メチル水銀の合成における潜在的な因子として浄化槽からの排水を示唆するこの研究は興味深いと感じた。”これは、地下水を通じて水銀が沿岸地帯に堆積するもう一つの重要な経路を示すものと言える”と彼は述べている。

 ”河口や沿岸地域におけるメチル水銀の生成が沿岸の漁場に生物蓄積し、おそらく沖合にも影響を与えるのに十分であるという合意が増大している”とスミソニアン環境研究センターの微生物生態学者であるシンシア・ギルモアはコメントしている。しかし、彼女は、”地下水放出範囲よりはるかに大きい全堆積物の範囲を考えれば、沿岸の堆積物中のメチル水銀生成は多くの沿岸生態系にもっと大きな影響を与えているということを意味する”と彼女は述べている。この問題を整理すために、”チェサピーク湾やサンフランシスコ湾のようないくつかの特定の生態系で全ての流れ(fluxes)をもっとよく測定することが重要であろう”。

 ブラックは、海底地下水の流れは、地下水中の水銀濃度が高く流量が大きければ水銀の相当な供給源であることを証明するかもしれないと予測している。”大きな疑問は、地下水中の水銀は人間活動によってどの程度影響を受けているのか、そしてそのうちのどの位が魚やその他の海洋生物によって吸収さえるのに生物学的に利用可能かということである”。


訳注:参考資料


化学物質問題市民研究会
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