碧電12周年企画各地を走った ジョイフル気動車

第21回 シーボルト  13.4.7UP

大村線 松原−千綿をゆく特急「シーボルト」

●何度も改装を受けているパノラマ型気動車

ここまで紹介してきた列車はほとんどが引退済です。2013.4現在現役であるkenjiの存在はむしろ奇跡的ですらあります。今回紹介するJR九州のキハ183系1000番台は1988年の登場であり、この頃に改造によって登場したジョイフル気動車は少なくないことから、既に引退済みの車両たちとはジョイフルトレインとしては同期生と言っても過言ではありません。しかし、当車は改造車ではなく、新製であるところに大きな特徴があります。
 また、多くの編成が主に団臨用であったのに対して、当車は一般の特急列車用であり、車内設備も特別なものではありません。それでも、パノラマカータイプの前面展望室を有することは地元九州では特別な存在であり、ジョイフルトレインの資格を充分満たしていると言えましょう。
 当車は赤、青、白の3色塗りで「オランダ村特急」としてデビューしましたが、4年後には役目を終えて「ゆふいんの森II」に転用されます。しかし、「ゆふいんの森」は1世のキハ71系のイメージが強いためか、183系1000番台は相対的に不人気だったのでしょう。1世のイメージを受け継ぐキハ72形に置き換えられました。
 そして、塗装をオリジナルに準じたものに戻して特急「シーボルト」として長崎へ帰ってきました。しかし、海沿いの景色が美しい大村線での活躍も長くは続きませんでした。
 観光が主要産業となる地域では、特急列車の新設が要望されることが多く、「シーボルト」も期待に応えての登場であったことでしょう。しかし、比較的近距離の利用者には特急料金が必要な列車は敬遠され、廃止して快速にして欲しいという要望があったと言われています。九州では国鉄時代の極めていびつな料金体系を廃して利用しやすい料金になっていましたが、日常生活で利用する人々には確かに負担になるものでした。

 「シーボルト」の廃止が決まり、撮影に訪れたのは廃止間際の2003.3.8〜9のことです。長崎まで特急「あかつき」に乗車し、3/8はハウステンボスまで「シーボルト」に乗車したあと長崎本線を撮影。翌、3/9はレンタカーを借りて大村線の撮影地を回りました。
 しかし、2日とも天候がよくありません。3/9は強い風に乗って雲がどんどん流れてきて、たまに陽が当たるという状況でした。それでも、メインに考えていた松原−千綿の俯瞰ポイントで綺麗に晴れてくれたのはせめてもの慰めでした。

特急「シーボルト2号」7052D 2003.3.9 大村線 松原−千綿


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