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Home > 旅の足跡 > NIFTY-Serve > 妖魔夜行
リレーSSは、リレー・ショート・ストーリーの意味で、複数の執筆者がリレー形式でショートストーリーを書いていくというものです。
そのため、同じ場面の別視点になっていたり、突然場面が変わってまた戻ったり、キャラクターの雰囲気が少し違ったりします。
いちおう読みやすさに配慮して、場面と主な登場人物を付記してあります。
改行位置等は原文ママです。
7月某日、よく晴れた午後。照りつける太陽は残酷なまでに強い。ニュ−スで
は千葉県在住の75歳の男性が熱射病で亡くなったと言っていた。
「お気の毒に・・・」
唐突につい先程のニュ−スを思い出して土部将信はつぶやいた。このぶんでは
都内でも熱射病にやられる人も出るかも知れない。
「しかし結構、人がいますね」
独り言を言いながら土部は中野のア−ケ−ド街を歩いていく。こんなに暑い日
なのにここはたくさんの人間がいた。
土部は都内のある高校で非常勤講師をしている。授業が午前中で終わってしまう
時は午後には帰宅できるのである。
「え〜・・・たしか・・・」
住宅地まで歩いてきて、地図を見ながら、また呟いた。
わざわざ彼がここまで来たのにはもちろん理由がある。彼の受け持ちのクラスの
女生徒が学校に出てこないのだ。こういった時は普通担任の出番のはずだが、担任
の岡田先生は忙しいからと土部に頼んできたのだ。
「ちょっと様子を見てきてもらうだけで良いんですよ」
岡田先生の言葉はこうである。
そして、土部はこういう事は断れない性格であった。
「ああ、あれですね。きっと」
目的の場所を見つけて安心し、また独り言。
その家はいわゆるコンビニエンスストアというやつだった。あまり大きくはない。
おそらく、家族は2階に住んでいるのだろう。かなり珍しいかもしれない。
入り口の自動ドアの前に立つ。一瞬の沈黙の後、開いた。
そこは家族で店をやっていて、アルバイトなどは雇っていなかった。
土部が2階に案内されて、すこし待たされた後、母親がやって来た。事情を聞いて
みると、家にはいるようだ。よくあるパタ−ンだと家に居ることはあまりなかったり
するのだが。
結局、30分ほど話し合って、真剣に解決する必要があると土部は判断した。
やはり、担任の岡田先生の出番というわけだ。
「また来ます」
「よろしく、お願いします」
深々と頭を下げる母親。土部は真剣に力になろうと思った。
ドン!!!
2人が1階に降りていったところで突然、破裂するような音がした。
店の方に出てみると、おそらく30歳半ばと思える男が手に猟銃をもって立っている
ではないか!
「う、動くなよ!!」
猟銃を近くにいた少年に突きつけた。
静まり返る店内・・・みんな動きもなく、男を見つめる。
「全員、こっちに来い!・・・変なまねするな!!」
誰も反応は、無い。
「おい!!!」
男が怒鳴ると、はっと我に返ったように皆、それに従った。
「じょ、じょうだんでしょう?」
思わず呟く、土部であった。
その頃、都内某所の雑居ビルが立ち並ぶ一角にある古いビルの1フロアを占
領している(と、言ってもこのビル、敷地面積がかなり狭いのだが)「ういん
ぐそふと」と言う名のゲーム制作を請け負う会社のオフィスで、伸び放題の不
精髭に髪の毛はバサバサ…しかも、クーラーが利いていて涼しすぎるくらいな
のに汗だく…と言う、この季節には真に暑苦しい事この上ないタイプの太った
青年が呟いた。
「じょ、じょうだんでしょう?」
彼の顔はちょっと蒼ざめている。
「今になって”納期を早めろ”なんて無理に決まってるじゃないですか!」
彼の言葉に”ういんぐそふと”の社長はすまなそうに「ごめん…、そこを何
とか」と言っただけで、期待していた「それじゃ、仕方ないね」と言う言葉は
その後10秒待っても返ってくることは無かった。
「…クオリティ、がた落ちになっても知りませんよ!」
太った青年(得手公雄)は彼に言える最大級の非難の言葉を社長にぶつける
とずり落ちてきた眼鏡を直しながらパソコンに向き直り、マウスを動かしてモ
ニターに映し出されていた自作の”猫のような娘が投げキッスをする”スクリ
ーンセーバーを終了させた。
1羽の鴉が空を飛んでいた。所々で仲間を見つけてはその側の木に止まったり
電線に止まったりしては離れていく。
その鴉には人間から付けられた名前があった。
風飛というのが彼の名だ。便宜上彼と呼ぶことにする。
よくよく見れば、あきらかに普通の鴉にはない動きをしているのだが、そんな
事を気にするような人間がいるものか。
そうして彼は、いつものように空を待っていた。彼は鴉でありながら、いつも
のようにそのまま日が暮れていくのを待ち望んでいた。
その時……
ドン!!
