2012年6月 欧州労働安全衛生機関(EU-OSHA)
職場におけるナノ物質に関する
リスク認識とリスク・コミュニケーション
概要紹介(第1章、第6章)


情報源:EU-OSHA European Risk Observatory, June 2012
Risk perception and risk communication
with regard to nanomaterials in the workplace
https://osha.europa.eu/en/tools-and-publications/publications/literature_reviews/
risk-perception-and-risk-communication-with-regard-to-nanomaterials-in-the-workplace


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2012年8月21日
更新日:2012年8月28日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/EU-OSHA/2012_EU-OSHA_nano_risk_at_workplace_report_summary.html


訳注:オリジナル報告書は、下記の章と附属書から構成されていますが、ここでは第1章(はじめに)第6章(結論)を紹介します。

1. Introduction
2. Current trends and scientific theories on risk perception of nanomaterials
3. Review of general principles and scientific theories on risk communication
4. Examples of challenges and difficulties of risk communication with nanomaterials
5. Activities on risk communication and perception for nanomaterials
6. Conclusions
7. Recommendation
8. Reference
Appendix 1: Internet web portals and platforms for risk communication
Appendix 2: Focal Point information request
Glossary

第1章 はじめに
 ナノテクノロジーは、疾病や感染場所を効果的に目標にする新しい医療から、途上国社会にきれいな水をもたら技術や地球温暖化と戦うための技術に至るまで、莫大な利益を社会にもたらす広範な新たな材料の開発をもたらす可能性を持つと広く喧伝されている。この種の誇張の現実性はナノテクノロジーは何でも問題を解決することができるという誤解される約束をもって議論されており、そのことがこの新たな技術に対する反動をもたらす結果となるかもしれないひとつの要素である(3i, 2002)。しかし、多くの人々はナノテクノロジーは次のような可能性を持っていると信じている。
  • 消費者に改善をもたらす。
  • 製造業における継続的な回復と成長を維持することに役立つ。
  • 世界的な課題と戦う取り組みに寄与する(e.g. Beddington, 2010; Look et al., 2010; UK Government, 2010)。
 ウッドロー・ウイルソンのナノテクノロジーに基づく製品の目録は現在、30カ国、587の会社により製造される1,317 品目の消費者製品をリストしており、最大の製品カテゴリーは”健康とフィットネス”で合計738品目に及び、その多くが化粧品と日焼け止めである(Woodrow Wilson, 2011)(訳注:Consumer Products An inventory of nanotechnology-based consumer products currently on the market)。

 接頭辞”ナノ”は小さいことを意味し、1ナノメートルは 10-9メートルである。ナノテクノロジーは、”ナノメートルスケールで形状とサイズを制御することにより、構造、装置、及びシステムを設計し、特性化し、製造し、応用すること”であると定義されている(BSI, 2005)。2011年10月18日、欧州委員会はナノ物質の定義に関する勧告を採択したが(EC, 2011)(訳注:欧州委員会2011年10月18日 ナノ物質の定義に関する勧告)、それによれば:
  • ”ナノ物質”は、非束縛状態(unbound)、又はアグリゲート(aggregate)又はアグロメレート(agglomerate)の状態であり、1 又はそれ以上の次元の外部寸法が 1nmから100nmの範囲にある粒子のサイズ数分布が50%以上である粒子を含む、天然、非意図的、又は工業的に製造された物質を意味する。

  • 特別の場合には、そして環境、健康、安全、又は競争力に関する懸念について正当化される場合には、50%というサイズ数分布閾値は、1%から50%の間の閾値によって置き換えてもよい。

  • 上記の例外として、1又はそれ以上の外部次元が 1nm 未満のフラーレン、グラフェンナノフレーク、及び単層カーボンナノチューブはナノ物質とみなされるべきである。
 これは、国際的なレベルに調和した包括的で科学に基づく定義の導入についての欧州議会から欧州委員会への要求に従うものである(EP, 2009a)。しかしこれは難しい問題であると考えられており(Bowman, D'Silva & van Calster, 2010)、とくに、欧州委員会の新規の及び新たに特定された健康リスクに関する科学委員会(SCENIHR)により強調されたように、粒子サイズは連続体であり、ナノ物質の特定の上限サイズを選定する科学的な理由はないからである。

