空(から)やん。.... 佐久間學

(08/11/28-08/12/16)

Blog Version


12月16日

C.P.E.BACH
Magnificat
Monika Mauch(Sop), Matthias Rexroth(Alt)
Hans Jörg Mammel(Ten), Gotthold Schwarz(Bas)
Fritz Näf/
Basler Madrigalisten
L'arpa festante
CARUS/83.412(hybrid SACD)


大バッハの次男、カール・フィリップ・エマニュエル・バッハの作品の新録音です。なんでも、この前の大戦の時にドイツからソ連(当時)に没収されてしまい、長いこと行方不明だった彼の作品の大量の楽譜が、ごく最近キエフで発見されたそうで、それらがどんどん演奏されたり、録音されたりしています。まるで宝の山のように、今まで知られていなかった音楽たちが実際に音になるのですから、これはなかなか興奮しますね。そういえば、父親の大バッハも長いこと忘れられていたものが、ある日突然日の目を見た、という体験を持っていますから、親子してなんか因果な運命に翻弄されているようですね。ただ、父親の場合は、作品と同時にその当時の演奏習慣なども完璧に忘れ去られてしまっていた「時代」に突如「出現」してしまったものですから、ちょっとかわいそうな目には遭ってしまいます。彼が生きていた時代には全く考えられなかったような様式で演奏されるということが、長い年月にわたって続くことになるのですからね。「音楽の父」などと祭り上げられて、およそ彼にはふさわしくないような重々しい演奏がありがたがられるという「時代」は、実はごく最近まで続いていたのです。いや、もしかしたらそれは未だに脈々と生きながらえているのかもしれません。
その点、息子のエマニュエルははるかに幸せでした。こんな彼の失われていた楽譜が「発見」されたのが、楽器や演奏様式を、それが作られた時代に可能な限り近づけるという努力が、豊かに結実したこの時代だったのですからね。「世界初録音」された時点で、それがもっともふさわしいと思われているスタイルで演奏されていた、というのは、聴衆にとっても、作曲家にとってもこれ以上の幸せなことはありません(余談ですが、そういう意味ではモーツァルトあたりが最も「不幸」な作曲家なのではないでしょうか)。
そんなわけで、この「マニフィカート」が、名手揃いのオリジナル楽器のオーケストラと、よく訓練された合唱団、そして、時代的な意味を歌に反映させるすべを心得たソリストたちによって演奏されたものを、なおかつSACDという高い解像度を持つ媒体を通して初めて耳にした時には、この曲はなんと幸せな生い立ちを持ってこの世に生まれてきたのだろうという感慨にふけってしまいました。しばらくの間、この溌剌とした演奏は、耳の奥に残っていることでしょう。
お父さんにも同じタイトルの曲がありますが、息子のものはそれとはまさに一線を画した、新しい時代の息吹を感じさせるものでした。2曲目のソプラノのアリアなどは、途中にカデンツァなども挿入されていて、まさにオペラのアリアのような自由さを持っています。続くテノールのアリアも、技巧の丈を尽くしたコロラトゥーラが、華美に迫ります。そして、「これを聴けばエマニュエル」という独特のハーモニーと節回しにも、なにか安心した気持ちにさせられます。7曲目のアルト(ここでは男声アルト)の美しいメロディの裏で寄り添っているトラヴェルソの柔らかい音色は、何にも代え難いものです。
それと同時に、曲の端はしに何となく父親のモチーフの断片のようなものが感じられるのも、親子の血のなせる業なのでしょうか。それが端的に表れているのが、6曲目の「Deposuit potentes」というアルトとテノールのデュエットです。同じタイトルのテノールによる父親のアリアとは、まるで生き写し、思わずのけぞってしまうことでしょう。その前の「Fecit potentiam」も、どことは言えないものの、よく似た雰囲気を持っています。
最後の曲に大規模なフーガを持ってきたというあたりにも、父親の背中を見て育ったことを感じてしまいます。しかし、そのフーガは父親のものが持つ厳格さとはちょっと異なる、生身の人間の息吹きのようなものを持っていました(いえ、「風雅」とまでは行きませんが)。