希望を見事に打ち砕く銃声が響きわたる。
彼は驚いて、スピードを速めて飛んで100メートルほど逃げてしまった。そ
の間、たった1秒。
だが、猟銃の音に驚いたのは通りの人も同じで彼を見ていたのは何時までも天
から照らしている太陽だけだった。
彼は迷った。
銃声の鳴った方向へ行くべきか、行かないべきか。
彼の好奇心は、行かせようとする。
逆に彼の苦手意識が、行かせまいとする。
そうして板挟みに苦しみながら、最終的に結論を出したのは彼の人間に対する
友好的な態度だった。
この日本で銃の音が鳴るなど、普通生活していては考えられない。暴力団の抗
争などで使われることはあるが、そんなことも滅多に起こっていない。少なくと
も表面上では。
彼は事が急展開しないうちにその場に行くことに決めた。
だから上空を、彼の出せる最高のスピードで通っていく。見ても、何か黒いも
のが一瞬残像のように見えるだけだから心配はない。加えて、それをしたところ
で彼は何の負担も感じない。疲労で速さが衰えることは絶対にないのだ。
コンビニエンスストアが見える。上空から恐ろしい視力を持って人が集まるの
を見て取ると、そこが事件の現場らしいことに気が付いた。
それにしてはあまりに人が集まりすぎている。
コンビニの中が見える位置はかなり低めなので、どうしてもその輪の中に入ら
なくてはならない。だが、不信がられる事は目に見えている。
ところが、彼にとって幸いなことに、コンビニは正面を東にしていた。つまり、
午後なのだから正面側に影ができているのだ。
無謀にも彼は全速力のままそこに突っ込んだ。普通ならば、いやもはや普通で
ないことは分かっているのだが、即死だ。
誰もそうだと感じずにいられぬままに、彼の姿は掻き消えた。
影の中に吸い込まれた。
彼はその影の中からコンビニの中を覗くと、1人の人間が少年に猟銃を突き付
けたまま客や店員を店の中に並ばせようとしているのを知った。
それから彼は驚いた。
その中に見知った顔があったからだ。確か、土部将信とか言う名前だった気が
する。
この時、彼の中で気が変わった。自分で何かをするつもりだったのだが、土部
と言う男を発見して自ら危険を冒す必要はないと考えた。猟銃の一撃を受ければ、
風飛という鴉はおそらくもう大空を舞えないだろう。
だったら、まずは自分と“同じもの”でありながら人間に見える男に任せよう。
その方が後でいろいろ騒がれずに済む。
危険になれば助ければいいだろう。まぁ、そんなことはあの男自身には決して
ない。彼が考えたのは、店の中の客や店員など人間の心配だ。
そんな事を考えていると、彼はいきなり何か嫌な感じがした。羽毛がむずむず
するし、第六感と言えるものが危険を知らしてくる。だが、それは今すぐにと言
うわけではない。
彼は辺りを、特にコンビニの中を見渡す。特に何の変哲もない、普通の……
「……!!」
鋭敏な彼の感覚が、ある物を視線に捉えて放そうとしなかった。焦点をずらし
ても、どうしてもそこにいく。
彼が見ているのは強盗の男が持つ猟銃だった。
もう一度、作戦を変えなければならないと思った。
だが、結局相手が銃そのものであるのなら今は土部と言う男に任す他はないよ
うだった。
静観するか、仲間を集めに行くか……いや、仲間を集めてこの昼間にどうする
のだろう。だったらじっとしていなければ。
それにしても、彼は考えた。妖怪とはこうも引き合うのだろうか。
しかし……明らかにあの銃は人間に敵意を抱いている。
暑い・・・真夏の太陽が容赦無く肌を焼く。
「ここどこよ! ほんとに真は、役に立たないんだからぁ!」
さっきから、わぁわぁ騒いでいるのは中学生ぐらいの女の子。
大きな黄色のリボンが可愛らしい。
「仕方ないだろ。同じホームから違うとこ行きの電車が出てるとは
知らなかったんだよ。それに奈美、俺はおまえの兄って事になって
んだから、ちゃんとした口きけよ!」
真と呼ばれた青年は、少女の頭を小突いた。
「誰があんたなんかに。イーーーーーっだ!!」
奈美と呼ばれた少女も負けずにつっかかる。
「それにしても暑いデース。このままではミー達ユッデダコデース。」
二人がやりあっている後ろから気の抜けた声で話し掛けてきたのは
タンクトップとジーンズと言う軽装の外国人の少女アニーである。
さっきからタンクトップの胸元をパタパタとさせている。
「もうちょっと、辛抱してよ。アニー。」と言いつつも真の目は胸元に
釘付けである。
「どこ見てんのよ。」とムッとした声で耳を引っ張る奈美。
