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リレーSS『非日常的なある事件』 1-10 11-20 21-30 31-43(完)

リレーSSは、リレー・ショート・ストーリーの意味で、複数の執筆者がリレー形式でショートストーリーを書いていくというものです。
そのため、同じ場面の別視点になっていたり、突然場面が変わってまた戻ったり、キャラクターの雰囲気が少し違ったりします。
いちおう読みやすさに配慮して、場面と主な登場人物を付記してあります。
改行位置等は原文ママです。

11. 中野区某所

『ズドン! ズドン!』
辺りに銃声が響き渡る。安心しきっていた人々は再び起こった悪夢
にパニックとなりデタラメに逃げ始めた。
「畜生! あれが本体か! 」
あの鴉、−風飛と言った−の言う通りだ。自分達の能力を過信しすぎていた
らしい。まったくあいつの言うように「まだまだ」だ。
「アニーの目をごまかすとはたいしたもんだ。」
すぐそばまで来て真は銃に対して悪態をつく。
「貴様はさっきの小僧だな・・・」空ろな目をした隊員がうめくように
つぶやく。
「やっぱ、あんたが本体か?」と真は銃に問い掛ける。
「いかにも・・・そうだ・・・」ゆっくり構えながら銃はつぶやく。
「何の為にこんな事をする!」攻撃の姿勢をとって真は叫ぶ。
「皆・・・銃を・・・撃ちたいんだ・・・前の人間だって・・・今の男だってな・・・
だから・・・私は・・・撃たせてやってるんだ!!」銃を抱えた男は震えながら
機動隊に向けて発砲する。
『ズドン! ズドン! ズドン! ズドン! ズドン! ズドン!』
撃ちまくる。だが、どの弾丸も命中することがなかった。
『ズドン! ズドン! ズドン! ズドン! ズドン! ズドン!』
当たらない。隊員の心が完全に銃には支配されていないのだ。

「やめろー!!」これ以上撃たせない為に、いや撃たせたくない。
真は跳びかかった。しかし、隊員は銃を持ったまま器用に真を投げ飛ばした。
「うがっ!!」もろに背中から落ちて悶絶する。
「この・・・身体・・・気に入った・・・」「うぎゃーーーーー!!」
一つの身体から二種類の声。
「ガハハハハハ!! これで完全にこの身体は私のものだ!」
今までと違い生気のみなぎる目、動き一つとっても違和感がない。
隊員は完全に銃に支配されてしまった。

「真ーーー!!」二人の少女がこちらに駆けてくる。その後ろに
太った男も付いてくる。あれが風飛の言っていた仲間か・・・。
銃はそれを見てにやりと笑うと、駆けてくる三人に対して銃口を向ける。
ゆっくりと引き金を引く。
「来るな!!」と叫んで銃口と三人の間に実体化する。
『ズドン! ズドン! ズドン!』
血飛沫が上がる。前のめりに倒れ込む。そこには黄色のリボンをつけた少女が
いた。少女を抱き締め「だい・・・じょ・・・ぶ・・・か・・・」とつぶやく。
「何言ってるのよ。あんたの方が大丈夫じゃないじゃない!」
泣きそうな顔で傷ついた真につっかかる。奈美の白いワンピースが
赤く染まっていく。
「これは、いけませんね。とりあえず、ここは逃げましょう。」と
丸眼鏡の男は言って真をすばやく抱え走り出した。少女達もそれに続く。
「ガハハハハハ!」という狂気の笑い、銃声、悲鳴が辺りを包んでいた・・・

12. 中野区某所

得手

 得手公雄は鼻歌なんぞ唄いながら気持ちよくバイクを走らせていた。
 −と、言うのも買い出しに行こうとビルを出たところで携帯が鳴り、「美耶
ちゃんが応援に来てくれるからコンビニで拾って来てね」と梅沢リカに頼まれ
たからだ。

 ”桜 美耶”は公雄の勤める会社に去年入社した20歳の娘で、公雄が別の
娘に片思いしているのを知っていて時々相談に乗ってくれたりしている。
 普段、「湿ったぬいぐるみ」だの「鈍感のかたまり」だの「絵に描いたよう
なヲタクデブ」だの「ムッツリスケベ熊」などなどと社内の娘達にからかわれ
ている公雄にとっては数少ない”味方”と言える。

