2015.05.24
北海道に航空機産業を
1.現実となった国産ジェット旅客機
2004年6月に北海道航空問題研究会(HAPS)のホームページ上に於いて、新千歳空港に国産地域航空機のサービスセンターを、そして苫小牧東部地域に航空機組立工場の誘致を提案したことがあった。 しかし、今から10年以上も前では誘致の対象と成る具体的な計画は何も無く、発想としては良いとしても単なる期待論で終ってしまった。 しかし近年三菱重工業(株) が地域航空機、MRJ(Mitsubishi Regional Jet)(90席)の開発に着手したので、誘致案も具体的な目標設定の出来る環境となったと思う。
現在はこのプロジェクトの為に三菱航空機(株)が設立され、愛知県営名古屋空港に隣接する三菱重工業(株)の小牧南工場で試作機の製造が進行中である。 そして2014年2月には三菱重工は「MRJの生産は小牧南工場で生産し、飛行試験は名古屋空港と北九州空港にて行う」と発表している。 しかし、試作段階ならばともかく、量産態勢に入っても小牧南工場の敷地内で生産可能な余地があるのか疑問がある。
2008年7月16日の日本経済新聞朝刊には「機体の最終組立拠点は小牧南工場に置くこととし、10万平方メートル以上の敷地を確保して2011年までに月5機程度の量産能力を持つ向上を建設する」と報道されており、更に2013年1月18日の朝日新聞に「三菱重工が小牧南工場の周辺に新工場を建設する方針」と報道されているが、2008年の記事と内容が重複しているので、この計画は実際には進んでいなかったと見ている。
また2014年5月13日の「日刊航空」紙に「愛知県が名古屋空港に隣接する県有地を三菱重工に売却する」と言う記事が掲載されたが、現在に至る迄工場建設に着手したと言うニュースは聞いていない。
最近はGoogleマップなる便利なものがあるので、これで見てみると小牧南工場の敷地は北東辺が名古屋空港に隣接し、南東辺は名古屋空港の駐車場に面している。 北西辺は大山川で制限されており、南西辺は道路を隔てて住宅地となっている。 即ち拡張の余地は全くないように見える。
この小牧南工場では航空自衛隊のF-15戦闘機とF-2戦闘機の整備も行っているが、作業量は推測すら出来ないが相当の余裕があるとも思えない。 それにこれら軍用機には機密に属する部分があり、民間機の生産ラインと混在すると民間機に係る外来者の入場が多くなるので、防衛庁が歓迎するとは思えない。
MRJの生産も一年に数機程度であれば、作業量は現在の試作段階とあまり変わらないだろうから、小牧南工場での生産に問題が生ずることはなさそうである。 しかし将来的には予想されるMRJの受注数は何機で量産ペースはどのくらいが必要なのか、生産作業量が問題になると考えるのである。
2.MRJの受注数と予想される量産ペース
今迄公表されているMRJの受注数を纏めると第1表のようになる。 なお引き渡し時期は受注時に発表されたもので、その後の開発スケジュールが遅れにより現段階では実際の納入は何時になるか不明である。
Trans Statesの発表から推測すると50機を5年程度で領収するようであるから、年10機くらいのペースとなる。 今年の4月時点で公表されているスケジュールでは2017年4-6月から納入するとあるが、それから推察すると全日本空輸、Trans StatesとSkywestへの納入が開始され、各社に一年に10機納入するとすれば年間の量産ペースは30機になる。
MRJの受注状況(2015年4月現在)
発注航空会社 |
確定発注数 |
仮発注数 |
合計受注数 |
引き渡し時期 |
全日本空輸(日本) |
25 |
10 |
35 |
2013年〜 |
Trans States Holdings(米国) |
50 |
50 |
100 |
2014年〜5,6年 |
Skywest(米国) |
100 |
100 |
200 |
2017年〜 |
Air Mandalay(ミャンマー) |
6 |
4* |
10 |
2018年〜 |
Eastern Air Lines(米国) |
20 |
