#025 灰の雨が降る

1998/10/22

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 今回ロシア国に出張に行った目的は、カムチャッカのとある活火山の観測のためである。日露共同でその火山を観測研究しようというプロジェクトがあり、今回はその一員として派遣されたのであった。

 昨年から我々が観測しているその火山は、約3年前から活発な噴火を開始し、現在でも10〜20分おきくらいに山頂からぽんぽんと煙を吐き出している、まさに生きている火山と言う感じである。

 火山の山裾に、ロシア側の研究所が作った「観測所」という小さな小屋がある。そこに1週間寝泊まりして観測をした。水は飲み水も含め近くの小川から、暖は薪で、電気は一日に4〜5時間発電機を回して作る。風呂は去年までは天然の温泉を風呂にして使っていたのだが地殻変動で温度が下がって使えなくなり今年はなし。トイレは男ならその辺で。まあそういった生活を1週間してきたわけである。

 観測に使うものは地震計や空振計という機械、そしてそれらの電気信号を記録するためのデータロガーという機械などである。これらを山の近くの点に配置し1週間ほど動かして、地震や空振の記録を取るのであるが、これらの機械はみな日本から持ち込んだデリケートな電子機器である。それを野外に放置いて観測するためには当然それなりの配慮が必要になる。

 まず問題になるのは電源の確保である。さっきも言ったがこんな大自然のど真ん中の火山に商用電源なんてあるわけがない。動力源にはロシアの畜電池を使った。これを観測所で充電しては、山の上に人力で運んで使うのである。図体ばかりでかくて重い割には電力が小さく、使い切っては担いで観測所まで下ろし、また充電して山の上に上げるという作業はなかなかつらい。

 機械自体にも野外で観測するにはいくつか問題がある。一つは水分だ。雨が降らなくても夜露がおりたりしてはこれらの機械にはよろしくない。そしてもっと厄介なのが灰だ。煙を常時吐き出している火山であるから、山体のほとんどは灰で覆われている。更に新たに吹き出した煙が灰の雨をもたらす。これらが機械の中に入り込んでくるのも、当然好ましいことではない。少々の水であれば、ほおっておけば蒸発してくれるものだが、灰の場合は一度つくとなかなか取り除けない分、水より厄介だ。そのために、これら野外で動作させる機械類については、特にデリケートな記録部分については全体をビニールなどで覆って使用した。

 観測機器ばかりではなく、ビデオやカメラ、パソコンといった携帯機器についても容赦なく灰はふりかかる。体にも衣服にも容赦なしだ。さらにどういうわけか、野外に持ち出さず観測所に置きっぱなしにしていたはずの文庫本や書類ファイルまでなんとなくざらざらしてくる。すべてがざらついてくる。

 同僚の一人はカメラをやられた。オートシャッターの片側に灰がつまって動かなくなってしまったのだ。そして私が持ってきたPCも一時ダメになった。データ回収のために毎日山の上に運んで作業をしていたのでは、そのうちこうなるだろうことは予想はついたがさすがに大きな痛手だった。幸いこの時は、単にレジュームスイッチの所に灰がつまって動かなくなっていただけとわかってすぐ復活できた。危ない危ない。

 そういうわけで私は、個人の持ち物はなるべく表に持ち出さないようにした。タフさが売物のHP200LXについても2日目からは持ち歩くのをやめた。持ち出さなくては意味がないデジタルカメラについても、撮影は一瞬で終わらせ、風が強く灰が舞いやすい時などは使うのを避けた。スマートメディア(写真を記録しておくメモリーチップ)の交換も、灰の少ない時間と場所を選んで慎重に行った。おかげでどうにか私の持ち物についてはどれ一つ故障もなくまだ動いている。

 観測機器についてもとりあえず故障などはしなくてすんだようだ。ビニールで全体を覆っておいたはずにもかかわらず、観測を終えてデータロガーからデータ回収してみたら、データを記録するリムーバブルHDを挿し込んでおくスロットの内側にも細かい灰がびっしりと入り込んで付着していた。よく最後まで壊れずに動いてくれたものだ。それにしても、野外で使うことが多いこれらの機器は、もう少し防水・防塵対策が取れないものだろうか。各製造メーカーさんに対策をお願いしたいものである。

 ちなみに、帰国してからたまった洗濯物を全自動洗濯機で洗濯すると、排水から灰がごっそりと流れてきた。洗濯機が壊れなければよいが。うーむ、恐るべし、カムチャッカの火山灰。


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