 「美耶ちゃん、もう来てるかな?」
 次の信号を左に曲がって数十メートル行けば約束のコンビニ…と言うところ
まで来て、公雄は普段と様子が違うことに気付いた。
 コンビニへと曲がる道路が警官によって封鎖されているのだ。
 公雄は信号の横でバイクを降りて警官に何かあったのか尋ねようとした…が、
その時、コンビニの方向から妙に湿った感じの銃声が響いてきた!
 それと同時に辺りに悲鳴やら怒号やらが爆風のように耳をつんざく。
 公雄は反射的にバイクのエンジンを点火しコンビニの方向に気を取られてい
る警官の横を擦り抜けた。
 銃声がした場所に美耶の姿がないことを祈りながら…。

 その頃、桜 美耶はコンビニの近くで人集り(ヒトダカリ)に遮られていた。
 どうやら待ち合わせのコンビニに強盗が入ったらしい…と言う事は分かった
のだが、ここからでは状況が把握できない。
 そうこうするうちに銃声らしき音が聞こえ、悲鳴や怒声と共に人集りが無秩
序に動き出す。
 美耶も身の危険を感じて回りの人達と一緒にその場を離れかけたが、公雄の
ことが心配になって手近にあった公衆電話へと走ると公雄の携帯へとTELを
入れた。

 ブルルルルル…胸ポケットの携帯が震える。
 公雄は後30メートルに迫ったコンビニに注意を向けながらバイクを止めた。
 何発もの銃声が鳴り響き、機動隊らしき人達が右往左往している。
 「はい! 得手です」
 「あっ! 得手さん? 美耶です」
 「よよよ、良かったぁ〜! 美耶ちゃん、今ドコ?」
 「コンビニの近所の公衆電話からです。 得手さんは大丈夫?」
 「大丈……! ごごご、ごめん、後で家に電話する!…ツーツーツー」
 公雄は急いで携帯をポケットに押し込むと目の前に走ってくる人達に声を掛
けた。
 「つつつ、土部さん!?」

13. 中野区某所

真 奈美 アニー 土部 由美 魔宮 得手

真が警官をなんとかしようと奮闘しているのを見た3人はとっさに走り出して
いた。土部は彼が助けてくれたのを見ていたので、すぐに彼が真という青年だ
と気付いて必死に後を追う。
アニーは走りながら、もう一度その猟銃を”見た”。やはりあの銃が妖怪なのか
・・・いや、やはり違う。しかし、猟銃とそれを持った警官を包むオーラは・・・
その時、警官がこちらに銃を向けた!
3人に緊張が走る!目標は・・・奈美だ!
「来るな!!」
真は叫んで銃口と三人の間に実体化した。
『ズドン! ズドン! ズドン!』
血飛沫が上がる。前のめりに倒れ込む。そこには黄色のリボンをつけた少女が
いた。少女を抱き締め
「だい・・・じょ・・・ぶ・・・か・・・」
とつぶやく。
「何言ってるのよ。あんたの方が大丈夫じゃないじゃない!」
泣きそうな顔で傷ついた真につっかかる。奈美の白いワンピースが
赤く染まっていく。
「これは、いけませんね。とりあえず、ここは逃げましょう。」
そうは言ったものの銃の射程は長い。しかもさっきまでと違い、狙いが正確に
なっているのに土部は気付いていた。
「とにかく!」
言いながら土部はぐったりした真を担いだ。ワイシャツが血に赤く染まる・・・

4人は走る。後ろから撃たれるかもしれないという恐怖があった。ただの銃ならば
恐れる事はないのだが、真の怪我からそう思ったのだ。
キュ!!キキキィッ!!!
タイヤの擦れる音とともに一台の車が姿をあらわした!4人の前に横付けに止まる。
黄色の古ぼけたFIAT500!魔宮だ!仲間の出現に土部は感謝した。
「早く!先生、乗って!」
運転席には由美が乗っていた。とは言え彼女が運転していたわけでは無い。この車
自体が自らの意思で走ってきたのだ。
奈美とアニーは土部を見た。土部はだいじょうぶですと言う風にうなずく。
2人を後部座席に押し込み、真を助手席に降ろして・・・
「つつつ、土部さん!?」
聞き覚えのある声、どうしてこんなところに・・・しかし、考えるよりも反射的に
土部は声のほうに走る。
「行ってください!魔宮くん!」
土部の反応を解ってくれたFIAT500はドアを閉めて走り出す!
「り、りんさん!ちょっとまって」
突然の動きに車内で由美は体を捻ってしまった。

