個別労働紛争とは何か
□ 個別労働紛争とは
労働紛争といえば、一般に使用者と労働組合の紛争を思い浮かべると思いますが、労働組合の組織率が17%台まで下がった今日、大半は未組織労働者という現状と併せ、雇用形態の多様化などにより、使用者と労働者個人のトラブルが増加しています。これらの使用者と個々の労働者間の紛争、とりわけ民事に係わる紛争を一般に「個別労働紛争」と呼んでいます。
□ 解決手段
個別労働紛争の解決手段には、司法による民事調停、民事裁判、小額訴訟制度や労働審判制度がありますが、簡便な紛争解決手段として、都道府県労働局に設置されている紛争調整委員会によるあっせん、都道府県労働委員会によるあっせん、社労士会紛争解決センターによるあっせんなども利用できます。また、法テラス(日本司法支援センター)は、労働紛争に限らず、法的トラブル全般について相談できる公的機関です。
紛争調整委員会によるあっせんとは何か
□ 紛争調整委員会によるあっせんとは
紛争調整委員会とは、弁護士、大学教授等の労働問題の専門家である学識経験者により組織された委員会で、都道府県労働局ごとに設置されています。この「紛争調整委員会」の委員の中から指名されるあっせん委員が、紛争解決に向けてあっせんを実施します。
紛争調整委員会によるあっせんとは、当事者の間に学識経験者である第三者が入り、双方の主張の要点を確かめ、場合によっては、両者が採るべき具体的なあっせん案を提示するなど、紛争当事者間の調整を行い、話合いを促進することにより、紛争の円満な解決を図る制度をいいます。
□ 紛争調整委員会によるあっせんの特徴
(1) 労働問題に関するあらゆる分野の紛争(募集・採用に関するものを除く)がその対象となります。
(2) 多くの時間と費用を要する裁判に比べ、手続きが迅速かつ簡便であり、また、弁護士、大学教授等の労働問題の専門家である紛争調整委員会の委員が、円満な紛争解決に向け無償で、あっせんを行います。
(3) 紛争当事者間であっせん案に合意した場合には、受託されたあっせん案は民法上の和解契約の効力をもつことになります。
(4) あっせんの手続きは非公開であり、紛争当事者のプライバシーを保護します。
(5) 労働者があっせんの申請をしたことを理由として、事業主が労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをすることは法律で禁止されています。
(以上、厚生労働省のリーフレットから)
【解説】
(1) あっせん申請を行うには、実際に労働紛争が起きていることが前提となります。例えば、労働者がただ単に会社に対して不満を持っているだけで、紛争になっていないようなケースでは、あっせん申請を行うことはできません。
(2) 紛争調整委員会によるあっせんは、当事者間の話合いを行政が仲立ちするという制度ですので、裁判のように白黒をつけるところではありません。どうしても白黒をつけたい人には向いていません。
(3) 労働基準法上の違反は、紛争調整委員会のあっせんの対象とはなりません。労働基準法上の違反を伴わない解雇、労働条件の引下げなどの民事上の個別労働紛争を行政が話合いの仲立ちをしようというのが、紛争調整委員会によるあっせんの役割と理解されたら良いでしょう。
紛争調整委員会によるあっせん手続はどうすればよいか
□ 紛争調整委員会によるあっせん手続
1 あっせん申請は、個別労働紛争の当事者が、都道府県労働局や主要労働基準監督署に設置してある「総合労働相談コーナー」に「あっせん申請書」を提出することにより行ないます。あっせん申請は、(1)労働者から、(2)事業主から、(3)労働者・事業主双方から行なうことができます(郵送による申請も可能)。
2 次に、都道府県労働局長が、必要に応じて申請者から事情聴取等を行い、紛争に係る事実関係を明確にした上で、紛争調整委員会にあっせんを委任するか否かを決定します。
3 都道府県労働局長が、紛争調整委員会にあっせんを委任すると、あっせん委員があっせん期日を決定して、紛争当事者へあっせん期日を通知します。あっせん開始の通知を受けた被申請人が、あっせんの手続きに参加する意思がないことを表明したときは、あっせんはそこで打切られることになります。
4 指定したあっせん期日に、あっせん委員が、
(1) 紛争当事者双方の主張の確認や必要に応じて参考人からの事情聴取を行ないます。
(2) 紛争当事者間の調整や話合いの促進を行ないます。
(3) 紛争当事者が求めた場合は、両者が取るべき具体的なあっせん案を提示します。
【注】あっせん日には、あっせんを行なうことを受諾した紛争当事者(使用者と労働者)は必ず出席しなければなりません。また、あっせん委員は各紛争当事者と個別に相互に面談しますので、紛争当事者間で顔を合せることはありません。あっせんは一般に3時間程度で、その日のうちに終わります。
5 紛争当事者双方があっせん案を受諾したり、その他の合意が成立すると紛争が解決しますが、当事者双方や当事者の一方が合意をしなかった場合は、あっせんは打切られ、他の紛争解決機関に移行することになります。
【注】他の紛争解決機関に移行するとは、裁判所による調停、民事裁判あるいは労働審判や小額訴訟に移行するということです。この場合は、費用負担や長期戦の覚悟も必要となると思われます。
【解説】あっせん申請書は、労働局や主要労働基準監督署に設置してある総合労働相談コーナーに用意してありますが、厚生労働省のホームページからもダウンロードできます。なお、特定社会保険労務士は紛争調整委員会によるあっせんの代理人になることができますので、特定社会保険労務士に委任することも一考と思われます。
社労士会労働関係紛争解決センターによるあっせんとは何か
□ 社労士会紛争解決センターとは
個別労働関係紛争の民間紛争解決手続の業務を公正かつ適確に行うと認められる団体として、厚生労働大臣から「社労士会労働紛争解決センター」が指定され、各都道府県社会保険労務士会に設置されています。
社労士会労働紛争解決センターは、個別労働関係紛争に係る「あっせん」業務を扱い、職場で起きた経営者と労働者のトラブルを、労働問題の専門家である社会保険労務士が簡易、迅速、低廉に解決するとしています。
(参考)全国社会保険労務士会連合会のHP
新潟県においても、新潟県社会保険労務士会が「社労士会労働紛争解決センター新潟」を新潟県社会保険労務士会内に設置しています。なお、社労士会労働紛争解決センター新潟による「あっせん」は無料となっています。
(参考)新潟県社会保険労務士会のHP
都道府県労働委員会によるあっせんとは何か
□ 都道府県労働委員会によるあっせんとは
都道府県労働委員会でも、使用者と労働者間の個別労働紛争について「あっせん」を行っています。特徴や手続は、都道府県労働局の紛争調整委員会によるあっせんとほぼ同じですが、以下の点で異なる取扱いをしています。
(1) 紛争調整委員会によるあっせんは1回限りの開催ですが、都道府県労働委員会のあっせんは複数回開催することがあります。