12月12日

MARTÍN y SOLER
Una cosa rara
Joan Enric Lluna/
Moonwinds
HMC 902010


モーツァルトと同じ頃に活躍していたスペイン出身の作曲家マルティーン・イ・ソレルの作品は、こちらで一度、そのモーツァルトのおまけのようにご紹介したことがありました。その時の曲が「『コサ・ララ』のテーマによるディヴェルティメント」でしたが、今回はその元になったオペラ「コサ・ララ」のハルモニームジークです。当時流行っていたオペラの中の曲を木管合奏の形に編曲して多くの人に聴いてもらうという、録音などなかった時代の大衆伝達のツールが、この「ハルモニームジーク」ですが、そんな編曲を一手に引き受けていた売れっ子アレンジャー、ヨハン・ネポムク・ヴェントが、ここでも編曲を担当しています。
ダ・ポンテの台本による「ウナ・コサ・ララ(椿事)」は、初演の時には、先に上演されていたモーツァルトの「フィガロ」を打ち切りに追いやったほどの人気を博したオペラだったそうですが、現在では全く忘れ去られ、おそらく全曲を録音したCDなども存在していないはずです。ですから、実際にそのオペラを聴くすべのない我々は、まるで18世紀にタイムスリップしたように、この木管合奏のプロモーション版で曲の姿をうかがい知るという体験を味わうことになるのです。
元のバージョンがどの程度のものだったのかは分かりませんが、ここで録音されているものでは、全2幕、18のナンバーから成るオペラ中の、10のナンバーが演奏されています。そこで、6/8(たぶん)の流れるように快活な序曲に続いて、「4番」の「Più bianca di giglio」というアリアが出てくるのですが、これはそれこそ「フィガロの結婚」の中の「恋とはどんなものかしら」と非常によく似たテーマなのには驚かされます。単なる偶然なのか、あるいは故意にパクったのかは知るよしもありませんが、モーツァルトがすかさず次作の「ドン・ジョヴァンニ」でお返しの「引用」を行っているのは、なにかほほえましいというか、子供じみているというか・・・。
その「引用」とは、ご存じ、第2幕フィナーレでの宴会のバンダが、「コサ・ララ」からの「O quanto un sì bel giubilo」というアリアからの旋律を演奏する、というものでした。それを聴いたレポレッロが「ブラヴォー!コサ・ララだ!」と歌うことで、このオペラの存在が今の我々にも認識できる、というシーンでしたね。それは、前回の「ディヴェルティメント」で、同じ旋律がしっかり聞こえてきたことで確認は出来たわけです。それは「前回までのあらすじ」。ところが、その「ディヴェルティメント」には、実はそのアリアの「Aメロ」しか使われていなかったことが、今回のハルモニームジークを聴いて知ることが出来ました。つまり、原曲はその「Aメロ」のあとに、ちょっと暗めの「Bメロ」が続くのですね。そして、そのメロディは、レポレッロが主人の食事の様子を見て「なんて醜い食欲なんだ!」と絶句する部分そのものではありませんか。つまり、「前回」までは、「Aメロ」だけが引用で、その後に続くこのセリフの部分はモーツァルトのオリジナルだと思っていたのが(この絶妙の「暗い」転調は、まさに彼の音楽の本質的なテイストではないでしょうか)、ぜ〜んぶマルティーン・イ・ソレルの曲だったなんて。またここでも、過大な「モーツァルト・ブランド」への戒めを味わったような気がします。
7曲目に入っている「Dammi la cara mano」という曲を聴くと、モーツァルトの「お返し」はそれだけでは済まなかったのではないか、というような気にはなりませんか?それは、そのあとの作品「コジ・ファン・トゥッテ」での、フェランドとグリエルモとのデュエットとなんとよく似ていることでしょう。
このようにして、モーツァルトは同じ時代の同業者から、多くのものを「学んで」いたのですね。
12/27追記)
ブログ版へのコメントにより、全曲の録音はサヴァールのライブ盤(ASTREE)が存在していることが分かりました。

12月12日

ANDERSON
Orchestral Music 4 & 5
Kim Criswell(Sop)
William Dazeley(Bar)
Leonard Slatkin/
BBC Concert Orchestra
NAXOS/8.559381/2


