塩山ふれあいの森総合公園から富士山と塩ノ山を望む。富士山右下の顕著な山は御坂山地の釈迦ヶ岳。写真右下は米倉山太陽光発電所のソーラーパネル。塩ノ山手前の黒屋根は塩山高等学校。

大菩薩連嶺や乾徳山、西沢渓谷や甲武信岳への起点となる塩山は、起点であるが故にたいがい通り過ぎるだけのことが多かった。だが市街地には恵林寺を初め寄ってみるべき寺社が多い。地元甲州市も観光に力を入れているようで、見どころをまわるウォーキングコースが設定されており、盛夏以外であればいつ歩いても良さそうに思える。雪残る周囲の山々を眺めながら歩くのも愉しかろうと、早春の里歩きに行ってみた。


のんびりしようと塩山温泉に泊まり、久しぶりに朝風呂までつかって宿を出た。温泉街すぐ裏手には中央線車窓から眺めるばかりだった塩ノ山が立ち上がる。登山口はすぐそこなので登ってみることにした。温泉旅館脇から始まる遊歩道は階段道のように整備されていて幅も広く、5分おきに小振りながら立派な休憩舎まである。なかの一つはツリーハウスのように半ば宙に浮いており、遊び心なのかやりすぎなのか評価に迷う。
遊歩道以外にも登路はあるらしく、休憩舎の裏に上がってくる踏み跡もある。もともとはそういうのが主だったのではと思えるが、本日のところは遊歩道を辿る。登るにつれ大菩薩の恩若峰あたりや甲府近くの大蔵経山が眺められるようになる。アカマツの林を抜けると山頂だった。登りだして半時もかかっておらず、山登りというよりただの散歩である。山頂空間は開けており、当然のように立派な休憩舎があるので一息つける。ただ木々に囲まれていて眺望はほとんどなく、富士山方面と棚山方面が窺えるくらいくらいだ。塩ノ山の遊歩道は地元の方々の散歩コースないし体力増強コースらしく、手ぶらの中高年のかたたちが行き来しており、登り口とは反対側まで行ってまた帰ってくるというのをしているひともいるようだった。
塩ノ山から塩山の市街地を俯瞰し、御坂山地の上に富士山を遠望する。尖ったピークは釈迦ヶ岳
塩ノ山から塩山の市街地を俯瞰し、御坂山地の上に富士山を遠望する。
尖ったピークは釈迦ヶ岳。
下りは稜線通しに反対側にある向嶽寺へと向かう。塩ノ山は鉄路から眺めると富士山型に見えるが、じっさいには北西方向に稜線を伸ばした細長い盛り上がりをなしており、緩やかで快適な下りを愉しめる。末端近くなって眺望が開けると正面には小楢山が美しい姿を浮かべていて、つい数ヶ月前に登ったことが懐かしく思い出されるのだった。


下り着くあたりでコンクリ舗装された階段道になるのは興ざめだが、麓にでて農地を眺めつつ寺に向かう未舗装路の道筋は穏やかなものだ。敷地の横から入ることになる向嶽寺は観光向けの施策を行っていない寺で、浮ついた雰囲気は皆無、掃き清められた広い敷地にあれこれの寺らしい建物が配され、仏都の雰囲気が漂うと評されるとおりの佇まいだった。
富士山に相対することから名付けられたという向嶽寺
富士山に相対することから名付けられたという向嶽寺
彼方に大蔵経寺山(大きな雲の下の小突起)、兜山(台形の山)、棚山(一番高い山)を望む
彼方に大蔵経寺山(大きな雲の下の小突起)、兜山(台形の山)、棚山(一番高い山)を望む
霞んでいるのは南アルプス前衛の山々
門前で"信玄の里コース"なる散策ルートに合流するのだが、間違えてその門前から西へと分岐する道筋に入ってしまう。(散策ルートは恵林寺方面へ少々進み、左へ分岐するものに入るのが正しい。)設定コースではないが眺めはよい。養蚕のためか屋根中央がせり上がって部分的に三階建てのように見える民家や墓地分譲に熱心な寺を見送ると、彼方に乾徳山の尖塔状山頂、その背後に黒金山の緩やかな頂が浮かぶ。その右手奥に白く見えるのは国師岳あたりだろうか。


途中で道間違いに気づき、白髭神社なる社を目指して軌道修正する。車道脇には丸石を積み上げただけのように見える道祖神が注連縄の結界奥にうずくまっている。山梨ではよく見られるもののようだ。左手にかなり整地された正林寺なる寺を望み、右手に白髭神社の門柱が目に入ればコース復帰完了だ。神社は参道も敷地もあまり手入れされているようには見えなかった。
常泉寺
常泉寺
神社先で顕著な車道を離れ、笛吹川方面に向かう細い路地に入る(コース標識あり)。水路が走り、古びた民家の塀も続いて風情がある。案内板があり、いま歩いているのは秩父往還という近世の道らしい。先には聖徳太子に縁あるという常泉寺が農地の向こうに本堂を見せるが、先の正林寺同様に山門(中門?)が申し訳程度に残るくらいで塀も何もなく、風情はだいぶ損なわれている。
味気ない三日市場工業団地のさなかを抜け、笛吹川の河岸段丘縁から周囲を眺めつつ、山本勘助不動尊なる建物を過ぎる。地域の公会堂のようなもので、施錠されていて中は見えなかった。前山に隠されつつある乾徳山を仰ぎつつ右に曲がってしばらくで恵林寺脇に出る。立派な観光地なので境内に入る前から人影が多い。