(2) 紛争調整委員会によるあっせんは当事者(使用者と労働者)が顔を合わせることがありませんが、都道府県労働委員会のあっせんでは同席することもあります。
(3) 紛争調整委員会によるあっせんは労働組合からの申請は受理できませんが、都道府県労働委員会のあっせんは労働組合からの申請も受理します。
(4) 紛争調整委員会によるあっせんは、労働基準法違反などの法違反事例は原則受付けませんが、都道府県労働委員会のあっせんは法違反事例でも受付けることがあります。
(5) 紛争調整委員会によるあっせんでは現地に赴き調査することはありませんが、都道府県労働委員会のあっせんでは事務局の事前調査制度があり、現地に赴き調査することがあります。
【解説】どちらも費用は掛かりません。個別労働紛争について、どちらのあっせん制度を利用するかは自由ですが、一方のあっせん制度を利用すると他のあっせん制度の利用は制限されるようです。なお、都道府県労働委員会のあっせん申請方法などについては、各都道府県労働委員会にお尋ねください。
■ 都道府県労働委員会とは
都道府県労働委員会は、使用者と労働組合による労働争議の調整を行うところで、各都道府県に設置されています。
調整の方法には、あっせん・調停・仲裁の3つがあり、労働組合を結成していなくても、労働者が集団として申請することも可能です。その他に、労働組合の資格審査や不当労働行為の審査も行っています。
あっせんに会社が参加するメリットはある
あっせんに参加するか否かは会社の自由です。そもそも、あっせんは白黒をつけるところではありませんので、終局的には金銭で解決する場所といってもよいでしょう。
仮に、労働者の一方的な言い分であったとしても、あっせんに参加しないことを理由に、労働者は自分の主張が正しかったかように吹聴し回るかも知れませんし、会社内のあることないことを吹聴し、そうなると狭い業界や地域では業務に影響が出ることもあるかも知れません。そもそも、こういった紛争は100%どちらかかがが正しいとは言えないケースが多いものです。
あっせん合意書では、今後一切他の紛争機関を利用しない、あるいはこの紛争については今後一切他言しない等の一筆を入れるのが普通ですので、金銭で解決できる後腐れのない紛争解決の近道とも言えます。
あっせんは、会社側からも申請できます。労働者の無理難題に困っていたら、会社側からあっせんを利用するということも一つの方法です。申請費用は無料ですし、相手が受ければ1〜2か月で結論が出ます。
なお、特定社会保険労務士は、紛争調整委員会によるあっせんに代理参加できますので、お困りの場合は特定社会保険労務士に相談することも一考と思われます。
□ 会社があっせんに参加する際のポイント
会社が「あっせん」に参加するとしたら、白黒をつけるところではなく、話合いによる金銭で解決するところであるということを認識のうえ参加することが大切です。したがって、会社は金銭解決の限度額をあらかじめ腹積もりして参加した方が良いと思われます。
あっせん参加の確認書に添付された反論書には要点を要約し、会社の主張を書きます(あっせんは通常半日程度で終了しますので、裁判のように膨大な資料を持ち込んでも意味がありません。)
あっせん当日は、あっせん委員がお互いの言い分を調整しながらあっせん案を提示します。労働者の要求と会社の提示が隔たりがあれば、合意できずあっせんは打ち切りとなりますが、会社が話し合いに応じる姿勢を見せれば、解決する可能性は高いと思われます。
社会保険労務士は個別労働紛争に介入できるか
平成18年3月1日施行の改正社会保険労務士法により、社会保険労務士が特定社会保険労務士の資格を取得することにより、個別労働紛争における代理業務を行えるようになりました。以下に、特定社会保険労務士が代理できる個別労働紛争を列挙しました。
(1) 紛争調整委員会(各都道府県労働局に設置)におけるあっせんの手続きについて、紛争の当事者を代理すること
(2) 男女雇用均等法に規定する調停(都道府県労働局雇用均等室に設置)の手続きについて、紛争の当事者を代理すること
(3) 都道府県労働委員会における個別労働紛争に関するあっせんの手続きについて、紛争の当事者を代理すること
(4) ADR法に基づく民間紛争解決手続団体が行う、個別労働紛争の当事者を代理すること
ところで、紛争調整委員会によるあっせんについては「補佐人」の制度もあり、補佐人は関係者であれば誰でもなれ、あっせんの場への出席も認められています。ただし、特定社会保険労務士以外の社会保険労務士が補佐人になった場合はあっせんの場への出席は認められないとされているようですので、紛争調整委員会によるあっせんの場に出席できる社会保険労務士は、特定社会保険労務士に限られるようです。
□ 特定社会保険労務士とは
社会保険労務士が厚生労働大臣が定める研修を修了し、「紛争解決手続代理業務試験」に合格した後に、全国社会保険労務士会連合会に備える社会保険労務士名簿に付記登録をした社会保険労務士をいい、労働者と経営者が争いになったとき、上記のADRにおける代理人として、
裁判によらない円満解決を図れることのできる社会保険労務士のことをいいます。
労働組合とは何か
労働組合法2条では、労働組合の定義を次のように定めています。
また、労働組合法上の資格要件の全てを満たし、労働委員会の資格審査の決定を受けた労働組合を一般に法内組合と呼び、資格要件を欠いて労働委員会の資格審査の決定がなされない労働組合を一般に法外組合と呼ぶことがあります。法外組合は労働組合法上の保護は受けられないとしても、憲法28条の保護は受けるとされます。
● 労働組合法2条
この法律で「労働組合」とは、労働者が主体となって自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体又はその連合団体をいう。但し、左の各号の一に該当するものは、この限りでない。
一 役員、雇入解雇昇進又は異動に関して直接の権限を持つ監督的地位にある労働者、使用者の労働関係についての計画と方針とに関する機密の事項に接し、そのためにその職務上の義務と責任とが当該労働組合の組合員としての誠意と責任とに直接にてい触する監督的地位にある労働者その他使用者の利益を代表する者の参加を許すもの
二 団体の運営のための経費の支出につき使用者の経理上の援助を受けるもの。但し、労働者が労働時間中に時間又は賃金を失うことなく使用者と協議し、又は交渉することを使用者が許すことを妨げるものではなく、且つ、厚生資金又は経済上の不幸若しくは災厄を防止し、若しくは救済するための支出に実際に用いられる福利その他の基金に対する使用者の寄附及び最小限の広さの事務所の供与を除くものとする。
三 共済事業その他福利事業のみを目的とするもの。
四 主として政治運動又は社会運動を目的とするもの。
● 憲法第28条
勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。
【解説】労働組合法5条では「労働組合は、労働委員会に証拠を提出して第2条及び第5条2項の規定に適合することを立証しなければ、この法律に規定する手続に参与する資格を有せず、且つ、この法律に規定する救済を与えられない。」とし、労働組合の資格要件を定めています。したがって、労働組合法上の労働組合として認められるには、まず、
(1) 労働組合法2条の本文に該当し、かつ同条但し書きのいずれにも該当していないこと。
(2) 労働組合法5条2項には組合規約に関する事項として9項目を定めてあるが、組合規約に当該9項目の全部を含んでいること
の2つの条件を満たすことが必要となります。
法内組合・法外組合とは何か
労働組合法上の資格要件を満たし、労働委員会の証明を受けた労働組合を法内組合と呼び、労働組合法上の資格要件を満たしておらず、労働委員会の証明を受けていない労働組合を法外組合と呼ぶことがあります。
1 労働組合法上の資格要件を満たし、労働委員会の証明を受けた労働組合は、労働組合法上の保護が与えられます。
(1) 労働組合の団体交渉等の正当な行為については刑事罰を与えられない(労組法1条)
(2) 労働組合の争議行為等の正当なものについての損害は、賠償を請求できない(同法8条)
(3) 使用者との間で締結した労働協約に特別の法的効力が付与される(同法14〜18条)
(4) 登記による法人格が取得できる(同11条)
(5) 労働協約の地域単位の一般的拘束力の拡張適用の申立てができる(同18条)
(6) 中労委・地労委の労働者委員の推薦ができる(同19条)
(7) 不当労働行為に対しての労働委員会への救済申立てができる(同法27条)
2 労働組合法上の労働組合として認められないものとして、労働組合法2条但し書きでは以下の4つを定めています。
(1) 人事権を直接行使できる権限を持つ監督的立場にある労働者あるいは人事・労務について機密の事項に接する立場にある労働者など、使用者の利益を代表する者の参加を許すこと。
(2) 経費の支出について使用者から経理上の援助を受けるもの。
(3) 共済事業その他福利事業のみを目的とするもの。
(4) 主として政治運動又は社会運動を目的とするもの。
【注】労働組合法上の労働組合は、労働条件の維持改善その他労働者の経済的な地位の向上を目的としますので、主に(3)(4)を目的とするものは労働組合として認められません。付随的に共済事業その他福利事業を行うことや、付随的に政治運動又は社会運動を行うことは適用除外としていません。
3 法外組合は労働組合法上の保護は与えられないとするものの、憲法28条では「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。」としていますので、憲法上の保護である刑事免責、民事免責は与えられるとされています。
管理職組合も労働組合か
結成した管理職の全員が労働組合法2条但し書きにある監督的地位にある労働者等に該当せず、かつ組合規約等を含め労働委員会の資格審査要件に該当し、所定の手続で結成したものであれば労働組合法上の労働組合とされ、労働組合法上の保護を受けることができますが、使用者の利益を代表する管理者(利益代表者)で結成した場合等は、これらの資格審査の要件に欠けるケースが多いようです。
ただし、結成すること自体は自由です。労組法上の労働組合とは認められなくても、憲法上の労働組合としては認められます。したがって、憲法による保護としての刑事免責・民事免責等は与えられ、また差別待遇に関する民事法上の救済を受けることができ、労働協約の締結も可能であり、さらには労働争議に伴う労働委員会のあっせん・調停・仲裁を求めることもできるとされます。
管理監督者(労基法)と監督的地位にある労働者(労組法)の概念は異なる
労働組合法2条但し書きでは、労働組合法上の労働組合として認められないものとして4つを定めていますが、その1つに「監督的地位にある労働者等が参加する労働組合」を挙げています。
労働組合法でいう監督的地位にある労働者等とは以下とされていますが、労働基準法でいう管理監督者の概念とは異なります。
(1) 役員
取締役、監査役をいいます。ただし、労働者的性格の強い「取締役兼従業員」は役員に当たらないとしています。
(2) 雇入・解雇・昇進・異動に関して直接の権限を持つ監督的地位にある労働者
原則として、人事部の係長以上の人を指すといわれています。
(3) 労働関係について機密の事項に接し、監督的地位にある労働者
原則として、総務・人事・労務などの部署において、人事・労務に関する使用者の機密の事項に接する係長以上の人を指すとしています。
(4) その他使用者の利益を代表する者
部長や課長など会社の利益を代表する人等が考えられますが、具体的な基準はありません。要はその人が組合員になった場合に、労働組合としての自主性が保持できるかどうかが判断材料になるとされます。
労基法上の管理監督者の概念については、以下をご参照ください。
(参考Q&A)労働時間等の適用除外とされる管理監督者の範囲は広くない
失業者でも労働組合に加入できる
失業者は、労働基準法上の労働者とされませんが、労働組合法上は労働者とされます。
したがって、合同労組など失業者の加入する労働組合等の場合も、適正な手続で設立しているものであれば、労働組合法上の労働組合であり、当該法の保護も受けることになります。
ユニオン・ショップ、オープン・ショップとは何か
ユニオン・ショップとは、従業員が、@労働組合に加入しない、A労働組合から脱退した、B労働組合から除名された場合は、会社から解雇されるというショップ制で、労働組合と会社とでユニオン・ショップ協定を結ぶことにより発効します。一方、オープン・ショップ制は、労働組合に加入するか否かは従業員の自由であり、解雇には影響しません。
日本では、オープン・ショップ制を採用する労働組合が主流を占めていましたが、近年では大企業を中心に、ユニオン・ショップ制を採用する労働組合が増加傾向にあります。
他に、クローズド・ショップというショップ制(採用は労働組合員から行い、労働組合員でなくなれば解雇するというショップ制)もありますが、日本での採用例はないようです。
最高裁では、ユニオン・ショップによる解雇の有効性については概ね認めています。ただし、労働組合を脱退した組合員が、新たな労働組合を結成したり、別の労働組合に加入したような場合は、ユニオン・ショップによる解雇は無効というのが日本の裁判所の大方の判断とされており、日本におけるユニオン・ショップ制は、尻抜けユニオン・ショップ制とも言われています。
日本の労働組合の概要
現在の日本の労働組合組織は、大きく次の3つに分けられ、合同労組も各組織の傘下となっているケースが一般的です。なお、一部に何れにも所属しない独立系の労組も存在します。
(1) 連合