ルロイ・アンダーソンの生誕100周年を記念してのスラトキンによるオーケストラ曲全集も、いよいよ大詰めを迎えました。なんとも地味な企画だと思っていたのですが、蓋を開けてみればあちこちで好評を博した大ベストセラーとなってしまいました。やはり、安心して聴いていられる心地よさが、今の時代には密かに求められていたのでしょうか。
この全集のおそらく最後を飾るであろう第4集と第5集(試聴はこちらこちら)は、昨年の9月に録音されました。なんと3日間で2枚分の録音を完了するという、このレーベルならではの早業、しかも、ここでは「歌もの」まで加わっているというのですから、まさに驚異的なセッションです。
そう、今回の2枚はヴォーカルが加わってのヴァラエティあふれるラインナップが、特徴となっています。例えば「そりすべり」のヴォーカル・バージョンなどは、クリスマス・シーズンともなればあちこちで耳にすることになるスタンダード・ナンバーですが、それ以外にも多くの曲に歌詞が付けられて歌われているのですね。第4集では、大ヒット曲「ブルー・タンゴ」のヴォーカル・バージョンなどが楽しめます。そんなものはすでにどこかで聴いたことがあるような気になっていましたが、これがオーケストラ伴奏による世界初録音というのですから、ちょっと意外な気がします。それ以外の「忘れられた夢」と「舞踏会の美女」は、確かに「初録音」という気はしますが。
この第4集は、そんなものも含めてカバー集のような仕上がりになっています。「アイルランド組曲」や「スコットランド組曲」といった、文字通りのトラディショナルの「カバー」の他に、彼自身の過去の作品の改作という、言ってみれば「セルフカバー」である「アルマ・マーテル(我が母校)」が、注目に値します。これは、第3集に収録されていたごく初期(1939年)の「ハーバード・スケッチ」という曲を、1954年に大幅に改訂したものです。自身の学生時代の想い出を描いたほほえましい曲ですが、この2曲を比較して聴いてみると、そのスキルの洗練された課程をまざまざと味わうことが出来ます。図書館のシーンなどは、こちらではSE風に人のしゃべり声なども入っていて、楽しめます。そんな比較が出来るのも、数多くの「初録音」が含まれたこの全集の魅力でしょう。
第5集では、彼の唯一のミュージカル「ゴールディーロックス」が紹介されています。数々のヒット曲をものにしたアンダーソンが、1958年にブロードウェイに進出した時のこの作品、しかし現在ではそれは完全に忘れ去られたものとなっています。おそらく初演時に録音されたオリジナル・キャスト盤に続くことになる、この珍しい曲の録音を聴いてみると、なぜこの作品がヒットしなかったのかが分かるような気がします。アンダーソンの持ち味である気の利いた音楽は、それなりの楽しみは与えてくれるものの、その屈託のない音楽の中にはドラマ性といったものが完璧に欠如しているのです。それは、同じ時期にレナード・バーンスタインとスティーヴン・ソンドハイムという二人の天才によって作られた「ウェスト・サイド・ストーリー」と比較すれば、痛いほど分かることなのではないでしょうか。メインのショーストップである「Shall I Take My Heart and Go」などは、1953年に作られたコール・ポーターの名曲「I Love Paris」に酷似していますし。
そんなリスキーな冒険に手を出さなくとも、アンダーソンの音楽は十分に私たちの心を慰めてくれる力を持っています。この2枚のそれぞれに収録されているクリスマスメドレーを聴くだけで、それは良く分かるはずです。第4集の「クリスマス・フェスティバル」の最後で、壮大なオルガンをバックにして「諸人こぞりて」と「ジングル・ベル」が同時に演奏されるというハチャメチャさこそが、彼の真骨頂なのですから。

12月10日

BACH
Flute Concertos
Marcello Gatti(Fl)
Enrico Gatti/
Ensemble Aurora
GLOSSA/GCD 951204


先日、チェンバロやフラウト・トラヴェルソなどのオリジナル楽器によるアンサンブルの生演奏を聴く機会がありました。そこで感じたのは、それらの楽器のあまりの音の小ささ。そもそもこういう楽器は、広い場所で沢山のお客さんを前にして演奏するためには作られてはいないのだ、ということを、そこでまざまざと再確認させられたのです。トラヴェルソの息づかいや、チェンバロの繊細な音色などは、まさに王侯貴族のサロンのような、ほんの少しの人しか集まらないところでこそ、正しく伝わるものなのですね。
そういう意味で、こういう楽器をCDで聴くというのは、非常に理にかなったことなのではないでしょうか。このCDなどは、とても響きの良い教会で録音されている上に、トラヴェルソを吹いているガッティ弟のタンギングまで聴き取れるほどの生々しいマイクアレンジ、まるですぐ目の前で自分だけのために演奏してくれているような、それこそ王様になった気分が味わえますよ。
ガッティ兄の率いるアンサンブル・アウローラという、イタリアの旬のグループのバックで、そのガッティ弟が演奏しているのは、バッハの3曲の「フルート協奏曲」です。とは言っても、それぞれにいわく付きのものであるのが、ユニークなところ。まず、「世界初録音」と銘打ったロ短調の協奏曲です。もちろん「初録音」とは言ってもバッハの新作であるわけはなく、「おそらくこんな協奏曲を作っていただろう」と、フランチェスコ・ジメイという音楽学者がでっち上げた作品なのですがね(ですから「真作」でもありません)。バッハの場合、元はソロ楽器のための協奏曲だったものを、カンタータなどの声楽用のアリアに転用するのは日常茶飯事でした。それに倣ってジメイは、まずはフルートのオブリガートがフィーチャーされているカンタータ209番のシンフォニア、つまり序曲を、そのまま第1楽章とし、そこにカンタータ173番の2曲目のアルトのゆっくりしたアリアと、カンタータ207番の3曲目のテノールの快活なアリアを、それぞれフルート・ソロに吹かせて第2、第3楽章としたのです。バッハとは逆の作業を行ったことになりますね。確かにこれは見事なアイディア、この手を使って、これからもどんどん「新しい」協奏曲が「再構築」されればいいですね。
次の「三重協奏曲」は、フルート、ヴァイオリン、チェンバロという3つの独奏楽器のための協奏曲ですが、なんのことはないあの有名な「ブランデンブルク協奏曲第5番」そのものです。ただし、ここで演奏されているのは普段聴かれるものとはちょっと違っていて、もっと以前に作られていただろうという形に「復元」されたものです。その違いは主にチェンバロのカデンツァなのですが、半音進行や時には調性感が曖昧になるような、今のものよりもっとぶっ飛んだフレーズが満載です。
そして、最後はほとんど「フルート協奏曲」として扱われることの多い、「序曲第2番」です。協奏曲特有の3楽章形式ではなく、「組曲」の体裁をとっているのは、ご存じの通りの名曲ですね。名曲ゆえに多くの演奏様式が試みられていて、例えば最初の楽章のフランス風序曲でのテンポ設定や、付点音符の扱い方などは依然として多くの議論を呼んでいたり、有名な「ポロネーズ」での、やはりリズムの処理など、おそらく永遠に結論が出ることはないでしょう。2曲目の「ロンドー」でさえスウィングするという珍しいスタイルのガッティたちの演奏は、その割には奇異に映ることはなく、すんなり納得のいく仕上がりになっています。
そう、何よりも彼らの持つ暖かい音色と演奏スタイルは、とびきりの魅力にあふれたもの、決して聴き手に違和感を生じさせない語り口は、素直に心にしみるものがあります。それこそが、ちょっと神経質なところがあるオランダの「兄弟」アンサンブルとの、最大の違いなのかもしれません。

