欧州労連執行委員会2008年6月25日採択
ナノ技術とナノ物質に関する欧州労連決議

情報源:European Trade Union Confederation (ETUC)
ETUC resolution adopted by the Ecexutive Committee on 25 June 08
ETUC Resolution on Nanotechnologies and Nanomaterials
http://www.etuc.org/IMG/pdf_ETUC_resolution_on_nano_-_EN_-_25_June_08.pdf

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2008年12月13日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/ETUC/080625_ETUC_Resolution_nano.html


はじめに
 ナノテクノロジーは、構造又は物体をナノスケール〔原注1〕、すなわち、わずかな原子又は分子のサイズで設計、操作、製造することを可能にする、新たに勃興している学問領域をわたる技術である。このスケールでは、物体の物理化学的特性はもっと大きなスケールの物体の特性とは著しく異なるようになる。したがって、これらの技術で一般的にできることは、通常の技術では得ることが難しい、あるいは全く得ることができない新たな特性と挙動を持つナノ物質と呼ばれる物体を製造することである。

 ”次の産業革命のエンジン”と言われるように、ナノ技術は非常に広い範囲の開発と応用の可能性を秘めており、特にバイオ技術と医学(診断、治療、及び予防のツール)、情報・通信技術(微細化、記憶容量増大)、エネルギー(高効率のエネルギー貯蔵、変換、製造)、農業、環境(土壌、水、大気の浄化)などの分野が期待される。

 産業と政府はこの技術をしっかりと受け止めている。アメリカとヨーロッパにおけるナノ技術への公的資金の投入は、ともに年々増加している。たとえば欧州連合は民間企業の投資及び国家研究予算に加えて2007年から2013年の間に35億ユーロ(約4,400億円)をナノ技術のために計上することを決定した。最もしばしば引用される推定値は、ナノ技術の世界市場は2015年までに1兆ドル(約100兆円)に達するというものである〔原注2〕。

 雇用については、ナノ技術開発は2014年までに世界中で200万〜1,000万人の労働者を追加的に必要とすると言われている。これらの雇用の多くはヨーロッパで、主に新興の会社と中小企業において生じるように見える〔原注3〕。

 工業ナノ物質を含む又はナノ物質を利用した数百の消費者製品及び工業製品がすでに市場に出ており〔原注4〕、たとえば化粧品、スポーツ用品、織物、食品、塗料、建材、電子機器などがある。

 ナノ物質が製品から放出されるのかどうか、そして人の健康と環境へ及ぼす影響はどうなのかについて分かっていないにもかかわらず、ナノ製品は今日製造され市場に出されている。労働者は、研究室、製造、輸送、販売、清掃、保守、廃棄物管理にいたるまで製造チェーンの全てを通じて、これらの新たな物質に暴露する。それにもかかわらず、実施されている安全手順は適切かどうか、あるいは適用されている保護措置は十分であるかどうかは分かっていない。労働者と消費者は、潜在的なリスクに関して未知で知らされていないナノ物質を含む製品〔原注5〕に暴露されている。ナノ物質は、その結果がどうなるのか分からずに、またそれらを検出し測定する効果的な方法もないままに、開放空間に放出され拡散されている。

 いくつかの工業的ナノ物質は新たな通常ではない危険性を持っていることを示唆する科学的証拠が増大している〔原注6〕〔原注7〕。小さな粒子は大きな粒子に比べて単位重量当たり大きな反応表面積を持っているので、その毒性も増大するかもしれない。

 ナノ技術は我々の社会に大きな便益をもたらすかもしれないが、それらはまた我々の健康と環境に対する潜在的なリスクについての多くの懸念をもたらすかもしれない。

 2005年に欧州委員会は、「ナノ技術とナノ科学:ヨーロッパの2005−2009年行動計画」(訳注1)を採択したが、それはその技術のライフサイクルの全ての段階(原料、製造、流通、使用、リサイクル)における人の健康、環境、消費者、そして労働者に対するリスクを評価することを求めている。