正式名称は日本労働組合総連合会。1989年に総評・同盟・新産別・中立労連が合流して結成した日本で最大の労働組合組織。組織人員は689.3万人(2020年現在)
(2) 全労連
正式名称は全国労働組合総連合。連合結成に対抗する共産党系労組が、連合結成日と同じ日に結成した労働組合組織。組織人員は51.1万人(2020年現在)
(3) 全労協
正式名称は全国労働組合連絡協議会。連合・全労連に属さない総評左派系労組の一部が、連合および全労連結成の同年に結成した労働組合組織。組織人員は9.0万人(2020年現在)
□ 組織率
労働組合の組織率とは、雇用者数に占める労働組合員数の割合をいいます。統計によれば、戦後間もなくの昭和23年にピークの55.8%、昭和30年代から40年代は30%台で推移、50年代後半から減少に転じ、令和2年は17.1%となっています。
1人でも加入できる合同労組とは何か
日本の労働組合は、大企業の労働者が加入する企業別労働組合が大半を占め、中小零細企業で労働組合を結成しているケースは多くはありません。合同労組とは、企業別労働組合とは異なり、企業に所属するかどうかに関係なく、横断的に一定地域の労働者を結集する形態のものといわれています。
合同労組には、(1)産業別に組織されるもの、(2)職能別に組織されるもの、(3)産業別・職能別に関係なく組織される(一般合同労組と呼ばれる)ものの3通りの形態があります。
(3)の代表的なものは「全国一般労働組合(注)」ですが、リーマンショックに伴う非正規労働者の処遇が社会問題になって以降、多くの合同労組が設立されて、中には実態のよく分からない合同労組もあります。
ただし、合同労組であっても、労働組合法上の資格要件を満たし労働委員会の資格審査の決定がなされれば、当然に労働組合法上の労働組合としての保護を受けますし、これらの要件を欠いていたとしても、労働組合としての体をなしていれば、最低限、憲法上の労働組合としては認められるとされます。
【注】全国一般労働組合は、連合、全労連、全労協系の3つの組織に分裂しています。
合同労組からの団体交渉を拒否できるか
合同労組であっても団体交渉の申し入れを拒否できませんし、団体交渉へのオルグの参加を拒否することも不可能です。
労働組合法6条では「労働組合の代表者又は組合の委任を受けた者は、労働組合又は組合員のために使用者又はその団体と労働協約の締結その他の事項に関して交渉する権利を有する。」としていますので、仮に合同労組であっても、組合員から委任を受けて団体交渉に出席するというのであれば、団体交渉へのオルグの参加は拒否できません。
□ ポイント
(1) 団体交渉を応諾することイコール相手方の要求を呑むことではありません。不安な場合は、事前に労働問題に明るい弁護士や社会保険労務士などの専門家に相談して、満を期すべきと考えます。いずれにしても、出費と時間の浪費は避けられませんが、根気よく解決を目差すしかありません。
(2) 団体交渉の参加者数を無制限に許容する必要はありませんので、事前に団体交渉の出席者について労使双方で取り決めておいた方が良いと思われます。なお、団体交渉は行なうものの、権限のない者を出席させたり、誠実さに欠く態度に終始するような場合は、不誠実団交として団交拒否に該当するとされています。
(3) 団体交渉を行うとしても、事前に十分に時間を掛けて検討のうえ臨まれたら良いでしょう。団体交渉の基本は労使対等ですから、日時や場所等について相手の言うとおりにする必要はありません。相手方が指定する日時が確保できなければ、こちらにも都合がある旨を相手方に伝え、団交日時や団交場所等の変更の申入れをします。相手方の組合事務所などを団交場所とすることは避け、公共の施設等で利用時間を設定しての団交をお勧めします。
なお、総務部長や専務などの権限者を会社側の窓口として決め、最終決断者である社長は団体交渉には出席させない方が良いと言われています。
(4) 相手方の合同労組の把握も重要です。連合系の合同労組であれば交渉の余地もあり解決する可能性も高いと思われますが、全労連系や全労協系の合同労組の場合は一筋縄ではいきません。この場合、代理権を持たない社労士が労組と直接交渉することは不可能ですので、弁護士へ相談し対応することも一考と思われます。
(5) 労働組合法7条では「使用者が労働者の代表者と正当な理由なく団体交渉を拒むこと」を不当労働行為として禁止しており、使用者の不当労働行為があった場合は、労働組合は都道府県労働委員会に救済の申立てができることになっています。
(6) 労働委員会に不当労働行為救済の申立てができる労働組合は、労働組合法5条に規定する、労働委員会から労働組合法上の労働組合である旨の資格証明書を受けた労働組合のみですが、当該情報の開示の諾否は、各都道府県労働委員会によりまちまちです。当該労組の実態が不明の場合は、相手方労組が要求に応じるか否かは分かりませんが、資格証明書の提示を求めてみることも一考と思われます。
覆面組合とは何か
合同労組への個人加入の形を取り、加入を秘密にすることにより経営者との軋轢を避け、いざという時に会社に団体交渉要求などで圧力をかけるというケースを「覆面組合」と呼ぶこことがあります。なお、合同労組に加入した従業員はその旨を会社に届出る義務もありませんので、その旨を会社に届出なかったことをもって団体交渉に応じないとすることはできません。
判例では「団交を申込まれても組合員の明示がなければ、その者が果たして自己の雇用する労働者を代表するものであるか否かを確認する方法がなく、そのために組合員名簿の呈示を求め、これが得られないことを理由に団体交渉に応じないとしても、これをもって直ちに不当に団交を拒否するものとは断じ難い。」というものもありますが、どの従業員が組合員かはいずれは分かることですので、この点をもって紛糾することは会社にとって得策とは思えません。
なお、労働組合法2条2項の但し書きに「(略)いなる場合においても、暴力の行使は、労働組合の正当な行為と解釈されてはならない。」となされているように、万が一、暴力や脅迫等を伴う労働組合であれば法の保護は受けられないことになるでしょう。
オルグとは何か
オルグとはオルガナイザーの略で、一般に未組織の労働者などを労働組合に加入させたり、労働組合のない会社の労働者に働きかけて労働組合を結成させたりして、組織の維持・拡大を目的に活動する人をいいます。通常は、当該労働組合やその上部団体などに所属して活動しています。
合同労組が帳簿の呈示を求めてきたときはどうする
合同労組などが、団交の席上で、賃金台帳や就業規則などの提示を求めてくることもありますが、これらは個人情報や企業秘密に属するものであり、開示は慎重に行うべきです。
ただし、頑なな提示拒否は不誠実団交となる怒れもあり、解決に利するとも思えません。組合側の要求事項に対しての反論材料となる必要最小限の告知や、解決に向けての必要最小限の告知は行うべきとは思われます。ただし、当該組合員以外の従業員データが記載されている資料などを合同労組へ開示することは、個人情報漏洩となる恐れもありますので、個人情報保護の観点からも慎重さが求められます。