「イテテッ。と、ところで何か飲み物でも買おうよ。その先にコンビニが
あるから。」
「それは、グッドアイディアデース。」それを聞いたアニーは奈美と
一緒に歩き出した。
「ほら、さっさと来なさい。ほんとグズなんだから。」
真がホッと胸を撫で下ろし、二人に追いつこうとした歩き出した時
『ズドンッ!!』
コンビニの方から大きな音がした。
「まさか、銃声・・・?」 奈美が震える声で二人に聞いてくる。
「間違えないデス。」とさっきと違い、厳しい表情でアニーが答える。
「こんな昼間からコンビニ強盗とは、世紀末だな。」と真も感想を述べる。
「とりあえず、行くデス。」言い終わる前にアニーは駆け出していた。
「ちょ、ちょっと待てよ!」「待ってよ!」と二人も慌てて駆け出す。
コンビニの前に着いた時には、野次馬が店の前を遠巻きにして
集まっていた。店の中には銃を持った男が七人の人間を盾に
立て篭もっていた。
「どうするのよ、真。」
「どうするったって、警察に任せるしかないだろう」と集まった
野次馬を見ながら、真は小さく言った。
数十分が経過した。猟銃男の指示で人質となった全員は手足をガム
テ−プ(当然、店にあった)でぐるぐる巻きにされ、店の奥の飲料水が
陳列されたあたりに集められていた。
土部はその間、状況を理解しようと観察していた。まず、この場にいる人
間は犯人を含めて7人、もちろん自分は含まれない。2階には自分の生徒で
ある益美が自室にいるはずだが、この騒ぎでも出てこない。おそらく自分の
問題のほうで手一杯なのだろう。
「困った事になりました・・・」
土部の独り言に周りの人質たちが同感という視線を向けた。土部は益美の
ほうを心配していたのだが。
自分は猟銃で撃たれたとしても大した事はない。しかし、人間ならば死んで
しまうこともあるだろう。土部は人間の物理的なもろさをよく知っている。
今度は周りの人間たち(犯人も含め)を心配し始めた。
土部は猟銃男の様子が気になっていた。なにせこの暑さなのだ。汗をかいて
いてもおかしくはないが、このク−ラ−の効いた店内で玉の汗を流している。
時々、銃を上げたり下げたりしているし、苦しげな表情を見せる時もある。
麻薬かなにかをやっているのか、それとも・・・
外では野次馬が集まっているようだ。まあ、昼間の住宅地近くならば当然だ。
すぐに警察も到着した。この分ではあっという間にテレビ中継も始まるだろう。
その前になんとかしたい土部であるが、これだけの視線があっては本来の実力
を発揮するわけにもいかない。
「困った事になりました・・・」
「・・・・!!!」
反射的に猟銃が土部に向けられた!
撃たれる!誰もがそう思い、息を飲んだ。説得を始めようという警官も動きを
止めた!
「お、う、うう〜」
しかし、猟銃男は苦しげに苦悶し、銃を外に向け、ドン!と一発発射した。
窓ガラスが砕け、悲鳴が上がる!
その中で土部は、やはり何かがおかしいと思った。
最初の銃声からどれくらい時間が経っただろう・・・。
コンビニの廻りは警察と野次馬で何重にも輪ができていた。
どこで聞きつけたのかTV局の車も駆けつけ中継の準備を大慌てで
始めている
「何とかしてよ!」と黄色のリボンを揺らしながら奈美は真に
詰め寄っていく。
「何とも出来ないだろ。」こんなに人が居るんじゃ正体を現すわけにも
いかないし・・・色々と考えてみるがいい考えが浮かばない。
犯人は何を要求するわけでもなく、店内を右往左往している。
時折、思い出したかのように銃を振り回す。陳列棚からこぼれ落ちた
商品がけたたましい音をたてて床にぶつっかっていく。
「何か引っかかるなぁ・・・。」真は小さくつぶやいた。
「引っかかるって何がよ?」そのつぶやきを聞き取り、奈美が聞き返す。
「アニー、ちょっとあの銃を見てくれるか。」奈美の疑問を無視して真は隣で
成り行きを見ていたアニーに言った。
すぐにその意味を理解したアニーは、短く返事して犯人の持つ銃に焦点を
合わせた。「ノー、あれはただの銃デー・・・あっ!?」
「どうしたの、アニー?」奈美が何か判ったの? と言い出す前にアニーが
真と奈美にだけ聞こえるように、小さく言った。
「ミー達と同じ人がイマス。センターに座っている、丸眼鏡のファットマン
デス。」
「何か術を使っているのか?」廻りを気にしながら真が聞き返す。
「それは判らないデス・・・。」アニーはすまなそうに答える。
ちょうどその時、犯人が動いた。こちらに銃口を向けている!!
