BioScience 2014年10月6日
産業側からの影響を
まともに受ける農薬規制


情報源:BioScience, October 6, 2014
Pesticide Regulation amid the Influence of Industry
Michelle D. Boone, Christine A. Bishop, Leigh A. Boswell, Robert D. Brodman, Joanna Burger, Carlos Davidson, Michael Gochfeld, Jason T. Hoverman, Lorin A. Neuman-Lee, Rick A. Relyea, Jason R. Rohr, Christopher Salice, Raymond D. Semlitsch, Donald Sparling and Scott Weir

http://bioscience.oxfordjournals.org/content/early/2014/09/01/biosci.biu138.full?utm_
source=AIBS+Master+List&utm_campaign=88ff1073c9-AIBS_Newsletter_V5_I9&utm_
medium=email&utm_term=0_def270e561-88ff1073c9-171103614#


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2014年10月15日
更新日:2014年10月25日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/eu/usa/articles/
BS_141006_Pesticide_Regulation_amid_the_Influence_of_Industry.html


内容

アブストラクト
米・環境保護庁のリスク評価プロセスの懸念
 −リスク評価に含めるべき研究のための硬直した基準
 −分類群(タクソン)間の矛盾の多い基準の適用
 −実験室系統、個体群、又は種の中での一様な反応の期待
 −生態学的脈絡の重要性
 −科学諮問委員会(SAPs)の勧告への対応
登録及び再登録を改善するための解決策
(1) 利益相反(COIs)のある研究の使用を排除し、研究から産業側の影響を切り離すこと
(2) 利用可能な研究を用いる証拠の重みアプローチ
(3) 実験室及び現地の研究を規制の決定に含めること
(4) 科学諮問委員会(SAPs)の勧告に明確に対応すること
結論
謝辞
参照


アブストラクト
 農薬使用は化学物質汚染を広い範囲に及ぼすことになり、規制当局は環境と人の健康へのリスクを評価する必要がある。しかし、農薬の影響を決定するために比較的少ない研究が使用される時、特に評価に使用されるデータのほとんどが農薬製造者らにより生成されるなら、リスク評価は損なわれることになり、そのことは利益相反の構成要件となる。ここでは、我々は、一例としてアトラジンの両生類に及ぼす影響(訳注1)に関する最近の再評価を用いて、米・環境保護庁の農薬リスク評価プロセスの欠陥を示す。その後で我々はそのリスク評価プロセスを改善するための解決策を提案するが、それは環境と人の健康にとって極めて重大なプロセスにおけるバイアスの可能性と認識を低減するであろう。
キーワード:両生類、アトラジン、利益相反、環境保護庁、リスク評価



 『沈黙の春』の出版Carson 1962)のすぐ後の1964年に、アメリカでは約245,000,000 キログラム (kg)の農薬活性成分が散布されたが、この値はその後も着実に増加し、約500,000,000 kgにまで至り(Waxman 1998, Grube et al. 2011)、これは今日、米国市民一人当たり年間 1.5 kg の活性成分に相当する。農薬は特定の場所で散布されるが、それらは、大気漂流、排水、及び食物網を通じての移動により広く分布して、米・環境保護庁(USEPA)により管理され、軽減され、規制されるべき、健康と環境リスクをもたらす。農薬はリスクを評価するために一連の毒性テストの対象となる。これらのテストは、一般的には農薬製造者により実施されるか、又は資金が提供される(すなわち、産業側提供の研究; USEPA 2008)。米・環境保護庁は、農薬を使用することができるかどうか、及びそれが散布できる条件を決定するために、産業側提供の研究により、及び他の手段を通じて資金提供された独立系試験機関からの研究により、示されたリスクを精査する。農薬の登録及び再登録のための米・環境保護庁の意思決定プロセスは、農薬使用の便益が人と環境の健康へのリスクに対して比較検討される複雑な両天秤である。生態毒性学の分野で働く経験を積んだ研究者として我々は、米・環境保護庁のリスク評価プロセスは利用可能なデータの狭い部分を使用して進めることができ、産業側提供の研究のみに基づくことができることを懸念する。進行中のアトラジンの両生類への影響の再評価は、米・環境保護庁の現在のアプローチの落とし穴のいくつかを明らかにしており、人と環境の健康を保護するための米・環境保護庁の命令がどのように損なわれるかを描いている。