12月8日

O'Reilly Street
James Galway(Fl)
Tiempo Libre
RCA/88697 32163 2


かつて、あまりのギャラの高さに音を上げたRCAから放り出されてしまったゴールウェイですが、移籍先のDGでの活動は、なにかパッとしないものでした。今までの輝かしいキャリアはいったい何だったのか、というほどの、まるで「飼い殺し」に等しい扱いには、このレーベルに対する憤りさえ覚えたものです。もっと自由にさせないと(それは「放し飼い」)。
しかし、いつの間にかまた古巣に舞い戻って、こんな、キューバの若いバンドとの共演という素敵なアルバムを届けてくれました。チャレンジ精神にあふれたとても生きのいいラテン・ジャズのサウンド、やっぱりゴールウェイはこうでなくっちゃ。
実は、1999年にリリースされた「Tango del Fuego」というアルバムでも、やはりゴールウェイはラテン・ジャズに挑戦していました。その中で演奏していたチック・コリアの名曲「スペイン」は、クラシック奏者が片手間に吹いているというありがちなトラックとは一線を画した、真にラテンのグルーヴにあふれたエキサイティングなものでした。オリジナルを演奏していた故ジョー・ファレルをも凌ごうかというそのノリの良さには、感服してしまった記憶があります。全パートがとても難しいパッセージをユニゾンで演奏しているところで、アグレッシブにバンド全体を引っ張っていた姿がとても印象的でした。

  09026 63422 2
今回は、アルバムのタイトルからはちょっと分かりにくくなっていますが、フランスのジャズピアニスト、クロード・ボランが作った「フルートとジャズピアノトリオのための組曲」という作品をメインに取り上げています。ランパルの委嘱によって、第1番が1975年、第2番が1986年に作られたもので、それぞれランパルとボランのトリオとの共演で初演、レコーディングが行われています。こんな楽しい表紙の楽譜も出版されていますよ。

しかし、ここでゴールウェイは、普通のピアノトリオではなく、「ティエンポ・リブレ」というキューバの4人編成のバンドと共演しています。彼曰く「名のあるピアノトリオとやったのでは、70年台の味しか出すことは出来ないさ。そこには進歩ってものがないじゃないか」。
このバンドは、ピアノ、ベース、ドラムスの他にパーカッションが加わっています。そこからわき出てくるアフロ・キューバン・リズムこそが、ゴールウェイの求めた「進歩」ということになるのでしょう。さらに、1番(7曲)、2番(8曲)合わせて15曲の中から、「より良い」曲だけを集めて、6曲に再構成、順序も入れ替えて演奏しています。
「スペイン」から10年近く経っても、ゴールウェイの技巧とノリは全く衰えていないことは、冒頭の「Fugace」(1番の4曲目)の、オリジナルより1オクターブ高く演奏されているテーマを聴けば、充分すぎるほど分かります。これだけで、彼の演奏が並みのプレーヤー(ランパルの録音はもう廃盤になって入手出来なかったので、とりあえずこちらのジョヴァンニ・ロゼッリの演奏で)とは遙かに異なる次元のものであることがはっきりするのではないでしょうか。ゴールウェイの目論見通り、途中から入ってくるパーカッションの効果は絶大で、リズム的にも音色的にも、大きな広がりのある音楽に変貌しています。
彼を迎え撃つバンドのリーダー、ピアノのホルヘ・ゴメスも、決して古くさいジャズのスタイルにはこだわらない、イマジネーション豊かなソロを展開してくれています。最後に入っているのが、彼の編曲したバッハの「バディネリー」。フルートが入る前の、まさにラテン・フレイバー満載のイントロ部分は絶品です。
ちょっとした長めのフレーズでの深すぎるビブラートや、わずかに輝きを失った感のある高音などは、来年は70歳を迎えようとするフルーティストであれば、無理もないことなのでしょう。でも、まだまだこんなアルバムが作れるのですから、やっぱり彼は「怪物」です。