猛然と走り去るFIAT500。土部は視界の端で猟銃がバイクにまたがる
太った男−得手公雄−のほうに向けられているのを見ていた。
「得手君っ!!」
押し倒すように飛び掛かる土部。得手公雄の右足は2人の体重を支えられずに
ガシャン!!
転倒した。そのまま土部は覚悟をきめて得手を覆っていた。

14. 中野区某所

土部 得手 由美

それから数分後、土部と得手にはもっと長く感じられたかもしれない。
「だ、だいじょうぶみたいですよ。つ、土部さん」
得手の声に土部がむくりと起き上がった。
「押しつぶしてごめんさい、ついとっさの事でして」
あたりを見回すと、まだ混乱は収まってはいない。あの男−というか猟銃−は
どこに行ったのか、見当たらない。救急車が来ていて、テレビレポーターが必死
に状況を伝えようとしている。
「このままここにいるのは良くありませんね」
土部は得手に言ったわけではなかったが
「えええ?で、でもでも、土部さん怪我してますよぉ」
得手が自分の手を見てから言った。言われて背中を触ってみると、弾がかすった
らしい、血が出ている。土部はとっさに言い訳を、今日は忙しいですね、と思い
つつ考えた。
「いや、だって学校の生徒とかに知られると騒がれるじゃないですか」
得手はうなずいて
「な、なるほど、つちぶ〜がテレビに出てたとか、い、いわれちゃうんですね」
「そういうことです」
答えて2人は混乱する現場を後にした。
しかし、謎がまた増えましたねと土部は思っていた。どうして得手君まで私の
あだ名を知っているんでしょう?

その頃、少し離れた所を走っているFIAT500の車内では由美が事情を
聞きながら、話していた。
「土部先生を見かけたから、ずっと見てたら大変な事になってるんだもの。
それでお母さん、あ、ネットワークの元締めっていうの?やってるんだけ
ど、そのお母さんに電話したの。そしたら魔宮さんが来てくれてね」
「やっぱり、ミスター土部は悪者ではなかったデース」
とアニー。奈美もうなずく。
「う・・・」
真がうめいた。
「大丈夫?真?」
奈美が声を掛ける。
「だいじょうぶ・・・だって・・・言ったろ・・・」
とは言え、辛そうだ。
「もう少しで仲間の所につくから、我慢して」
由美はいいながら、また、やっかいな事になっちゃったわと思うのであった。

