第44回詩人会議新人賞
詩部門佳作
大江 豊
1960(昭和35)年愛知県生まれ。詩誌「午後」(名古屋)に所属。

受賞のことば

選んでいただき、ありがとうございました。この新人賞に、はじめて応募したのは、もう四半世紀も前のことです。岐阜県笠松で、お二人の先輩詩人と詩の勉強会の後、喫茶店に入ったのですが、私も応募していた新人賞の話になり、胸を熱くして聞いていたものでした。そのお一人が、この賞に選ばれた時の衝撃は、私にとって大変なものでした。以来、あの場所は、脳裏を離れず、タイムカプセルの中に入ったままでした。いまの私にとっては、その詩人の誕生という意識は、薄れ、むしろ、いい詩に出会いたいという読者の気持ちだけです。拙作は、あまりに古風で現代詩としては、どうかと思いますが、多くの方に読んでいただければうれしく思います。

おめん売り 大江豊

数珠繋がりの
それは 遠い記憶の
闇の中で 光っていた

ある日、ボクは
その おめん売り場で
黙って 立っていたのだ
どれくらい ボクは
待っていただろう

その時、地べたに
しゃがんでいた テキ屋が
 「もう 行け」
と言わなかったら
その 手にふれることが
できない おめんのひとつ
また、ひとつを その手から
冷えた頬に あてがいながら
ボクは どこまでも歩いていって
しまったことだろう

ボクの知らない
どこか遠い よその国から
やってきた おめんは
港に碇泊した船の 万国旗のように
数珠繋がりに 祭りの空へ
駆け上っていった

あぁ、その場で
ボクは どれくらい
立ちつくしていただろう
 「買ってはいけないよ」
と 耳鳴りのように
聞こえてくる その声は
ふるさとの母の声を
通して 聞こえてくる
テキ屋の 押し黙った
歯ぎしりなのだ

テキ屋が
しゃがんだ 地べたから
ときどき 客を見上げるのは
 (その顔は もう
 剥がすことができない
 おめん そのものだ)
秋晴れの 空を
黙って、見つめながら
自らの 出自を
思い出しているのだ

こどもに 夢を売るには
売り場のおめんに
身も その名も隠して
ただ、黙って座っていることだ
と 言われ続けてきたことを

売り物の おめんは
空に 顔を掛けるように
ならべられ 光っている
いまも むかしのまま


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