12月6日

BRUCKNER
Symphony No.4(First Version 1874)
Roger Norrington/
Radio-Sinfonieorchester Stuttgart des SWR
HÄNSSLER/CD 93.218


ノリントンのことだから、ブルックナーの4番を録音するのなら「第1稿」だろうと思っていたら、予想通りの新譜が登場したので、すっかり嬉しくなってしまいました。そして、その演奏を聴いてみたところ、こちらは予想しなかったほどの、そう、まさにこの曲に対するイメージがガラリと変わってしまうほどの充実したものでした。嬉しさもひとしおです。
この演奏を聴いてまず連想したのが、彼が以前に録音したベートーヴェンの交響曲でした。あの時は、楽譜には書かれていないようなさまざまな表情を加えて、思い切り生命感あふれたものに仕上げていましたが、それをこのブルックナーでも存分に行っていたのです。広く用いられている「第2稿」ではなく、「第1稿」を選んだ時点で、そんな彼の戦略は決まっていたのでしょう。
第1楽章では、最初の弦のトレモロからして、「ブルックナー開始」などと言われているようなモヤモヤしたものではなく、もっと強い意志のこもった「ガリガリ」という感じ。これだけでもはや従来のブルックナー像を打ち砕くには充分でしょう。それに乗って登場するホルンは、ナチュラルっぽい響きを持った、野性的なものに聞こえます。そして、聴きなれた「第2稿」とは異なっているフレーズに何度も遭遇しているうちに、これは決して「ロマンティック」なものではない、もっと力のこもった、ある意味粗野な音楽ではなかったのか、という感慨が湧いてきます。
第2楽章では、チェロやヴィオラのたっぷりとしたパート・ソロが、例の「ノン・ビブラート」で演奏されます。マーラーあたりだとかなりの違和感があるものが、ブルックナーではなんともすんなり受け入れられてしまうのが、不思議です。ビブラートをかけなくても、こういう息の長いフレーズで充分な表情を出すことは可能なことが思い知らされます。逆に、そうやって作られた音楽の方が、より逞しいものに感じられはしないでしょうか。さらに、この楽章で突然気づいたのが、そんな弦楽器が管楽器と見事にハモっているという情景です。ある瞬間、ヴィオラパートと木管が一緒になって美しいハーモニーを作り上げるという箇所が確かに見られました。これは、もしかしたら大発見。これからこのオーケストラを聴く時の、重要なチェックポイントになりました。後半の盛り上がりも、圧倒されるほどの激しさです。
第3楽章は、「第2稿」とは全く別の音楽ですから、普段はあまり身を入れて聴くことはありませんでした。なんか単純すぎるモチーフだな、と。しかし、ここまで体験してきた「粗野な」流れの中では、この楽章の意味がまったく違って感じられてしまいます。この交響曲には、この形の第3楽章が本当は必要だったのではないか、と、本気で思わせられるような、ノリントンの伸び伸びとした演奏が、とても魅力的です。
そして、フィナーレです。パワー全開となったオケが醸し出す「5拍子」の世界は、今まで「第1稿」を聴いてきた中では初めての体験のような気がします。なぜブルックナーがこんなヘンテコなリズムを執拗に用いたのか、良く分かったような気になることは間違いありません。思うに、最後のクライマックスに向かうなんの変哲もないトゥッティこそが、ノリントンの最大の見せ場だったのではないでしょうか。ブルックナー特有の退屈な繰り返しに過ぎないのだとばかり思っていたものが、ノリントンの手にかかるとてつもないうねりを持つ表情豊かでダイナミックな音楽に変わります。そんな情熱のほとばしりが最後にたどり着くポリリズムのエクスタシー、この快感は、とても言葉では伝えられません。
「第2稿」では決して表現することの出来ない、荒削りなブルックナーの素顔、「第1稿」の可能性を極限まで追求したノリントンには、脱帽です。そして、ぴったり息の合ったパートナーのオケにも。それは、まるでオグシオのよう(「バドミントン」ね)。