「心頭滅却すれば・・・」で有名な中門を潜り、庭園の拝観に向かう。庫裡はいまやその入口で、表示された案内に従い回遊する。人の背丈の二倍もありそうな鬼瓦に目を見張り、京都二条城より音が大きいのではと思えるうぐいす廊下を歩く。「静かに歩け」ということを教える仕組みなのだろうか。廊下の先には迫力充分な武田不動が鎮座し、浮ついた心を諫めるかのような憤怒の形相を浮かべている。
三門と、奥に仏殿
三門と、奥に仏殿
三門には「安禅不必須山水」「滅却心頭火自涼」の扁額がかかる
方丈(左)と庫裡
方丈(左)と庫裡
うぐいす廊下
うぐいす廊下
武田不動
武田不動
建物を回り込むと、とにかく重々しい信玄の墓にまみえる。「人は城」を信条としながら次代で滅んでしまう運命にあったとは皮肉なものだ。公も地下で悔しい思いをしたことだろう。さらに大きく見える柳沢吉保の墓所を見送ると、夢窓国師の手による庭が広がる。本日は好天の日曜なのだが、2月のせいか、昼時のせいか、庭園拝観までしてみようという人は少ない。おかげで落ち着いて眺めることができた。やはり禅寺の庭は静かなほうが魅力を増すようだ。
回廊と無想国師築堤の庭園
回廊と無想国師築堤の庭園
恵林寺を出て北に向かい、法光寺に立ち寄る。山門に掲げられた曼陀羅図が現代美術のようでじつに人目を惹く。花の寺として名があるようだが、季節柄華やかなのはとくになく、本堂脇にある縁結びのお堂に下がる組紐の赤色が随分と明るいだけだった。本堂前は掃き清められていて清々しい。陽気がよくなればもっと魅力的になることだろう。
法光寺山門
曼陀羅図を掲げる法光寺山門
北村西望の手による鶏冠観音菩薩
境内に立つ鶏冠観音菩薩。作は北村西望。
黒川金山で落命した人足遊女の菩提を弔うために建立されたもの。
法光寺本堂
落ち着いた雰囲気の本堂。
法光寺で本日のコースは北辺となり、向きを日の方向に変えつつ塩山駅に戻りだす。元気に回る西藤木の水車を眺め、中学校脇に境内を広げる松尾神社に寄り道して、塩山ふれあいの森総合公園へと登っていく。歩道もなく車も通る二車線道路を辿るのは面白いとは言えない。きっと高みから塩山市街地を眺め渡させようというコース設定なのだろう。実際、登りついてみれば眺めはよい。塩ノ山が長々と寝そべり、左奥に浮かぶ富士山を上目遣いに眺めている。振り返れば小楢山が大きい。
塩山駅へ向かう途中から小楢山(右)と大沢ノ頭
塩山駅へ向かう途中から小楢山(右)と大沢ノ頭
松尾神社
松尾神社。ピンク(になってしまった?)の欄干が異色。
公園を過ぎて塩山駅へと向かう近道に入る。あいかわらず車の通る道だが、広域農道みたいなのを歩くよりはだいぶマシだ。面白いものも目に留まる。カーブミラーが道幅一杯に日の光を落とし、祠が脇に巨大な掛け時計を下げ、貸家ありの風流な案内板が風に揺れる。行路傍らの神社では、脇に社務所があるというのに、本殿の壁に郵便受けが取り付けられている。神様に手紙が届くのかもしれない。
風流な貸家告知
興味惹くあれこれ
正体はカーブミラーmagic
そこに取り付けますか
再び塩山温泉近くに戻ってきた。もう16時近く、本日の最後に、塩山駅近くにあって、あと半時ほどで閉館になる甘草屋敷を回っていくことにする。何度も塩山に来ていながら、駅からわずか5分の位置にある重要文化財住宅は目にしたことさえなかった。
初めて見る屋敷はこの時期に定期開催されるらしき「ひな飾りと桃の花まつり」の会場になっていた。屋敷前には華やかな飾り付けが風に棚引き、春を先取りした明るさを醸し出している。屋敷内では琴の音が響き、暖かな木の感触の溢れるなかに雛飾りがくつろいでいた。ダイコンやニンジンの作り物まで下がるいくつものにぎやかな吊るし飾りに目を奪われ、琴が生演奏であるのになかなか気づかなかった。
甘草屋敷
甘草屋敷。雛飾りの会場になっていた。
屋敷内、雛飾り会場になっていた
釣るし飾り。ダイコンにも意味あり。
吊るし飾り説明
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甘草屋敷を出て駅に向かう。本日はほとんど舗装道ばかりだったが、長く歩いたし、少々ながら起伏もあって運動にもなった。なにより個性的な寺社や民家を間近に観られたのが収穫だった。おや、駅からアナウンスが聞こえてくる。上りの特急列車がまもなく到着するという。慌てて走り出し、列車の出発に間一髪で間に合った。車内の暖房が心地よい。窓際に席を占め、あちこちでもらったパンフレットを眺めながら、次の計画など立ててみるのだった。
2013/02/24

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