『ズドン!!』『ガシャーーーーン!!』
窓ガラスが辺りに散らかる。幸い怪我人は出ていない。
犯人は、さらに発砲する。
『ズドン!!』 ・・
警官が撃たれたっと誰もが思った。しかし、弾丸は幸運にも半開きに
してあった車のドアに命中していた。さらに銃を乱射する犯人
やっと事態を飲み込んだ野次馬達は我先にと逃げ始めた。
警官隊も市民を守ろうと移動し始めた。
「チャンス!」言うがはやいか、真はコンビニに向かって走り出した。
警官隊の真後ろまで行き、そこで彼の姿は掻き消えた。
「馬鹿! あのおっさんが黒幕かもしれないのよ!!」と奈美が真の行動を
見て叫ぶ。しかし、その声は銃声と人々のあげる悲鳴の中に掻き消された。
影に潜む風飛は、今まさにその軽率な行動を反省しているところだった。まさ
かいきなり銃が乱射されるとは思っても見なかった。
彼は一刻も早くその状況が終わることを心の底から願った。
そうでなければ、彼は影から出ることはおろか、運が悪ければその弾がこちら
に来て当たってしまうかも知れない。ダメージは普通に比べると低減されるのだ
が、彼の弱点であるためそれに頼ることは決してできない。
弾を素早く避けながら、彼は一度だけやけくそになってこちらも対抗しようと
思ってみたりしたが、それは彼の知力が何とか防ぎきった。
かといって他の鴉を呼んで犠牲にするわけなどできるはずもない。彼には種族
の者を大切にする義務がある。
そうして、もはやこうなれば残る手段は一つしかないのだ。
逃げるに限る。彼の明確かつ正確な考えはこう打ち出した。だがさっきの失敗
の例もあるのだから、もう少し慎重になるべきかも知れない。
だがそんな悠長なことなど言っていられるはずはない。弾をすれすれのところ
で避けると、そのまま北の方向にに影に潜んだまま移動した。
意図はもちろん明白である。
太陽は実は南西から差しているのだから、コンビニの北の方にできている辺り
の影には角度の問題上弾が来ていなかったのだ。当然彼の予想は当たり、そこに
は弾の痕跡すらなかった。
もちろん銃声は絶え間なく続いているので、そんな事を知ろうとする余裕は普
通はないはずだった。
しかし、風飛は人間ではない。余裕などいくらでもある。
その余裕を持ってして、彼は今から何をすべきか考えようとした。
どうもコンビニの中を見る限り、あの土部とか言う男には今の状態では大した
ことはできなさそうだ。しかも、彼の予感はこの事件が実は人間が行っているよ
うに見えてそうでないと伝えてくる。
しかし待て、彼は考えた。やはり、ここで仲間の者たちを呼ぶのは得策でない。
この乱射のせいで野次馬は逃げたとしてもコンビニの中には人質が6人もいる。
確か機動隊と言っただろうか、楯のような物を持った警察は少し後ろに下がって
いるが、これ以上下がるとは思えない。人間は変なところでプライドという面白
味のないことを大事にする。
だが、何はともあれしばらくはここを離れようと彼は思った。あの銃が弾切れ
を起こせば自分が何とかできるかもしれない。
そこまで考えて彼は影から飛び出た。
まさにその時彼は誰かが、
「チャンス!」
と陽気に言うのを聞いた。人間にしては気違いなやつだなと彼は一瞬思い、そ
の声のした方を向くと、人影がコンビニの方に向かっているのが見えた。
この時、風飛は一瞬の間にかなり上の方まで飛んでいた。そこからその状況が
見えたのは、彼の能力のおかげである。
人影はどうやら若い男のようだ。だが驚くべき事は彼は人影の合間だけでなく、
「弾」の間まで縫って移動している。
風飛はそのことにより、彼が普通の人間でないことを知った。
しかしその人物をもちろん風飛は知らなかった。このあたりでは見かけたこと
がない。ただ、あの人物に任せてみるのも一興か、と彼は思った。
そしてふと見ると、その青年を目で追いかけている2人の少女がいることに気
が付いた。方向から考えれば、彼女たちの中からあの男は抜け出したのかも知れ
ない。
1人は大きな黄色いリボンが目立つ中学生ぐらいの少女。
もう1人はどこからどう見ても日本人ではない少女。
その不釣り合いさに、彼はこの2人も普通の人間ではないのかも知れないとい
う考えに至った。だとしたら、彼は好奇心の固まりだからそこに行かないわけに
はいかない。
だが、ことを急いでは行けない。まずは探りを少し入れてみよう。
幸いその近くにブロック塀があったので彼はそこにとまってみた。ところが、
その風景はこんな非常事態でもなければおかしいと気付かれて全く当然である。
実は彼は逆にそれを狙っていた。
相手が自分と同じならば、今のうちに誤解がないよう知り合っておくべきだ。
さて、どうなるかな?……彼はそう考えた。
妖怪達がコンビニ強盗をどうにかしようと躍起になっている頃、得手公雄は