 SCENIHR は、物質の特性が突然変化するというひとつのナノメートルサイズを特定するということはうまくいきそうになく、ナノ物質という言葉は、”特定のリスクを示唆するものでもないし、この物質が実際に(通常サイズの)構成要素に比べて新たな有害特性を持つことを必ずしも意味するものではない”ということを強調した。これは、ナノ物質は、”ひとつ又はそれ以上の外部次元、又は内部構造がナノスケールであり、同一物質であるがナノスケールの形状ではない物質に比べて新たな特性を示すことがあり得る”とする英国規格協会の定義と対照的であり(BSI, 2007)、そこではナノスケールは100nm又はそれ以下の状態のひとつ又はそれ以上の外部次元を持つものとして定義されており(OECD, 2008; ISO 2008)、ISO と OECD は下限を1nmと設定している。その他にもいくつか他の定義があり、それらから選択したものがSCENIHR (2010)の Annex 1 に示されている(訳注:http://ec.europa.eu/health/scientific_committees/emerging/docs/scenihr_o_030.pdf 39頁)。

 上述の欧州委員会による勧告の定義は、欧州連合内での法的及び政策的な目的で、ある物質が”ナノ物質”としてみなされるべきかどうかを決定するための参照として用いられるべきである。速いペースの技術開発と科学的進展を見極めつつ、この定義は2014年12月までに見直しの対象となる。特に、50%というサイズ数分布閾値はもっと大きくすべきか又は小さくすべきか;ナノスケールの内部構造又は表面構造を持つ物質を含めるべきかどうか(ある産業分野で用いられているナノポーラス及びナノコンポジット物質を含んで、複雑なナノ要素からなるナノ物質など)。

 それでもなお、サイズ、形状、表面化学、及びコーティングに非常に多様性があるということは、たとえひとつの化学物質、例えば二酸化チタン(市場に出ているナノ物質の中で最も多様に用いられているもののひとつ)であっても、ナノ粒子の可能性ある形態の数は非常に多いということであり、そのことは、ナノ物質とそれらを含む製品を取り扱う又は使用する労働者(及び一般の人々)の健康と安全を確実にするために求められるリスク評価を非常に複雑なものにする(Tervonen et al., 2009)。ハザードの特性と、どのようにしてそれらを職場で管理するかということは、ナノ物質の形態ごとに、あるいは、職場において健康影響、ハザード及びリスク評価の問題を引き起こすことへのナノ物質の様々な物理的及び化学的特性の寄与について得られた理解ごとに、評価される必要があるかもしれない。多くの研究がこれらの問題の経過について報告している。例えば、英国環境食糧地域省(Defra)から資金提供を受けたある研究は、ナノ粒子の哺乳類細胞へ侵入する能力に影響を及ぼす物理化学的要素を検討し、もっと詳細な調査を必要とする知識のギャップを強調した(Hankin et al., 2008)。

 ナノテクノロジーに由来するかもしれない提案されている多くの便益は、このスケールで工学的材料がもたらすことができる新たな特性により生じる。粒子のサイズが減少すると単位重量当りの表面積は増大し、粒子の表面上の原子の数が増大し、従って表面活性度が増大する。さらに、単位重量当りの粒子数はサイズが減少すると対数的に増加する。この反応性は新たな特性をもった工学的材料として効果的に用いられるが、更に重要なことは、より大きな粒子形態の物質に比較して、生物学的特性が強化される又は変更されることである(Warheit, Reed & Sayes, 2009)。また、六角形又は五角形でつながった炭素原子のチューブ又空洞球形であるナノチューブ又はフラーレン(別名バッキーボール)のような、新たな構造を生成する可能性があり、その特性もまた基本素材(この場合は炭素)の特性とは非常に異なるかもしれない。そのような議論は、ナノ粒子は同一物質でもっと大きなサイズのものとは異なる毒性学的特性及び異なるハザード能力を持つかもしれないという仮説を導き出した(Oberdorster, Stone & Donaldson, 2007)。