15. 早稲田通り

風飛

 コンビニの前にはもはや、観客はいなかった。
 何はともあれ、皆自分の身体が一番心配なのである。身勝手かも知れないが、
それが人間の特徴なのだから仕方がない、と風飛は考えた。
 しかし、先程の男……真は大丈夫だろうか?いや、それよりも自分の身につい
て考えた方が良いだろう。カラスは人間よりも利己主義的である。いや、この場
合は利種主義とでも言おうか。
「逃げたか……しかし、あの男、いや、あの銃をこのままほって置くわけにも行
かない。行方はしっかり調べて置いた方が良いな。この距離ならば見つかりはし
ないだろう」
 そこまで言って風飛は自分が人間の言葉を口にしていることを知った。おそら
くついさっきまであの男と言葉を交わしていたからであろう。
 だが、この距離でその言葉が地面まで届くわけがなかった。普通の鳥も飛んで
いない。
 彼は自らの望遠のできる視力を活かして銃を持つ男が見えるギリギリの空の上
にいた。ただ、この状況では男が何か建物に入ってしまうと見えなくなってしま
う。
 それならば少々危険を冒さなければならない。だがあの銃はおそらく自分を探
知できないだろう。土部と言う男もただの人間と思っていた節がある。
 ならば、そう危険でもないのかも知れない。
 だが、予想に反して人がいなくなったのを知り銃を撃つのをやめた男は建物に
一向に入ろうとはしなかった。道を歩くだけなのである。それは本当は人を求め
て……殺すべき人を求めて彷徨っていたのだった。
 これならば、追跡もやり易い。
 彼は銃はどちらを目指しているのか考えてみた。そして、その答は完結かつ明
瞭であることに気付く。
『銃は人を殺すための存在。ならば人のいるところを求める』
 しかし人のいるところとはどこだろう。この周辺はもはや騒ぎから逃れてしま
い人間などいない。犬や猫はいるかも知れないが、人間はいない。
 しかも、あの銃を持つ男の服装はよく目立つ。機動隊の制服なのだから当たり
前だが、銃にとってはそんなことはどうでもよいのだろう。あれの目的はただ人
を殺すこと。
 もしかしたら、生まれたばかりなのか。
 いや違う、風飛は考えた。真が自分の仲間は、あの銃は妖怪ではない、と言っ
たと話していた。ならば違うのだろう。
 男は大通りを真っ直ぐ歩いていく。風飛も距離に気を付けながら、そのちょう
ど真上を飛んでいく。彼にしてみれば、そのスピードは十分すぎるほどゆっくり
だった。
 どこに向かっているのか風飛には全く分からなかった。だから今仲間たちに知
らせることが見つからなかったので、ただ追跡するだけだ。衣料店の前を通り過
ぎようとしているあの男を……
 ……と思っていると、いきなり猟銃が消えた。
 何事かと思い、風飛は咄嗟に身構える。だが、それ以上の変化は起こらなかっ
た。だが用心に越したことはない。
 すると男は方向を90度転換してその洋服店に入っていく。風飛は慌てて店の
前の影に最高のスピードを出して潜り込んだ。
 ウィンドウを通して見える男の行動はかなり知性的だった。
 風飛はほとんど冷水を浴びせかけられた心持ちだった。なぜなら、ついさっき
まで男は何も考えず本能のまま動いていると思っていたからだ。
 だのに……。
 数分後、男が目立たない服装となり店から出て、少し遠ざかっていくのを見て
から、風飛は空中に飛びだした。
 その様子を観察して彼は、おそらく猟銃が消えたのは、自分の存在を隠して人
間に近寄るためなのだろう、と思った。
「まさに、人間的考え……」
 彼は驚嘆した。
 こうなったら猟銃が自分と同じではないという仮定をした考えは成立する。今
は猟銃が消えていると言うことは、あれは何かが実体化した存在。つまり、誰か
がそう見せているのだ。
 するとあの男自身がそうなのか?いや、違う。先程まで銃を持っていたのは別
の男だ。
 風飛の考えはこれ以上進まなかった。
 少しだけ男との距離を近付けて、辺りを見回すと、彼は人のいない家に一瞬で
忍び込み、ペンと紙を持ってきた。両足でそれぞれ挟んである。
 そして男の存在を捕捉した後、建物の壁で紙に嘴で挟んだペンで文字を書いた。
片仮名だけなのは、彼が漢字を知ろうとしなかったからだ。
『フクソウ、カエタ。ジュウ、キエタ』
 よく考えれば、あまり詳しい説明になっていなかった。だが、少なくとも知ら
せないよりはマシだ。それに仲間の中にはそう言うことを調べることができるも
のもいる。
 その紙を器用に折り畳むと、普通の鳥が飛ぶぐらいの高度に下げたまま彼は仲
間を探知し1羽を呼んだ。銃声のせいでほとんどいなかったがカラスは臆病では
ない。自分の巣にもう戻ってきたのがいたのだろう。
 そのカラスが来るまで彼は男を見続けた。確かに全く目立ちはしない。しかも、
先程よりなぜか歩みが速くなってきている。
 すぐにカラスが1羽やってきた。彼はそのカラスに紙をくわえさせると、とあ
るカラスに届けるように伝えた。
 そのままスナック「女王蜂」に届けてもらえればそれに越したことはないが、
そのカラスはその場所を知らない。普通こういう状況になるものだから、風飛は
それを予期して名前の売れているカラスの何羽かにその場所を教えて置いた。
 そのカラスに届ければ手紙はしっかり到達するわけだ。
 紙を渡されたカラスは急いで飛んでいった。実は風飛もカラスの世界では結構
名が売れている。この世界では「名が売れている」イコール「強い」の図式が成
り立っているのだ。失敗すれば何をされるのか分かったもんじゃないことをカラ
スたちは知っている。
 さて、どこに向かうのか……大通りをやはり真っ直ぐ歩いていく男を眼下に見
下ろしながら風飛は思った。

