南の耳から山彦谷の尾根を望む、右奥は車山、左奥は八ヶ岳

姫木平から霧ヶ峰・山彦尾根

先年、観音沢という沢沿いの登山道を辿って霧ヶ峰に上がろうとして敗退し、沢を抜けた後に草原を登って高原の北東縁である山彦谷尾根を歩こうとしたのも果たせないで終わった。この尾根は天辺に浮かぶ草原で、物見石から青空を背景に仰いでも、蝶々深山や車山乗越から周囲のなだらかな草原のなかに俯瞰しても、歩きたくなること請け合いである。次に霧ヶ峰なら必ずと再計画を考えるに、できればアプローチも静かなルートをと、諏訪湖側とは逆の、姫木平と呼ばれるところから周遊してみることにした。


姫木平へは諏訪側からのバスはなく、長和村からのも残念ながら使いづらいので、車で行くことにする。白樺湖西方の大門峠から北上するのだが、まっさきに視界に飛び込んでくる案内が姫木平別荘地を示すもので、何も考えず脇道に入って狭い道を奥へ奥へ、とにかく高いところへと走っていくと、路面が未舗装になったあげく行き止まりになってしまう。改めて地図を確認すると、姫木平とは言っても別荘地ではなくペンション村の奥が登山口になるとある。気を取り直して大門街道に戻ってなおも走ると、別荘地への案内とは格段に差のあるのがペンション村入口を表している。
広い舗装道を上がっていき、ペンション群が尽きたところで整地しただけの広い空き地に出る。ここが駐車場になるようで、数台がそこここに止まっている。地元長和町で出している姫木平からのハイキングガイドでは大笹峰というのにまず登る逆時計回り周遊コースを推奨しているが、それだと最初の林道歩きが長く、南北に延びる主稜線では太陽を正面に歩くことになる。本日は時計回りの逆コース、まず殿上山というピークに登って北上することとしており、直下の登山口寄りに移動して車を止める。
フシグロセンノウかな ?
山道で見かけた花の一部
(左)フシグロセンノウかな
(中)なんでしょうかね?
エゾカワラナデシコでしょう
エゾカワラナデシコ(かな)
林道を10分ほどで山道が始まる。谷間に鳥の声が響く。久しぶりに聞く水辺の波紋のような響きだ。伐採後の荒れた道筋を少々で樹林のなかとなり、夏の強烈な日差しが遮られてよい。しかし傾斜が上がってきて日のあるなしに関係なく汗が噴き出してくる。足下のそこここに山の花が咲いているのを見送るうちに、頭上に草原が見えてくる。木々が尽きたところで振り返れば背後に車山が大きい。開けた稜線に出ると標識があり、右に行けば殿上山と記されていて、まずは休憩かなと腰を下ろす誘惑に打ち克ち進んでみれば、蓼科山を正面に据えた山頂に出る。
山頂からは先に踏み跡が伸びていて、その先は八ヶ岳連峰の大展望台になっていた。殿上山は霧ヶ峰山塊のいわば本体から東に突き出した尾根筋の高まりで、北から南へのほぼ180度というもの遠望が効き、しかも足下から正面の火山列との広大な鞍部まで視界を遮るものがない。上下左右というもの予想外の広がりだ。歩き出して一時間経ったかどうかというところだったが、腰を下ろして半時ほどというもの、静けさの中の眺望を堪能した。
殿上山から蓼科山を望む
殿上山から蓼科山を望む
右中央に白樺湖 
殿上山から山彦谷尾根へはいったんだいぶ下るように見えるがじつは大したことはなく、谷越しに南の耳、北の耳の各ピークを広々と眺めつつ行くうちに待望の稜線に乗ってしまう。日差しはいよいよ強いが吹き越す風は高原のものになってだいぶ涼しい。見るたびに大きい車山も明るい草色なので暑苦しさは感じない。目の前にわずかに高まる南の耳へは草原のなかに一筋の道筋が真っ直に伸び、左右正面を見れば夏空が大きい。霧ヶ峰とはいえマイナーなコースのせいか、盆休みとはいえ平日なせいか、前後に人影はほとんどなく静かで、高原散策の情緒にじゅうぶん浸れるのだった。
南の耳は周囲の展望が素晴らしいピークだった。先ほどの殿上山が蓼科山方面の最上の展望台とすれば、南の耳は全周をほぼ同じ広がりで見渡すことができる場所で、多少なりとも世界の中心にいるかのような気になれる。見下ろす八島ヶ原湿原は微妙な濃淡の天然カーペットだ。右手の鷲ヶ峰は黒木に被われて心持ち暑苦しい。遠望する山々は夏霞に霞んでいるが、美ヶ原は膨大な背を見せて相変わらず形成要因の不思議さに思いを馳せさせ、その手前に立つ三峰山から鉢伏山への稜線は、途中の高度の下げ方が大きすぎるものの、ずいぶんと静かで歩きがいもありそうな見た目で、いつか辿ってみたいと思わせる。
北の耳から八島ヶ原湿原と鷲ヶ峰
北の耳から八島ヶ原湿原と鷲ヶ峰
奥に霞むのは高ボッチ高原(中央)と鉢伏山(右奥)
秋はすでに近く、ススキの穂が出始めている
南の耳からは本日最大と思える急降下(とはいっても距離は短い)を経て穏やかな稜線歩きに戻り、再び登り返して北の耳に到達する。周囲を見渡すような開放感は南の耳に劣るものの、眺めが悪いわけではない。左手へと下っていく草尾根の先に男女倉山が突き出し、その先に鷲ヶ峰が重なる。ここから下っていけば過日歩いた和田峠からのコースに接続し、中央分水嶺ルートを繋ぐことができるのだが、本日は周遊コースなのでそちらへは向かえない。稜線を引き続き歩いて大笹峰へと向かう。
左手に樹林の立つ脇を歩いて着く大笹峰はあまりピークらしくない高まりで、スキーコース最上部の休憩舎裏が裸地化しているのでようやく山頂だろうと認識できるところだった。姫木平の谷間を見下ろす縁に出てみると、辿ってきた稜線が馬蹄形に谷を取り囲んでおり、正面には本日最初のピークである殿上山がひとかどの山らしい姿で立ち現れてきている。谷間はスキー場になっていて、稜線近くまで樹木が伐採されているため直接南の耳とかに歩いて登ることも可能そうだ。しかし面白くはないだろう。短い時間とはいえ、草付きの稜線を歩いてこその霧ヶ峰だろう。
大笹峰山頂付近から殿上山(左)と車山(奥)
大笹峰山頂付近から殿上山(左)と車山(奥)
左奥に八ヶ岳連峰。
(赤岳、阿弥陀岳、権現岳、編笠山)
大笹峰山頂には標識らしい標識が見あたらず、稜線に付けられた草被りの踏み跡を追うと、ようやく案内が出てきて姫木平への下降点を教えてくれる。朝方と同じように、谷間のそこここで鳥の声が水のなかでのように響く。すぐ下にスキー場が見えていて、大して時間がかからず出発点に戻れるかと思ったが、実際には長かった。林道に出てからがまた長かった。しかし静かな道のりだった。
2013/08/12

回想の目次に戻る ホームページに戻る


Author:i.inoue
All Rights Reserved by i.inoue