 しかし、ほとんどの研究はまだ非常に初期の段階にあり、工業ナノ粒子が及ぼすかもしれないリスクがどのようなものなのか明確に描き出す包括的な情報を入手できるようになるまでには長い道のりがある。

 欧州労連(ETUC)及びその加盟組織や連合組織は、これら新たな技術の責任ある開発にとって重要であると考えられるヨーロッパの政策の要素を指摘することにより、この重要な社会的議論に最初の貢献をしたいと望んでいる。

欧州労連(ETUC)の立場

 ナノ科学とナノ技術は、原子と分子レベルで物質の基本的な構造や挙動を制御することを目指した研究開発(R&D)に対する新しいアプローチである。これらの分野には、新たな現象を理解し、事実上全ての技術分野で利用することができる新たな特性を持った新たな物質を生成する可能性が開かれている。

 欧州労連は、ナノ技術と工業ナノ物質が開発と応用について大きな可能性を持っているということを確信している。これらの技術の進歩とそれらがもたらすであろう新たな雇用は、人々の必要を満たし、ヨーロッパ産業の競争力を高めるのに役立ち、リスボン戦略(訳注2)で規定されている持続可能な発展の達成に寄与するであろう。

 しかし、欧州労連(ETUC)は、我々の社会に対するナノ技術の利益と人の健康と環境に及ぼす工業ナノ物質の有害な影響の両方に、相当な不確実性が存在するということに留意する。新たな技術とそれらからの製品の開発はまた、規制及び倫理的枠組みという点で、我々の社会に非常に大きな課題をもたらす。

 欧州労連(ETUC)は、”奇跡”と喧伝された技術と物質がもたらした過去の過ちを繰り返さないために、不確実性がある場合には予防的な措置がとられなくてはならないと考える。このことは予防原則が適用されなくてはならないことを意味する。これは、ナノ技術の責任ある開発とナノ技術の社会の許容を確実にするために本質的に必要な条件である。

 欧州労連(ETUC)は、2004年コミュニケーション「ナノ技術のためのヨーロッパ戦略に向けて」(訳注3)に示された「統合された安全で責任ある戦略」に基づく、欧州委員会の「ナノ技術とナノ科学:ヨーロッパの2005−2009年行動計画」(訳注1)を歓迎する。それにもかかわらず、2005-2007年の実施に関する最初の欧州委員会報告書についての我々の分析は、直ちになくすべき大きなギャップと非効率を明らかにしている。

 研究開発(R&D)への投資が懸念さるのは、ナノ技術の商業的適用の開発のための予算と、人の健康と環境に及ぼす潜在的な影響の研究のための予算との間の不均衡である。欧州労連(ETUC)は、ナノ技術とナノ科学のための加盟各国と欧州連合の公的研究予算の少なくとも15%は健康と環境の研究に割り当てられ、全ての研究プロジェクトは健康と安全の側面を含むことを要求する。

 欧州労連(ETUC)は、意味のある規制プログラムを準備するためにナノ物質の標準化された用語が緊急に必要であると考える。特に、欧州労連(ETUC)は、欧州委員会が、一次元又はそれ以上の次元が100ナノメートル以下の物体に制限されないナノ物質の定義を採用するよう要求する。このことはすでに市場に出ているナノ物質が将来の立法の範囲から除外されることを回避するために重要である。

 欧州労連(ETUC)は、現在の法の枠組み、及びナノ物質の健康と環境への影響についての労働者と消費者の懸念に対応するために必要な規制の変更を特定することに関する欧州委員会部門による検証の遅れを懸念している。

 数十万人の労働者の命を犠牲にしたアスベスト・スキャンダルの後に、そしてEUが立証責任を製造者に置く新たな化学物質法(訳注:REACHのこと)を最近導入した時に、欧州労連(ETUC)は、予防的アプローチがとられず、労働者に対して透明性がなく、人の健康と環境に与える影響が未知のまま、製品が製造され上市されるということは受け入れることができないということがわかった。