【注】労働基準監督署は、届出した就業規則については事業主であっても開示しません。合同労組などが不開示を理由に労基署へ就業規則の開示を求めても開示されることはないでしょう。
社会保険労務士は団体交渉に参加できるか
旧社会保険労務士法2条1項3号は「事業における労務管理その他の労働に関する事項及び労働社会保険諸法令に基づく社会保険に関する事項について相談に応じ、又は指導すること。(労働争議に介入することとなるものを除く。)」を社会保険労務士の業務の一つとし、また、同法第23条では「開業社会保険労務士は、法令の定めによる場合を除き、労働争議に介入してはならない。」としていましたが、平成18年3月1日施行の改正社会保険労務士法で、下線部分が削除されました。
これにより、社会保険労務士が労働争議に介入することができると見られましたが、厚生労働省は平成18年3月1日に、「今回の改正によって、争議行為が発生し、又は発生するおそれがある状態において、社会保険労務士は業として当事者の一方の行う争議行為の対策の検討、決定等に参与することができることとなること。しかしながら、労働争議時の団体交渉において、一方の代理人になることは法第2条第2項の業務には含まれず、社会保険労務士の業務としては引き続き行うことができないこと。」との通達を出し、全面解禁ではない見解を示しました。
これを受け、全国社会保険労務士会連合会では平成18年6月30日に「(略)労働協約の締結等のため団体交渉の場に、当事者の一方の委任を受けて、当事者の一方と共に出席し、交渉することは、法第2条第1項第3号の業務に含まれ、処分権を持つ代理人になる等弁護士法第72条に違反しない限り、当然社会保険労務士の業務であり、法改正後は、労働争議における団体交渉についても同様と解釈する。」とのコメントを発表し、厚生労働省通達でも「争議行為が発生し、又は発生するおそれがある状態において、社会保険労務士は業として当事者の一方の行う争議行為の対策の検討、決定等に参与することができる。」としていることから、社会保険労務士が代理人として団体交渉に参加することはできないとしても、当事者の一方と共に出席し、交渉することは可能との見解であるとしました。
これを受け、会社と労働組合との団体交渉の場に社労士が参画するケースが増えることとなりましたが、上記の趣旨を逸脱し、一部に正常な労使関係を損なうケースが見られることから、厚生労働省では平成28年3月11日付で、以下の要旨の通達を発出しました。
(1) 労働争議において、当事者の一方の行う争議行為の対策の検討、決定等に参与するような相談・指導の業務ついては、社会保険労務士法第2条第1項第3号の業務に該当することから、社会保険労務士の業務として行うことができること。
(2) 社会保険労務士が、労働争議等の団体交渉において、@当事者の一方の代理人となって相手方との折衝に当たること、A当事者の間に立って交渉のためのあっせん等の関与をなすことができないこと。
当該通達の(1)および(2)@内容は、平成18年3月1日付通達を再確認する形となっていますが、(2)Aについては、新たに補足した文章となっています。
もとより「代理権を持たない社労士が当事者の一方の代理人となって相手方との折衝に当たること」はできませんが、更に「当事者の間に立って交渉のためのあっせん等の関与をなすことができないこと」と釘を刺されていますので、社労士が労使の間に立ってあっせん行為を行うことや、表立っての交渉行為は慎むべきと思われます。
【解説】社労士の関与先企業に合同労組等から団交要求等があった場合、団体交渉に不案内な経営陣に対し適切なアドバイスを行う、委任を受けて団体交渉の場に同席した場合は専門知識に基づき会社の主張を補足する、労働組合の行き過ぎた要求に関しては、専門知識に基づき法的運用や解釈等について説明するなどが、社労士の役割と思われます。
団交の場に社労士が同席するということだけで経営陣の不安が大きく解消されるという効果もあり、実務上は、説明員という立場で臨んだ方が良いと思われます。
もとより、労働争議に係る相談・指導業務を行い得るには、労働組合の基本的な知識の習得が必要であり、少なくても労働組合法の第1章、第2章、第3章程度は社労士もシッカリと理解しておく必要があります。
不当労働行為とは何か
不当労働行為とは、使用者側が労働者に対して行ってはならないこととして禁止している行為をいいます。
不当労働行為に関しては、数多くの文献が出されており、とても一言で説明できるものではありませんが、労働組合法7条では不当労働行為として、使用者に以下の行為を禁止しています。
(1) 労働者が労働組合の組合員であること、労働組合に加入し若しくは労働組合を結成しようとしたこと、労働組合の正当な活動をしたことを理由として、労働者を解雇したり、不利益な取り扱いをすること。
(2) 労働者が労働組合に加入しないことや労働組合から脱退することを雇用条件とすること。
(3) 使用者が労働者の代表者と正当な理由なく団体交渉を拒むこと。
(4) 労働者が労働組合を結成することや労働組合を運営することについて、使用者が支配し若しくは介入すること。また、経費の支出について使用者が経理上の援助を与えること。(ただし、例外あり)
(5) 労働者が労働委員会に対して不当労働行為の申立てをしたことや、証拠の提出や発言をしたことを理由として労働者を解雇したり、不利益な取り扱いをすること。
使用者の不当労働行為があった場合は、労働組合は都道府県労働委員会に救済の申立てができます。都道府県労働委員会は、その不当労働行為に対して審査を行い、救済命令若しくは棄却の決定をします。
使用者は労働組合への経理上の援助はできないのか
労働組合法2条但し書き2項では「団体の運営のための経費の支出につき使用者の経理上の援助を受けるもの」は労働組合としての自主性を失う恐れがあるものとして、労働組合法上の労働組合でないとします。また、同法7条3項でも、使用者の経理上の援助は不当労働行為としています。
ただし、次のものは経費の援助にあたらないとしています。
(1) 労働者が賃金を失うことなく、労働時間に使用者と協議・交渉することの保障を受けること
(2) 厚生資金や福利その他の基金について使用者の寄付を受けること
(3) 最小限の広さの組合事務所の供与を受けること
このように使用者が、労働組合に組合活動上の支援を行うことを、一般に「便宜供与」と呼んでいます。
ほかに、組合事務所の公共料金の支払い、組合掲示板の貸与、チェックオフ協定(給料支払い時に組合費を控除して、組合費の徴収事務を援助すること)などがあります。
なお、便宜供与を行うか行わないかは使用者の自由です。特に、給与保障や組合事務所の公共料金の支払いなどは「経費援助は本来好ましいものではない」との判示もあり、チェックオフ協定や組合掲示板の貸与などの軽易なもの以外の経費援助については、慎重に行ったほうがよいと思われます。
