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リレーSS『非日常的なある事件』 1-10 11-20 21-30 31-43(完)

リレーSSは、リレー・ショート・ストーリーの意味で、複数の執筆者がリレー形式でショートストーリーを書いていくというものです。
そのため、同じ場面の別視点になっていたり、突然場面が変わってまた戻ったり、キャラクターの雰囲気が少し違ったりします。
いちおう読みやすさに配慮して、場面と主な登場人物を付記してあります。
改行位置等は原文ママです。

21. 四谷『スナック女王蜂』

真 美奈 アニー ニャン 土部 由美

『フクソウ、カエタ。ジュウ、キエタ』
そう書かれた紙切れを真の横から覗き込んだアニーは
「オウ、誰からでショウ」
と疑問を口にした。
「どうせ、風飛とか言ってたカラスだろ」
真があっけなく答えた。
「そうよね。あの騒ぎを起こした妖怪って…たぶん妖怪だろうけど、あんまり
頭良くなさそうだったもんね」
奈美が機嫌悪そうに言う。妖怪といっても彼−彼女−達のように”人間のように”
頭が回る者もいる。つまり、奈美はワナの可能性を否定したのだ。
その時、スナック女王蜂のドアの呼び鈴が澄んだ音を立てた。皆、一斉にそちら
を見ると、のっそりと土部が入ってきた。
「やあ、どうです?具合は…ってひどくなってません?」
土部は真の顔を見て言う。一瞬漂う奇妙な空気。
「聞かないでくれよ」
真はつぶやいた。

数分後、紙切れから土部は意識を戻して、
「やっぱり風飛君からですね。いやぁ、クチバシの使い方が器用ですな」
その場の他の者にとって後半部分は意味不明だが、確認はできた。
これも土部の妖術の1つで、その品物の歴史を知ることができるのである。
「ねえねえ、やっぱり事件なの?」
ニャンが好奇心を押さえられずに聞いてくる。
「でも一応、危険は避けられたわよね」
由美はカウンターの奥から、無意味と解りつつ言ってみた。これで事件を済ませる
ような者はここにはいないはずである。
「ああ、借りは返すさ」
「あんな奴、ほっとけないでしょ」
「これ以上、騒ぎを起こされては困りますよ」
予想通り、それぞれが口々に言い出した。
「ねぇってばっ!どんなの?どんなの?」
これも予想通り、ニャンが騒ぎ出す。とりあえず一番近い土部に問い詰める。
「あのですね・・・・」
土部が語り始めたのを聞きつつ、由美はテレビのスイッチを入れてみた。あれほど
の騒ぎだったらニュースにならないはずはない。

案の定、やっていた。
どうやらまだ、犯人は逮捕されていないらしい。中野駅周辺から出入りする道路
まで閉鎖されているようだ。
危機を脱して安心したのか、和んでいた妖怪達に緊張が走る。
「どうする・・・・」
誰にともなく、真が口を開く。
「風飛くんからの連絡待ちかにゃ?」
ニャンが言いおわる前に土部が立ちあがった。
「とりあえず、私、行きます」
アニーがドアに向う土部を見て、
「どうする気デスか?」
と聞いてみるが、土部は振り向きもせずに、
「なに、こういうのは結構得意なんですよ」
とドアを開けて、
「それにほら、外はもう夜です。私たちの時間でしょう?」
それだけ言うと行ってしまった。
「あのおっさん、どう見ても目立つと思うけどな」
真がそう言うと、アニーと奈美は肯いた。

22. 四谷『スナック女王蜂』

真 美奈 アニー 由美

「これからどうするのよ?」
奈美が奥の部屋の扉の前に座り込んで言った。
「そうだな、俺も先生にならって探しに行こうかな。」
真は部屋の中で着替えながら奈美の質問に答えた。
奈美は一足先に着替えていた。白のワンピースから、今はチェックのシャツに
キュッロットと言う姿になっている。
「でも、また撃たれたら・・・」
奈美がつぶやく。
「なんだ、心配してくれてるのか?」
ふざけた口調で真が茶化す。
「だ、誰があんたの事なんか心配するもんか!!」
扉を蹴り飛ばし奈美はその場を離れて行った。
「あれが、無きゃ可愛らしいのにな・・・」
溜め息をついて、真は扉を開けて出てきた。黒を基調とした動きやすい
服装だ。
「大きな音がしたけど、何かあったの。」
物音を聞いて由美が来ていた。
「あのはねっかえりが、扉を蹴ったんだよ。傷はついてないと思うけど。」
すまなそうに真は由美に謝った。
「別にいいわよ、そんな事。」
と由美はじっと真の顔を見て言った。
「何かついてるか、俺の顔に?」
頬をさする。そこにはさっき踏みつけた時できた痣があった。
力一杯踏んだので治りが遅いようだ。
「さっきはごめんね。突然の事だったから・・・。」
「あれかい?ま、当然の反応だよ。女の子なら誰だってああしたさ。」
真は別に気にしてないと言っているようだ。
「でもね・・・」と由美が何か言おうとした時、真が由美の肩に手をかけ
壁に押し付ける。真の顔が目の前にある。
『えっ? ええっ?』由美は突然の事でパニックになっていた。
「なら、これで許してあげるよ。」真の顔が近づいてくる。
『ちょ、ちょっと待ってよ〜。こんなのって・・・』
由美はいよいよパニックになり声さえ出せなくなっていた・・・

