クリスマス・キャロル (第五章)



クリスマス・キャロルの本文テキストは、誤りや思い違いを訂正し、1 章から 5 章までをひとつにまとめた こちらのページ をご覧ください。


Up Date 2004年07月05日

最初から読みたい方は
第一章(vol.1 〜 vol.57)へ戻る
第二章(vol.58 〜 vol.118)へ戻る
第三章(vol.118 〜 vol.221)へ戻る
第四章(vol.222 〜 vol.283)へ戻る



本文テキスト第五章 (vol.271 〜 )


第5章 : 結末

そうだった。ベッドポストは彼のものだった。ベッドも、その部屋も彼のものだった。なによりも喜ばしいことは、これから先の時間も彼のものだった。償うための時間だった。
「過去、現在、未来の幽霊と共に生きよう」
スクルージは、ベッドから飛び起きながら、そうくり返した。
「三人の幽霊は、私を励ましてくれるだろう。ああ、ジェイコブ・マーレーよ。そのためにも、神や、クリスマスが称えられるように祈ろう。私はひざまづいてそういっているんだ。マーレイよ、ひざまづいてそういっているんだ」

善良であろうと決心すると、スクルージの胸は激しく高鳴り、身体は熱く 火照った。そのため、声がつまり、話すことさえままならなかった。スク ルージは幽霊ともみ合っている時、激しく泣いたため、顔は涙で濡れてい た。
「引きはずされてはいなかったんだ」
スクルージは、ベッドカーテンの一方を両手で抱きしめながら叫んだ。
「ベッドカーテンも、環も、何もはずされていない。すべてここにある。 私もここにいる。見てきた未来の幻影も、消し去ることができるかもしれ ない。きっと消せる。そうさ、消せるとも」

そう思いながら、スクルージは手で着物をしきりにいじっていた。裏返しにしたり、逆さまに着たり、引き裂いたり、変な所に置いたりと、着物相手に途方もないあらゆることをしていた。
「どうしていいか分からないんだ」
スクルージは叫んだ。笑ったり泣いたりをくり返した。ストッキングを使って、ラオコーンのような格好をした。
「気持ちが羽のように軽やかだ。天使のように幸福な気分だし、小学生のように楽しい。ああ、酔っぱらいのように目が回る。みなさん、クリスマスおめでとう。世界中のみなさん、新年おめでとう。ハロー、ここだぞ。おーい。ハロー」

スクルージは跳ね回りながら居間に入っていき、そこで立ち止まった。息 がすっかり切れていた。
「鍋がある。粥が入っているぞ」
スクルージは叫び、また跳びはじめ、暖炉の回りを回った。
「ドアだ。あそこからジェイコブ・マーレーの幽霊が入ってきたんだ。ク リスマスの現在の幽霊が座っていたのは、あの角だ。さまよえる幽霊を見 たのは、あの窓だ。みなちゃんとある。みな本当のことだったんだ。何も かも実際に起きたことだったんだ。ハハハ」

実際、何年も笑ったことのないスクルージにとってみれば、それはすばらしい笑いであり、とても輝かしい笑いだった。これから長く続く、光輝く笑いの開祖だった。
「今日は何日だろう」スクルージはいった。
「幽霊とはどれくらいの間いっしょにいたんだろう。何も分からないな。赤ん坊になったみたいだ。かまうもんか。気にすることはない。むしろ、赤ん坊になりたいくらいだ。ハロー。オーイ。ここにいるぞ、ハロー」

スクルージは有頂天になっていたが、聞いたこともないような教会の力強 い鐘の音で我に返った。ガラーン、ガラーンというハンマー音。ディング、 ドングという鐘の音。鐘がディング、ドングと鳴り、ハンマーがガラーン、 ガラーンと鳴った。ああ、すばらしい、すばらしい。
スクルージは窓にかけ寄り、開けると、身を乗り出した。霧ももやもかか っていなかった。晴れ渡った、輝かしい、陽気に感じる、心動かされる寒 さだった。ピューっと風に吹かれ、血がさわぐような寒さだった。黄金色 に輝く太陽、神々しい空、心地よい新鮮な空気、陽気な鐘の音。ああ、す ばらしい、すばらしい。

