2011年4月 CRS 最終報告書
アジア太平洋地域における余剰水銀の
環境的に適切な管理のためのオプションの分析


情報源:Analysis of options for the environmentally
sound management of surplus mercury in Asia and the Pacific
Final Report By CRS April 2011

http://www.unep.org/hazardoussubstances/Portals/9/Mercury/Documents/
supplystorage/Analysis%20of%20options-GRS_April%202011.pdf


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2011年4月28日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/mercury/UNEP/CRS_Surplus_Mercury_Asia_Pacific.html



エグゼクティブ・サマリー

アジア太平洋地域の水銀

 水銀は人の健康と環境に深刻な脅威を及ぼす有毒な物質であると認識されている。それにも関わらず、大量の水銀が製品の製造と産業用プロセスで未だに使用されている。アジア太平洋地域、もっと具体的には、東、東南、及び南アジアでは、2005年の総需要量は、Concorde の調査によれば1、約2,100〜2,700トンであった。近い将来、これら数字は変動することが予測される。塩ビモノマーの生産と蛍光灯の製造は増加しているようであるが、バッテリーや測定器のような他の製品のための水銀需要は、恐らく減少するであろう。長期的には、採鉱、塩素アルカリプラントの解体、非鉄金属生産、天然ガス生産、水銀含有廃棄物などからの水銀供給より、水銀需要は速く減少するであろう。

 もっと具体的には、2029年からは供給は需要を上回り、2029年〜250年の間に約5,500トンの余剰水銀をもたらすということが計算される。これは地域レベル(アジア太平洋)の計算を表す。国が水銀需要を削減するための実施措置、特に小規模水銀への削減措置を決定すれば、余剰はより早く生じるかもしれない。その場合、7,500トンまでの水銀供給の余剰は、2027年から2050年の間に生じるかもしれない。国レベルでは、国が余剰水銀の輸出を止めることを決めれば直ぐに生じる。Concordeによる調査は、将来の余剰供給源の最も重要なソースとして非鉄金属生産(亜鉛や金)を特定した。これらの産業分野ではプロセスガスの洗浄の間に、金属状態又は化合物(塩化水銀(I) 、カロメルなど)として生成される。さらに、水銀含有廃棄物の管理はこの地域で懸念が増している。この地域の多くの国では、一般的な有害廃棄物と特定の水銀廃棄物との分離収集が行なわれていない。環境的に適切な方法で水銀廃棄物の保管、処理、処分を実施する国の能力の欠如もあり、この状況は、その後の水銀放出の源となるであろう埋立およびオープンダンプの疑わしい不安全な状況の下での廃棄物の処分となる。

金属水銀:市場からの排除、保管、処分

 供給の削減は、人と環境に関連するリスクを削減する全体目標における優先事項であるとみなされる。リサイクル、非鉄金属生産の副産物、又はその他によって生成される金属水銀も水銀化合物も市場に商品として入り込むかもしれない。もし、供給が社会的に許容された用途のための需要を越えるなら、環境への放出を防ぐために、望まれぬ輸出も使用も市場から排除されるべきである。本報告書は、保管、安定化、処分により、そのような排除を支援するために用いることができる一般的なコンセプトを述べ、分析するものである。

 アメリカの地上での金属水銀保管のための倉庫コンセプト及び、EUの危険廃棄物の地下処分アプローチは両方とも、地域の余剰水銀の管理への有望なアプローチである。アジア太平洋地域でのこれらのコンセプトの技術的な適用可能性は疑いないが、それらの実施の完全な実行可能性は、サイト毎に示されなくてはならない。予備的な計算によれば、ひとつの中央化された倉庫に金属水銀 5,500トンを保管すると20年間で、おそらく 2,000万ドル(約16億円)のオーダーのコストがかかり、更なる保管又は処分のための追加コストが必要である。もし政治的、経済的、制度的な安定性が当該施設の全運用期間中、保証されるなら、金属水銀の地上保管は持続可能な解決である。

 金属水銀の地下保管はいまだ議論がある。このアプローチの予想される影響は、特に追加的な安全要求に関し、まだ不明なので、詳細なコスト分析はこの点において不可能である。しかし、ヨーロッパでは、安定化された水銀の保管は地下処分施設ですでに実施されている。

安定化

 最近の研究と展開を考慮すると、金属水銀の安定化は現在、可能であり、立証された技術であることが認識されなくてはならない。少なくとも、ひとつの全面的な産業用プロセスが現在利用可能であり、それは年間1,000トンまでの金属水銀の固体硫化水銀への転換が、トン当たり 2,700ドル(約21万円)で可能である。いくつかの会社が同様な技術で稼動しており、代替プロセスもまもなく商業的に利用可能となるかもしれない。

安定化水銀の仮保管と最終処分

 安定化水銀は、より安全な方法で取扱い、輸送し、保管することができ、保管と処分のコストの著しい削減を可能とする。硫化水銀のような安定化水銀の仮保管の特定のコンセプトは、まだ開発されていないが、安定化水銀の保管は、有害化学物質や有害廃棄物の保管のためのよく確立されたやり方に基づくことができると想定できるかもしれない。それは、環境的に適切に建設され、操業されているなら、特別保管施設又は既存の廃棄物埋立場で実施することができる。