その頃。太陽は西の空に傾き、辺りを夜の暗闇が包み始めていた。
男は人を求めて歩いていた。「殺せ…」まるで自分が自分じゃないような
気持ちだった。だが、不快ではない。むしろ、これが本来の自分だと
思える。良心と言うモノが彼の心には存在していないようだ。
何かどす黒いものが身体の中に渦巻いている。押さえ切れない衝動。
「殺せ…殺せ…」心の奥から声がした。
何も無い空間を握り締める。そこには確かに銃の握りがある。だが、それは
見えない。透明な銃? いや違う彼はそこに銃があると思っているのだ。

男は何かに気づいて歩みを速める。角を曲がると警邏中の警察官が2人いた。
男は唇の端を持ち上げ醜く笑う。それに、気づいた警官が職務質問をしに
近づいてきた。男は何を言ってるのか聞いてはいない。これから殺す者の
言葉など聞く必要などないのだ。次の瞬間、その男の頭はもう存在しなかっ
た。赤い液体を撒き散らし仰向けに倒れ込んでいく。男の手には猟銃ではない
新たな銃が握られていた。もう一人の警官に狙いをつけた、その瞬間、
男は大粒の汗を垂らし、うずくまった。
「や・・・めろ・・・」苦しそうに呟く。
「おまえなどいらん! 早く消えろ!」男は叫んでよろよろと立ち上がり、
路地の方へと歩いて行った。

23. 新宿区 大久保某所

土部 風飛

JRのダイヤは大幅に乱れていて四谷の駅は混雑していた。
中野を通る中央線は停止し、総武線も新宿で折り返しているのだが、すぐに安定
するなどと言う事は当然ありえない。
土部はそんなJR総武線に乗っていた。普段のラッシュ時を超える混雑に息が止ま
りそうだ。しかも周りの人間達は土部に変な視線を送ってくる。
なんでしょう?と、声に出さないように注意しながら考えてみたが、特に思い付か
なかった。実はその理由は単純明快、こういう混んだ車内では土部のような体型の
男がストレスのはけ口として恨まれるものなのだ。新宿で降りる時、近くにいたO
Lらしき女性が連れに「も〜最悪、こんな時にデブが乗るなっての」と聞こえるよ
うな声で言った。

新宿からは歩きだ。あの妖怪が人を求めるなら新宿方面に移動してくるはずだか
らだ。主要道路は検問中だし、警官も多くが巡回しているが、いまも捕らえられな
いなら中野から動いてないということもありうる。
考えながら土部は移動する。ビル等の建物も、アスファルトの地面も、土部を妨げ
るものでは無い。結局誰にも見つからずに大久保を越えるあたりまでやってきた。
路地の奥の地面から注意深くまるで生えるように出てきた時、
「土部先生」
突然頭の上から声を掛けられて、土部は一瞬驚いたが見上げて、
「やぁ、風飛君」
と返した。そこには闇の中に赤く光る2つの目があるだけ…いや、実際はカラスの
姿をしているのだが土部には見えない。
「あの伝言、受け取りましたよ。犯人の男は?」
明らかに土部は人間の方に関心があるらしい。風飛は近くのポリ容器の上に降りな
がら、そう思った。
「うん、人間がいっぱいいるカァ。うかつに飛び回れないカァ。」
もちろん最高速で飛べば人間には認識できないだろうが、それでは追跡している相
手も飛び越してしまう。普通の夜なら簡単な事も今日の夜に限っては面倒な事だっ
たのだ。街は犯人捜索のため光に溢れている。そしてこの数の警官、内3.4人は
なんとなく空を見上げてもおかしくはない。
だから、影に潜んだりしながら、なんとかここまでやってきたのだ。
「あいつはこの近くにいるカァ」
「どうやってこの警戒の中、ここまで来れたのでしょう?」
「さぁ、でも裏道とか知ってるみたいカァ」
首を傾げながら、風飛は答えたが、もうすでにその理由は大体想像がついていた。
「あの妖怪は影響下の人間の知識や経験を利用できるんでしょうね」
腕を組み、土部は風飛の考えと同じ事を言った。
「近くに怪しい”何か”はいませんでした?」
もちろん風飛もそこには注意してみたが、特に見当たらなかった。風飛は首を振る。
「やっぱり、あの銃が妖怪の本体なんですかね」
その時、銃声があたりに木霊した。