米・環境保護庁のリスク評価プロセスの懸念
 米・環境保護庁のリスク評価の主な弱点は、産業側提供データを使用することであり、それは本質的な利益相反(conflicts of interest (COIs))である。連邦規制システム内の利益相反のリスクは、主として医薬品の規制に関して近年議論されている(Cheng 2009, Irwin 2009)。同様の問題は、米・環境保護庁の権限内にある化学物質の規制にも存在するが、この文脈での利益相反に関する議論は限定されている。利益相反は、専門的判断又は意思決定が個人的又は金銭的利益により影響を受ける可能性がある時に生じる(Rohr and McCoy 2010a)。利益相反は職権乱用が起きた又は起きるであろうことを意味するわけではなく、それらは意図的であろうとなかろうと、専門的判断が損なわれるかもしれないリスクを生じる可能性があるということである。研究における利益相反の認識は結果の信頼性を損ね、そのことは国民及び科学界の両方からの懐疑をもたらす。このために、国立健康研究所は現在、連邦政府の助成金を申請する又は受けるときに個人の金銭的な利益相反を明らかにすることを求めている(http://grants.nih.gov/grants/policy/coi)。米・環境保護庁もまた、同庁の科学諮問委員会(SAP:リスク評価を精査するために米・環境保護庁により選定された専門科学者の独立組織)のメンバーの勧告が、”直接的及び予測可能な影響を[彼又は彼女の]金銭的利益”に及ぼす可能性があるなら、公平性の喪失という状況をもたらす結果となり得るので、そのような場合にはどのような科学者も科学諮問委員会のメンバーになることを禁止している。

 リスク評価のある局面において、米・環境保護庁は利益相反を認識しているにもかかわらず、化学物質を登録する会社は、リスク・レビューに関わるデータを提供することを求められているので、利益相反は現在、リスク評価プロセス中に浸み込んでいる(USEPA 2008)。さらに、米・環境保護庁は、研究のための方法論と実験計画を確立するために産業側と共同で作業をしている。これらの設計の複雑さとロジスティクス(後方支援)は、産業外の研究者にとって法外に高いものになり、その結果、しばしば産業側を、米・環境保護庁の仕様に合致した研究を実施することができるという状況、又はその要求についてよく知っている唯一の実体という状況にする。従って、リスク評価に使用されるデータの全て又はほとんどは、明確な利益相反であるにもかかわらず、産業側提供の研究によるものかもしれない。

 多くの研究で、研究成果に及ぼす資金調達源の影響が示されており、産業側提供の研究は産業側に好都合な影響を支持するらしいことを示している。例えば、除草剤アトラジンがある研究の中で著しい生物学的影響を持つとするかどうかを予測する最良のポイントは資金調達源であり、製造者が資金を提供した研究では、影響がないか又はあってもほんのわずかであるとなる可能性が大きい(Hayes 2004)。医薬品産業でも同じような結論に達し、産業側提供の研究は会社に好都合な結論を発見する可能性が顕著に高いようである。(Lexchin et al. 2003)。同様に、ビスフェノールAに関する研究で、生体内研究で発表された115研究のうち95で有意な影響が報告されたが、産業側提供の研究は有意な影響を示さなかった(vom Saal and Hughes 2005)。潜在的な又は実際のバイアスのために、産業側提供の研究は農薬の本当の影響を覆い隠すことができ、そのことは製造者にとって最も有利な動きである規制プロセスの遅れをもたらす結果となる(Michaels 2008, Rohr and McCoy 2010a)。

 これらの理由のために、産業側提供の研究は、利益相反を被ることを考慮することが極めて重要であり、そうすることで被害を軽減しなくてはならない。しかし実際には、米・環境保護庁のリスク評価は利益相反を軽減しない。現実のシステムは、下記に我々が示す通り、産業側提供のデータだけがリスク評価に使用される可能性が大きく、そのことは潜在的に農薬の影響を覆い隠し、したがってリスクを合理的に管理することができなくする。