 特に、欧州労連(ETUC)は、ナノベース製品の製造者に対し、不溶解性又は生物蓄積性のナノ物質がライフサイクルの全ての段階で製品から放出されることがありうるかどうかを調べることを義務付けるべきであると考える。これらの放出されたナノ物質が人の健康と環境に害がないことを証明する十分なデータがなければ、上市は許可されるべきではない。

 したがって欧州労連(ETUC)は、REACH の”ノーデータ、ノーマーケット”原則に完全に従うことを要求する。欧州労連(ETUC)は、製造者がナノサイズ形状の物質の製造、上市、使用がライフサイクルの全ての段階で人の健康と環境に害を与えないことを確実にするために求められるデータの供給をしない場合には、欧州化学物質庁(ECHA)が登録を拒否するよう要求する。

 この原則の厳格な適用は、工業ナノ物質の安全性についての、特に人と環境中におけるナノ粒子の運命と残留性についての科学的知識のギャップを埋めることについて産業側を督励するために用いられなくてはならない。

 欧州労連(ETUC)は、欧州委員会に対し全ての潜在的に製造可能なナノ物質をより良くそしてより広く包含できるよう、REACH規則を修正するよう要求する。ナノ物質は年間1トンという閾値以下で製造又は輸入されるかもしれないので、実際、REACH登録要求を潜り抜けるかもしれない。欧州労連(ETUC)は、REACHの下におけるナノ物質の登録のために異なる閾値及び/又は単位(例えば容積当たりの表面積)が用いられることを要求する。

 欧州労連(ETUC)は、年間10トン以上の製造量の物質だけに化学物質安全報告書(CSR)を作成する義務を求めるのは、ナノ物質が上市される前に製造者又は輸入者がリスク評価をすることを回避するのを許すことになる、もうひとつの抜け穴であると考える。
 欧州労連(ETUC)は、ナノスケール用途が特定されているREACH規則の下で登録される全ての物質に化学物質安全報告書(CSR)が求められることを望む。
 欧州労連(ETUC)はまた、現在修正中のREACH の付属書 IV と V (登録義務の免除)により工業ナノ物質がREACH要求を潜り抜けることを許さないよう要求する。

 ナノ物質とナノ技術製品の研究、開発、製造、包装、処理、輸送、使用、除去に関わる労働者は最も暴露し、したがって有害な影響リスクに最もさらされるであろう。したがって欧州労連(ETUC)は、労働における健康と安全がどのようなナノ物質監視システムにおいても優先されなくてはならないことを要求する。ナノ物質への既知及び潜在的な暴露を防ぐ健康と安全の専門家(例えば、労働監査官、予防医療官、労働衛生専門官、産業医)のための訓練、教育、研究の必要性は大きい。

 欧州労連(ETUC)は欧州委員会に対し、毒性学的特性について知識にギャップがあるような物質に暴露している労働者に対し適切な保護をしていないと我々が信じる化学物質指令98/24/EC(Chemical Agents Directive 98/24/EC)を修正することを要求する。雇用者は、既知の危険物質が職場に存在する場合だけでなく、使用されている物質の危険性がまだ分かっていない場合でも、適切なリスク削減措置を講じることを求められなくてはならない。このことは、労働者が暴露する未知の健康リスクを有する他の多くの化学物質とともに、全ての工業ナノ物質をカバーすることを可能にする。

 労働者とその代表者(例えば、safety reps)は、報復と差別の恐れなしにリスク評価とリスク管理措置の選択に完全に関与できるようにしなくてはならない。さらに、彼らは職場に存在する製品の特性について情報を与えられなくてはならない。したがって、欧州労連(ETUC)は安全データシートはナノ物質が存在するのかどうかを明確に記述しなくてはならないと考える。もし、毒性学的又は生態毒性学データがない場合には、そのこともまた安全データシートに示されなくてはならない。欧州労連(ETUC)は、すでに既知の工業ナノ物質への職業暴露を防ぐために、遅れることなく多大な努力が払われなくてはならないと考える。それには、特に暴露監視、労働者の健康調査、及び適切な訓練が含まれる。