 継続する政府と学界のレビューの中で、ナノ物質のハザードを理解する必要性が強調され(例えば、英国政府により発表された進捗レポート 2006)、多くの科学的出版物が、隔離されたヒト又は動物の培養細胞から実験動物までの広い範囲で異なる実験結果をもたらしつつ、多くの異なる分析システムの中でナノ物質の潜在的な毒性の調査結果が報告された。そこでとられたアプローチの例は多くの報告書やレビューの中でまとめられている(e.g. NRCG Task Force 3, 2006; Stone, Johnston & Schins, 2009; Dhawan & Sharma, 2010; OECD, 2010a)。多くの研究中で言及された分離された細胞と組織中での主要な反応は酸化ストレスと炎症であり、小さなサイズ、大きな表面積、そして活性酸素(reactive oxygen species:ROS)を生成するナノ粒子の能力が、より大きな形状では比較的不活性かもしれな物質を動物に吸入させた後に観察される炎症や肺損傷に寄与する(Nel et al., 2006)(訳注:ウイキペディア:活性酸素:活性酸素の中でもヒドロキシルラジカルはきわめて反応性が高いラジカルであり、活性酸素による多くの生体損傷はヒドロキシルラジカルによるものとされている)。

 実際、活性酸素の生成と天然の抗酸化防御系(anti-oxidant defences)の対峙は、生体系で観察されるナノ粒子の毒性を説明するための最も良く研究されたパラダイムのひとつである。また、あるナノ粒子は遺伝子影響をもたらし、DNA損傷を引き起こすかもしれないことが示されている(Doak et al., 2009; Petersen & Nelson, 2010; Sargent, Reynolds & Castranova, 2010)。表面コーティング又はアグレゲーションはナノ粒子のこれらの影響の全てを変更するかもしれない。ナノ粒子の影響の多くは増大した表面積に関連し、用量反応曲線は重量よりも表面積の関数として表現されるときに、同じ曲線を想定する(Beckett et al., 2005)。ナノ物質の潜在的な毒性に関して今日までに実施された科学的研究の多くは、例えば肺や皮膚の中で局部的な毒性、さらにはそれらの末梢機関への移動の可能性に焦点を当ててきたが、大気汚染中で見出される超微粒子と同様に、血栓の生成や心臓発作のような心臓血管系への影響もまた、ナノ物質への暴露に由来するかもしれない(Mills et al.,2009)。

 英国王立協会・王立工学アカデミー(RS-RAE)の2004年の報告書は(RS & RAE, 2004)(訳注:英国王立協会・王立工学アカデミー報告 2004年7月29日ナノ科学、ナノ技術:機会と不確実性−要約と勧告)、ナノチューブは、アスベストと同様な健康影響を引き起こす可能性があるために特別の毒性学的注意を払うに値するかもしれないことを示唆した。続いてメイナードと同僚らも繊維状のナノ物質は、早急に評価がなされるべき強力な吸入ハザードを持つかもしれないということを強調した(Maynard et al., 2006)。彼らはそのようにすることを怠れば、人の健康とナノテクノロジー産業に対する公衆の見方の両方に壊滅的な結果をもたらすと警告した。これらの懸念は、この新しいタイプのナノ物質の研究に刺激を与え、その結果、あるタイプのナノチューブは、例えば実験動物にこの物質を注射したときにアスベストと同様な影響を誘引すること(Donaldson et al., 2010);これらの影響を誘引するためにはナノチューブは径に対する長さのアスペクト比が十分に大きくなければならず、 また体内で脱脂綿のようなボールを形成することなく長い繊維を保つよう、しっかりした構造でなくてはならない(Poland et al., 2008)−ことを示唆した。その結果、欧州委員会 (EC, 2008a)は英健康安全局(HSE)と同様に、”ナノサイエンスとナノテクノロジー (N&N) 研究活動は社会と環境の便益の進展を推進しつつ、ナノテクノロジーとナノマテリアル (N&N)の潜在的な環境、健康、安全に及ぼす結果を予期して、保護のレベルに比例した相応の予防をとりつつ、予防原則にしたがって実施されるべきこと”を勧告した(訳注:欧州委員会プレスリリース 2008年2月8日 欧州委員会 ナノ科学及びナノ技術の責任ある研究のための行動規範を採択)。 欧州労働組合連合のナノテクノロジーとナノマテリアルに関する第一次決議もまた予防原則がナノテクノロジーに適用されなくてはならないことを述べた(ETUC,2008)(訳注:欧州労連執行委員会2008年6月25日採択 ナノ技術とナノ物質に関する欧州労連決議)。しかし、予防原則が実際には何を意味するかということに関してまだ意見の相違がある(EC, 2010a)。