12月4日

ReComposed by Carl Craig & Moritz von Oswald
DG/00289 476 6912 8

今では殆ど見かけないようになってしまった「イエロー・ジャケット」しかも、よくよく見ると、ロゴが2行(Deutsche/Grammophon)ではなく3行(Deutsche/Grammophon/Gesellschaft)という、もはや現在では使われていない懐かしいマーク、これは、いったい何の復刻版なのか、という疑問と期待がふくらんできます。しかも、この写真はどうやら1/2インチ幅のデジタルマスターテープのようですよ。「Karajan-BP」などと書き殴ってありますから、実際の録音セッションで使われたものなのかもしれません。これだけでも、秘蔵の貴重品を公開されているような気にはなりませんか?
それだけではありません。さらに、中を開けてCD本体を取り出すと、そのレーベル面はなんとチューリップマークのLPのレーベルそのものではありませんか。確か「ORIGINALS」でも同じようなデザインでしたが、あちらは盤面全体の縮小コピー、こちらは現物のLPレーベルより大きなもの、そのままコースターにでも使えそうですね。とことん、マニア心をくすぐられるような体裁ですよ。それにしては、このタイトルが気になります。これが曲の名前、なのでしょうか。

実は、このジャケット写真は、やはりカラヤンとベルリン・フィルが、1980年台後半という、このコンビの最晩年に行った録音の際のマスターテープだったのです。そして、タイトルにあるカール・クレイグとモリッツ・フォン・オスヴァルトという二人のテクノ・アーティストが、そのテープを使って創り上げた「ダブ」が、この「作品」なのです。メタボにはご用心(それは「デブ」)。 実際に用いられているのは、ラヴェルの「ボレロ」(1985年録音)と「スペイン狂詩曲」(1987年録音)、そしてムソルグスキー/ラヴェルの「展覧会の絵」(1986年録音)です。この16トラックのマスターテープから、必要なトラックを抜き出したのが、ベルリンの伝説的なミニマル・ダブのユニット「ベーシック・チャンネル」のメンバーのオスヴァルト、それはブラック・テクノのメッカ、デトロイトのクレイグの許に送られ、シンセやパーカッションとミックスされることになります。そのようにお互いがベルリンとデトロイトを行き来しつつ、1年近くの時間をかけて作り上げたのが、この64分ほどの「作品」です。
とは言っても、「ダブ」の常として、元の音は原形をとどめないほどに改変されているのは、覚悟しなければなりません。「イントロ」に導かれた4つの「楽章」は、「インタールード」を挟んでさらに2つの「楽章」へと休みなくつながる構成を取っているこの「作品」では、そんなカラヤン・ブランドを期待して聴き始めると軽い失望感を味わうことになるでしょう。「ミニマル・ダブ」というカテゴリー、誤解を恐れずに言えば、「ダブの手法によるミニマル・ミュージック」ということになるのでしょうが、まるでテリー・ライリーのような混沌とした「イントロ」から、順次スティーヴ・ライヒ風のパルスが加わった「楽章」へと移行していくうちに、そのパルスが「ボレロ」のリズムに変わっていくという課程で初めて現れるそのトラックは、「カラヤン」とも、そして「ベルリン・フィル」とも全く無縁な単なる「素材」と化していたのです。そのリズムのループは、見事なまでに無表情なシンセの中に溶けこんでいました。
唯一、その中に人格を感じられるのは、後半「第5楽章」に現れる「スペイン狂詩曲」のフルートのトラックでしょうか。これこそが「ダブ」の醍醐味、普通のオーケストラの中ではまず聞こえることのないフルートパートが、オスヴァルトの手によって見事に浮き上がり、ツェラーの渋い音が眼前に広がるのです。
そのツェラーはともかく、カラヤンがこれを聴いたなら、さぞや怒り狂ったことでしょう。テープの使用を許した今のDGには、もはや芸術家としてのカラヤン・ブランドは必要ないのかもしれません。

12月2日

縁の糸
竹内まりや
ワーナーミュージック・ジャパン
/WPCL-10633(single CD)

このところ、日曜日を除く毎日、竹内まりやの歌声や語りが聴けるという幸せな出来事が起こっています。つまり、NHKの朝の連続ドラマの主題歌を彼女が歌っているだけではなく、ナレーションまで務めているというのですよ。ドラマの舞台が京都と松江ということで、同じ島根県の出雲出身の彼女の起用となったのでしょうが、テレビには極端に露出の少ない彼女のこんなあり得ないヘビーローテは、ファンにとってはまたとない贈り物です。このドラマの常として、最後にはナレーター本人が出演するはずですから、楽しみです。
もっとも、無茶な設定だらけのこのドラマそのものには、全く何の価値もありません。なにしろ、主人公の2人はプロの歌手としてデビューさせたいと思わせるほどの音楽性を持っているというのが大前提になっているにもかかわらず、それを納得させられるだけのものが全然見当たらないのですから、大変です。見ているものは、そんな現実と、ドラマとしての「お約束」とのあまりの隔たりの大きさに、呆然とするばかり、そのギャップを埋めるための心の葛藤は、いかばかりのものでしょう。
そんな不条理な設定を納得させるものとして、あるいはこの主題歌が存在しているのかもしれません。確かに物事を全て「縁(えにし)」で片づけてしまえば、なんだって(エニシング)簡単に解決してしまいます。あくまでハッピーな6/8のビートに乗ったまりやの歌声は、細かいことは忘れて人のつながりの不思議さに身を委ねる気にさせられることでしょう。
シングルとして完成した曲は、主題歌とは別の存在であることは、ドラマにはなかったイントロのエレピのフレーズで分かります。そして、3コーラス目になんとトロンボーンのソロなどという珍しいものが登場して、さらにそれは際立ちます。まりあの曲でトロンボーンがフィーチャーされたものなんて、他にあったでしょうか。
実は、わざわざシングル盤を買おうと思ったのは、カップリングとして「アップル・パップル・プリンセス」が入っていたからなのです。