「今日は何の日だね」スクルージは下を通るよそ行きの服を着た少年を呼 び叫んだ。おそらく少年はぶらぶらしながらあたりを見回していたのだろ う。
「何の日?」少年はこれ以上ないほど驚いていい返した。
「今日は何の日かって聞いてるんだよ、坊や」スクルージはいった。
「今日?」少年はいった。
「だって、今日はクリスマスだよ」
「クリスマス!」スクルージはひとりごちた。
「間にあった。幽霊は一晩ですべてを見せてくれたんだ。思う通りに何で もできるんだな。もちろんできるに決まってる。もちろんそうさ。オーイ、 坊や」
「何だい?」少年は応えた。

「ひとつおいた次の通りの角に鳥屋があるのを知ってるかい」
スクルージは尋ねた。
「知ってるとも」少年は答えた。
「利口な子だ」スクルージはいった。
「ほんとにいい子だ。あそこにぶらさがっていた、賞をもらった七面鳥は 売れたかどうか知っているかい。賞をもらったのでも、小さい方じゃなく て、大きな方だぞ」
「えーと、僕くらいでかい七面鳥のこと?」少年はいった。
「うーむ、なんて愉快な子なんだ」スクルージはいった。
「この子と話すのは楽しいな。そうだよ、坊や」
「まだぶら下がってるよ」少年は答えた。
「そうかい」スクルージはいった。
「それを買ってきてくれないか」
「まさか!」少年は叫んだ。

「本当だとも」スクルージはいった。
「わたしは本気なんだよ。あの七面鳥を買ってきてくれないか。ここに持 ってくるようにいっておくれ。店の者にどこに七面鳥を届けるか伝えるよ。 その人といっしょに戻っておいで。そうすれば1シリングあげる。5分以内 に戻ってきたら半クラウンあげる」
少年は弾丸のようにすっ飛んで行った。この半分の速さでも弾丸を飛ばす ことができたら、その人は射撃の名人に違いない。
「ボブ・クラチットのところに届けさせよう」
スクルージはそうつぶやくと、両手をこすり、身体をよじらせて笑った。
「誰が届けさせたか知らせないでおこう。おちびさんのティムの倍はある 七面鳥だ。ジョー・ミラーもあんなものをボブのところに届けさせるなん て冗談はしたことがなかろう。これからだってしないだろうな」

届け先を書く手は振るえていたが、とにかく書き、下に降り、通りに面したドアを開けた。鳥屋の店員がいつ着ても大丈夫だった。立って待っている時、ノッカーが目に入った。
「生きている限り、これを大事にしよう」スクルージは、手で軽くノッカーをたたきながらそういった。
「今までほとんど関心を払わなかったけど、なんて正直そうな顔をしているんだ。すばらしいノッカーだ。おや、七面鳥だ。オーイ。やあやあ。元気かね。メリークリスマス」

すごい七面鳥だった。これだと、自分の脚では立てなかっただろう。たち まち脚が、封蝋のようにポキンと折れてしまっただろう。
「まいったな、これじゃカムデン・タウンまで持ってけないな」
スクルージはいった。
「馬車がいるな」
スクルージはくすくす笑いながらそういうと、くすくす笑いながら七面鳥 の代金を支払い、くすくす笑いながら馬車の代金を支払い、くすくす笑い ながら少年に駄賃を渡した。これまで以上にくすくす笑い、笑いながら息 も絶え絶えに椅子にふたたび腰をかけ、くすくす笑ってとうとう泣き出し た。

ヒゲを剃るのが大変だった。というのは、手が絶えず振るえていたからだ。 剃りながらダンスをするのではないにしても、ヒゲを剃る時には注意して いなければならない。だが、スクルージにしてみれば、鼻の先っぽを切っ たとしても、絆創膏を貼れば、それで十分満足だった。
スクルージは、一番いい服を着て、それから通りに出た。この時間、クリ スマスの現在の幽霊と見た時のように、大勢の人々が通りを行き交ってい た。スクルージは、手を後ろに組んで、喜びに溢れた笑顔でひとり一人を 見た。つまり、彼はこの上なく楽しそうに見えたので、気のいい3、4人の 人が「おはようございます。メリークリスマス」と声をかけたのだ。
スクルージは後々、それまでの経験の中でも、あれほど嬉しく響いたこと はなかったと、たびたび語った。