 多くの国の廃棄物法によれば、硫化水銀は特別に設計された埋立場で処分することができる。しかし、表層(酸化)状態(at near surface (oxidizing) conditions) の硫化水銀の長期的な安定性について疑義がある。もうひとつの側面は、どちらかといえば扱いやすく、長期間、既存の埋立場の土地を使用できる可能性があることである。したがって、埋立場での処分についてのコンセプトは、更なる調査が必要である。低水銀濃度含有廃棄物については状況が異なるかもしれない。廃棄物が地上又は地下で処分できるかどうかを決定するために、ある閾値を決定することができるであろう。

地下保管−岩盤構造物、地下鉱山、及びコンセプト

 地下鉱山での永久保管は、有害廃棄物の安全な処分コンセプトであると一般的にみなされている。アジアでは地下廃棄物保管施設はまだ存在しないが、この地域におけるいくつかの国々では、核廃棄物の地下処分のための調査を行なっている。地下保管施設を収容するいくつかの典型的な潜在的岩盤構造について本報告書で議論する。岩塩鉱は岩盤構造物として適切であることが世界的に認められている。この地域には多くの岩塩床があるが、地下岩塩鉱の数は少ない。したがって、これらのうちのあるものは、地下保管目的に使用できるのかどうか評価するための更なる検討が必要である。一方、地下金属鉱山はこの地域にはたくさんある。それらには鉄はもとより亜鉛、鉛、銅の鉱山がある。例えば、硫化亜鉛は、しばしば高い濃度の硫化水銀を含む重要な鉱石の代表である。硫化水銀を金属鉱石に戻すことは、さらに調査されるべき重要なアプローチである。

 したがって、操業中の金属鉱山の一部を硫化水銀の永久保管に使用することが可能であろうという想定に基づいたコンセプトが開発されている。それは、コンテナーに収納され、新たに掘られた区画に設置され、その後、密封されることになるであろう。余剰水銀供給は多年にわたり少量ずつ生じるので(20年間で 7,500トン)、そのような少量を移動させ保管しても鉱山操業にロジスティック上の大きな影響を与えることはない。技術的な鉱山機器はほとんどの場合、すでに利用可能なので、硫化水銀保管のために追加コストは限定されたものであり、安定化のためのコスト(約 2,3000ドル/トン)に加えて約 750ドル/トン位であろうと見積もられている。もし、既存の坑道が使用できるならコストはもっと低くなる。地下処分のコストはその場所の状況に非常に依存するので、これらのコスト見積りは参考用だけであると考えるべきである。さらに、特定のサイトの適切性と長期間の安全性は、全体の地理学的状況、及び過去、現在、将来の採鉱の影響のような追加の要素に強く依存する。そのような分析は、特定のサイトが選定されてはじめて可能となることであり、それは本プロジェクトの範囲ではない。

 少し異なるアプローチをとることで、例えば、地下鉱山の商業的操業寿命の終わりに、それを全面的な地下保管施設に変貌せることになる。そのような施設は、安定化水銀の処分を可能にするだけでなく、水銀廃棄物、廃棄物焼却残渣、又は化学製品廃棄物のような有害廃棄物の環境的に適切な最終処分のために使用することができるであろう。そのようなコンセプトの実施が成功すれば、この地域、又は地域内の国々が、多くの廃棄物関連問題を同時に解決する助けになる。信頼性のあるコスト見積りのためには、サイト特有のデータが必要である。ドイツの経験によれば、地下(岩塩)鉱での地下保管施設における1回の処分費は、場所、廃棄物の種類、量によるが、トン当たり 350〜1,200ドルのオーダーである。

 倉庫コンセプトの実施は産業的使用のための要地確保に依存し、さらにコストはサイトが異なっても多分ほとんど変わらないかもしれないが、ふたつの地下処分コンセプトに関する完全な実施可能性分析をサイト特有ベースで実施することができる。もし、ひとつ又は他のコンセプトが更なる検討のために選らばれるなら、ひとつ又はいくつかのサイトが詳細な財政的及び環境的分析が行なわれる前に、サイト選定手順が開発され実施されなくてはならない。

 水銀保管と処分のための全てのコンセプトはアジア太平洋地域にとって全く新しいことなので、国家により適切な法律が開発され実施されなくてはならない。

水銀廃止戦略:効果的な収集−早期の安定化−安全処分

 余剰水銀供給に関連する問題に対応するために、生物圏からの永久隔離により効果的に水銀を市場からなくし、リスクの可能性を削減するための3段階戦略が提案される。それは次の段階からなる。