24.四谷『スナック女王蜂』

真由美 由美 魅那 古槻 魔宮 ニャン 真 美奈 アニー

 場所は戻って、こちらはスナック「女王蜂」

 真の唇が由美の唇へ、触れるか触れないかまで近づいている。
 真の息が唇で感じ取れる。
 そして、遂に唇と唇が触れるか!と、その瞬間、後ろから。
 「取り込み中、すまないけど」
 女性の声がした。

 慌てて振り向く真。
見るとそこには由美の母親、蜂岡 真由美の姿が…。その横には、先程何処か
へ行った筈の奈美もいる。
 「あ、お、お母さん…」慌てて飛び退く由美。
二人とも恐ろしく冷ややかな視線を真に浴びせる。
「あ、い、いや、これはちょっと…」
別に今更誤魔化そうとしてもどうにかなるものではないが、必死に言い訳を始
める真。しかし、口が回らない。
 「もう、絶対に心配なんかしてやらない!!」と奈美。
「いきなりうちのネットに来て、私の娘にチョッカイかけるとは、大層な身分
ね…」と真由美。大妖怪が発する独特の威圧感で真を見つめる。
 暫くの沈黙の後、真由美が口を開いた。
 「真くんだっけ?こちらの奈美さんがお話したいそうよ」

 「イテテ…」
 先程より更に顔を腫らした真。
 「オー、真、さっきからドンドン顔が腫れていきマス。どうしたのデスカ?」
 心配そうに真の顔を覗き込むアニー。
 口を開きかけた真は、ちらりと奈美の方へ目をやる。そっぽを向く奈美。
 「いや、何でもないよ」
 真は、何かを誤魔化すように答えた。

 「さて、皆、聞いてちょうだい」真由美が出て来た。
 今、このスナック女王蜂には、蜂岡 真由美、その娘の由美。
斎 魅那、古槻 莞爾、猫娘のニャン、そしてここまで自分達を運んでくれた
FIAT500の変化、魔宮 林蔵がいる。
 「今までの話からすると、何となく敵の正体が掴めたわ」
 「詳しい話は古槻さん、お願い」と真由美が初老の男性の方を見る。
 その初老の男性、古槻 莞爾がゆっくりと口を開いた。
 「その妖怪の名は、」

 一方、土部と風飛は…
 辺りに響く、銃声。
 当然、周りいた何人かの人々はクモの子を散らすように逃げ出す。
やはりニュースの影響だろう。警官以外で外を歩いている一般人が少ないのは
幸いか。
しかし、この日本で突然の銃声。さすがにいくら警官がこれだけいても、全然
対応出来ていない警官が多い。
「銃声!?」「いた!」
土部が路地の角から少しだけ顔を覗かせ、犯人を確認したようだ。
 「…。いつ聞いても銃声は好きになれんな」と鴉。
 犯人はそこにいた。
昼間見た時は、確か猟銃を持っていた筈だ。しかし、今は両手に拳銃を持って
いる。
香港映画ばりの二挺拳銃だ。正確には、その拳銃は「ベレッタM92F」。当然、
この日本では容易に手に入る物ではない。
 その銃で近くにいた警官の一人を撃ったのだ。
左肩を押さえて逃げてくる警官を見て取れた。致命傷ではないらしい。
「銃が変わってる?」と、よくまあ次々と銃が調達できるものだと土部は感心
した。

「銃を捨てろ!膝をついて両手を頭の上に!!」突然、警官の声が響いた。
見ると無数のライトに全身を照らされて、立ち尽くす男が見えた。昼間と同じ
男だ。そして、その手には拳銃。
 その周りには銃を構えた沢山の警官。
 男は今の自分の状況が分からないのかニヤリと笑みを浮かべた。
 まさに現場は、一触即発の事態を迎えた。

