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12.えみちゃんと話したこと

えみちゃんとはいろいろなお話をした。もしかしたらご両親に言えなかったことを私に話していたのもあるかもしれない。えみちゃんは誰にでも気を使う。私に気を使って“寒がりな先生”には“冬はこたつ”と、自分は座りにくくてもこたつを用意する、そんな女の子だった。

区切り
先日5/2の命日にお墓参りをしてえみちゃんのご両親のお宅を訪ねた。いつものことながら家族のように受け入れて下さった。ボーカル・HIROも一緒に行った。HIROとはライブで出会っただけだったが、まるで息子のように受け入れて下さった。ありがたいと思う。HIROが心を込めて作った曲にそのまま感動して下さり、自宅に招いて下さった。ありがたい、ホントにありがとうございます。
ここでお話をしていてえみちゃんがご両親に気を使って話していないことがあるのに気付いた。それはえみちゃんが中学生のこと、渋谷だったか、原宿だったかを歩いていて、占いの人に“あなたは右足が悪くなる”と言われた、と言うこと。私と勉強をしているときにえみちゃんはふとこんなことを言った。“先生、私ね、右足が悪くなるって言われたことがあるの。その時にはそんな訳ないと信じなかった。でもね、あの時に病院に行ってたらこんなことにならなかったのかな??”って。それは違う、いきなり言われても誰も信じないし、その時に病院に行っても何もわからなかったよ、と答えた記憶がある。えみちゃんは常に自分で自分を納得させて動く。これは私も長く付き合って感じていたし、ご両親もおっしゃっていた。それ以来、そのことは決して言わなかった。それが彼女のすごいところだと思う。
えみちゃんはきっと勉強をする、と決心するまでに相当考えていたのだろう、と命日にご両親宅を訪れて改めて感じた。いや、わかってはいたが。えみちゃんが私に“先生、勉強を教えて”と言ったときのまっすぐ見た目、澄んだ瞳、それが私の脳裏に焼き付いている。その結果合格できたことは私にとってせめてもの救いである。
他にどんな話をしたか、そう、いっぱい話をした。音楽についてもお話した。“ピアノをやりたいの”“音大に行きたいの”“音大で作曲を習いたいの”などと話をした。作曲をやる、いいね!!そんなことを話した。話しながら私が習っていたエレクトーンなどで得た知識、コードの知識を少しだけ教えた。その時の彼女の笑顔、希望に満ちた表情、今でも忘れない。そんな姿を見て私自身も改めて音楽に目覚めた気がする。えみちゃんとの他愛もない話、車の中でお父さんを交えて話した他愛もない話。こんなことが私の中で今でも残っている。ここまで心に残ることは今後無いのではないか、そう思う。えみちゃんとのお話、言い出すときりがない。帰りの車の中から見えたディズニーランドを見て“ディズニーランドに行きたい”と目を輝かして話をしていた。一緒に行きたかった。今ではかなわないことだ。今度行ってみようか・・・・曲を世に送り出したらバンドの皆とでも行ってみようか・・・何か新しいものを感じられるような気がする。
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