効果的な収集−早期の安定化−安全な処分

 効果的な収集は、市場で受容される用途が最早ない金属水銀と水銀化合物を排除するのに役立つ。水銀の安定化は現在、商業的に利用可能な技術であり、金属水銀を非溶解性又は、少なくとも溶解性の低い化学物質にすることができる。金属水銀の仮保管は、余剰水銀を収集し、出荷の準備をするために必要であるが、金属水銀の保管期間は可能な限り短くすべきである。最後に安定化された水銀の安全な処分オプションを開発する必要がある。このコンセプトは水銀の生物圏からの早期及び不可逆的隔離を目指すものである。それは、水銀のような危険で分解しない物質の処理のための最も安全で長期的なコンセプトである。この戦略の実施の成功は次の工程によって評価されるかもしれない。

  • (国家需要見積りに基づいた)収集のための義務と要求に対応した法的枠組み、仮保管、処理、処分(国家レベル)
  • 金属水銀と水銀廃棄物の改善された収集システムと輸送品質(国家レベル)
  • 最終ユーザーの、又は廃棄物収集センターの仮保管施設の利用可能性。金属水銀の保管期間は可能な限り短いこと(国家レベル)
  • 安定化プラントの利用可能性(水銀廃棄物から水銀を抽出するために、水銀廃棄物処理プラントとの統合可能性)(地域レベル)。安定化プラントは民間企業(例えば産業)又は政府所有かもしれない。
  • 安定化水銀、水銀廃棄物、及び可能性ある他の有害廃棄物の処分のための施設の利用可能性。安定化プラントと処分施設は、不必要な輸送をを少なくするためにできる限り近接させるべきである(例えば同じ国)(地域から国家レベル)
 これらの工程のある部分、特に他の国から安定化された金属水銀を受け入れる国の処分施設の操業は、ある程度の地域の協力が必要かもしれない。Concorde の調査によれば、大量の余剰水銀が2029年以降予想される。それまでに安定化プラントがこの地域で運用可能となっていなくてはならない。水銀の安定化、仮保管、及び処分の一回のコストは、長期の金属水銀の保管コストより安い。倉庫での地上保管は最終処分ではないので2、その後の期間の更なる保管と処分のための管理が必要である。両方のオプションは水銀が最終的に処分されるまで追加的コストが発生するであろう。

実施戦略

 しかし、そのようなコンセプトの完全な実施はある時間が必要なので、暫定的な措置が必要であろう。それらには、金属水銀、水銀化合物、及び安定化水銀の管理のための暫定的な保管施設が含まれる。過渡的期間に、この地域で保管、処理、処分のための施設が利用可能ではない場合、この地域の外で保管と処分のために金属水銀と水銀化合物の輸出はひとつの選択肢かもしれない。その実施は次の3段階からなるであろう。

第一段階:上述した分野における状況を改善し、必要な情報を収集すること。分離収集スキームを改善し、金属水銀、水銀化合物、及び水銀含有廃棄物のための仮保管施設を利用可能にすること。仮保管施設は、国家レベルで利用可能な既存の有害廃棄物処理施設とすることができる。この地域の金属水銀、水銀化合物、及び水銀含有廃棄物の処理(化学的変換/純度向上/安定化)の可能性を精査すること。もし、処理設備がこの地域で利用可能でないなら、余剰金属水銀と水銀化合物を暫定的に保管すること。もしそのような保管がまだ実施可能でないなら、地域外の国での処分のために輸出することもひとつの選択肢かもしれない。

第ニ段階:もし処理施設が存在するなら、水銀を抽出し安定化すること。処分施設が利用可能でない場合には、安定化した水銀と水銀廃棄物を暫定保管すること。

第三段階:地域内の適切な施設で、水銀を収集、抽出、安定化、そして処分を行なうこと。

もし、汚染者負担原則が余剰水銀に適用されるなら、亜鉛精錬や金採鉱などにおける副産物としての水銀及び水銀化合物の製造者(ほとんどは産業)は余剰水銀の管理のコストを負担しなくてはならないことになるであろう。

 提案される戦略は、入手可能な技術的コンセプト経験に基づいており、この地域における水銀と水銀廃棄物の環境的に適切な管理に向けて実施可能な道を開くであろう。


脚注1:Concorde (2009) Assessment of excess mercury in Asia, 2010-2050

脚注2:処分(disposal)という用語は廃棄物であるとみなされる水銀にのみ適用する。「有害廃棄物の国境を越える移動及びその処分の規制に関するバーゼル条約」は、処分(disposal)を本条約のAnnex IVで特定されている作業であると定義している。処分にはふたつのタイプの処分がある。Annex IV A は、資源回収、再生利用、回収利用、直接再利用又は代替的利用の可能性に結びつかない作業をカバーする。Annex IV Bにリストされている第ニのグループは、資源回収、再生利用、回収利用、直接再利用又は代替的利用に結びつく作業である。要約すると処分は、それらの破壊、埋立、環境中への放出、再生利用又は再利用に結びつく活動であると理解される。バーゼル条約は、長期又は無期限の廃棄物保管については言及しておらず、処分まで(Annex IV A)まで又は再生利用/再利用のための(仮)保管についてのみ言及している。


訳注:水銀保管関連情報


化学物質問題市民研究会
トップページに戻る