棒ノ折山蕨山の金比羅尾根より棒ノ折山.。山腹の車道が目障り。

棒ノ折山は登りやすく眺めも良い。南の奥多摩側、北の奥武蔵側どちらからでも登れるので奥多摩の山に分類されたり奥武蔵に区分されたりするが、棒ノ折山自体は変わらない。


しかし山名は本来のボウノオレではなくボウノミネと呼ばれることが多い。浅野孝一氏によれば『多摩群村誌』にも棒ノ折山とあり、こちらが正しいはずなのだが、地図製作の調査の折りに地元のかたの言うボウノオレを担当役人だかが棒ノ嶺(ボウノレイ)と聞き間違えてこれを転記し、嶺が訓読みされてミネとなったらしい。ガイドマップにも山名はまず棒ノ嶺と書かれ、”ぼうのみね(れい)”とルビが振ってあるのだから、伊豆ヶ岳近辺の山々を歩いていると盛んにボウノミネボウノミネと聞こえてくるのも当然かと思う。最近では読みやすい”峰”の字が好まれるようで、登山口の看板などでは”棒の峰”と書かれている。どこまで変わっていくのか計り知れない。
山自体は変わらないと書いたが、山腹をざっくり削って延びる車道は最近のものだ。向かい合う蕨山にも同様の車道が刻まれ、山深さとは無縁の世界になってしまっている。名栗湖や秩父さくら湖などという人工湖を結びつつ山中をめぐる歴とした観光道路で、有間峠などではこれら観光地までの距離を示す立派な標識が掲げられている。
そんな車道などまだ存在していない随分と昔の冬に名栗川橋から登った。北側のせいか人は少なく、余計な林道に交わることもない山道は静かなものだった。いまではこの名栗川橋からの林道も奥まで延びているようで、尾根筋を行く道は廃道になってしまっているのではと思う。
岩茸石を経て出た権次入峠から賑やかになり、山頂はかなりの人がいたと記憶している。ちょっとした公園のように広い山頂にも驚いたが、南に見る奥多摩の山々が素晴らしい迫力だった。なにせ関東の山と言ったら伊豆ヶ岳くらしいしか登ったことがなかったので、逆光効果も手伝って文字通り神々しく感じられた。目の前にあるひしゃげた格好の山はとくに目に焼き付いた。
見るからに初心者という自分に話しかけてきてくれた初老のかたがいた。自転車で麓まで来て上がってきたという元気なひとで、この人が見える山の名をすべて教えてくれた。あの奇妙な姿の山は大岳山という名と知り、次はあれだとその場で思った。
棒ノ折山からの下山は、計画では小沢峠経由で飯能駅に出ようと思っていたが、そんなルートを歩くひとはいない、黒山から山道を右へ、高水三山に向かえば青梅線の駅に出られると聞いて、初心者の自分はそのまま地図もなしに言われたルートを歩いていった。岩茸石山を越え、高水山を踏んで軍畑駅に着いたのは夕方の5時頃で、すっかり真っ暗になった駅で上り列車を待った。


その日の晩かその次の日あたりに地元の書店で奥多摩のガイドマップを買って、次の休日から奥多摩通いを始めた。山歩きを本格的に始めた山として、棒ノ折山は自分としては特別な山なのである。
1986/1/15

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