25. 四谷『スナック女王蜂』

真由美 由美 魅那 古槻 魔宮 ニャン 真 美奈 アニー

「その妖怪の名は・・・」
一同が固唾を飲んで見守る中、古槻 莞爾はゆっくりと話し始めた。
「その妖怪の名は、エス。」
「エスってにゃに?」ニャンが好奇心丸出しで古槻に聞き返した。
「それはだな・・・」古槻が話し出そうとした時にアニーが口を挟んだ。
「エスってあのフロイトの『エス』デスか?」
古槻はうなずいて言葉を継いだ。
「エスと言うのはフロイトが提唱した『原始的自我』のことだ。」
エスについてアニーが補足する。
「自分の快楽のみを求める心の事デース。」
「少しあの妖怪の呼び名に使うには間違った部分もあるが。概ね当たって
いるから奴の呼称にしよう。つまり、理性の働きを押え込んでしまい、
自分のやりたい事だけをするようになってしまうのだ。」
と古槻が言葉を続ける。
「天使と悪魔が戦って、悪魔が勝っちゃうって事?」
奈美が古槻に尋ねた。
「わかりやすく言えばそういう事になる。」
と古槻が答える。

「でも、始末に負えないのがエスは、その願望をかなえてしまう手段や力に
なってしまうのよ。」
溜め息交じりに真由美がつぶやく。
「風飛からの連絡で『ジュウ、キエタ』って書いてあった事は知ってる
わね。」
全員が肯く。
「元々、銃なんて物は存在してなかったのよ。あれはただのイメージ
でしかないわ。だから、今は同じ銃では無いかもしれないのよ。」
「もっと、すごいのになってるかもって事ですか?」
真が恐る恐る尋ねる。
「そうね。でも威力自体は変わらないだろうから、見た目が違うだけだと
思うわ。」
真由美は安心させるように言った。
「問題はエスをどうやって犯人から落とすかと言うことだ。」
古槻が眉間にシワを寄せながら言葉を続けた。
「犯人を殺してしまうのが一番早いのだが・・・。宿主がいなくなれば
エスはただのモノに戻る。そこをすかさず封印する・・・」
部屋中が重苦しい空気が包む。

同時刻
男は無数のライトに全身を照らされてニヤリと唇の端を持ち上げた。
たくさんの警官が男の一挙手一投足を用心深く見ていた。
いつでも、発砲できるように。
「銃を捨てろ!膝をついて両手を頭の上に!!」もう一度警官が警告する。
男は緩慢な動作で銃を置き、手を頭の後ろに組もうとした時、
何時の間にやら男の手には、手榴弾が握られていた。素早い動作で
ピンを抜き、警官隊のど真ん中に投げ込む。
『カツン』
と軽く衝突音がし、爆発した。続けて、2個、3個と投げ込む。

「戦争でも始める気でしょうか?」
路地の角で土部がつぶやいた・・・

26. 新宿区 大久保某所

土部 風飛

 「戦争でも始める気でしょうか?」
 土部は何処からともなく手榴弾を取り出しては警官達へと投げつける男を路
地の影から訝(イブカ)しげに見詰めていた。
 「しかし…どうも、あの銃が本体では無かったようですね…。 やれやれ、
  困りました。 どう対処したらいいものやら…」
 「こう明るいくちゃ、迂闊(ウカツ)に近づけないカァー」
 「人間通しの殺し合いならともかく、異界の力によって人々が殺戮(サツリク)さ
  れていくのを黙って見ているなど性に合わないのですが…。 仕方ありま
  せん、女王蜂に連絡して人払いの結界を張ってもらえる人を呼んでもらい
  ましょう。 風飛君、連絡を取る間、見張りをお願いできますか?」
 「分かったカァー」
 風飛が返事をした時、既に土部の姿は半分ビルの壁の中へと消えていた。
 その方が路地を逆に抜けて公衆電話を探すよりも早いと判断したのだろう。
 決して電話代をケチろうとしたのではない…と思う。