16. 四谷『スナック女王蜂』

由美 真 美奈 アニー

エンジンの音、薄く目を開けると、そこは見知らぬ車内だった。
そうか、俺は撃たれて誰かに助けられたのか・・・
隣で運転している人物を見ようと、身体を動かそうとして
「う・・・」
焼けるような痛みが全身を駆け巡る。白濁していた意識が幾分はっきりする。
痛みを感じるのは、生きている証拠だなとボンヤリ考えていた。
「大丈夫? 真?」
奈美が声を掛ける。
「だいじょうぶ・・・だって・・・言ったろ・・・」
精一杯強気で答えたがどうも力が入らない。余計に心配させたようだ、
気配でわかる。
「もう少しで仲間の所につくから、我慢して」
運転席から声が聞こえる。首だけを何とかそちらに向けると、運転席には
青いワンピース着た、同い年ぐらいの女性が座っている。
いつもなら、すぐさま話のひとつでも始めようとするが、今はそんな元気が
あるなら傷を塞ぐのに使うだろう。その証拠に血は止まり始めている。
「ホントに大丈夫?」
奈美がもう一度聞いてくる。位置的に表情が見えないが声色だけで
心配しているのが判る。
「心配・・するな・・。これでも・・吸血鬼の血を引いている・・んだ・・。
これくらい・・すぐに癒えるさ・・。」
無理に笑顔を造る。首が回らないので結果的にとなりの女性に向ける事に
なった。血で汚れているが、何時もならどんな女性もオトす事の
出来る笑顔だ。当然、リアクションがあると思ったが運転席の女性は
平然こちらを見ている。真は少し残念に思っていた。

『キィーーーーー』突然、車が止まった。
「ここが私達のネットワークの拠点『女王蜂』よ。」
と運転席の女性は言った。
寂れた路地に『スナック女王蜂』の看板が出てある。
「ユーの名前を教えてクダサイ。」
突然、アニーが運転席の女性に話し掛けた。次の事を考えての質問だろう。
「ああ、そうね。突然の事だったから・・・。私は由美、蜂岡 由美。
よろしくね。」
「ユミ・ハチオカ。ワタシの名前、アニー・エンジェルです。」
四人は互いの自己紹介と今までの事を簡単に説明した。
「それは大変な事ね。とりあえず店で詳しい事は聞くわ。」
由美は車から降りると助手席にいる真に声を掛けた。
「動ける?」
「ああ、なんとか・・・。」奈美とアニーに支えられて車を降りる。
そして、四人は店に入っていった。

17. 中野区某所

土部 得手

 「つつつ、土部さん!?」
 公雄は予想もしなかった場面で見知った顔(同じ月見荘の住人)に出交(デク
ワ)してしまったために思わず声を掛けた…しかし、すぐにそれは大失敗だった
と気付かされた。
 何故なら何処からか猛スピードで走ってきた車に乗り込もうとしている土部
達のほんの十メートル後に”銃を乱射している機動隊員”の姿が見えたのだ!
 そして、最悪なことに公雄はその機動隊員が”持っている銃”と目が合って
しまった…。(妙な表現ではある…だが、その時の公雄には確かにそう感じら
れたのだ)
 撃たれるっ!! そう思った時、堅く閉じた公雄の瞼に映った面影は…!
 「得手君っ!!」
 間近に迫った土部の超ドアップの迫力に完膚無きまでに消し飛ばされてしま
った………。
 ガシャン!!
 派手な音と共に土部と公雄とバイクがもつれ合って転倒する。
 ズドン! ズドン! ズドン!
 間近で銃声が木霊(コダマ)する…しかし、何故かその時の公雄には恐怖は感じ
られなかった…それどころか、幼い日、遊び疲れて父の背中に背負われて家に
帰る途中、いつの間にか眠ってしまっていた時の様な不思議な安堵感に包まれ
ていたのだ。