就業時間中の労働組合活動を認めるべきか
ノーワークノーペイの原則から、労働組合活動は就業時間外に行うことが大原則です。
ただし、就業時間中の労働組合活動は原則的に禁止するとし、団体交渉や労使協議会・経営協議会などは許可により例外的に認めるということも実務上はよく行われています。なぜなら、これらの会合は通常日中時間帯に行われますので、これを許可しないとなると労働側者は年次有給休暇で出席するか、或いは終業時間後等に会合を行うなど現実的ではありません。
これらの取り決めをした場合は、労働協約で必ず明文化しておき、歯止めをしておくことが重要です。また、当該時間についての賃金の支払いの有無は使用者の自由(便宜供与で可能)ですが、やはり、ノーワーク・ノーペイの原則からいっても無給にすべきと思われます。
経営三権は労働組合に委ねてはいけない
経営三権とは、(1)業務命令権、(2)人事権、(3)施設管理権の3つとされていますが、これらの経営三権を労働組合との交渉事項とすることは避けるべきです。これらの権利を労働組合に委ねると経営主体がどちらか分らなくなり混乱をきたすだけでなく、最悪の場合は会社崩壊の道を辿ることにもなりかねません。
労使が協調して会社を発展させようとすることには異論はありませんが、そもそも労使は相反する立場にあるものですから、ルールを確立し、けじめはシッカリつけるべきと考えます。
□ 業務命令権
業務命令権を優先するかどうかによって、職場の秩序保たれるかどうかが決まります。例えば、残業命令と組合活動が競合したような場合に、往々にして組合役員に遠慮して組合活動を優先させることがあります。次第に職場慣行となって組合活動を優先させることが常態化するケースが少なくありません。こうなると、組合側から次の新たな要求が出て来ることは必至で、次第に規律がほころび始めます。
業務命令権は、人事権に基づく労働契約上の使用者の当然の権利ですから、常に業務命令権を優先させる毅然たる姿勢が大切と考えます。
ただし、あらかじめ組合行事があるのを知っていながら嫌がらせのために残業命令を出すようなことをやると相手を先鋭化させる要因ともなりかねません。勤務時間中は業務命令権を優先し、勤務時間外における団体交渉の場等では労使対等とキチンと使い分けることが大切でしょう。
□ 人事権
人事権は使用者の独自の権利ですから、人事異動などを労働組合との交渉事項にすべきではありません。労働組合の同意なくして人事異動一つできないようでは、どちらが経営者か分からなくなります。
ただし、いくら人事権が経営者側にあるといっても、組合幹部を狙い撃ちにした配置転換などは不利益変更とされます。また、労使協調の立場から、労働協約の労使協議条項に人事協議を含めることもよく行なわれます。この場合、協議すること自体は良しとしても、同意までを要件とすることは避けるべきです。
□ 施設管理権
労働組合に対する経済的負担は禁止されていますが、一部の便宜供与は認められています。そのうち、施設管理権に属するものは物的便宜供与といいます。組合事務所の会社施設内使用や組合掲示板の使用などは、会社の許可なくして使用が行なわれないように、キチンとルール化しておくことが大切です。
労働協約とは何か
労働組合法14条では「労働組合と使用者又はその団体との間の労働条件その他に関する労働協約は、書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印することによってその効力を生ずる。」として、労使が合意した事項を書面化し、署名又は記名押印したものを労働協約とすると定めています。したがって、協約・覚書・協定・確認書など名称はどうあれ「書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印する」の要件が揃っていれば「労働協約」とされます。
労働組合法16条では「労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は、無効とする。」として、労働協約は労働契約に優先する旨を定めています。
また、労働基準法93条では「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において無効となつた部分は、就業規則で定める基準による。」として、就業規則は労働契約に優先する旨を定めています。
他方、労働基準法92条では「就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない。」として、労働協約が就業規則に優先する旨を定めており、このことから労働協約は効力の点で第一優先順位としての位置付けとなっています。
(効力の優劣)法令>労働協約>就業規則>労働契約
【解説】労働組合法では、労使が合意した事項を書面化し、署名又は記名押印したものを労働協約とすると定めています。合同労組などとの交渉の過程で、会社側は労働協約とは思っていなくても、代表者が署名又は記名押印を行った文書であれば労働協約とされる可能性が高くなり、後戻りできなくなります。会社代表者の署名・記名押印は慎重に行うべきで、交渉過程の途中で合同労からどうしても署名・記名押印を求められた場合は、代表権のない部課長等が確認のため三文判で記名押印する程度にとどめおき、代表者が署名又は記名押印するのは、労働協約として最終的に合意に至った事項のみにすべきと思われます。
労働協約には規範的部分と債務的部分がある
労働協約には、規範的部分と債務的部分があります。
□ 規範的部分
労働組合法16条で「労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は、無効とする。この場合において無効となった部分は、基準の定めるところによる。労働契約に定がない部分についても、同様とする。」としています。
この「労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準」の部分を規範的部分といい、賃金・労働時間・安全衛生などの労働条件や待遇など規範的効力を与えられている部分をいいます。
□ 債務的部分
債務的部分とは、規範的部分以外の、組合活動・団体交渉・便宜供与・ショップ制など労使間のルールを定めた債務的効力を有する部分をいいます。この債務的部分には、労働協約で定めた事項に関して、有効期間中はその改廃について争議行為を行わないとする平和義務を有するとされます。
労働協約の拡張適用とは何か
労働組合法17条では「一の工場事業場に常時使用される同種の労働者の4分の3以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至つたときは、当該工場事業場に使用される他の同種の労働者に関しても、当該労働協約が適用されるものとする。」としています。これを、労働協約の拡張適用といいます。