 パラララララ、パラララララ。
 先程まで手榴弾を投げていた男の手にはいつの間にか機関銃が握られていた。
 ”イングラム”と呼ばれる銃だ。
 最早(モハヤ)視界の範囲に動くもの等いないと言うのに男はニヤリと笑った表
情のまま、無差別に発砲を続けている。
 まるでそうすることが快感なのだと言わんばかりに…。
 その様子を連絡を受けて集まってきた警官達があちこちのビルの影から悔し
そうに見詰めている。
 彼等の装備ではどうしようもないのだ。
 パラララララ…軽快な銃の発射音と上空を飛び交う報道機関のものと思われ
るヘリの音が、人気のなくなった都会の一角に響き渡る。
 ファンファンファン!
 そこへ、突如としてけたたましいサイレン音と共に一台のパトカーが犯人に
向かって猛スピードで突っ込んでいった。
 「山田巡査長の仇(カタキ)ィィィィィ!」
 パトカーの運転席で身近な者を殺されたのであろう若い警官が泣きながら叫
んだ…その瞬間、犯人の手の中で機関銃がバズーカへと変形していく。
 それを見た者はきっと自分がSFX映画を見ているかのような錯覚に捕らわ
れたに違いない。
 バスッ! シュルルルルルルル…ズガーン!
 パトカーのボンネットが吹っ飛び、犯人の手前十メートルで大きく方向を変
えてショッピングビルのビルの入り口に突っ込んだ。
 一瞬の沈黙の後、派手な爆発音がビルの谷間に木霊(コダマ)する!
 その時、苦手な銃の音に耐えつつ望遠視力を使って犯人の様子を観察してい
た風飛は見た。
 飛び散った破片が犯人の頬をかすめた瞬間、彼が真顔に戻ったのを…。
 パン!
 真顔に戻った男の目が驚愕(キョウガク)に見開かれる。
 彼はゆっくりと自分の胸を見てこう思った。
 (血…? 熱い! 撃たれたのか、自分は? 誰に? 何故?)
 可哀想なことに彼は最後の瞬間に自分の意識を取り戻したようだ。
 ドサッ!
 生真面目な性格で、努力に努力を重ねて射撃訓練ではいつも好成績を収めて
いた機動隊員は自らの心の奥深くに潜んでいた欲望に気付かないまま、その生
涯を終えた。
 「当たった…当たっちまった…」
 一方、彼を撃った老刑事は銃を持った手をぶるぶると震わせながら繰り返し、
繰り返しそう呟いていた。
 地道な聞き込み捜査を得意とし、優しい人柄を反映した穏やかな事情聴取や
更正した犯人への就職の世話などで「仏のゲンさん」と呼ばれた彼は、今まで
一度も人に銃を向けたことなど無かったのだ。
 来年の春には定年を迎え、妻と二人でゆっくりと北海道へでも旅行しようか
と非番を使って旅行代理店を覗いている時に呼び出され、念のため…と思って
普段は机にしまいっぱなしの拳銃を持ってきてしまったのが運の尽きだった。
 足を狙って撃ったつもりだったのに…。
 (銃なんか持ってこなければ良かった…否、こんな事ならきちんと射撃の訓
  練をしておけば良かった)
 老刑事は”罪を憎んで人を憎まず”を信条にこれまで自分がしてきた行いが、
たった一発の銃弾で全て帳消しになってしまったような気がした。
 「ならば死んで償(ツグナ)え…」
 頭の中で声がする。
 老刑事は一瞬驚いたような表情を見せたが、次の瞬間、ニヤリと笑うと自分
の顳(コメ)かみへと銃口を向けた。
 パン!
 「仏のゲンさん」と呼ばれていたモノは身体を激しく痙攣(ケイレン)させながら
その場に頽(クズオ)れた。