20* |
40 |
2019年〜 |
日本航空(日本) |
32 |
0 |
32 |
2021年〜 |
計 |
233 |
160+24* |
417 |
|
註:青字で*付きは購入権注文である。
第 1 表
Air Mandalayは注文機数が少ないのでどこかに割り込めるとして、2019年からは更に10機/年くらいはペースをあげなければならないであろう。 その後は特別な大注文でもなければ、年間40機程度の生産ペースでやっていけるのではないだろうか。 そう見るとすれば、小牧南工場で年間40機を生産出来るのかということが当面の問題になる。 年間40機の生産ペースだとすると、組立ラインにある日数がどのくらいになるかも不明であるが、仮に組立期間を3ヶ月とすると一ヶ月間に3-4機を流してゆかなければならない。
それは一時に9-10機を並行して作業することを意味する。 屋内作業は現在の工場建物で間に合うとしても、外形が出来てから内部艤装や客室内装の取り付けは屋外で行われることが多いので、作業エプロンに最大10機くらいが並ぶことになる。 それだけの作業エプロンを現工場敷地内に確保できるのであろうか。
YS-11の場合、量産1号機は1965年に完成し最終号機の完成が1973年なので、8年間に182機を生産しており、平均年間生産機数としては凡そ23機なので小牧南工場でこと足りていたが、MRJは前述の見積もり通りとすると凡そ2倍の生産ペースとなる。 更に現在開発している90席型MRJはYS-11より翼幅は3mくらい小さいが、全長は実に10mも近くも長いので駐機に必要な面積も2割5分増くらいにもなるので、生産現場の広さとしては、YS-11の場合より凡そ2.5倍も広い生産現場が必要になると考えられる。
それが、小牧南工場がMRJの生産には十分な広さではなさそうであると言う裏付けになっている。
もし現敷地でも可能だとしても、更に受注したらどうなるのかと言う心配もある。 会社としても当然もっと販売したいであろうから、生産能力には適度な余裕を持つか、更に拡張出来る見込みを残しておかなくてはならないと思う。 しかしそれは現工場敷地だけでは難しいのではないかと推察するのである。
3.分散生産の提案
前章に述べたような問題を解決する方法として、エアバス式の分散組立方式を提案したい。 エアバス機の組立はフランス・ツールーズにある工場で行われているがあるが、そこで完成機にしているのではない。 ブルーバックス文庫の「図解・ボーイング787 vsエアバスA380」によると、A380の組立はツールーズで行われるが、最低限の飛行できる状態になるとハンブルグに空輸して、そこで客室内装の取付や飛行試験を行って完成機とし、ハンブルグ或はツールーズで顧客に引き渡される。
ここで提案したいのは、この方式にならってMRJは小牧南工場で飛行可能な最低限な状態に迄作業し、そこから別の空港に空輸してそこで残りの作業と飛行試験を行って顧客に納入すると言うことである。
そして、その最終艤装、外部塗装と飛行試験を行う生産拠点として北海道が名乗り上げることを提案する。
具体的な場所としてはやはり新千歳空港隣接地が適当と考える。 新千歳空港は周辺に拡張の余地がありそうなので、現空港に接続する形で艤装・塗装工場と作業エプロンを設置すれば良いのである。
4.北海道に航空産業設立
問題は誘致のやり方である。 従来の企業誘致のやり方は多少の補助金つけての陳情の域を出なかった。
それは工場進出に関わる費用は、進出してくる企業に殆どをおんぶする形で進められていたが、いまやそれでは話がなかなか進まないのではないだろうか。 それに進出してきた企業が環境の変化により更にどこかへ移転するような問題の起きているところもある。 ここで提案する方法は、相手任せの企業誘致ではなく、むしろ北海道に航空機産業拠点を構築すると言う視点で進めようと言うことである。