□ 未組織労働者に対する労働協約の拡張適用
未組織労働者に対しては労働契約を拡張適用されるとしますが、朝日火災海上保険事件(H8.3.26最判)においては以下のように判示し、限界があることを示しています。
「労働協約によって特定の未組織労働者にもたらされる不利益の程度・内容、労働協約締結の経緯、労働者が労働組合の組合員資格を認められているかどうか等に照らし、当該労働協約を未組織労働者に適用することが著しく不合理と認められる特段の事情があるときは、その規範的効力を当該労働者に及ぼすことはできない。」
(参考)籾山錚吾「一般的拘束力」
労働組合法17条の趣旨では、労働条件の統一、労組の団結権の維持、公正な労働条件の実現にあること等に鑑みると、同種未組織労働者の一部有利を理由として、一般的拘束力を否定するのは適当でないが、未組織労働者は、労組の意思決定に関与する立場になく、労組も未組織労働者の利益擁護のため活動する立場にないから、労働協約を特定の未組織労働者に適用することが「著しく不合理である」と認められる特段の事業があるときは、労働協約の規範的効力を当該労働者に及ぼすことはできなとするものである。そして、拡張適用が著しく不合理であるかどうかを判断する基準として、特定の未組織労働者にもたらされる不利益の程度・内容、労働協約が締結されるに至った経緯、当該労働者が組合員資格を認められる可能性の存否の三点をあげたものである。
□ 他組合に加入している労働者に対する労働協約の拡張適用
他の組合に加入している4分の1以下の少数派労働者に対する労働協約の拡張適用については、判例や学説においても賛否が混在しはっきりしません。このようなケースでは、一般的に複数の労働組合と同じ内容の労働協約を結んでおくことが多いようです。
労働協約に有効期間はあるか
労働協約に有効期間を定めるかどうかについては、当事者の自由です。労働協約の有効期間については、労働組合法15条で次のように規定しています。
● 労働組合法15条
(1) 労働協約には、3年をこえる有効期間の定をすることができない。
(2) 3年をこえる有効期間の定をした労働協約は、3年の有効期間の定をした労働協約とみなす。
(3) 有効期間の定がない労働協約は、当事者の一方が、署名し、又は記名押印した文書によつて相手方に予告して、解約することができる。一定の期間を定める労働協約であつて、その期間の経過後も期限を定めず効力を存続する旨の定があるものについて、その期間の経過後も、同様とする。
(4) 前項の予告は、解約しようとする日の少くとも90日前にしなければならない。
【注】判例では「本条3項の規定は強行規定であり、期間の定めがない協約の解約権は放棄することができない。」としていますので、当事者の一方が解約権を放棄したとしても意味をなさないことになります。
労働協約と労使協定の違いは何か
簡単に言えば「労働協約」は根拠条文を労働組合法としているのに対して、「労使協定」は根拠条文を主に労働基準法(他に、高齢者雇用安定法、育児・介護休業法などにも規定あり)としている点です。したがって「労働協約」は使用者と労働組合としか締結できないのに対し、「労使協定」は過半数労働組合のほかに労働者の過半数代表者とも結べるとしている点が異なります。
行政解釈でも「労働者の過半数を代表する者との協定は労働協約ではない」としており、労働組合以外と結ぶ協定は労働協約ではないとします。
さらに「労働基準法上の労使協定の効果は、その協定に定めるところによって労働させても労働基準法に違反しないという免罰効果を持つものであり、労働者の民事上の義務は、当該協定から直接生じるものでなく労働協約、就業規則等の根拠が必要なものである。」としていますので、労使協定は単に労働基準法上の手続にすぎないとも考えられています。
「労使協定」は法令で規定された協定ですので、一般に労働基準法等の条文から24協定や36協定など「協定」の文字を付しています。一方「労働協約」は労働組合法14条の条件が整っていれば、協約・覚書・協定・確認書など名称の付け方は問わないとされますので、○○協定となっていても実態は労働協約であったりして、ややこしいこともあります。
要は、使用者代表と労働組合代表の署名・捺印があれば、名称はどうあれ、労働協約としての性格を帯びると理解すれば早いでしょう。
(参考Q&A)労使協定とは何か
複数の労働組合があるときの労使協定の締結はどうする
行政通達では、過半数労働組合と協定すれば他の労働組合と締結する必要はないとしています。
● S23.4.5基発535号
(問)当該事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がある時は、その労働組合と書面による協定をすることにより時間外又は休日の労働が可能となるが、当該事業場に二つの組合があり(例えば職員組合と工員組合がある場合)、一つの組合は当該事業場の三分の一の労働組合で組織されており、他の一つは当該事業場の三分の二の労働者で組織されている場合に、三分の二の労働者で組織されている組合との書面協定は当然他の三分の一の労働者で組織している組合の労働者にも効力が及ぶものであるか。
(答)当該事業場の労働者の過半数で組織されている労働組合と協定すれば足り、他の労働組合と協定する必要はない。
チェックオフ協定とは何か
チェックオフ協定とは、労働組合員の組合費を使用者が給与から控除して、使用者が労働組合に一括して引き渡すことを労使で協定することをいい、使用者の労働組合に対する便宜供与の一種とされますが、経費援助や支配介入には該当しないとされます。
労働基準法24条の賃金全額払いの例外として、日本の労働組合の大方はチェックオフ協定を結んでいるようです。
パワハラを規制する法律
従来パワハラを規制する法律は存在しませんでしたが、改正労働施策総合推進法にパワハラ防止措置に関する条文が追加され、これによりパワハラを規制する法律が誕生することとなりました。施行は令和2年6月1日ですが、中小企業の施行は令和4年4月1日(令和4年3月31日までは努力義務)で猶予措置があります。
【解説】労働施策総合推進法30条の2では、パワハラにより労働者の就業環境が害されることのないよう、事業主は労働者からの相談に応じ、雇用管理上必要な措置を講じなければならないとするとともに、相談を行ったこと等により不利益な取扱いをしてはならないとしています。改正法の重要条文は、この30条の2第1項および第2項で、具体的な取扱いは第3項に規定する指針によります。
30条の3では、パワハラに関し事業主および労働者の責務として努力義務を課しています。
36条では事業主に必要な報告を求めることができるとし、罰則規定はありませんが、33条による勧告に従わなかった場合は企業名を公表することができるとしています。
●改正労働施策総合推進法(主に、事業主に係る部分を抜粋)