 経済協力開発機構(OECD)は、加盟国が工業ナノ材料から生じる安全性の懸念に対応するために、工業ナノ材料に関する作業部会 (WPMN) を2006年に立ち上げた。最近のOECDの活動はその出版物に概要が示されている(OECD, 2010c)。

 人の曝露の可能性は、ナノ物質の使用のされ方に依存し、構造中又は製品中に埋め込まれているナノ物質より、例えば職場で粉体状で取り扱われ、空気中に浮遊する可能性のある”自由”ナノ物質の方が人の曝露の可能性は大きいように見える。しかし、ナノ物質が埋め込まれていたとしても、ある条件の下では例えば製品がさらに処理される(例えば、製品が細かく砕かれる又は研磨される)ような職場では曝露が起き、又は材料や製品が使用されなくなったとき、廃棄処分の間、潜在的に再び廃棄物やリサイクル労働者に危険をもたらす。作業環境でのナノ物質への曝露を測定する技術は、例えば欧州委員会が資金提供している多くのプロジェクトを通じて、効率的に活用されている。これらの研究における主要な課題は、特定の目標ナノ粒子を、職場のヒーターや近くを通る交通などに由来する、周囲環境中の他の超微粒子とどのように区別し評価するかということである。職場でのナノ物質への曝露は、以前の欧州労働安全衛生機関のレビュー(EU-OSHA, 2009a)の主題であった。

 職場でのナノ物質への曝露を制御するために、最も効果的なアプローチは物質の発生源が関わるプロセスを閉じ込めることである(EU-OSHA, 2009a)。工学的制御の適切性は数少ないな研究だけの主題であったが、それらは、よく設計され適切に設置され使用される換気と排気システムが、エアーフィルターからの漏れや裂け目を防ぐための監視や保守行なうことで、労働者を適切に保護することができると結論付けている。多段HEPAフィルタ(high efficiency particulate air filters)付の排気システムの浄化が一般的には推奨される(e.g., HSE, 2011)。職場の空気をろ過するためにしばしば用いられる個人防護装置の効果は、一般的に例えば呼吸器系保護マスクで見られるような繊維質フィルターの性能に依存するが、まだ十分には評価されていない。拡散方式、機械的浄化方式、及び静電引力方式がナノ粒子に対して潜在的に効果がある(Brown, 1993)。それにもかかわらず、効果的な労働者保護には、ナノ粒子が取り扱われている職場内の知識が必要である。これは、例えば材料が製造される専用のナノ物質装置なら明快であるが、サプライチェーンの下流の組織(会社)では、取り扱われている、例えば切断又は製品への組み立てられている材料の構成要素について十分に知っているわけではないかもしれない。知らずのうちに、これらの労働者はナノ物質への曝露リスクに曝されているかもしれない。

 したがって、職場で工学的ナノ粒子を取り扱うことによるリスクの評価に関わる科学的不確実性はかなりある。英国政府による最近の報告書(UK Government, 2010)は、多くの既存のナノ物質についてしっかりしたリスク評価を実施するための証拠は不十分であると述べている。ナノ物質の潜在的なリスクに関する主導的な科学者や権威により発表された31の報告書と記事を体系的に精査した定性的不確実性分析(Grieger, Hansen & Baun, 2009) は、”知識のギャップは、基本的な環境・健康・安全(EHS) 知識のほとんど全ての領域に広がっており、改善されたテスト手法と装置、ヒトと環境への影響と曝露評価、そしてナノ物質の十分な特性化の必要性がよく認識されている”ことを見出した。