27. 新宿区 大久保某所

得手

 「あぁ…。 きょきょきょ、今日は人生さささ、最悪の日だよぉ…」
 「きみっちぃ、あんた男でしょ! しっかりしなさいよぉ、もう! こんな
  凄い場面をデジカメに納められたのよ! 次のゲームに…ん? ちょっと
  待って…。 週刊誌とかに売った方がいいかしら? それにしても超ラッ
  キーだわぁ! 仕事場の前でこんな大事件が起こるなんてぇ!」
 窓から身を乗り出してバシャ…バシャ…とデジカメのシャッターを切る梅沢
リカはどうやら目の前で起こっている事に現実感を持っていないらしい。
 最も彼女に限らず、現代社会に生きる日本人は多かれ少なかれレンズ一枚隔
てただけで、例えそれが自分のすぐ側で起こっていることであろうが、他人事
のように受け止めてしまう傾向にあるようだが…。
 しかし、公雄はカメラを持っていなかった為、自分の目で見てしまった。
 手榴弾で吹き飛ばされた肉塊やパトカーが爆発炎上する場面を…。
 何度、逃げようと思ったことか!
 しかし、説得しようとすればするほど意固地になってその場を離れようとし
ないリカを放って一人で逃げるワケにも行かず、結局、公雄は今もこうしてリ
カと一緒にビルの窓から恐る恐る顔を覗かせていた。
 それにしても交通規制のお蔭で美耶が来られなかったのは幸いだった。
 日頃、ファンタジーの世界にどっぷりと浸かっている彼女にこんなスプラッ
ターな場面を見せたら、それこそ卒倒してしまっていただろう。
 「ととと、とにかく流れ弾とかが飛んでこなくて良かったよ…」
 公雄はようやく警官達が未だ息のある者を運んだり、現場検証を始めたりし
ているのを見て、事件の終わりを感じとってホッと胸を撫で下ろした。
 「もう、ホント男のクセに度胸が無いのねぇ…あんたは。 まっ、ニュース
  を見てあたしを心配して迎えに来てくれたってのは嬉しかったけど…」
 唐突に公雄の頬(ホホ)に柔らかい物が触れた。
 「これはご褒美よ…。 でも、勘違いしないでね! 別にあたしはあんたな
  んか何とも思ってないんだから…」
 そう言ったリカの顔が耳まで真っ赤になっていることに公雄は気が付かなか
った。
 何故なら彼は突然頭の中に自分以外の何者かの声が響いてくるのを聞いてし
まったからだ。
 (ふん、つまらん男だ。 欲しいのは女の愛情だけか…。 まぁ、いい。 
  欲しいのなら力ずくで手に入れるのだな!)
 「そそそ、そんな! いくら好きでも無理やりなんて!」
 「ちょ…ちょっとぉ! 何、言ってんのよ、あんた! 今、言ったばっかで
  しょ!  あたし、きみっちの事なんか何とも…これっぽっちも思ってな
  んか無いからねぇ!」
 しかし、公雄はそんなリカの抗議を最後まで聞くことなく、突然両手で耳を
塞ぐと苦悶の表情を浮かべた。
 (女はな自分の命が何よりも大切なんだ。 ちょっと脅してやれば、すぐに
  大人しくなるぞ)
 「……ちゃんはそんな人じゃないよ…絶対!」
 「だ…大丈夫? きみっち。 えっ? 何?」
 リカが何とか公雄が何を言っているのか聞き取ろうと顔を近づける。
 (そうだ。 独り占めしたいのなら殺してしまえよ! そうすれば、その女
  は未来永劫お前一人の物だぞ)
 「ややや、やめてよ! ……ちゃんにそそそ、そんな事出来るわけ…」
 (欲しいんだろ? その女が。 素直になれよ。 なぁに、簡単なことだ。
  俺に任せておけばいい…)
 「たたた、確かにボボボ、僕は……ちゃんの事好きだけど…好き…」
 公雄の言葉を聞き取ったリカの表情が”心配”から”困惑”、そして”悲し
み”へと変わっていった。
 唇を噛みしめながら一歩、二歩と公雄の前から後退(アトズサ)る。
 と、突然これまで必死に耳を塞いでいた公雄の手が急にだらりと垂れ下がり、
ニヤリと笑うとふらふらと歩き出した。
 「くっくっく。 待ってろよぉ…」
 公雄の口から彼の声とは思えないような邪悪な声がもれる。
 バタン…。
 何も言わず、ゾンビのような足取りで出て行ってしまった公雄を黙って見送
ったリカの目が蛍光灯の光を反射してキラキラと光った。
 「やっぱり…ニャンて娘(コ)しか見えてないのね…あんたには…」

28. 新宿区 大久保某所

土部 真由美 風飛

新宿区大久保のとある雑居ビルの1階、そこに入っている会社の事務所に1人
の男が電話の受話器を手に立っていた。
「あ、真由美さん?どうもこんばんは、土部です。ええ…実は例の妖怪のすぐ近
くなんですが…」
いつも通りといった感じで話していた土部であったが敵妖怪の正体を電話で聞い
たあとは、さすがに顔をしかめた。
「なるほど…しかし今まで見た所、どうやら宿主自体は普通の人間という感じで
すね。それなら、私に一つ考えが…。とにかく人間の目があってはどうにもな
りません。どなたか結界の張れる方を…」
そこまで話を終えながら土部は最後まで言い終われなかった。ビルの外ではまた
騒ぎが起こったようだ。しかも今までよりもすさまじい。
土部はとっさに電話を切って窓から外を見た。そこで行われた惨劇の全てを・・・

その頃、四谷のスナック女王蜂では、突然切られた電話の受話器を手に真由美
はすこし不機嫌そうに立っていた。なにもいきなり切ることはないじゃない、と
いったところか。
「例の妖怪、エスね、大久保のあたりにいるらしいわ」
「大久保?」
東京の地理に疎い、大阪から来た3人の妖怪達はそろって聞き返した。真由美は
目で、ちょっと待ってて、と語り、
「土部さんと風飛くんだけじゃ不安だわ。行ける人は行って頂戴。りんさん、また
お願いね」
店内の妖怪達は席を立ち、外へ向う。彼らの背中に向って、
「いい?こんな騒ぎが長続きするのは御免よ。今夜で終わらせて」
と真由美は言葉を投げかけた。