それほど行かないうちに、スクルージにはかっぷくのいい紳士がこちらにやってくるのが見えた。昨日、彼の事務所に来て「スクルージ・マーレイ商会ですね」といった男だった。出会った時、この老紳士が自分をどんな風に見るかを考えたら、心が痛んだ。だが、スクルージは、これからの自分が進むべき道を知っていたので、ためらわなかった。
「もしもし」スクルージは歩くペースを速めながら、老紳士の両手を取ってそういった。
「ご機嫌いかがですか。昨日は寄付がたくさん集まりましたか。ごくろうさまです。あなたにとって、いいクリスマスであれと思っています」
「スクルージさんですか」
「ええ」スクルージはいった。
「それが私の名前ですが、あなたにとっては愉快な名前ではないかもしれませんね。お許し下さい。あのう、お願いがあるのですが」
スクルージは老紳士の耳元でささやいた。

「何ですって!」その紳士は叫んだ。呆気にとられているようだった。
「これはなんとまあ、スクルージさん、本気ですか」
「よろしければ」スクルージはいった。
「きっちりとその額です。多額の未払い分もそこには含まれていますから。お願いします」
「これはこれは」その紳士は、スクルージの手を取っていった。
「そのようなご厚意に対して、何と申し上げてよいやら」
「どうか何もおっしゃらないで下さい」スクルージはいった。
「私のところにおいで下さい。来て下さいますか」
「お伺いしますとも」老紳士は叫んだ。彼は間違いなく行くつもりだった。
「ありがとう」スクルージはいった。
「心からお礼申し上げます。本当にありがとう。それでは」

スクルージは教会に行った。それから街を歩き回った。人々が忙しそうに 行き交うのを見たり、子供たちの頭を軽くたたいてなでたり、乞食に話し かけたり、家々の台所をのぞいたり、窓を見上げたりした。スクルージは、 すべてが喜びだと分かった。散歩が、散歩に限らず何に対してもだが、こ んなに喜びを与えてくれるものだとは、それまで夢にも思わなかった。午 後、彼は甥の家の方に足を向けた。

スクルージは、上がって行ってノックする勇気が出るまで、甥の家の前を何度も行ったり来たりしていたが、一気に駆け上がり、ノックした。
「ご主人はご在宅かな」スクルージは若い女性のお手伝いにいった。本当に人の良さそうな、いい娘だった。
「ええ、いらっしゃいます」
「どこにいるのかな、お嬢さん」スクルージはいった。
「ダイニングルームにいらっしゃいます。奥様もごいっしょです。よろしければご案内します」
「ありがとう。彼は私を知ってるんでね」そういった時には、スクルージは、ダイニングルームの錠に手をかけていた。
「中に入らせてもらうよ」
スクルージは錠をゆっくり回し、ドアのところから顔を斜めに入れた。二人はテーブルをながめていた。(テーブルにはごちそうがずらりと並んでいた)。こうした若い主婦は、こういうことについては、決まって神経質で、何もかもがちゃんとしていなければ気がすまないのだ。
「フレッド」スクルージはいった。
なんとまあ、義理の姪の驚いたことといったら。スクルージはその時、彼 女が足台に足をおいて部屋の隅に座っていることに気づかなかったのだ。 そうでなければ、声などかけなかっただろう。
「ああ、びっくりした!」フレッドはいった。
「どなたです?」
「私だよ。おまえのおじさんのスクルージだ。ごちそうになりに来たよ。 入ってもいいかい、フレッド」
入っていいかいだって。握手でスクルージの腕がちぎれなかったのは、神 の恵みだった。スクルージはすぐにくつろいだ。これ以上のまごころは他 にはないだろう。義理の姪は、幻影で見た時と同じ様子だった。トッパー が来た。彼も同じだった。まるまる太った、妹もだ。みんなが来た時、誰 も彼もが同じだった。すばらしいパーティだった。愉しいゲーム、心から うちとけた雰囲気、このうえない幸福感。