 「……………!」
 数分後、公雄は自分が意識を失っていた事に気付いた。
 次第に自分の置かれている状況が思い出されてきて、慌てて周囲に注意を向
ける。
 救急車のサイレンがけたたましく鳴り響き、未だ混乱は収まっていないよう
だが危険な雰囲気は感じられなかった。
 ホッと胸をなで下ろ…そうとしたが、それは或る事実によって遮られた。
 重いっ!
 その時になって公雄はようやく自分が土部に助けられたのだということを思
い出した。
 土部は公雄を庇うように覆い被さったままピクリとも動かない。
「だ、大丈夫みたいですよ。 つ、土部さん」
 心配になって声をかけると、土部は意外とあっさり起き上がった。
「押し潰してご免なさい、つい咄嗟の事でして…」
 土部は一瞬公雄の顔を見て優しげな表情を見せたが、すぐに立ち上がりなが
ら冷静に周囲の状況を観察し始めた。
 (すすす、凄い人だなぁ…)
 公雄はしばらくの間、礼を言うのも忘れて土部の姿を眺めた。
「このまま此所にいるのは良くありませんね」
 そう呟きながら後ろを向いた土部の背中には、なんと血が滲んでいるではな
いか!
「えええ? で、でもでも、土部さん怪我してますよぉ」
 しかし、公雄がそう言っても土部は「はて?」とでも言いたげな表情で背中
をさすっただけで、少しも痛そうな素振りは見せず、ちょっと考え込んでから
こう言った。
 「いや、だって学校の生徒とかに知られると騒がれるじゃないですか」
 得手は思わず頷(ウナズ)いてしまった。
 土部は女子高の教師で、しかも結構な人気者なのだ。
 …とは言っても、それは土部が”ニャン”と言う月見荘の住人がバイトして
いるライブハウスの人気バンド”ルシエラ”のメンバーと知り合いだから…ら
しいのだが…。
 「な、なるほど”つちぶ〜”がテレビに出てた! とか、い、言われちゃう
  んですね」
 「そう言う事です」
 土部は教師らしく”ハイ、正解です”と言う感じの肯(ウナズ)きを返すと、何
事も無かったかのような顔をして一人でサッサと歩き出してしまった。
 公雄は慌ててバイクを起こすと、警官が一人訝(イブカ)しげな顔でこちらを見
ていることに気付いて土部の背中に声を掛けた。
 「ののの、乗ってください! おおお、お巡りさんがこっちを見てます!」
 キュルル…キュルル…バゥゥゥゥン!
 ”三人分の体重”に潰(ツブ)されて、ひょっとしたら壊れてるかも…と、一
瞬心配したが、幸いなことに公雄のバイクはキック二発で軽快なエンジン音を
響かせた。
 土部は一瞬どうしようか迷ったようだが、警官がこちらに歩いてくるのを見
て「仕方ありませんね、お願いします」と言ってバイクに跨(マタガ)った。
 ミシッ! サスが唸り、車高が限界まで沈む。
 ギュゥゥゥゥン…、ドロロロロロ…バウン、バゥゥゥゥゥン…。 エンジン
が悲鳴を上げながら回転数を上げる。
 気を抜くとウィリーになってしまいそうなバイクを必死に押さえつけながら
公雄はバイクを発進させた。
 「ややや、やっぱり、びびび、病院…はまずいですよねぇ! 取り敢えず、
  月見荘に行きましょう! あっ! メメメ、メット、ホルダーから外して
  被ってください!」
 「教師が二人乗りとは…いけません」
 何だか会話の噛み合ってない二人である…。

18. 四谷『アパート月見荘』

土部 得手

土部と公雄を乗せたバイクは走り出しこそ不安があったが今は問題なく、赤く
染まった太陽の光を受けながら走っていた。
「もも、もうすぐ月見荘につきますから」
と公雄は言いながら今日の出来事を反芻してみた。思えばかなり珍しい状況に幸
か不幸か巻き込まれてしまった。その中でパニックにならなかったのはなぜだろ
う。そういえば以前、アパート−月見荘−にゴキブリが大発生するという事件も
あった。最近は奇妙なことが多い。その時公雄は意識を失っていたが目覚めた時
も混乱はあまりなかったような気がする。あの時もたしか・・・
「・・・・・」
公雄は土部が背中でなにか言ったような気がしたが、気のせいか、いつもの独り
言だろうと判断した。

2人を乗せたバイクは、2人の住むアパート月見荘に到着した。
太陽はすでに血のように赤く染まり、大地の向うに隠れていこうとしている。そう
なれば地上は闇の支配をうけるだろう・・・公雄は以前参考にした歌の言い回しを
思い出して、ちょっと恐くなった。
「助かりましたよ。ありがとう得手君」
慣れないバイクを苦労して降りながら土部は礼を言い、思い出したように
「そうそう、これからでも警察に行けばバイクの修理費とか保険が効くんじゃない
ですか?」
「は?いいい、いや、だいじょうぶ・・・み、みたいです」
考え事をしていた公雄は話し掛けられて、ちょっとアセッた。土部はそんな公雄を
みて心配している様子で
「本当に大丈夫ですか、災難でしたねぇ」
と言った。

自室に戻って土部は服を脱いで傷をみてみたが、まったく大した事はなかった。
「得手君は驚いてましたが・・・」
言いながら早速着替えて、これからどうするか考えてみたが、
「やっぱり、女王蜂に行きますか」
と結論づけた。やがて夜になる。夜は妖魔達の時間なのだ。急がなければならない。
「これ以上の騒ぎは御免です」
気持ちを口に出してから、土部は月見荘をあとにした。