風飛は近くのビルの屋上の影の中にいた。銃弾の乱れ飛ぶ中を出て行くつもりは
なかったが、何人かの人間が殺されるのを見るのは気分の良いものではない。
惨劇が終わりを告げ、制服の人間達−警官といったか−がわらわらと集まりだした頃
ビルを高速で急降下し、土部がいる窓の影から中に入った。
「まさかこれで終わりとは思ってないカァ?」
と土部を見た。が、そこには普段の柔らかい顔をした土部は居なかった。替わりに
厳しく固い表情の土部が居た。
「不幸な生まれ方をしましたね…」
その言葉を風飛は憐れみか、それとも決意か、もしくは他の何かか、とにかくその
意味をはかりかねた。そして今の言葉が誰に対してかも・・・

29. 四谷『スナック女王蜂』

真由美 由美 魅那 古槻 魔宮 ニャン 真 美奈 アニー

「土部さんと風飛くんだけじゃ不安だわ。行ける人は行って頂戴。りんさん、
また お願いね」
間宮 林蔵は肯き、出口に向かった。他の者もそれに続く。
店を出ると、すでに間宮はFIAT500に変化していた。
「俺は空から行こうと思うんだ。」
と身体を半分ほど浮かべて真が全員に言った。
「ちょっと、大久保って何処だかわかってるの?」
奈美が聞き返す。
「うっ・・・」
真は何も言えなくなった。浮かべていた体が地に降りる。
「やっぱり、何にも考えてなかったわね。」
奈美がジト目で真をみる。
「あたしが案内するよ!」
ニャンが明るく提案する。少しでも早く好奇心を満たしたいのだろうか。
瞳はキラキラと輝かせている。
「でも、ニャンさん。あぶないわよ。」
奈美がニャンに警告するように言った。
「何があぶないにゃ?」
不思議そうな顔で聞き返す。
「だって、さっきも・・・」
知らず知らず由美の方を見てしまう奈美。奈美と視線があった由美は
顔を真っ赤にして俯いた。当の真は全く普段と変わらない。
それを理解してかニャンはにっこり笑って
「大丈夫よ。」
奈美に言った、と同時にニャンの姿は衣服だけを残し消えてしまった。
もそもそと衣服の間から、一匹の虎猫がでてきた。ゆっくり背伸びをして
「これなら、大丈夫でしょ。」
虎猫になったニャンが奈美にウィンクした。
「そ、そうね。」
奈美も納得するしかない。いくら真でも猫にまで手は出さないだろう。
「さぁ、行くにゃ!」
ニャンが真を見上げて言った。
「そうだな。行くか。」
何時の間にやら、黒いマントを羽織った真がニャンを抱え上げ夜の空へと
飛んでいった。
その姿を見上げながら奈美はアニーに質問した。
「アニーは行かないの?」
「ワタシの姿は目立ち過ぎマース。だからMr.間宮に乗せてもらい
マース。」
そんなアニーの横顔を見ながらちょっと寂しそうだなと思う奈美だった。
『ブロロロロロ・・・』
間宮が催促するようにエンジンを回す。
「さあ、私達も行きましょう。」
由美が全員に言った。

その頃、得手 公雄は会社を出て、壊れかけたスクーターに飛び乗り
「月見荘」に向けて走り出していた。
『いいい、いやだ。そそそ、そんな事…したくない。』
「何言ってんだ? おまえはあの女が欲しいんだろ?」
『でで、でも。無理矢理するのは…いいい、いけないよ。』
「おまえ、まだそんな事言ってるのか。それだから駄目なんでよ。」
『・・・・いやだ・・・・・』
「あの女を抱きたいんだろ? 犯したいんだろ?」
『・・・いや・・・・』
「俺が力を貸してやるよ。なぁに、俺に任せておけ。」
『・・い・・』
「あの女を抱かせてやるさ! 俺はおまえの心なんだからな!」
『・・・』
公雄の心は闇の中に沈んで行った・・・
スクーターを走らせながら公雄は大きな声で笑っていた。
「ガハハハハハハハハハハハ!!」
邪悪な声は闇の中に吸い込まれていった。

30. 新宿区 大久保〜四谷 間

風飛 得手

 「ガハハハハハハハハハ」
 エスに心も身体も支配された公雄は邪悪な笑い声を発しながら、あちこちに
傷の付いたバイクを走らせていた。
 事件現場以外の照明が次々と消され、未だ人通りが少ない為に普段より数段
薄暗い路地を縫うように走り抜けていく。
 しかし、エスは別段警察に見つからないようにと意識してそうしていたので
はなかった。
 ただ単に公雄がいつも使っている交通量の少ない裏道と呼ばれるルートを走
っているだけなのだ。