リスク評価に含めるべき研究のための硬直した基準

 米・環境保護庁はリスク評価に含めるべき研究について硬直した基準を持っているので、農薬リスク評価には、農薬製造者から独立した研究はほとんど含まれていないないか又は全く含まれていなく、狭い範囲に限定されることになる。例えば、米・環境保護庁のアトラジンの両生類へのリスク評価は、多くの文献を除外して、製造者により直接資金提供された、たった一つの研究だけに基づいていた(Kloas et al. 2009)。そのようなことは、発表されているほとんどの研究が特定の基準に合致していない時に生じるが、もしこれらのデータが含まれていれば、異なる結論になったかもしれない。

 その基準は、データの品質が規制のために十分であり、因果関係における曖昧さを最小にすることを確立するよう意図されており、そのことは規制と潜在的な訴訟にとって重要であるが、硬直した基準は規制の決定が(ビスフェノールAの評価のように:Myers et al. 2009)、一握りの研究だけに基づくという結果になり得る。2007年と2012年のアトラジンの両生類への影響に関する米・環境保護庁の評価は(USEPA 2007, 2012)、発表されている実験室での75の研究のうち、(Kloas et al. 2009; 現地(field)調査による研究は評価されたが、検討対象からは外された)たったひとつだけが定量的評価のための米・環境保護庁の基準に合致した(すなわち、リスク評価に有用である;テスト基準は USEPA 2012に詳細がある)。この研究で、Kloas and colleagues (2009) は、アフリカツメガエル(Xenopus laevis)の成長、残存、生殖へのアトラジンの影響を検証するために、二つの並行した実験を異なる実験室で実施し、アトラジン暴露は、0.1 〜 100 mg/L の濃度においては生殖への影響はなく、他の項目への影響は小さいか又はないことを発見した。

 残りの発表されている実験室での研究は、米・環境保護庁の基準の全てに合致せず、無効(すなわち、リスク評価に有用ではない)か、又は定性的(すなわち、アトラジンが影響を及ぼすかどうかを決定するのには有用であるが、関係する濃度を決定するためには有用ではない; USEPA 2012として分類された。無効判定の研究は、反復、処理の無作為化、適切なコントロールの使用、農薬選別などの、良好な実験計画の基本的な及び適切な要求に合致しなかった(USEPA 2012)。定性的判定の研究は、一つ又は多くの追加的基準(例えば、ガラス容器の使用、1リットル当たりオタマジャクシ1匹以下の密度、研究全体を通じてトリ−トメントとコントロール中の測定された農薬又はアンモニア濃度、a flow-through design apparatus の使用;USEPA 2012)。追加的な基準の多くは理想的かもしれないが、基準の一つ又はもっと多くが合致しないということは、因果関係の決定を不可能にするものではない。従って、そのような研究をリスク評価から排除することは疑問があり、それが2007年と2012年のSAPレビューで強調された見解である(FIFRA SAP 2007, 2012)。米・環境保護庁が製造者の将来の規制研究のための基準を開発し、それらを過去にさかのぼって論文に適用するなら、そのことはアトラジンの再評価で起きたことであるが(USEPA 2012)、多くの研究がその基準の全てに合致することはありそうになく、たった一つの産業側供給の研究を除いて、過去にそのようなことはなかった(Kloas et al. 2009)。数多くの研究が定性的として位置づけられ、環境的濃度でアトラジンの影響を示したにもかかわらず(USEPA 2012)、それらは、アトラジンは両生類に影響を与えないとする米・環境保護庁の最終的結論に影響を与えなかったように見える。

 米・環境保護庁は、テスト基準の候補リスト(long list)のために、科学的プロセスの品質証明である独立して行われた研究の再現を犠牲にし、その結果、アトラジンの両生類へのリスクを評価するのにたったひとつの研究を採用するということになった。かくして、第一種過誤(すなわち、存在しないのに影響を認める)よりも第二種過誤(すなわち、存在するのに影響がないとする)をより大きく許容することを示しており、そのことは適切な予防の欠如を示している。利益相反の害を被らない適切な実験計画を持った全ての研究がリスク評価と意思決定に含まれるべきである。