19. 四谷『スナック女王蜂』

由美 真 奈美 アニー ニャン

「スナック女王蜂」風飛、土部、由美達が所属するネットワークの
拠点。古い木製の扉を開け中に入った。店内は落ち着いた雰囲気の
調度類がバランス良く配置されている。

入ってきた四人を見て一人の女性が近づいて来た。
「うにゃん、どうしたの? 由美さん。」
大きな瞳がくるくると動く。どこかしら猫の様な印象を受ける女性だ。
「紹介するは、琥 若璃よ。」と由美が教えてくれる。
「どうも、はじめまして。ニャンって呼んでください。」
ニャンと名乗った女性は好奇心で目をキラキラと輝かせて三人を見ている。
「彼女は傷を治す力があるわ。これからの事を考えると治してもらった方が
いいわね。」と真に向けて言った。
「もう、ほとんど治っているよ。」と真は平然と言う。
見ると先ほどまで悪かった顔色も赤みを取り戻し、足元もしっかりしている。
「だったら、自分の足で立ちなさいよ。」とそれに気づいた奈美が真を
突き飛ばす。
「わわっ!」「ノ、ノー!」突き飛ばされた方向が悪かった。真はそのまま
アニーの方に倒れ込んだ。真は素早く体を入れ替えてアニーが下敷きになる
のを防いだ。結果的にアニーを抱き締める形になってしまったが。
「サンキュー、ミスター・・・」アニーは、頬を赤らめながらお礼を言う。
「どういたしまして、アニー。」軽くウィンクをしてアニーに応える。
どうやら、いつもの調子を取り戻したようだ。
「いつまで、抱き合ってんのよ!!」見事なまでの踵落としが真の顔面に
決まる。
「うぎゅ・・・」真は声も出せない。しかも奈美はグリグリと踵を動かす。
「ノー、ナミ、せっかく治ったのにそんな事したらダメデース!」
アニーは立ち上がって奈美を羽交い締めにする。
「大丈夫よ。これくらいしたって!」とアニーに持ち上げられた奈美は
ジタバタと暴れる。

「も、もういいかしら?」由美が一連の騒ぎが収まったのを見て
近づいて来た。
「由美さん、そこに立っちゃダメ!」アニーに抱えられたままの
奈美が警告する。
「えっ?」目線を下ろして行くと真と目が合った。軽く会釈する真。
「キャ〜〜〜〜〜!!」叫んだと同時に真の顔を踏みつける。

それから数分後・・・
真は顔にはいくつかの傷が残っていた。ニャンが治そうかと言ったが、
そんな事をしたら、何されるかわからないから、やめておきなさいと
由美に言われたので何もしなかった。真は非常に残念がっていたが。
「お母さんや、魅那さんはどこに行ったの?」
「ちょっと調べる事があるんで出かけたの。ニャンはお留守番してるんだ。」
その時、明かり取りの窓がコツコツと鳴った。一同に緊張が走る。
見ると黒い物体が窓の外にいるようだ。

「風飛かしら?」由美が窓を開けようとするが、ちょっと背が届かない。
突然、背後から手が伸びてきて窓を開ける。真が開けてくれた。
まじまじと顔を見てちょっとカッコイイかなと由美は思った。
そんな想いは鴉の鳴き声で掻き消された。由美の頭の上に小さな紙切れが
落ちてきた。それを真が取り、読んでみる。そこには・・・
『フクソウ、カエタ。ジュウ、キエタ」とだけ書かれていた。