翌朝、スクルージは早くから事務所に出た。そう、事務所に朝早くからい たのだ。事務所に早くいさえすれば、ボブ・クラチットが遅く来るところ をつかまえられる。スクルージが考えたのは、そういうことだった。
そして、スクルージはそうした。そう、スクルージの思うとおりになった のだ。時計は9時を打った。ボブは現れなかった。15分たった。ボブは現 れなかった。ボブはきっかり18分30秒遅れて事務所に出てきた。スクルー ジは、ボブが独房のような仕事場に入るのを見るために、ドアを広く開け たまま座っていた。
ボブは、ドアを開けた時には、帽子を脱いでいた。マフラーもだった。す ぐさま椅子に座り、9時開始の遅れを取り戻そうとするかのように、さか んにペンを走らせた。

「おい!」スクルージは、できるだけいつもの声で怒鳴った。
「こんな時間に来るとは、どういうことなんだ」
「本当にすいません」ボブはいった。
「遅刻してしまいまして」
「遅刻だ」スクルージはくり返した。
「確かに、遅刻だね。ちょっと来てくれないか。おかまいなければだがね、旦那様」
「一年に一回のことです」ボブは弁解しながら、独房のような仕事場から出てきた。
「もう二度としません。昨日はちょっと浮かれたものですから」
「いいか、はっきりいっておこう」スクルージはいった。
「私はこういうことにはもう我慢ができないんだ。だから」
スクルージはいいながら、椅子から飛び上がり、ボブのチョッキをこづいたので、ボブはそれまでいた独房のような自分の仕事場へとよろめいた。
「だから、私はおまえの給料をあげてやろうと思っている」

ボブは震え上がり、定規に手を伸ばした。一瞬、それでスクルージを殴り つけ、おさえつけておいて、路地にいる人に助けを求め、拘束衣を持って きてもらとうと思ったのだ。
「メリークリスマス、ボブ」スクルージは、ボブの背中を叩きながらいっ た。その言葉には心がこもっていた。
「感謝してるよ、ボブ。今まで君に祝ってあげたどのクリスマスよりも、 すばらしいクリスマスを祝おうじゃないか。君の給料を上げよう。苦労し ている君の家族の援助もしようと思っている。今日の午後、湯気の出てい る温かいクリスマスのビショップ酒を飲みながら、そのことについて話し 合おうじゃないか、ボブ。火をもっとおこしておくれ。それから、仕事に 取りかかる前に、石炭入れをもうひとつ買ってきてくれないかな、ボブ・ クラチット」

スクルージは、言葉以上のことをした。口にしたことすべてを実行したし、 それ以上に多くのことをした。死ななかった、おちびさんのティムにとっ ては、第二の父となった。この古き街の中で、いや、世界中のどの街、ど の都市においても、これ以上ないというほど、善き友人となり、善き主人 となり、善き人間となった。スクルージが変わったのを見て笑う人もいた が、スクルージは、笑われるがままにして、気にとめなかった。というの は、善に関していうと、はなからそれを笑いものにしない人がいるという ことは、この地上ではあり得ないことを十分知っていたからだ。また、そ のような人は、とにかく、ものの見えない人だということをスクルージは 知っていたので、にやっと笑って目に皺を作るのも、ものが見えていない からだと思っていた。見えないという病が、そのようなみっともない形で 現れているのだ。スクルージ自身も心の中で笑っていた。彼にとっては、 それで十分だった。

スクルージは、もはや幽霊と接することはなかったが、それからは、絶対 禁酒主義を通した。世の中でクリスマスの祝い方を知っている人がいると するなら、どう祝うかを知っているのは、スクルージだといつもいわれて いた。私たちも心からそういわれますように。私たちのすべてが心からそ ういわれますように。おちびさんのティムがいったように、私たちひとり 一人に神様が祝福してくださいますように!

- 了 -



最初から読みたい方は
第一章(vol.1 〜 vol.57)へ戻る
第二章(vol.58 〜 vol.118)へ戻る
第三章(vol.119 〜 vol.221)へ戻る
第四章(vol.222 〜 vol.283)へ戻る




Top ページへ