オフィスで机の引き出しを開けて顔をしかめていた。
「ちぇ、こんな時に限ってお菓子もドリンクも切れるなんて…」
彼はいらだたしげに胸ポケットからキャスターONEを取り出すと火を点け
…ようとしたところで何者かに思いっ切り後頭部をはたかれた。
「きみっち〜! オフィス禁煙になったの忘れたのぉ?」
声の主は同僚の”梅沢リカ”だった。
彼女は公雄よりも6歳も若い24歳なのだが、いつもこんな風に公雄にちょ
っかいを出してくる。
「あっ、ゴメン…イライラしちゃって、つい」
「もぅ〜! や〜っと禁煙にしてもらったんだからねぇ!」
「ホント、ゴメン。 じゃ、外出て煙草吸うついでに買い物してくるよ。
何かいる?」
「あ〜の〜ね〜! さっき納期短縮が決まったばっかりなのに良くそう言う
呑気な事が言えるわねぇ! きみっちってばホントに…」
「いるの? いらないの?」
「…じゃ、午後ティーストレートとチャームナップ多い日用」
「ななな、何!?」
「じょ・う・だ・ん(^_-)」
「…まったくぅ。 こここ、こう言うのを逆セクハラって…」
「いいからちゃっちゃと行って来なさいよ、お・じ・さ・ん」
「………行って来ます! 午後ティーストレートね!」
公雄はタオルとメットを手に取ると、ドタドタとオフィスを後にした。
しっしっと手でそれを見送ったリカがおもむろに携帯を手に取る。
「あっ、美耶ちゃん? わたし…そう、リカ。 今ねぇ、きみっちがバイク
で買い物に出たの。 多分美耶ちゃん家の近くのいつものコンビニに行く
と思うんだ。 でぇ、悪いけど、今日応援して欲しいんだけど…そう、助
かるぅ! じゃ、きみっちに荷ケツしてもらって来てよ。 じゃ、よろし
くぅ〜〜」
リカは有無を言わせぬ早業で助っ人を調達すると、携帯を切って公雄が出て
行ったドアをぼんやりと眺めた。
「あ〜ぁ。 ホント、美耶ちゃんもモノ好きよねぇ。 きみっちの話になる
とあんなに嬉しそうになっちゃってさ…」
しかし、そう言った彼女の表情はほんの少し羨ましそうだった…かも知れな
い。
激しい銃声、人々の悲鳴。その中を真は跳んでいた。空間を突き破って
ガラスの飛び散った窓の前に現れ、半呼吸の間に店内へと実体化する。
「きゃ〜〜〜〜〜!!」
機動隊の後ろ側で奈美が悲鳴を上げ機動隊の注意を引きつける。
真は『幸運』にも誰にも見られてはいなかった。
その時、一羽の鴉が目に入った。
「おかしい・・・このウルサイ状況に鴉など寄り付くはずはない・・・。」
数瞬の間、そんな考えを巡らせてみたが目の前に未だ銃を乱射する男をみて
「こいつを何とかした方がいいな。早くしないと注意がこちらに向いてしま
う」相変わらず後ろの方では奈美たちが悲鳴を上げているのが聞こえていた。
真は迅速に行動した。さらに跳躍して、男の背後から首筋に向かってキックを
叩き込んだのだ。男は前のめりに倒れる。銃は手から離れ床に落ちた。その銃
を店外に蹴り出し、自分も煙となって排気口から外に出る。
時間にして10秒もかからなかっただろう。幸い男が窓の方に来ていたので
人質達にも見られてないはずだ。
ゆっくりブロック塀沿いに移動し人目につかないように実体化する。
ほっと一息ついて見上げると鴉がこっちを見ていた。さっきの鴉だ。
観察しているような目で真の事を見ている。
「ちぇ、誰にも見られてないと思ったのに、鴉に見られてたとはまだまだ
修行が足りないって事か・・・」と悪態をついてみる。
「そうだろ、鴉ちゃんって言っても応える訳はないか。」
「そうだな、まだまだだな。面白い見世物だったがな。」鴉が突然喋ったので
真はギョッとした。
「あんた、妖怪なのか?」すばやく身構える。
鴉はいかにも楽しそうに笑った。
男は銃を乱射してた。巻き起こる悲鳴。人質たちも混乱している。人質の
中の少女は涙を流してるが声は挙げまいと努力しているようだ。
しかし、先程の違和感は当たっていたらしい。戦争を知っている土部は多少
銃のこともわかる。猟銃は戦闘用長銃ではないのだ。こんなに連射できるもの
ではない。つまり、あの猟銃はただの銃ではない。もしくはただの銃では
なくしている存在がいるのだ。
「いけません!」
土部の感覚は人間のそれでは捉えられない振動も感知する。彼はこの状況で
こちらに向かってくる人物がいるのを感じとった。
もう躊躇してはいられない。いざとなれば楯になるつもりで土部は手足のガム
テ−プをすり抜ける!彼の力の1つ、すべての物質を透過する力だ。
ガムテ−プがポトリと床に落ちる。人質たちはそれを見た。
しかし、その人物は驚異の速さで一瞬にして店内に現れた。いや、ただの速さ
の問題ではないのかもしれない。土部が立ち上がるよりも速く男を蹴り、銃を
蹴り出し、そして・・・煙のように消えた!