20. 四谷『アパート月見荘』

土部 得手 ミクロマン

 まるで空が血を流しているかのように真っ赤に染まっている。
 公雄は月見荘の前にバイクを止めてふとそんな空を見上げた時、不意に以前
ゲームのストーリーの参考にした不気味な唄を思い出して身震いした。
 「災いはこれで終わったワケではない…」
 その時に自分が書いたエンディングのテロップが頭を過(ヨギ)る。
 「助かりましたよ。 有り難う、得手君………そうそう、これからでも警察
  に行けばバイクの修理費とか保険が効くんじゃないですか?」
 よっこらしょ…と、言う感じで危なかしげにバイクを降りた土部にいきなり
話し掛けられて、公雄は少し戸惑い気味に答えた。
 「は? いいい、否。 大丈夫…み、みたいです」
 警察に行けばきっと色々と質問されるだろう。
 そうなれば目立ちたくないと言っていた土部の事も話さなければならないだ
ろうし、もしかしたら「何故あの場から逃げるように去ったのか?」などと事
件との関係についてあらぬ疑いを持たれてしまうかも知れない…。
 幸い二人とも擦り傷くらいで済んだようだし、美耶も無事なようなので、公
雄としては成る可く面倒なことには関わり合いたくなかった。
 何と言ってもゲームの納期が迫っているのだ!
 …と、そこまで考えて、「命の危険に巻き込まれた後だと言うのにゲームの
事を心配しているなんて…」と公雄は自分自身に呆れてしまった。
 考えてみれば、ゴキブリの事件の時もそうだった。
 アパートの住人全員の安全を確認した後で彼がまず第一に考えたのは「部屋
のパソコンで作成していたゲームのデータは大丈夫だろうか?」と言う事だっ
たのだ。
 「………………」
 「本当に大丈夫ですか? 災難でしたねぇ…」
 黙り込んでしまった理由を誤解したのか、土部が公雄の顔を覗き込みながら
心配そうな表情で尋ねてきた。
 「あっ! だだだ、大丈夫です…ホホホ、ホントにすみません。 そそそ、
  そう言えば、未だおおお、お礼言ってなかったですよね。 あの…今日は
  本当に危ないところをあああ、有り難う御座いました」
 「なに、礼には及びません。 当然のことをしたまでです」
 土部は自分の身を呈(テイ)してまで公雄を守ってくれたと言うのに、まるで落
としたハンカチを拾ってくれたお礼に対する返答のように自然な口調で言葉を
返し、「じゃ、僕は汚れた服を着替えますので…」と片手を上げて軽く会釈す
ると月見荘へと入っていった。
 公雄は土部の後ろ姿をぼんやりと見送りながら「いつか自分もあんな風にな
れたらなぁ」と思った。
 …が、次の瞬間には「まっ、無理だろうけどね…」と頭の後で手を組みなが
ら呟(ツブヤ)いて自分の部屋へと歩き出した。

 「ただいま〜」
 「メズラシイナ、キミオ。 コンナ ジカンニ カエッテクルトハ」
 公雄が部屋に入ると、パソコンからテキストリーダーの様なちょっとズレた
感じのイントネーションの男性ヴォイスが返ってきた。
 否、正確にはその声はパソコンからではなくパソコンのキーボードの上に乗
せられているミクロマン(20年くらい前に発売されていた玩具で、高さ11
cm程。 青い半透明なプラスチックで作られた、サイボーグを模した人形)
から発せられたものだ。
 更に付け加えると、そのミクロマンはそこに”置いてある”のではなく、自
分の意思でそこに”居る”のだ。
 つまり彼は”生き人形”である。
 「いやぁ、ジャック、参ったよ。 今日こそは死ぬかと思ったね」
 「ドウ シタ? マタ、タベスギ タノカ?」
 「いや、あの…そう言う事じゃなくて、真面目な話なんだけど…」
 「ニンゲン ノ シヌ、トハ シンゾウ ガ トマルコト ダッタ ナ?」
 「そうだよ………いや、だからさぁ! 今はそんな事はどうでもいいの! 
  とにかく今日は大変なメにあったんだってば!」
 「デハ、キコウ。 ハナシテ ミロ」
 「もう、いいよ…。 着替えたらまた仕事に戻んなきゃいけないし…」
 「デハ、ワタシ モ イッショニ イコウ。 キミオ ヲ マモル」
 「有り難う。 嬉しい…けど、いいよ。 また誰かに見つかったらヤバいし」
 「キミオ ガ シヌ ト デンキ ヲ トメラレル…コマル」
 「………あっそ。 心配してくれてるなんて思った僕が馬鹿だったよ…。 
  とにかく、もう大丈夫だと思うから、ジャックはここに居てよ」
 「ワカッタ」
 公雄は着替えをしながらミクロマンとそんな話をしていたが、ふとパソコン
の画面を見ると、血相を変えて怒鳴った。
 「あ〜〜〜っ! お前、なんで勝手に30ターンも進めてんだよ!? 俺の
  部隊は!?」
 「キミオ ノ ブタイ ハ アト ミッツ デ ゼンメツ」
 「汚ねぇぞ〜! セーブデータは取ってあるんだろうなぁ?」
 「トッテ アル。 コレ ハ シミュレート」
 「まったくぅ! 焦らすなよなぁ。 じゃ、多分三日は帰ってこれないと思
  うけど、帰ってきたら勝負な」
 「ラジャー」
 「じゃ、行って来ま〜す」
 公雄は携帯に登録してある美耶の家の番号を呼び出しながらドタドタと部屋
を後にした。
 桜美耶の心配そうな顔と梅沢リカの怒った顔が交互に頭に浮かんできて、ち
ょっとしたパニックを起こしながら…。


リレーSS『非日常的なある事件』 1-10 11-20 21-30 31-43(完)

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