分類群(タクソン)間の矛盾の多い基準の適用

 分類群(訳注2)間を横断して標準的基準を適用することの矛盾もまた、リスク評価において厄介なことである。例えば、アトラジンの水生植物群落(主に植物プランクトン)への毒性を評価するために、米・環境保護庁(2012)は、73のメソコスム研究(訳注3)のうち46が彼らの許容基準に合致したことを示した。同様の数の両生類及び植物群落の研究の文献が事前審査されたが、両生類の研究の約1.3%だけが審査で許容された。許容率の相違は、特定の基準、すなわち、水系植物のための良好な実験計画と両生類のための追加基準に関連しているように見える(USEPA 2012 にリスト;上記事例)。種固有の相違はある基準の相対的重要性を他の種より増加させるかもしれないが、分類群間をわたる基準の適用に一貫性を欠き、バイアスへの国民及び科学界による疑いをさらに増すように見える。

実験室系統、個体群、又は種の中での一様な反応の期待

 生物のストレスに対する反応は異なるので農薬の影響を評価することは難しい。ある場合には、米・環境保護庁は、個体群又は種の間で一様な反応を期待しているように見える。例えば米・環境保護庁(2012)は、”研究間での矛盾と再現性の欠如、及び現状のデータにおける用量−反応関係の特性の不確実性”のために、アトラジンが両生類の生殖腺発達に影響を与えるという仮説を確認する又は否定するデータが不十分であると結論付けた。

 生態学的研究は、個体、個体群、及び種は、pH、捕食者、競争者、及び新たな環境汚染物質を含んで(for a review, see Duellman and Trueb 1994, Sparling et al. 2010, Hammond et al. 2012)、自然的及び環境的変数への反応が異なるということを我々に教えている。実験室で飼育された動物(又は、おそらく特別に実験室で飼育された動物)であっても、異なる実験室系統又は血統には遺伝子の相違があり得るので、異なる反応を示すことがある。アフリカツメガエル(Xenopus laevis)の実験室系統の変動は、アトラジンに対するそれらの強い反応(例えば、Hayes et al. 2002)又は弱い反応(例えば、Kloas et al. 2009)−テストすることができるであろう仮説−を説明することができるであろう。生き物固有の変動のために、意味のある規制のためのテストは、個体群レベル、そして種レベルの変動の評価を必要とする。単一の種又は個体群は、分類群全体に対する単一の答を出すようには見えない。

 入手可能な研究が、アトラジンは両生類と魚類のある種の生殖系発達と生殖行動へ影響を及ぼすことにより、及びその他の影響を通じて(Hayes et al. 2011, Rohr and McCoy 2010b)、内分泌かく乱化学物質として作用することができることを示しているが、現地(field)で生物学的に有意な影響を引き起こすであろう濃度は明確ではなく、これは人間を含む非対象生物へのアトラジンの影響の有効な評価をするために米・環境保護庁が必要とする重要な情報である。

生態学的脈絡の重要性

 実験室、現地、及び自然の研究における強さと弱さは他者により列挙されているが、実験室だけで農薬の影響を検証するのは問題があり、不完全な結論に導くことがあり得る。実験室の研究は、環境的条件を管理するための機会を提供するが、外的妥当性(external validity)と一般化可能性(generalizability)における固有の限界がある。従って、それらは関連する現地調査により補完されなくてはならない。生物は食物網(food webs)中に存在するので、もし農薬が食物網又はそれに対する生物の反応に影響を与えるなら、その影響は甚大であろうが、実験室ではしばし検出できない。しかし、米・環境保護庁によるこのアプローチは、現地の影響は実験室で発見される影響よりも弱いであろうという仮定に基づいている。従って、もし影響が実験室で検出されなければ、現地での研究は必要ないというものである。しかし、この仮定は必ずしも正確ではない(例えば、Relyea and Diecks 2008)。

 リスク評価で現地調査の値を示す多くの研究がある。たとえば、現地調査で Rohr and colleagues (2008) はアトラジンとその代謝物のひとつが、ミネソタの池のヒョウガエル(northern leopard frog)の自然個体数におけるオタマジャクシの寄生虫(larval trematode)の豊富さの変動の大きな部分に関連していることを発見した。この現地の結果に基づき Rohr and colleagues (2008) は、アトラジンが両生類の感染負荷にどのように影響を及ぼすかを実験的にテストするためにメスコム研究を実施した。アトラジン暴露は、直接的には両生類の免疫機能を抑制することにより、そして間接的には、カタツムリ(寄生虫の中間宿主)の個体数の増大を刺激することにより、オタマジャクシの寄生虫負荷の増大をもたらしたが、これは現地で観察されたパターンを支持するものである。もっと自然な条件下でアトラジンを暴露させた動物をコントロールと比較することで、因果関係を決定することが可能となり、実験室研究では見落とすか過小評価されやすい食物網の responses-links の重要性を明確にすることができる。