 このことは、法律制定者によるバランスの取れた規制措置の開発と施行を複雑にする(Franco et al., 2007)。現在ナノ物質に特化した規制は存在せず(Bard et al., 2008) 、多くの規制当局は既存の規制の枠組みがナノ物質に関連するリスクをカバーすることができると一般的に考えている(EC, 2008b)。2009年に欧州議会は異議を唱え、リスクの有無に関わらず、規制の枠組みによってナノ物質の主要点が適切に対応され、消費者と労働者への情報がナノサイズの成分が含まれていることを示す適切なラベル表示によって改善されることを確実にするために、労働者保護の法律とREACH(脚注1)を見直すよう欧州委員会に求めた(EP, 2009a)。したがって、REACHがどのようにナノ物質を取り扱っているかが検証されており、REACH国家当局ナノ物質小委員会(Competent Authorities Subgroup on Nanomaterials (CASG Nano))での討議と同様に、今後数年にわたってこの法律がどのように実施されるかに依存する (Breggin et al., 2009)。欧州委員会は、REACHは、その”物質”の定義の下に全ての化学物質をカバーしているので、ナノ物質もカバーしていると考えているが(ECHA, 2010)、どのようにナノ物質にREACHを適用するかの詳細は今後定義されるべきこととなっている。例えば、あるナノ物質はREACHの下で登録のためのトン数閾値を満たさない量で製造されるかもしれないし、小量レベルでは健康影響に関して求められるテストデータは緩いものになる。このことは、ナノ物質の増大する生物学的活性への懸念が、今のままでは、特にナノ物質がバルク形状の物質と同じであるとみなされるなら、REACHによって適切にカバーされないであろうことを示唆している。より大きな形状の化学物質へのテスト・アプローチはナノ粒子の潜在的な毒性に満足に対応していないかも知れず、テストガイドラインは修正される必要があるかもしれない。

 したがって、全体として職場でナノ物質を取り扱う労働者へのハザードとリスクについて著しい不確実性がある。いかにこれらのリスクが労働者と雇用者に伝達され、彼等に認識されるかがこのレビューの主題である。

1.1. 報告書の目的と構成

 レビューの目的は:
  • 関連する傾向と現状のガイダンスを参照しつつ、リスクの認識と情報交換の一般原則と理論をまとめる。これらの原則のナノ物質産業に関わる労働者と雇用者への適用の可能性を探る。

  • 職場におけるナノ物質に関するリスクの認識と情報交換に関与する利害関係者を特定し、主要な事例をハイライトしつつ、今日までに国家及び国際レベルでなされた適切な研究、調査、リスク・コミュニケーションを評価する。

  • この領域におけるリスク・コミュニケーションの取り組みの知識のギャップと限界を検討し、ナノテクノロジーの潜在的なリスクに関して労働者と雇用者とどのように情報伝達するかの提案と関連する困難をハイライトすることを目指して、対応すべき方法を提案する。

 このレビューは、EU諸国(デンマーク、フランス、ポーランド、英国)から選出された、リスク・コミュニケーション及びリスク科学とナノ物質の毒性に関する専門性を持った多領域チームによって実施され、7つの章に分けられた。すなわち、ナノ物質の話題への導入(第1章)、リスクの認識(第2章)及びリスク・コミュニケーション(第3章)に関する一般原則と理論のレビュー、ナノ物質のリスクと便益に関連する課題と困難の事例(第4章)、ナノ物質のためのリスク・コミュニケーションに関する関連活動のまとめ(第5章)、結論(第6章)、研究と文献から引き出すことができる勧告(第7章)からなる。