この曲は、1981年にNHKの「みんなの歌」で歌われていたもの、若井丈児のシュールなアニメが、やはりシュールな歌詞にマッチして、子供心にも強烈なインパクトを与えられたものでした。同じ時期のまりやのシングル「NATALIE」のB面としてアナログ盤ではリリースされていましたが、今までCDになってはいなかった、という貴重なアイテムです。この前の「コンプリート・ベスト」同様、これはRVC時代の音源ですから、なかなかリマスターのチャンスもなかったものが、こんな形で27年ぶりに日の目を見ることになりました。もちろん、この時代のまりやは「アイドル」でしたから、今のようにすべての曲を自分で作っていたわけではなく、他の人が作った曲を歌っていました。この曲の場合は「ワイルド・ワンズ」の加瀬邦彦が書いたもの。それを、当時の名ギタリスト大村憲司がシンセの打ち込みを主体とした、まさにアイドル然としたアレンジに仕上げています。コーラスに大貫妙子とepoが加わっていたというのも、なにかほほえましいものがあります。
何十年かぶりに改めて聴いてみると、まだ20代だったまりやの声は、確かにあどけなさは残るものの、すでにその中には現在につながる大人びた憂いが秘められていることが分かります。27年後の新作とカップリングされてもなんの違和感も与えないほどの世界観が、すでにこのときの彼女の中にはあったのでしょう。
実は、本来のカップリングは、やはりNHKの番組とのタイアップ「最後のタンゴ」なのですが、これはタイトルからして出来の悪い韻が踏まれた駄作です。その責の大部分は、作詞の伊集院静が負うべきものでしょう。

11月30日

MOZART/Requiem
STRAVINSKY/Les Noces
Herbert Kegel/
Rundfunkchor Leipzig
Rundfunk Sinfonieorchester Leipzig
DREAMLIFE/DLCA 7029


前回の書籍の中で、最近ケーゲルによるモーツァルトの「レクイエム」の録音が初めて世に出たというニュースが述べられていました。もちろん、今までディスコグラフィーにはなかったものですから、これは聴いてみないわけにはいきません。1955年の10月に録音されたという、この曲に関してはかなり初期の録音、相当に貴重なものです。
今でこそ、この作品は、モーツァルト自身がすべてを作ったものではないことは広く知られており、どの曲のどの部分がジュスマイヤーによって後に書き加えられたものであるか、とか、どの曲がジュスマイヤーの完全なオリジナルであるか、などということがほぼ明らかになっています(あ、もちろん、最初に出版された「ジュスマイヤー版」についての話ですが)。しかし、そんなことが表立って議論されるようになったのは、ジュスマイヤーの仕事に対する批判として1971年にフランツ・バイヤーによるいわゆる「バイヤー版」が出版され、それに基づいたレコードが1974年に録音されてからのことなのではないでしょうか。それまでは、一般リスナーにとっては「モーツァルトが残したスケッチを元に、ジュスマイヤーが仕上げた」という認識がごく一般的なものだったはずです。当時のリスナーがこの曲の情報として拠り所とした多くの「解説書」を読めば、それは明らかなこと、例えば、1961年に出版された「モーツァルト」(海老沢敏著・音楽之友社刊)には、次のような記述が見られます。
さらに〈サンクトゥス〉も、冒頭は、オーケストレーションを除いては、モーツァルト自身のものであり、以下の部分も、ある程度スケッチされていたものと考えられる。〈ベネディクトゥス〉や〈アニュス・デイ〉なども、部分的にはスケッチが残され、ジュースマイアが、それを完成させたものである
現実には、その当時に使われていたブライトコプフの出版譜では、きちんとモーツァルトが作ったパートとジュスマイヤーが補作したパートが明記されていますから、演奏家レベルではもう少しシビアな事実が分かっていたはずなのですが、リスナーのレベルではこんな、今となっては明らかに間違っている情報が流布していたのです。もっとも、「sequentia」の最後の曲である「lacrimosa」の途中でモーツァルトが筆を置いている、という事実だけは強調されていましたから、そのあとの「offertorium」までもが自作ではない、という風に思いこんでいる人は結構いたはずです。ちょっと「通」ぶって、「後半の曲は偽物だから聴かない」と得意げに振る舞うつー人には、実は今でもお目にかかれます。
そんな状況にあった時代、ケーゲルはことさらにその「偽作」の部分が、「真作」であることを願っていたのかもしれません。なにしろ、バセットホルンをクラリネットで代用したオーケストラや、例えば「kyrie」のフーガでは、それぞれのパートの入り方に全く整合性がないといういい加減な合唱にちょっと白けてしまうこの演奏にあって、その合唱がもっともハイテンションの輝きを見せているのが、他ならぬ「sanctus」なのですからね。そう、その異常とも言える張り切りようには、「なんでそんなに頑張っているんだろう」という本心などいともたやすく退散せざるを得ないほどの、思わず曲の前に跪きたくなるようなオーラさえ宿っていましたよ。
その1年後に録音された、カップリング曲の「結婚」では、そんな複雑な思いなどさらさら感じることはない、歯切れの良い「現代音楽」のノリが聴けたのは、幸せなことでした。なぜかこのCDには、ソリストに関するクレジットが全くないので判断のしようがないのですが、モーツァルトとはうってかわって軽やかに振る舞っているソリストたちと、とても同じ団体だとは思えない合唱団は、ストラヴィンスキーのオルフ的な側面を、見事に浮き彫りにしてくれました。

