[作曲・出版の経過] [オリジナル版(第2稿)の復元] [ディスコグラフィー] [第3稿の校訂]
ともに「第2稿」を復元した「原典版」とは言っても、この二つの版の間には数々の相違点が見いだされます。そもそも、前述した作曲の経過も、ネクトゥーとラッターとではかなり見解が異なっているのです。その結果、「ラッター版」では音楽的な骨組みは「第3稿」と殆ど変わっていないのに対し、「ネクトゥー/ドラージュ版」では、いたるところで大胆な改変が行われています。その例を2〜3挙げてみましょう。
◇楽器編成の違い
基本編成 [Va I・Va II・Vc・Vc・Cb・Org]に追加される楽器を比較してみました。
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◇リズム・譜割りの違い
だれが聴いてもすぐ判る「ネクトゥー/ドラージュ版」の特徴は、Libera Me の"Dies irae" に入る前のHrのリズムです〔譜例1〕。
譜例1:Libera me 52小節目・ホルン
ラッター版・第3稿
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ネクトゥー/ドラージュ版
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さらに、声楽パートでは〔譜例2〕のように歌詞の譜割りが「第3稿」とは 異なっている箇所もあります。
譜例2:Offertoire 58小節目・バリトン・ソロ
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〔譜例3〕は、3つの版すべてが異なる譜割りになっている個所です。ここをチェックすれば、どの版で演奏しているかがすぐ分かります(この項、01/2/26追記)。
〔譜例3〕:Introit 24小節目・テナーのパートソロが始まって5小節目
第3稿 | ![]() |
ラッター版 | ![]() |
ネクトゥー/ ドラージュ版 |
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もう一箇所、Kyrieの81小節目の歌詞が第3稿では"eleison"、第2稿では"Kyrie"となっていましたが、1998年に出版された第3稿の改訂版では"Kyrie"に訂正されています。
このような、校訂者の解釈の違いによる二つの原典版の存在という事態は、ブルックナーの交響曲第8番でのハース版とノヴァーク版の抗争を彷彿とさせるではありませんか。ブルックナーとフォーレ、ふたりは全く異なったタイプの作曲家と思われていますが、生前自分の曲の決定稿を用意しておかなかったために後世の人に迷惑を掛けたという点では非常に良く似たところがありますね。作品だって、以前ご紹介したブルックナーのモテットなどはフォーレの世界と合い通じるものがあると感じるのは、私の独りよがりでしょうか。
半世紀ののちに、モーリス・デュリュフレはこの曲と同じ構成でレクイエムを作りました。それについてはこちらをご覧下さい。