まさに一瞬!人質たちが土部の透過したガムテ−プのほうを見ている間の出来事
だ。
土部は同類がいて−しかも自分たちと同じ側であると知り−心強くなった。
彼は立ち上がって、男を押さえ込もうとつかみかかった!
「おとなしくし・・・おや?」
男は抵抗する気もなさそうにポカンとした顔できょろきょろしていた。
警官たちはこちらに向かって走ってきている。この男は任せてよさそうだ。
「それよりも!」
肝心の猟銃はどこにいったのか、土部はあたりを見回す。もしかしたらあの猟銃
が原因かもしれないし、少なくとも手がかりにはなるはずだ。
結局、猟銃は見つけられなかった。今、コンビニの中は警官たちでいっぱいだ。
男は捕らえられて、連行された。人質たちの奇異の視線を感じた土部はとっさに
手を振る。すると、いつのまにか1本のバラの花−作り物の−を手に持っていた。
それをまだ声を殺して泣いている少女に手渡した。
「さ、どうぞ。もう終わりましたから、泣いていいですよ」
こんなところで役に立つとは、手品を練習しておいてよかったと土部は思った。
これでなんとか納得してもらわなければ困る。
そうして、その後の面倒な事態を避けようとさっさとその場を立ち去った。
消えたあの猟銃の行方を気にしながら・・・
「馬鹿! あのおっさんが黒幕かもしれないのよ!!」と奈美が
真の行動を見て叫ぶ。
『ほんとに何考えてるのよ。』心の中でありったけ悪口を真にぶつける。
その時、さっと横を通り抜けようとする影があった。
「アニー!!」慌てて金髪の少女を後ろから掴みありったけの力で声を
あげる。
「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」聴きようによっては場違いな悲鳴だ。
でも、機動隊の注意を引く事は出来た。
「幾らなんでもあぶないよ〜。」アニーの腰をしっかり掴みこれ以上
進ませないようにする。
「でも、ミスタ−が・・・」とアニーは困った顔をする。
「あいつは撃たれたって平気だよ!」さらに力をこめて動かないよう
する。それでもアニーはズルズルと奈美を引きずって進もうとする。
「ダメだってば〜〜〜〜!」情けない声を出したその時・・・
『ガツン』
機動隊のジェラルミン製の楯に何か当たる音がした。見ると犯人の
持っていた銃がそこにある。コンビニの方に目をやると犯人が倒れている!
よろよろと立ち上がる犯人を例の「丸眼鏡のファットマン」が取り押さえた。
機動隊が一斉に動き出す。銃はまだ若い隊員が回収し、他の隊員は犯人を
捕まえに行く。緊張していた人々は安堵の溜め息をつき、TVのリポーター達
は犯人逮捕の瞬間を興奮した口調でカメラの前でまくしたてていた。
事件の解決にわく人々の中で気づいた人はいただろうか、銃を回収した隊員が
大粒の汗を流していたのを・・・
「ミスターは?」とアニーは心配して辺りを見渡す。
「あいつならそのうち帰ってくるわよ。」奈美は一人の人物を見ていた。
「それよりも、あのおっさんが気になるわ。」アニーだけ聞こえるように
言う。丸眼鏡の男は、術か手品を使ってバラの花を一輪取り出し、女の子に
渡していた。そして、男はそそくさとその場を離れて歩き出した。
「何かわざとらしいわね。」眉間にしわを寄せて奈美が呟く。
「そんなに人を疑ってはイケマセーン。そういうのを『取れた狸の皮三枚』
って言うデース。」アニーはつかつか歩き出す。
「ちょ、ちょっと、どこ行くのよ?」いきなり歩き出したアニーを追いかけ
る奈美。
「あの人に話しを聴きマース。」とアニーは振り返りもせずに応える。
驚いて立ち止まる奈美を尻目にアニーはそのまま歩いていく。そして・・・
「Hey! ミスター!」
早速、退散しようと思った土部ではあったが、この警官の数ではどうしようも
なさそうだ。が、このままのんびりしていて注目されるのはもっといただけない。
さっそく店の奥へ入り、そのまま壁を通り抜けた。この向うの路地には人がいな
いのは確認ずみだ。
「ふう・・・さてと、どうしましょうか」
と思いを巡らせて歩き出した、その時。
「Hey! ミスター!」
と奇妙な掛け声。しかも自分に向けられているのは間違い無い。
「しまった・・・」
事件のために焦っていたのか。人がいなくても目はあっておかしくない。
観念して振り向くとそこには金髪の女性−どうみても日本人ではない−がこちらへ
向かってくる。その後ろからは少女−こちらはどうみても日本人−が小走りで
追いかけてくる。そして金髪の女性が話掛けてきた。
「ユーは・・・」
それを土部は手で遮って、
「わかってます・・・仕方ありません。私の正体をお教えしましょう。しかし
他人には決して言ってはなりませんよ」
そこまで言ったところで突然、追いついてきた少女が問い詰める。
「やっぱり!あんたが黒幕なのねっ!」
「・・・はい!?」
「さあっ!全て話なさい。何が目的なの?そもそも何の妖怪なのよっ!」
「・・・はい!?」
数分後、お互いの素性を大体話合った3人。
「と、いうわけですよ。奈美さん、アニーさん」
「オー、なるほどネ。偶然デースネ」
