蕨山蕨山

蕨山(わらびやま)とは柔らかい響きの名前だが、名郷からの蕨山は「(奥武蔵にあっては)本格的な登り」と評されるとおり、ちょっとした岩場もあれば稜線を浸食するガレが迫るところもあって、このあたりでは登り甲斐のあるコースとなっている。武川岳大持山に登るために地図を開くたび、山頂から東南東の名栗湖まで長く尾根を伸ばすこの山が気になっていたので、春浅い時期に出かけてみた。


すでに時刻が遅いのか、日曜の朝9時半頃に名郷バス停に下り立ったハイカーは数少なく、蕨山に向かうひとは自分一人だった。川沿いの道を行き、林道に入ってしばしで山道になる。沢沿いに行く急傾斜のもので眺めはないが、小さな滝が散見されて楽しいものだ。沢の水音はすぐになくなり、山道は支尾根の稜線を目指す。植林のなかを登っていくと、雑木林の枝振りも明るい尾根上に飛び出す。
ここからはアップダウンがあるものの葉の落ちた木々が周囲を展望させてくれる。左手には名郷の谷間を隔てて伊豆ヶ岳が望まれ、右手には白岩の石灰岩壁の上に大持山が眺められる。その向こうには武甲山も顔を出す。岩場も出てくる痩せ尾根のおかげで植林が少なく、コースはややハードであっても目にして気分の良い雑木林の尾根が続く。眺望もよく道のりに変化もあって飽きることがない。午だからか、麓の寺で鳴る鐘の音がのんびりと響いてきた。
支尾根に乗ってから一時間ほどで山頂稜線に到達する。いまままでとは異なり林道のように広い道を左手に進むと山頂標識の立つところで、ベンチがあってハイカーが何人も休んでいた。ここからは遥か下の名郷集落を隔てて真向かいの伊豆ヶ岳や武川岳がよく見える。その右手には奥多摩方面の眺めがよく、棒ノ折山が近い。大岳山が手前の山並みの上から顔を出している。それほど広くない山頂だが落ち着いた雰囲気を受けるのは、奥武蔵の山並みが醸し出す穏やかさのためだろう。
名郷からアップダウンのある稜線上に登ると伊豆ヶ岳(奥)と古御岳が出迎える
名郷からアップダウンのある稜線まで上がると伊豆ヶ岳(左奥)と古御岳が出迎えてくれる。
<FONT size="-1">山頂部からは奥多摩の大岳山が遠望できる</FONT>
山頂部からは奥多摩の大岳山(奥)が遠望できる。林道の目立つ中景の山は長尾丸。左に棒ノ折山へと稜線が続く。右手に高いのは川苔山周辺の山塊。
温泉があるからだろうが、下山は名郷ではなくさわらびの湯をめざすパーティがほとんどのようだった。見晴らしはあるがややきつい山頂部からの下りはすぐになだらかなものとなって雑木林の中となる。左手にはときおり伊豆ヶ岳やその後方の武川岳が見通せて、心地よい山稜漫歩が続く。だが右手山腹に林道が見え始めると、とくに白いガードレールが目について、山の上という感触がだいぶ薄れてくる。稜線を乗り越す林道を横切り、もう見ないで済むと思ってほっとするのも束の間、今度は右手下方にダム湖の水面が広がり、あまつさえ対岸の車道には再び白く伸びるガードレール。安全確保のためには仕方ないのだが。


人工構造物に気をとられるせいか、道のりがそもそも楽なせいか、ガイドマップのコースタイムよりはずいぶんと速く下っていく。林道を横切ってから金比羅神社跡地まではガイドでは1時間なのだが、その半分くらいで着いた。ここには少し前まで立派な社殿が建っていたようだが、火事で焼失してしまったという。今では黒く煤けた木々が取り囲む中に小さな社が鎮座するばかりとなっている。
神社跡からもたいして時間がかからず車道に出た。すぐそこに日帰り入浴施設”さわらびの湯”があるが、ちょうど飯能駅行きバスが来たので立ち寄り入浴は次回の楽しみとし、空いている車内に乗り込んだのだった。
2007/2/25

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