#026 言葉を超えるコンピュータ

1998/10/28

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 ロシア国漫遊記全3回の最終回である。

 なんだかんだとあった観測を終えて、ロシア側の相手機関であるペトロパブロフスクにある火山研究所に戻ってきた。観測自体は終わったが、まだ大事な仕事が残っている。観測で得られた貴重なデータをロシア側にコピーして渡さなくてはならない。

 観測したデータには、地磁気測量やGPSのものなどもあったが、データの量が圧倒的に多いのは地震計や空振計のデータである。5台のデータロガーを使った1週間分のデータは合計1.6Gbyteほどあった。5台のデータロガーのうち4台は、専用のリムーバブルHDに記録するタイプで、あとの1台はノートパソコンで逐次データを吸い上げるタイプのものであった。これらを研究所の計算機センターのパソコンにコピーし、そこでCD-Rに焼き付ける。

 専用HDについては、PCで読み込むためのIDEインターフェイスのスロットを持ってきていた。しかしスロットは、IDEのインターフェイスを使い、PCそのものを分解して接続しなくてはならず、結構面倒臭い

 ノートパソコン内のデータは更に厄介だ。一応いろいろな接続ケーブルやインターフェイスは持ってきたのだが、量が多いのでFDではお話にならないし、シリアルやパラレルで接続して転送していたのでは時間がかかりすぎる。ロシア国ではMOなどは一般的ではない。消去法の結果、Ethernetを使ったLANにつないで転送するのが時間的には速くて良いのだが、プロトコルなどの設定もありこちらはもっと面倒臭い

 言い忘れたが、ロシアの人々は我々日本人が想像するよりも英語を話せる人が少ない。研究所に勤務しているある程度学識の高そうな人たちでも、英語を話せる人は限られている。一方私たちの方も当然ロシア語はわからない(英語だって結構あやしいものであるが)。今回の観測でもその意味で、意志疎通にはずいぶん苦労した。

 しかしコンピュータの場合、最近ではAT互換機とWindows95が全世界で標準的に使われている。しかも相手は計算機センターの職員であるから計算機に詳しいのは当然である。またIDEだのSCSIだのPCMCIAだのといった言葉もパソコンの世界では共通である。もちろん日本側のパソコンにインストールされているのは日本語Windows95であるし、ロシア側のそれはロシア語Windows95だ。だがアイコンやメニューの構成などはほとんど同じだから、たとえそこに何が書いてあるのかわからなくても、場所を覚えておけば確実に操作できる。

 ロシア側の計算機担当の職員は、私の持ってきた機器を見るや、あっと言う間に接続して、英語のアルファベットだけは読み取れるがあとは何が書いてあるかわからないはずの日本語Windows95のメニューを見て必要な設定をすませてしまい、とっととデータを吸い上げてしまった。私が何も説明していない(たとえ説明しようとしても、日本語や英語では相手に通じない)にもかかわらず、である。

 AT互換機が過去の遺産をひきずったつぎはぎだらけの仕様のパソコンであり、Windows95にしても使い勝手の悪いこれまたつぎはぎだらけのOSであったとしても、これらが全世界に普及しているということのメリットというのはやはり大きい、ということを感じた瞬間であった。良くも悪くも、AT互換機とWindowsの世界は言語を越えた一つの文化圏を作り上げてしまった感がある。

 ちなみにロシア語のアルファベットは英語のそれとだいぶ違う。というより「В」が「V」、「Н」が「N」、「Р」が「R」、「С」が「S」、「Х」が「H」、「У」が「U」などと、形の似ているアルファベットが英語のそれとは全く別のものに対応していたりするから余計に混乱する。ほかにも英語のアルファベットにない「Ш」「Я」などという文字もあるので、キーボードには、普通の英語のアルファベットの他に、ロシア文字のアルファベットも刻印されて、切り替えて使うようである。ちょっと見てみたが、英語アルファベットのキー配列に関連したキー配列とはなっていないようだった。

 日本語で漢字などが割り当てられているコード領域には、これらのロシア語アルファベットが割り当てられているらしい。彼らのお願いで日本の気象情報Webサイトを紹介したのだが、日本語のページなので当然わけのわからないロシア文字の羅列に文字化けしてしまった。もちろん天気図などはある程度見ればわかるのでどうにか使えるのだが。

 ちなみにその研究所では、ネットワークがつながっているコンピュータはまだ数台しかなく、所内LANなどは整備されていなかった。うまくできれば日本の自分のページに潜り込んで更新でもしようかと思っていたのだが、さすがにそれはできなかったというわけである。というわけで、ロシア国漫遊記はおしまい。


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