「そうです。そうです」
などと打ち溶け合う2人。そのやりとりを聞いている奈美はまだ信用しきって
ない様子だ、と土部は思った。実際には奈美は真の行方を気にしていたのだが。
「では、立ち話もなんですし、どこか落ち着ける所で話しましょう。その・・・
真くんを捜してからですけどね」
と、土部が提案すると、
「ソーですネ」
とアニーは同意したが、
「ちょっと、まだ完全に疑いは晴れてないんだからね」
その奈美を見て、アニーは奈美が不安がっていると思った。
「奈美・・・ミスターなら心配いらないヨ。それにここはミスター土部に
ついて行きまショー。”郷に入っては虎児に従え”デース」
「ちょっと!私は真の事なんか心配してないってば!」
「それを言うなら”郷に入っては郷に従え”じゃないでしょうか」
奈美と土部が同時に声を返したその時、コンビニの方ではまた騒ぎが起こっていた。
どうやら落ち着いて話すのは後になりそうですね、と土部は思った。
同じ頃。
人目に付かないブロック塀の影。
「面白い見世物だったがな。カ、カカカカ……」
風飛はそう言うと陽気に笑った。微かに相手の方はこちらに疑いをもったよう
だがまだ気にする段階ではなかった。
しかしさすがに彼は「油断大敵」という言葉の意味ぐらいは知っていたので、
これ以上笑うのはやめ真剣な口調になった。もちろん、その言葉は人間が使うも
のだ。
「何を笑う……!?まさかお前が……」
目の前の若い男の疑いは止まるところを知らないようだった。おそらく無意識
のうちにだろうが、攻撃の姿勢をとっている。
「勘違いするな。お前の驚きようが見物だっただけだ。しかし、やはりまだまだ
だな……」
彼は少し首を縦に振った。溜息を付いているらしい。
男は明らかに機嫌を損ねた。風飛は、この時初めて普段と違い真剣な口調を用
いたことを反省していた。しかし、今から変えれば余計に怪しがられるだけだと
思い、そのまま続けることにした。
そんな考えに浸っていると、男の方が口を開いた。
「おい、カラス!さっきから「まだまだ」とか言いやがって……、あれのどこが
完璧じゃないんだよ。速すぎて誰の目にも止まらなかったんだ、俺たちのことな
んてバレねぇよ」
彼は男の言葉に気分を大いに損ねた。
しかし争いは得策ではない。そう考えて、彼はじっと我慢した。
「そんなことを言っているのではない!なんで気付いていないのだ?あの銃から
感じられる異様な雰囲気を……。お前は自分があれを一体どうしたのか覚えてい
るだろう」
さすがに口調には苛立ちが隠せなかったのは仕方がないことだ。それでも彼は
精一杯の忠告をしたつもりだ。
しかしあろうことか、男はその言葉をほとんど真に受けず、逆に笑い飛ばす雰
囲気だ。
「あの銃はなんでもないただの銃さ。俺の仲間がちゃんとそう確認したぜ。ハハ、
お前の方がおかしいって」
根はどうやら陽気な男なのだろう。さっき敵意を持っていたと思えば、もうす
でにそんな物はない。まぁ、彼としてはこちらの危機が去ったのだから良しと言
えた。
だが、間違いは正さなければならない。
「私は何かが自分と同じ存在であることを見破ることはできない。だがな、感覚
は恐ろしく鋭いことは自信を持って言える。あれがそう言う存在でなくても、た
だの銃でないことは確かだ」
彼は実は分かっていたことがある。この話をおそらく目の前の男はおそらく信
じないことを。そして実際に男は陽気に笑い返した。
「あぁーもう、うるさいカラス野郎だな。お前の勘が狂ってただけなんだろう。
俺は帰るぜ、一緒に来てた奴らが心配だからな」
すると風飛は、この場からすぐに去ろうとしている男の肩の上に素早く乗った。
男は当然嫌な顔をする。
「私はカラス野郎ではない。ちゃんと風飛と言う名がある。それよりも、本当に、
お前があれはただの銃だと言うのならば……」
「言うのならば?」
嫌な顔をしたまま少し怒気のこもった口調で男は問う。
風飛はコンビニ前の野次馬がいる辺りに顔を、クイッと向けて言った。
「あの騒ぎは一体どう説明する?」
「はっ?……へ?」
男は間抜けな声を出した。その方向では、人間たちが悲鳴をあちこちで上げな
がら逃げていたのだ。犯人はすでに逮捕されているはずなのに。
風飛にも男にも、しっかりと機動隊の若い隊員の1人が、先程この男が店外に
蹴り出した猟銃を野次馬たちに向けて今にも引き金を引きそうになっているのが
見えた。
「ほら見ろ。さぁ、どうする……やはりお前の行動からして行くのだろうな。私
は空から観戦することにする。悪く思うな、私は銃が苦手なのだからな。……し
て、お前の名は一体なんだ?」
「なんで名前なんて教えなきゃいけないんだ!?」
男は走りながらそう言った。風飛はまるで鸚鵡のように肩の上に乗ったままだ。
「私は名前を教えた。だとしたらお前も名を教えるのが人間の流儀ではなかった
のか?」
「くっ、分かったよ。俺は真、黒崎真だ!」
「なるほど、では頑張るのだな。あぁ、それからコンビニの中にいた少し太った
客は私の仲間だ」
それだけ言うと、風飛は上空を目指して男――真の肩を飛び去った。
ズドン!!