科学諮問委員会(SAPs)の勧告への対応

 科学諮問委員会(SAPs)は、米・環境保護庁のリスク評価精査(risk assessment evaluation)に対する科学的評価をするために、さらにはそのリスクを決定するためにもっと調査が必要かどうかに関する助言をするために設置された。しかし、米・環境保護庁は、同委員会の助言を受け入れなけらばならない必要はないし、その助言がなぜ受け入れられたのか、又はなぜ否認されたのかを明示的に説明する必要はない。3つの科学諮問委員会(FIFRA SAP 2003, 2007, 2012)は、特にアトラジンの両生類への影響に関する米・環境保護庁の評価を精査し、アトラジンが生殖系に影響を与える可能性を精査するために北アメリカの両生類と現地調査を含めるというような、類似の助言をそれぞれの委員会が提出した(FIFRA SAP 2003, 2007, 2012)。どの様にして、そしてなぜ、米・環境保護庁が複数の委員会の矛盾のない助言を無視することを選んだのか明確ではない。


登録及び再登録を改善するための解決策

 科学者として我々は、最新のデータに基づく結論に達するために、そして最新の情報に照らしてある結論を変更できるようにするために、証拠の重みに基づくアプローチを用いて、どの様な研究についてもその長所と短所を認識するよう訓練されてきた。しかし、これを効果的に実施するために、我々は科学的文献と利用可能なデータを精査しなくてはならない。情報の大部分を排除する硬直した基準リストを公式化し、ひとつ又は一握りの研究による結論に達することは、バランスと展望を欠き、証拠に基づく科学と政策とは正反対である。アトラジンの両生類への影響のリスク評価は、硬直した基準にこだわることは考え方を非常に制限し、産業側の資金提供による研究だけが、ある分類群への影響に関する決定を行うために用いられる唯一のデータ源となるかもしれず、科学諮問委員会(SAPs)を通じての科学コミュニティ以外からのインプットは、収集されたデータ又は適用される標準にほとんど影響を及ぼさないかもしれないということを示している。その結果、アメリカにおいて農薬規制に責任ある米・環境保護庁は、人の健康と環境を保護するという任務を完全には実現することができない。我々、著者は、アトラジンを含んで、どのような特定の農薬の使用や規制に関する決定に個人的な投資(personal investment)をしていないが、リスク評価プロセスは、決定が証拠に基づくアプローチをもって最良の利用可能なデータによりなされるよう改善されることができ、またそのようにされるべきである。我々は、このプロセスの信頼性を改善するために4つの措置を提案する。

(1) 利益相反(COIs)のある研究の使用を排除し、研究から産業側の影響を切り離すこと

 化学物質の販売により直接的な利益を得ている製造者らはテストのためのコストを負担すべきであるが、このことは、結果から金銭的利益を得る可能性がなく、製造者と直接的なつながりのない独立系組織により利益相反(COIs)なしに達成することができる。そのような変更は、産業側の科学への影響の可能性を最小化するであろうし、米・環境保護庁のレビュー・プロセスの信頼性を取り戻すであろう。米国魚類野生生物財団(National Fish and Wildlife Foundation)は、特定の規制問題のための助成金を配分するための中立の第三者組織として活動する米国議会により設立された非営利団体である。このモデルは、独立系の Gulf of Mexico Research Initiative(メキシコ湾研究所イニシアティブ)を経由して、BP(訳注:イギリスに本拠を置く国際石油資本)から資金提供された研究により、「ディープウォーター・ホライズン原油流出事故(訳注:2010年メキシコ湾原油流出事故/ウィキペディアの影響を評価するために用いられている。第三者組織の仕切により製造者と研究との本質的な分離が達成され、利益相反を低減することができる。最低限、再評価は利用可能な文献の全てを精査することができ、一方製造者からのデータを含めることが結論にどのように影響するのか又は影響するかどうかを検討することができるあろう。