その方法とは、北海道にMRJ生産の一部を請け負ういわば下請け会社を作ろうと言うことで、その会社が三菱航空機の管理・監督の下でMRJの最終艤装と塗装作業を行い、完成検査をかねて三菱航空機が飛行試験を行って完成機とする。 下請け会社を設立しようと言うのだから、この会社は基本的に北海道内資本により設立され、施設や人員を準備するのである。 このやり方なら、三菱航空機の直接的負担に成らないので、北海道に進出しやすいのではないかと思う。 さらに飛行試験を行うとすれば、その機能を活用してMRJの運航要員訓練センターを併設することも良案と思う。 訓練センターだけでなく、部品補給センターや国内使用機についての整備作業受託を行う整備会社の設立も検討課題になりうると思う。 これらの機能を併せ持つサービスセンターとしての設立することも、更なる可能性を広げることと考える。 なおサービスセンターの機能でも直接飛行機の運用に関わらない技術支援、部品補給、訓練センターのグラウンド・スクールなどの機能は、新千歳空港隣接地でなくとも苫小牧東部工業団地などに適地があれば、そちらに分散して建設しても良い。 サービスセンターなどは、北海道側が施設の提供・管理会社を設立し、三菱飛行機がそれを借用して運用すると言うことも考えられる。 要はそのような施設を建てて下さいと三菱飛行機にお願いするのではなく、北海道で実施出来る作業は北海道の民間資本で設立する下請け会社におまかせ下さいと言うことである。 この方法で北海道に自前の航空機産業を興すことができると思う。
このプロジェクトの主眼は、単発的企業誘致ではなく北海道の産業振興政策の一環として航空機産業拠点を構築しようと言うことである。 このような構想が取り上げられて、その存在がMRJのセールス・プロモーションの一助と成ることを期待したい。 なお、MRJ以後はどうするのかと言う質問も出てこようが、多分MRJの生産で10年くらいはやって行けると思うので、その間に次の仕事を受注する準備を並行して進めれば良い。 いずれにせよ長期的産業振興政策として推進しようと言うことなので、MRJ以降の取り組みについても視野に入れておかねば成らない。
仮にこの構想が実現しても北海道にはまだ弱みがある。 それは航空機生産に係る下請け企業の存在である。 名古屋地区にはそれこそ80年以上に及ぶ周辺産業の蓄積があるが、北海道にはそれがない。 それがこの構想で別の工場で製造された機体部分の組み立てに特化する工場を提案している理由の一つである。
旅客機製造の世界では、機体をいくつかの部分に分けて別工場にて誠三氏、それを一カ所に集めて最終組立を行うという手法が一般的である。 その部分機体の輸送の為の専用機や専用船迄実際に稼働している。
この構想に於いては、航空輸送であれば新千歳空港に輸送し、船舶輸送であれば苫小牧港を利用すれば良い。 MRJの場合船舶輸送でもそれほど日数はかからないし、苫小牧港から新千歳空港迄の地上輸送もMRJ程度の大きさであれば、トンネルもないので大きな問題にはならないと思う。
しかしそれでもこのプロジェクトはきわめて広範囲な影響を生ずるので、長期的産業振興政策としての取り組みが要求されると考えるのである。
この構想が実現すれば、北海道に新たな産業基盤が創立され雇用の機会も拡大するが、それが量的拡大だけに留まらず、高度技術の導入にも繋がる可能性がある。 今日本の各地で航空機製造関連産業を振興させようと言う気運が盛り上がっている。 航空関連の展示会では、そのような地域の思いを強く感じる。
しかし、大抵の所は航空機部品や航空関連機器に関わる分野への関心に留まっている。 それは航空機産業が利用出来る飛行場がないので、航空機本体には直接的には関われないからである。 日本の空港の多くはいわゆる航空母艦型で、周辺の土地と合わせて活用することができず、航空機本体を取り扱う形の施設は建設しにくい。 しかし新千歳空港はその可能性があると見られる日本では少ない空港の一つで、他には北九州空港くらいであろう。 MRJの飛行試験を北九州空港で実施する計画なのは、それを裏付けている。