1.2.手法
 この報告書中の情報は出版された文献、インターネット及び灰色文献(脚注2)から抽出された。これらの検索は、キーワード”nanomaterials”に基づき、特に次の点に焦点をあてた。
  • リスクは、労働者と雇用者に焦点を当てつつ、様々な社会のグループにどのように伝えられたか;
  • ナノ物質のリスクの認識と情報交換に関して今日までになされた研究と調査;
  • ナノ物質の製造又は取扱いに関連する潜在的なリスクと便益を情報交換するするために、国家、EU、国際レベルの公的組織と業界団体により今日までにとられたた戦略と実践
 欧州労働安全衛生機関(EU-OSHA)の活動の中心(脚注3)は、この報告書の著者がナノ物質に関して、特に労働者と雇用者に焦点を当てて、EU諸国で行なわれたリスク認識調査とリスク・コミュニケーションの取り組みにアクセスするのに役立てるために質問票を通じて2010年に実施された。
脚注1:
http://ec.europa.eu/enterprise/sectors/chemicals/reach/index_en.htm
REACH規則(前文及び本文)環境省訳
REACH規則(附属書)環境省訳

脚注2:
 灰色文献(Grey literature)は、公開されている権威ある主要な科学的報告書文献で、しばしば政府研究所、大学、又は大きな研究所で組織内用に作成されていおり、しばしば主要な図書目録データベースには含まれていない。

脚注3:
  EU-OSHAの活動の中心(フォーカルポイント)は、EU-OSHAの公式な代表として、加盟国、加盟候補国、及び欧州自由貿易連合(EFTA))によって指名されており、通常は国家の労働安全衛生機関である。彼等はEU-OSHAの主要な安全衛生情報ネットワークであり、政府、労働者と雇用者の代表を含む国家ネットワアークとともに活動している。


第6章 結論 追加(12/08/28)

 このレビューの目的は、ナノ物質を取り扱う労働者と雇用者にどのように適用されるのかを探求しつつ、リスク認識とコミュニケーションの一般的原則と理論をまとめることであった。ナノ物質に関わる職場に適用できるであろうリスク・コミュニケーション・アプローチを強調する目的をもって、またその過程で遭遇した困難と挑戦を討議しつつ、今日までになされた関連する研究と調査を検討した。レビューの結論は、適切な場合には知識のギャップと一緒にした。職場におけるナノ物質リスク・コミュニケーションに対する具体的な勧告は第7章に示した。

 ナノ物質のリスク・コミュニケーションのための現在の状況は、”はじめに”で述べたように潜在的なリスクを調査するための研究がなされているにもかかわらず、ナノ物質のハザードにまだ多くの不確実性がある非常に限定された知識の一片である。普通の素人や労働者のある者らはナノ物質についての知識と理解はほとんどなく、したがって情報を与えられた情況に達することは不可能である。専門家ですら、ナノ物質の便益とリスクのバランスについて確実性をもって知っているわけではない。本質的に同名の物質でもナノスケールになると非常に異なる特性を持ち得るという事実は、混乱と誤解を引き起こすことがある。一般的に物質は量が増えればその物質からのリスクも増大すると考えられるが、ナノ物質の場合にはしばしば小量が扱われるので、このことについて混乱を起こすことがある。

 新たに出現した科学領域としてのナノ物質は、懸念、不信、恐怖を引き起こす、いくつかの本質的な特性(例えば、不確実性、親しみのなさ、潜在的に発症が遅く不可逆的な健康影響、人工であること)を持つ。したがって、分野や分野内での応用により異なる議論が生じる可能性がある。例えば、病気を治す目的の医療用途は一般的に公衆の受容に合致するが、人間の能力を向上させるための医学用途は受容されないし、第2章で議論したように食品分野でのナノテクノロジーの使用は、まだキッパリとしたこの技術の拒絶ではないが受容されていない。約束された便益についての広い範囲、目新しさ、興奮も、急速に変化する科学領域において不確実性があり、理解のレベルが低いという中で、リスク・コミュニケーションについても著しい困難を引き起こす。