(2) 利用可能な研究を用いる証拠の重みアプローチ

 Rohr and McCoy (2010b) は、アトラジンが両生類のための特定の評価項目に影響を及ぼすという仮説を支持する証拠の重みが十分であったかどうかを精査するために広範な研究を使用した。定性的メタ分析(訳注4)を使用して、彼らは、125 以上の研究の中の多数の両生類と魚類へのアトラジンの影響を検証し、アトラジンは、変態の時機を変え、変態時のサイズを小さくし、反捕食動物行動を変え、免疫機能を低下させ、感染症を増やし、生殖腺形態を変え、生殖腺機能に影響を与えることができる。彼らはまた、研究の全てを含む分析による彼らの研究基準に合致した研究に基づく彼らの分析を比較して類似の結論に達した。この方法で Rohr and McCoy (2010b) は、彼らの結論が彼らの設計基準によって変更されるかどうか、変更されるならどのように変更されるかに関して精査することができたが、これらのことは米・環境保護局又は産業側提供の分析(Solomon et al. 2008)は実施しなかったことである。しかし、多くの研究がアトラジンの有意な影響を示しているにもかかわらず、米・環境保護局は、0.1〜100 mg/L のアトラジンはアフリカツメガエルの”両生類生殖腺発達に一貫して影響を与えず”、両生類に関する”更なる研究は必要ない”と結論付けた(USEPA 2012, p. 9, 62)。そのような結論は、定性的価値があると判定された研究は米・環境保護庁の結論に影響を与えなかったことを示している。 Rohr and McCoy (2010b)の研究と同様なアプローチは、研究を含めるための基準によりある人の結論がどの様に影響を受けるかを精査することを可能にし、それによって比較され評価されることが可能となり、また農薬の影響及びもっと多くの情報が必要な領域の可能性に関して一般的な結論を導くことが可能となる。そのような方法論は現状のプロセスより優れている。

(3) 実験室及び現地の研究を規制の決定に含めること

 実験室研究から自然の影響を予測することは、実験計画に自然の要素を織り込まなければ難しく、そのことはしばしば、識見を得るために屋外のメソコスム又は現地での研究を必要とする。米・環境保護庁 (2012)は、アトラジンの両生類への影響を何も見出していないたった一つの研究だけを使用し、そのリスク評価では、現地テストに移すための十分な正当性を見出さなかった。(しかし、もし、利用可能な研究のもっと多くの部分を使用していれば、正当性を見出していたであろう)。産業側に提供された現地研究の価値は利益相反のために疑問があるが、それら以外に検討対象から除外された現地研究が存在し、それはアトラジンへの環境的暴露からの重大な結果を示唆している。例えばRohr and colleagues (2008) は、現地でのアトラジン暴露をヒョウガエル中の寄生虫の多さの変化に関連付けたが、それはその変化のメカニズムを提供した実験的メソコスム研究により支持された。さらに、Hayes and colleagues (2003)は、水中でアトラジンが検出された地域で雌雄同体のヒョウガエルを発見したが、それはコントロールされた実験室での実験で観察された結果と合致した。機械論的なメソコスム又は実験室研究と現地での観察の組み合わせは、与えられた農薬の自然個体数への潜在的な影響に対して強力な識見を提供するが、それが規制のためのリスク評価における保護の目的である。

(4) 科学諮問委員会(SAPs)の勧告に明確に対応すること

 複数の科学諮問委員会(SAPs)(FIFRA SAP 2003, 2007, 2012) により、北米両生類に関するデータを含めること、現地研究を使用すること、及び、結論がひとつの研究だけに基づくことの不適切さに関して、米・環境保護局に同様な助言が提出されたが、同局は科学諮問委員会の過去の助言に従うことはせず、その理由は不明確なままである。研究者が資金供給機関に助成金修正を提出する、又は投稿誌への原稿の修正をしたときに、研究者はその助言の全てを受け入れることは求められないが、彼らは許諾又は拒否された提案を詳細に述べなくてはならない。リスク評価も同様な透明性から益するところがあるであろう。