そのように北九州空港はMRJの生産体制に組み込まれつつあるが、新千歳空港は残念ながら名前すら挙がってこない。 その理由は北九州空港が現空港の敷地内で対処出来るのに比べて、新千歳空港の場合は工場敷地を別に用意しなければ成らないことにある。 しかし、それだから新千歳空港は広範囲の作業に対処出来る施設を展開出来る可能性があるが、北九州空港の利用は飛行試験以外に発展する可能性は少ないと見ている。 問題は新千歳空港の周辺に敷地と施設を用意するのに多額の投資が必要なことである。
それで下請け会社の設立と言う形で、それを北海道側が提供する仕組みが出来ないかと言うのが、この提案の趣旨である。 北海道は北に位置するので航空機産業には適していないと見る向きもあるかも知れないが、ボーイング社もエアバス社も、ボーイング社は米国ワシントン州シアトル、エアバス社はフランス・ツールーズと、その拠点は北海道より北に位置している。
筆者は日本エアシステム-当時は東亜国内航空-がエアバスA300を導入したときの作業に関係していたが、当時は米国の航空機、特に旅客機ではダグラス機の全盛時代で、エアバスは何時つぶれるか判らないとさんざん言われたものである。 しかし、今、マクダネル・ダグラス社はなく、ボーイング社とエアバス社が世界の航空機メーカーの2強である。 北海道もボーイング社のシアトルやエアバス社のツールーズとまでは行かなくとも、カナダ・ボンバルディア社のモントリオールとかブラジル・エムブラエル社のサン・パウロには追いつけるような航空機製造の拠点になりたいものである。
5.HAPSの役割
この報告で提案するような航空機産業の北海道への誘致は、HAPSの力だけで実現できるようなことではないが、少なくともそのきっかけと成るような啓蒙活動はHAPSの役割ではないかと思う。 ここで提案する趣旨に賛同される方が現れることを期待し、前章では北海道の民間資本によるMRJ艤装作業などを受託する会社の設立を提案しているが、誰か個人または一社が名乗り上げてくれば別であるが、複数の出資者を結束する形となる場合の方が多いと予想するのである。 この場合の問題は、誰がその旗ふり役、取り纏め役をやってくれるのかと言うことであるが、それには北海道庁の出馬を期待したい。
話は飛ぶようであるが、最近日本人として心強く感じたニュースがあった。 国際的に文化遺産の候補を事前審査する諮問機関・国際記念物遺跡会議(イコモス)が23件もの「産業革命遺産」としての候補とする勧告をしたことである。 それをここで取り上げたいのは、そのうちの多くが官主導で建設されたものであることである。 明治維新のような文明の開化期にあっては、一つの方向性を打ち出すには公の力がきわめて有効であることは歴史が示している。 それでここで提案する北海道に於ける航空産業の開化に当たっては、是非とも道庁の先導する産業振興政策の立案を期待したい。 それは必ずしも道庁の直接的参加や財政的支援を要求するものではない。 しかし初動をつける為にはそれも必要になるかも知れないが、それは企業誘致条例による開発の初期段階の助成で良いのではないか、また設立に参加する場合でもプロジェクトが軌道に乗るに従い、撤退するようにすれば良いと思う。 むしろ最終的には直接的な公的関与はなくした方が良いと考えている。 それが民間活力の開発と活用である。 HAPSとしてはそのような展開も予期しつつ、啓蒙活動を進めるべきと考える。
多分最も難しい問題は、MRJの生産者である三菱航空機をこの構想に引き込めるのかと言うことであろう。
この報告に於いて、当所は三菱航空機が北海道にも生産拠点を設置する関心が湧いてくることを期待して、北海道資本によるMRJの組立工場設立を提案しているが、それはあくまでもこちら側の希望でしかない。
それでもしこの構想に北海道が関心を持つならば、まず三菱航空機の関心がどこにあるのかを確認しなければ成らないと思う。 そしてどのような構想にすれば三菱航空機が北海道に進出しやすくなるのかを探り、必要あればこの構想自体の見直しも行わなければならない。 この作業には当然北海道庁が当たらなければ成らないが、もしHAPSにもその支援の出来る機会があれば、当然それに取り組まなければならない。
最後にこの一文が北海道への航空産業設立の 一助に成ることを願って、この報告を締めくくることにする。
以上