 「ん? あの光…ライト?」
 周囲の状況を確認するために上空に舞い上がっていた風飛は公雄のバイクに
目を留めた。
 次々と集まって来るパトカーや救急車の光とは逆の方向に移動していくバイ
クのヘッドライトが彼の注意を引いたのだった。
 急降下して事件現場を見張っている土部の肩に乗る。
 「何か見付けたのですね、風飛君」
 多くの人間の死を目(マ)の当たりにした為か、何時になく険しい表情の土部
が尋ねると、風飛はコクリと頷(ウナズ)いた。
 「月見荘に住んでる太った人間がいたカァー」
 「太った人間…それなら得手君ですね。 どうしたのでしょう? まさか事
  件を見物に来たとは思えないのですが…」
 「月見荘の方に向かってるカァー」
 「そうですか…。 日頃、我々妖怪とお付き合いしている所為(セイ)か彼は事
  件に巻き込まれやすいですから心配ですねぇ」
 「普段と雰囲気が違うカァー。 嫌な予感がするカァー」
 「何ですと? 風飛君の勘が…? それはいただけませんね…ちょっと様子
  を探っていただけますか?」
 「分かったカァー」
 風飛は答えるが早いか、猛スピードで土部の肩から離陸した。
 バササっ!と言う鋭い羽音と真っ黒な羽を一枚だけ残して…。
 「頼みましたよ…」
 土部が風飛の飛び去った空を見上げながら独り言を言う。
 ピー、ピー、ピー。
 丁度その時、土部のポケベルがメッセージを受信した。

 風飛はすぐに公雄のバイクに追いついた。
 彼が本気を出せば普通に走っているバイクに追いつくなど造作も無いことだ。
 しかし…今回はそこに油断があったのかも知れない。
 追い掛けているのが、見知った顔だった所為もあるだろう。
 とにかく彼の第六感はこの時、”身の危険”は感じていなかったのだ…。
 「カァー!」
 公雄のバイクのすぐ背後で短く鳴いて反応を探る。
 「うるさい!」
 そう言いながらバイクを止めて振り返った公雄の右手には一体何時・何処か
ら取り出したのか、レーザーサイト付きの銃(コルトガバメント)が握られて
いた。
 赤いレーザー光が風飛の目を射る!
 (しまった!?)
 風飛の知る限り、いつも動物を擬人化して人間に対するのと同じように接し
ていた男が、あろうことか邪悪な笑みを浮かべて…しかも銃で自分を狙ってい
る。
 プシュ! バクンッ!
 公雄の指が引き金にかかった途端に銃への苦手意識から思わず100メート
ル程飛び退ってしまった風飛だったが、彼はここでようやく何故自分が危険を
感じなかったのか合点がいった。
 公雄の持つ銃から発射されたのは”バクテリアによって自然分解されるプラ
スチック状の弾”だったのだ。
 何故、風飛がその事に気付いたのかと言うと…。
 −公雄が月見荘に引っ越してきたばかりの頃、風飛は土管の上に置いた空き
  缶をターゲットにエアガンを撃っている公雄に警告の意味でおしっこを引
  っ掛けてやった。
   「ななな、何すんだよぉ!」と風飛に対して抗議の声を上げた公雄にニ
  ャンが「きっと得手さんがそんなモノ持ってるからだにゃ」と風飛の気持
  ちを代弁してくれたのだが…以下はその時に公雄が風飛に向かって言った
  台詞である。
   「ボボボ、僕は動物を狙ったりしないし、こここ、これはとうもろこし
    を原料にして作られた弾だから放っておいてもバクテリアに分解され
    て2〜3年で土に返るんだ…。 だだだ、だから怒らないでよ〜!」
   その時は「この人間、自分が人間の言葉が分かると知っていて話し掛け
  ているのだろうか?」と思わず疑ってしまった風飛だったが、その後、猫
  にも犬にも同じように話し掛けているのを見て「そう言う人間なんだ」と
  警戒心を解いていった−
 そんな過去があったからだ。

 一方、落ち着きを取り戻した風飛とは打って変わって公雄に憑依したエスは
かなり混乱していた。
 「どどど、どう言う事だ!?」
 今、彼の手にしている武器はこれまで憑依した人間の知識にあったどんな武
器に比べても貧弱だった。
 なんせ発射した弾が放物線を描いて数十メートル先にポトリと落ちてしまっ
たのだ…。
 憑依した者の心に潜む欲望の中で一番邪悪な望みを叶えるため、その者の知
る一番凶悪な武器を具現化し、それに因って得られる人間達の恐怖の叫びを聞
くことを唯一の喜びとしてきたエスにとって、公雄に憑依してしまったことは
彼にとって最大の不幸と呼べるのかもしれない…。
 「早く…叫びを…恐怖に怯える心を…」
 エスは風飛の事などまるで無視して再びバイクを走らせた。
 ニャンと言う少女の叫びを聞くために…。


リレーSS『非日常的なある事件』 1-10 11-20 21-30 31-43(完)

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