結論

 予防がもっと適切かもしれない時でも、アメリカの規制システムでは、有罪が証明されるまで無罪推定(すなわち、証明されるまで影響なし)が非常に重要視されていた。アメリカの現状の規制システムは、結論を得るために主に産業側提供の、そして産業側資金供給のデータを使用しているときに、予防を取り入れることはできない。さらに、データの大部分がレビューから排除されている時に、農薬の無罪、又は有罪又は有罪の程度を評価するのはもっと難しい。アトラジンは適例である。米・環境保護局はアトラジンの両生類への影響評価に75の実験室研究を精査したが、定性的であると認定されたデータで最終的な結論に影響を及ぼしたものはひとつもなく、米・環境保護局に、”利用可能な生態毒性学のデータの以前の分析に基づいて、米・環境保護局 (2012)はアトラジンについて、水生植物群落に及ぼす影響の懸念のレベルは・・・無脊椎動物、魚類、及び両生類へ直接的又は間接的に及ぼす有意な影響を生じる時に観察されるアトラジン濃度より低かった(p. 97)”と述べさせたが、これは両生類への更なる研究又は評価の必要性を排除する明らかな試みである。科学的文献は、アトラジンは環境的に妥当な濃度で、ある生物種の成長、免疫、及び生殖の発達と行動に影響を及ぼすことができることを示している。意味のある管理と規制の決定ができるよう、これらの影響と懸念の濃度の広汎性を決定するための取組みを米・環境保護局が主導すべき時である。

 レイチェル・カーソンは次のように書いた(Carson (1962))。 ”自然を征服するのだ、としゃにむに進んできた私たち人間、進んできたあとをふりかえってみれば、見るも無残な破壊のあとばかり。自分たちが住んでいるこの大地を壊しているだけではない。私たちの仲間−一緒に暮らしているほかの生命にも、破壊の鉾先(ほこさき)を向けてきた。(訳注5)原文:"As man proceeds toward his announced goal of the conquest of nature, he has written a depressing record of destruction, directed not only against the Earth he inhabits but against the life that shares it with him " (p. 85).)

 米・環境保護庁は、この破壊の流れを食い止めることを理由の一部として設立された。しかし、リスク評価プロセスが利用可能なデータの適切な精査をじゃまするという問題をはらんでいる時に、米・環境保護庁は人の健康と環境を産業側の慈悲に委ねた。原則として、規制のプロセスを改善するために必要な変更は、簡単なことであり、産業側の圧倒的な影響の排除から着手することである。実際問題として、産業側はその影響力の行使を止めることを嫌がるので、そのような変更は難しく、法的な措置が必要であるように見える。リスク評価は健全な研究に基づきなされるべきであり、農薬使用のリスクとベネフィットに関する決定は予防と客観性によってなされるべきである。アトラジンの両生類への影響に関する米・環境保護庁の評価は、いつもそうとばかりはいえない。


謝辞

 この原稿は、 C. Propper, C. Rowe, and T. Hoskins の思慮に富んだ識見が役に立った。著者らは、彼らが実際の又は潜在的な競合する財政的利益を持っていないことを宣言する。


参照

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訳注1:アトラジンの両生類に及ぼす影響に関する資料
訳注2:分類群
タクソン/ウィキペディア
タクソン(taxon、複:タクサ、taxa)とは、生物の分類において、ある分類階級に位置づけられる生物の集合のこと。訳語としては分類群(ぶんるいぐん)という用語が一般的である。

訳注3:メソコスム群
生態系は壊れやすいか? 特別研究活動の紹介/国立環境研究所
4.メソコスムによる試験法
 湖,池等が化学物質に汚染された場合,その生態系がどのような影響を受けるかを予測するために,その性質を持つあるいは近似した系としてのメソコスム,すなわち湖や池の一部を囲うかたちで作った隔離水界,あるいは陸上に作ったコンクリート水槽・・・。

訳注4:メタ分析
メタアナリシス/ウィキペディア
 メタアナリシス(meta-analysis)とは、複数のランダム化比較試験の結果を統合し、より高い見地から分析すること、またはそのための手法や統計解析のことである。メタアナリシスは、研究の抽出とプール解析の手順を踏む。この際に、主観的あるいは恣意的なバイアスを避けるのは、ランダム化比較試験(RCT)からの連続である。見つかった研究全てを対象とする。恣意的に研究を抽出することを避ける。

訳注5
沈黙の春 レイチェル・カーソン 青樹簗一(あおきりょういち)訳 からの引用 (105頁)
(新潮文庫 平成十一年六月五日五十三刷)
原文:"As man proceeds toward his announced goal of the conquest of nature, he has written a depressing record of destruction, directed not only against the Earth he inhabits but against the life that shares it with him " (p. 85).



化学物質問題市民研究会
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