 ナノ物質のリスクと便益の枠組みの形成のされ方は、リスク認識に大きな影響を及ぼすが、これをどのようにするかについての明確なガイダンスがないことが、利用可能な文献のレビューにより明らかになった。したがって、枠組み形成のための暫定的な勧告だけがなされた(第7章)。ナノテクノロジーは、便益という点に関してしてはメディアと一般大衆の両方にしばしば注目されている。このことを継続し、ナノ物質の安全で実りある進展をさせるために、予防的アプローチが多くの規制当局により推奨されている。ほとんどが、深刻なハザードが後から判明しても曝露を最小にするために、ナノ物質の環境への放出と労働者及び一般大衆の曝露を厳格に管理すべきであることに同意している。また、ナノ物質の潜在的なリスクだけでなく、現在、ハザード特性化の分野を取り囲む不確実性についても、労働者と情報交換し議論することが重要であろう。

 全ての利害関係者間の効果的でバランスのとれた意味のある対話が必要であるということが広く認識されており、このことは責任あるナノ科学とナノ技術研究のための欧州行動規範に示されている。このプロセスに関与させられるべき主要な利害関係者は、素人、公衆、労働者、潜在的な製品使用者である。もうひとつの主要なグループは、オピニオンリーダーとオピニオンメーカーであり、彼等は他の人々の態度、したがって行動に影響を与える情報増幅者である。職場におけるナノ物質の場合には、これらの人々は、例えば規制検査官、業界協会、供給者、訓練提供者、そして労働組合である。中小企業のためのもうひとつの情報源は、彼等に健康と安全要求を課すかもしれない彼等の顧客である。

 リスクと便益の健全な理解を開発する目的を持つオープンで正直なコミュニケーションはこれら利害関係者の全てにとって重要である。効果的なリスク・コミュニケーションをどのように進めるかに関するガイダンスは第3章で述べられ議論されており、必ずしも具体的に文書化される必要はないが、労働安全衛生に有用に適用することができるであろう。そのガイダンスは、Renn (2008) により最も有用にまとめられており(第3章にコピーされている)、Rennの指針原則の中心的メッセージは、目標とする対象者の関心を予期して、それに合うようにメッセージとコミュニケーション・プログラムを設計することである。例えば、中小企業におけるナノ物質についての知識レベルが低いならば、それらをリスク・コミュニケーション・イニシアティブの焦点とするということである。

 ナノ物質のためのリスク・コミュニケーションは特別の課題に直面しており、第4章で挙げている事例は、効果のないコミュニケーションの結果からもたらされる困難のいくつかを示している。製品ラベルや安全データシート(SDS)中の関連するハザード情報の記述を含んで、それらの事例のいくつかが議論されている。いくつかの報告書と利害関係者はSDS中の情報に問題があることを強調している。リスク・コミュニケーションにおける主要な課題のひとつは、たとえ親化学物質はひとつでもナノ物質には莫大な多様性があるということである。このことは、リスク・コミュニケーションは当該物質について完全に記述し、自由ナノ物質への曝露がありそうかどうかを考慮し、ナノ物質の毒性とそれが最高毒性と無毒性との間のスペクトラムのどこに位置するかを説明することを求めている。特定のナノ物質への曝露と健康影響との間の関連性は堅牢であり、説得力があり、科学的に持続可能であることが必要である。リスク・コミュニケーションにおける誤った情報や表示はこれらの問題をさらにひどくする可能性がある。

 しかし、他の産業分野(例えば原子力)では、利害関係者グループと効果的に連動し、リスクについての情報を形成し伝えるための戦略が確立している。(訳注:リスクコミュニケーションと称する戦略には、推進者による意図的な原子力の安全神話の確立のような危険性を本質的にはらむ)。これらはナノ物質のリスクと便益を利害関係者に伝えるための、数多くの過去及び現在の、国際的、ヨーロッパ、及び国家の取り組みを支援するために、様々な程度で作成されている。関連するそのような取り組みの代表事例の一部が第5章に示されている。あるものは他のものより成功しており、成功に到らなかった理由は第3章で紹介されたガイダンスに従っていないことに突き当たる。いくつかの主要な取り組みの分析と比較は、学ぶことのできるいくつかの有用な教訓を発見しており、特にリスク伝達に関する他の領域からの勧告がナノ物質の分野内で、適時性、自由な情報共有、公開の参加者間意見交換、議論の容認、及び議論は決定前に歓迎され、関与しており価値をつけていると参加者に感じさせるという認識を強調している。