 欧州労連(ETUC)は、消費者もまた製品中に何が含まれているのかを知る権利があると信じる。多くの場合、ナノ技術製品に対してなされたテスト及びそれらの健康への危険性に関する情報は公開されておらず、又は消費者製品にナノ物質が含まれていることが表示されていない。完全に情報が与えられなければ、公衆はそのような製品の購入や使用について情報に基づいた決定をすることができない。

 欧州労連(ETUC)は、合理的で予見可能な状況での使用又は処分において放出される可能性がある工業ナノ粒子を含む全ての消費者製品は表示されるべきことを望む。さらに、予防的アプローチの一部として、欧州労連(ETUC)は加盟国当局に対して、ナノ物質及びナノベース製品の製造、輸入、及び使用に関する国内登録を規定することを要求する。これらの措置は、人又は環境の汚染を監視し、有害影響に対する責任がどこにあるのかを特定することを容易にする。

 欧州労連(ETUC)は、産業界の自主的取り組み及び責任ある実施規定(Industry Voluntary Initiatives and Responsible Codes of Practices)(訳注4)は、責任あるナノ技術の開発を支援するための現状の法の枠組みへの必要な変更の実施、及び/又は必要なら特定の新たな欧州立法の導入が決まるまで、有用な目的を果たすかもしれないと信じる。

 しかし、欧州労連(ETUC)は、署名者らが労働者の代表が設計及び監視に参加させることを約束し、遵守についての評価のために独立性と透明性のあるシステムを確保し(例えば労働監査官を参加させることにより)、遵守しない場合の制裁措置がある場合にのみ、そのような取り組みを支持する用意がある。さらに加えて、欧州労連(ETUC)はそのようなシステムを採用した会社は、彼らの製品に関連する有害性とリスクに関連する情報を開示し、彼らの製品に関わる責任に対して完全に説明できることを約束するよう要求する。

 最後に、ナノ技術は我々の社会の社会的、経済的及び政治的状況を大きく変える可能性を持っているので、全ての関心ある組織は彼らに影響を与える議論と決定に完全な発言権を持つことが本質的に重要である。したがって欧州労連(ETUC)は、これらの新たな技術に関する現在の議論への真の市民参加を確実にするために、十分な資金を約束することを欧州委員会と加盟国政府に要求する。


原注1
通常、1〜100ナノメートル(nm)。1nm=10億分の1nm

原注2
The economic development of nanotechnology, European Commission, 2006
http://cordis.europa.eu/nanotechnology/

原注3
The economic development of nanotechnology, European Commission, 2006
http://cordis.europa.eu/nanotechnology/

原注4
Consumer Products
http://www.nanotechproject.org/inventories/consumer/

原注5
In our understanding “product” encompasses a substance, a preparation or an article
我々の理解では、製品は、物質、調剤、又は成形品を含む。

原注6
SCENIHR (Scientific Committee on Emerging and Newly-Identified Health Risks), The appropriateness of the risk assessment methodology in accordance with the Technical Guidance Documents for new and existing substances for assessing the risks of nanomaterials, 21-22 June 2007.

原注7
IARC (International Agency for Research on Cancer):
http://monographs.iarc.fr/ENG/Meetings/93-carbonblack.pdf
http://monographs.iarc.fr/ENG/Meetings/93-titaniumdioxide.pdf


訳注0:関連記事
訳注1:ナノ技術とナノ科学:ヨーロッパの2005−2009年行動計画
訳注2:リスボン戦略
訳注3:ナノ技術のためのヨーロッパ戦略に向けて
訳注4:産業界の自主的取り組みおよび責任ある実施規定


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