11月28日

カラヤンがクラシックを殺した
宮下誠著
光文社刊(光文社新書
380
ISBN978-4-334-03483-2

大昔の話ですが、音楽評論界の重鎮吉田秀和先生が「レコードコンサート」の解説をなさる、という場に居合わせたことがありました。そこで先生が用意されたレコードは、「レコードでなければなし得ないもの」というコンセプトに沿ったものでした。その中にあったものが、カラヤンが指揮をしたリヒャルト・シュトラウスの「ドン・キホーテ」だったのです。
「確かにこのレコードではウィンド・マシーンの迫力などは素晴らしいんだけれど、ぼくがここで驚いたのはそんなことではなく、カラヤンの演奏が、実演とはまったく違っている、ということなんですね。生の演奏会ではカラヤンはずいぶんテンポを動かしたりしてスリリングなことをやっているけれど、このレコードではとってもきっちりとした演奏をしている、そんなところが、レコードと生演奏との違いですね」
というご指摘、あくまで生演奏に接することが大切なのだと考えておられた先生ならではの、含蓄のあるコメントだったのではないでしょうか。1人の演奏家のスタイルを、録音(もちろん、ライブではない、きちんとセッションを組んでのもの)だけで判断することの愚かさを、この時先生に教えられたのです。
この本は、カラヤンの数多くの演奏に接した著者が、その演奏スタイルが今日のクラシック界に及ぼした影響について考察を試みたものです。タイトルといい帯のコピー(「タブーに挑戦」)といい、なんとも「挑戦的」ないでたちですね。しかし、どんなショッキングなことが書かれているのかと戦々恐々読み進んでみても、その内容はいたってまとも、「何を今さら」という、拍子抜けするほどの極めて常識的なものだったのには、軽い失望を禁じ得ませんでした。
カラヤンが作り出したあくまで滑らかで心地よい肌触りの音楽は、クラシック音楽から、なにか大切なものを失わせてしまった、というのが、著者の主張の根幹をなしているテーゼです。そして、それは単にカラヤンだけの問題ではなく、そのようなスタイルを育てた社会にも責任があるのだ、と、まさに壮大なスケールでこの指揮者に断罪の鉄槌を振り下ろしているのです。その際には、著者の専門分野である哲学的な思考も総動員され、隙のない理論武装を構築することに余念がありません。思わず無条件に納得させられたような錯覚に陥るのも、豊富な語彙と華麗な言い回しを駆使する著者の文学的な力量のなせる技なのでしょう。
著者はここで、レコーディングでもコンサートでもカラヤンの演奏の本質は変わらないというスタンスで、論を進めています。もちろん、しっかりその裏付けとしてのコンサート体験を語ることを忘れてはいませんが、一般大衆が接するのが主に録音だから、という点で、当然の成り行きと考えたのでしょうか、多くの資料は膨大な録音の中から採られています。しかし、吉田翁の教えを受けたものとしては、「なにかが違う」というささやきがどこからか聞こえてくるような気がしてしょうがありません。
確かに、カラヤンに象徴される世の中の流れによって、クラシック音楽がなんとも軟弱なものになってしまった点に関しては、著者同様の憂いをおぼえるのに吝かではありません。しかし、それに代わる「価値」として、クレンペラーやケーゲルを持ち出す手法を見ていると、この国に於けるクラシック音楽の別の負の側面への憂いも、ひしひしと感じないわけにはいきません。それは、未だにモーツァルトの中にまでひたすら「暗さ」を求めてやまない視点と同次元のもの、しかし、そのような観念的なイメージは、多くの知性によってすでに現実的なものではないことが明らかになってしまっています。そんなカビの生えたお題目への執着こそが「クラシックを殺す」ことになるのだ、ということに著者が気づきさえすれば、本当の意味での「タブー」が破られるのです(たぶん)。

おとといのおやぢに会える、か。


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