白倉から大岳山、大ダワを経て御前山白倉からの大岳山登路

奥多摩の大岳山山頂やそこから派生する鋸尾根からは、同じ奥多摩三山のひとつで、優雅で堂々とした御前山が遠くなく近くもない距離に眺められる。この二山をつなぐルートがあり、一度は歩いてみたいと以前から思っていた。いずれも愛着のある山であり、相互に面識のない友人を引き合わせるにも似た計画だ。実現は延び延びになっていたが、奥多摩を集中的に歩くことにした2003年の秋、残暑のなかようやく出かけて行った。大岳山へは白倉から取り付き、山頂直下にある神社への参道を登った。こちらも未踏査のルートだった。


一週間前の日曜日に武蔵五日市駅に来たときは降水確率が高く、駅前から見る山々に濃淡のついた雲がかかるような空模様だった。そのせいでひとも少なく、9時24分に出る藤倉行きのバスは空いていた。今日は快晴、バスの座席はみな埋まり、白倉で下りてもかなりの人数が車内に残っていた。小岩から浅間尾根か、その先の停留所から御前山を目指すのかもしれない。
ここから大岳山に向かうコースはバス停目の前の階段から始まる。これは昔の大岳神社表参道で、急な山の斜面にへばりついたような集落のなかを抜け、往来のない車道を上がっていくと、右手に立派な里宮が現れる。そのすぐ左手に山のなかに入っていく細い踏み跡があり、ヤブもかぶっているようで多少ひるむが、少し行くと道幅が広がり、昔からの登拝路の風情となる。山中には立派な鳥居もあって、脇には二十三夜待ちの石塔が建っている。
参道だから当然のようによく踏まれた道だが、奥多摩のこのあたりの山がたいがいそうであるようにほとんどが植林帯のなかで見通しがない。それでも本日は朝から天気がよいせいで林間が明るく、林床も砂漠のように刈られているわけではなく灌木がそこここにあり、その緑が見た目のアクセントとなっている。今日は晴れて夏の蒸し暑さが漂い残っているが、風の通りもよく、どこからともなく聞こえてくる沢の音とあわせて涼を感じる。
白倉からの登路から浅間尾根を望む
白倉から大岳山への登路から、浅間尾根を望む
山道に入って一時間と少し、急緩急ときたつづら折れの山道を上がっているところで、浅間尾根を一望にできる場所があった。それまで閉塞した場所にあったので開放感はひとしおだ。ひとしきり開けた空気を吸い込んでからよくよく目の前の山肌を見れば、中腹のかなり高いところにぽつぽつと家がある。山に生きる人たちのものだ。いまでこそ林道が通っているようだが、以前だと里との往き来は山道しか頼るものがなかっただろう。先週の陣馬尾根といい、奥多摩では山が生活空間そのものであるという例をいくらでも目の当たりにできるのだった。


馬頭刈尾根に乗り、大岳山方面にわずかに歩いたところで左手に展望が開ける。手前に浅間尾根、その向こうに笹尾根から三頭山。笹尾根の向こうに丸く突き出している山があって何だろうと考えたが、北都留の権現山と気づく。今いるあたりはほぼ平坦で楽な道だが、朝のうちは快晴だった空に一面の雲が広がって暗くなってしまったため、北側にあたる右手の植林がとても暗く、まるで夕方の山のなかを歩いているような気になった。
馬頭刈尾根から三頭山を遠望
馬頭刈尾根に乗って、三頭山を遠望する
進むうちにあたりが明るくなって、右に行けば大岳神社を経て大岳山、左に行けば山頂を巻いて鋸尾根に出る分岐に行き当たる。今日のところはいまだ歩いていない巻き道を行くものとし、大岳山の南西斜面をトラバースしていく。山腹につけられた踏み跡が急斜面では一部崩れかけていたが、ひと気のないひそやかな明るい路で、気をつけて行けば楽しいところだ。
こうして鋸尾根に飛び出す。最初はだいたい平坦な道が、鋸山に近づくに連れてややアップダウンが出てくる。大したことはないが少しばかり疲れてきたので道ばたで休憩していると、さきほどまで晴れていたのがぽつりぽつりと降り出して、ほんの少しのあいだ木々をざわめかす。雨はすぐに止み、雫は広葉樹の枝葉が受け止めて、山道に降り注ぐまでには至らなかった。通り雨だったようだ。


鋸山の手前で、御前山方面に向かうルートの分岐に出会う。いつもは鋸尾根を奥多摩駅まで歩ききるものだが、本日はここで左に折れて御前山との鞍部に向かう。単に地域上の分布がそうなっているのか、あまり歩かれていないせいなのか、本日のコースで花がもっとも多かったのがこの区間だった。

鋸山手前の分岐を、御前山方面に向かう
ほんの少し下って着くのが大ダワと呼ばれる鞍部で、全面舗装の林道が越えている。神戸岩方面の林道は途中が崖崩れで塞がっているとのことで封鎖されていた。そのおかげでエンジン音がなく、静かでよい。
登り返すのが御前山への登路となる。わずか登って、振り返れば舗装林道が見えるくらいのところに、鋸山避難小屋があった。板間と土間の二区画で、ゆったり寝るとしたら2,3人が限度というところだろう。多少雑然としているがよく使われているらしく、小屋なのに生活の匂いとでもいうものが感じられる。入り口前のベンチでコーヒーを飲んでいたら、単独行者が数人、次々と下ってくる。このルートは予想に反してわりと歩かれるコースらしい。
休憩後、御前山へと登っていったが、比較的急な山道が続く。白倉から大岳山を経て来た身には残暑のなかのこのあたりの急登は少々堪える。山道は狭く、両側の植生は密なので風もほとんど通らない。鋸尾根から遠望したときは、大ダワから山頂へは植林のなかを行くのかと思っていたが、じっさいには左右から被さるように迫る灌木帯のなかを行く。鞘口山と呼ばれる尾根上のコブでのみ展望が開け、目の前にじつにたっぷりな量感の御前山を眺めることができた。


そこからがまた灌木帯のなかの急登になり、ようやく空間が開けたように感じたのは植林帯のなかに入ってからだった。すぐに御前山避難小屋に至る分岐があり、小屋へは2分で着く。なかにはこれからここで夜を過ごすのだろう中年男性がひとり、備え付けの布団をひいて横になっている。いつものようにベランダで小憩し、今日一日のルートを反芻してみた。
白倉からの大岳山ルートと、大岳山の鋸尾根から派生する御前山へのルートと、今日は気になっていた道筋二つを歩いた。山を下れば薄暗くなるころで、もう無理することはない。それで大岳山の山頂同様に御前山の山頂も割愛して、境橋へと下山したのだった。
2003/9/14

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