……その時、もう何度も聞いた銃声の音をもう一度、彼は聞いたのだった。
「それにしても暑いわね〜」
「ニュースじゃこの暑さで何人か死んだって言ってたけど、こうも暑かったら
妖怪でも死んじゃうわ・・・」
「それに、この紫外線! あーん、せっかく今年の夏は焼かないって決めてた
のに・・・。大体、ハチには紫外線が見えるのよ!」
雑踏の中を一人の少女が先程からぶつぶつと独り言を言いながら歩いている。
青い半袖のワンピースに身を包んだ少女は、十分誰もが美人と賞するに相応し
い容貌である。
このような美女を見掛ければ、何人かの男達は放っておかないだろう。
まるで、蜂の巣の中で女王蜂の周りに群がる働き蜂のように・・・。
現に、この少女はこうやって歩いている間に二度も誘いを断った。
「さっきからナンパばっかされるし」
「大体、下心が見え見えなのよ。いくら私が普通じゃなくても恋愛とかは健全
であるべきだわ」
「普通じゃない? いいえ、私は普通よ! どこから見ても人間だし、当然中
身も、心身ともに人間なのよ!!」
少女は思わず、声を荒げた。
路上を行き交う何人かの通り掛かりの人達がこちらを見ている。
明らかに「ああ、この暑さでやられちゃったか・・・」とでも言いたげな目でこ
ちらを見ている。
その視線に気付き、少女は赤面し、恥ずかしさのあまりその場から駆け出した。
彼女の名は、蜂岡 由美。
都内の女子大に通う(本人の言う話では)普通の女子大生だ。一つを除いて。
都内のアパートに母親と二人で住んでいる。父親は小さい頃にはもういなかっ
た。別に父親がいなかったからといって、特別コンプレックスを感じたりとかは
なかったし、何故自分には父親がいないのかと母親は話してくれなかったし、自
分も聞こうともしなかった。
ただ一つ、母親から聞かされた事は母親の正体が妖怪「女王蜂」であるという
事だけだった。そして、自分自身も同じ蜂妖怪なのだと。
しかし由美本人は、自分が妖怪であるという事を認めたくないようだ。
最初そう母から聞かされた時、自分が他の人間と違うという事に確かにショッ
クを受けた。しかし、持ち前の楽天的な性格の為か、並みの人間では到底理解不
可能かと思われるような事実でも不思議と受け入れる事が出来た。
問題はその後である、彼女自信は自分が蜂妖怪だと聞いて、昔テレビであった
「ミツバチハッチ」の様な可愛らしい姿を想像いていたのだか、ある日、変身し
た自分の姿を鏡で見て卒倒した。
頭の両側には、大きな複眼が飛び出し、額の真ん中からは二本の触覚が真っ直
ぐに伸びている。顎は二つに割れ、ハサミのように開いたり閉じたりしている。
悪夢だ。正しく悪い夢に出てくる怪物そのものだった。
それ以来、彼女は自分の本当の姿を頑なに拒否するようになった。
「ああ、もう最低。大恥こいちゃった・・・」
先程の通りから少し離れたところで由美は呟いた。
気が付けば、更に全身から大粒の汗が噴き出している。
「・・・暑い。ちょっと涼んで行こう」
確か、この先の角を曲がればコンビニがある。
少し周りの人々が騒がしいが気にしない。由美が角を曲がり、コンビニがある
通りへと出た。
コンビニの前には、大勢の人だかり。
警察までもが集まっている。そしてその中心には太った中年の男性。
由美は彼をよく知っている。
「あら?つちぶ・・・じゃなかった。土部先生」
ズドン!!
突然の銃声。
由美の体がビクリと反応する。