 多くの取り組みは、その中には公開の対話のような形式をとるものも少しはあるが、潜在的に職場で曝露する人々より研究者や消費者としての公衆を対象としている。ひとつの顕著な例外は労働者はもとより公衆にも利用可能な興味深いマルチメディア情報を提供することを目指しているナノスマイル)(Nanosmile)ウェブサイトがある。さらに、第5章で強調されているように、それらの取り組みのあるものは労働者や環境に及ぼすリスクを制御するための責任よりビジネスの機会に焦点を当てているが、いくつかの産業と産業関連協会は、職場におけるリスク管理を目標としてガイダンスを開発した。いくつかの労働組合もまた、職場でナノ物質をどのように管理するかに関する情報資料を作成した。

 本稿執筆時点では取り組みは主に展示、ウェブ上の資料、又はイベントの形式をとっていた。文献は、主に一般公衆や労働者より、むしろ科学者や健康専門家のような専門家向けの英語による文書であった。現在、ナノ物質リスク管理に関する労働者向けの主要な情報は物質安全データシート(SDS)の中にある。残念ながら、情報の品質と有用性は効果的な情報伝達と管理の目的にとって、しばしば十分とはいえないが、それはしばしば、ナノスケール物質に特定したものではなく、バルク形状の化学物質から外挿した根拠のないものに依存しているからである。とくに、物質安全データシート(SDS)はしばしば、中小企業が利用するには困難であることが示されており、したがって、規制当局との一対一の口頭による情報を好む傾向がある。したがって、これらのアプローチの利用を効果的なものにするために、これら組織には限られた時間を他の多くの要求にも割り当てなくてはならないことを考慮して、これらの組織の中の適切な個人を目標にすることが重要である。したがって情報は明快であり、焦点を絞った信頼のある公的部門からのものである必要がある。

 利害関係者間の共同作業及び協力はリスク・コミュニケーションのための強力なツールとなり得る。関心を持つ利害関係者が産業協会、労働組合、オンライン・フォーラム、その他のネットワークを通じて協力する機会が存在するが、これは現在は自己選択、すなわち参加は全てのグループの代表ではなく、また最もリスク情報を必要とする人々というより、むしろ最も関心と熱意のある人々、又はビジネス推進者である。このことは、ナノ物質に直接関与する労働者は参加しないかもしれないことを意味する。現在、規制当局、産業、産業協会、労働組合は、労働安全衛生に関するリスクについての情報と伝達を提供する最も活動的なグループである。

 リスク・コミュニケーションは利害関係者間の信頼を築くのに役立ち、より良い政策作りを可能にすることができるが、それは万能薬ではなく、また必ずしも発生する対立を解決したり、理解を保証したり、ある仕方で人々を行動させるというものではない。第3章は、文献中で入手可能なガイダンスの主要な側面をまとめたものであり、もしそれに従えば、それはどのようなリスク・コミュニケーションも可能な限り効果的なものにすることに役立つであろう。今日まで、潜在的には他にもあるであろうが、利害関係者間には限られた対立しかなかった。現在、公衆の認識と増大した情報の影響が、リスク認識について対立する見解をもたらし、特にある特定の人々のグループは増大する情報の提供により、リスクについてより多くの懸念を持つように見える。このことは、リスク・コミュニケーションの取り組みにとって好ましい結果である。これらのことが継続し、新たに展開すれば、選択される形態は職場についての雇用者の決定を伝え、彼等が適切な防護措置を実施することを支援し、個々の労働者が自身の状況と環境に対して、個人的管理を行使することを促進することになる。このことが、職場の取り組みの長期的な成功を確実にするように見える。



化学物質問題市民研究会
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