(雇用管理上の措置等)
第30条の2 事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
2 事業主は、労働者が前項の相談を行ったこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
3 厚生労働大臣は、前二項の規定に基づき事業主が講ずべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針を定めるものとする。(第4項〜第6項略)
(国、事業主及び労働者の責務)
第30条の3(第1項略)
2 事業主は、優越的言動問題に対するその雇用する労働者の関心と理解を深めるとともに、当該労働者が他の労働者に対する言動に注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をするほか、国の講ずる前項の措置に協力するように努めなければならない。
3 事業主(そのものが法人である場合にあっては、その役員)は、自らも、優越的言動問題に対する関心と理解を深め、労働者に対する言動に必要な注意を払うよう努めなければならない。
4 労働者は、優越的言動問題に対する関心と理解を深め、他の労働者に対する言動に必要な注意を払うとともに、事業主の講ずる前条第1項の措置に協力するよう努めなければならない。
(助言、指導及び勧告並びに公表)
第33条 厚生労働大臣は、この法律の施行に関し必要があると認めるときは、事業主に対して、助言、指導又は勧告することができる。
2 厚生労働大臣は、第30条の2第1項及び第2項の規定に違反している事業主に対し、前項の規定による勧告をした場合において、しその勧告を受けたものがこれに従わなかったときは、その旨を公表することができる。
(報告の請求)
第36条 厚生労働大臣は、事業主から第30条の2第1項及び第2項の規定の施行に関し必要な事項について報告を求めることができる。
パワハラとは何か
パワハラ指針(令和2年1月15日厚生労働省告示第5号)では、優越的な関係を背景として行われたものであることを前提として、職場におけるパワハラに該当すると考えられる例を列挙しています。以下に一部を掲載しました。
□ 職場におけるパワーハラスメントの内容
職場におけるパワーハラスメントは、職場において行われる、@優越的な関係を背景とした言動であって、A業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、B労働者の就業環境が害されるものであり、@からBまでの要素を全て満たすものをいう。
なお、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しない。
□ 具体例
職場におけるパワハラの具体例として、(1)身体的な攻撃、(2)精神的な攻撃、(3)人間関係からの切り離し、(4)過大な要求、(5)過小な要求、(6)個の侵害とし、「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言(2012.3.15)」の内容を踏襲しています。
(1) 身体的な攻撃(暴行・傷害)
(イ) 該当すると考えられる例
@ 殴打、足蹴りを行うこと A 相手に物を投げつけること
(ロ) 該当しないと考えられる例
@ 誤ってぶつかること
(2) 精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)
(イ) 該当すると考えられる例
@ 人格を否定するような言動を行うこと。相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を行うことを含む
A 業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行うこと
B 他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと
C 相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の労働者宛てに送信すること
(ロ) 該当しないと考えられる例
@ 遅刻など社会的ルールを欠いた言動が見られ、再三注意してもそれが改善されない労働者に対して一定程度強く注意をすること。
A その企業の業務の内容や性質等に照らして重大な問題行動を行った労働者に対して、一定程度強く注意をすること。
(3) 人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
(イ) 該当すると考えられる例
@ 自身の意に沿わない労働者に対して、仕事を外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修させたりすること
A 一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させること
(ロ) 該当しないと考えられる例
@ 新規に採用した労働者を育成するために短期間集中的に別室で研修等の教育を実施すること
A 懲戒規定に基づき処分を受けた労働者に対し、通常の業務に復帰させるために、その前に、一時的に別室で必要な研修を受けさせること
(4) 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)
(イ) 該当すると考えられる例
@ 長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずること
A 新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責すること
B 労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせること
(ロ) 該当しないと考えられる例
@ 労働者を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せること
A 業務の繁忙期に、業務上の必要性から、当該業務の担当者に通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せること
(5) 過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
(イ) 該当すると考えられる例
@ 管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせること
A 気にいらない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えないこと
(ロ) 該当しないと考えられる例
@ 労働者の能力に応じて、一定程度業務内容や業務量を軽減すること
(6) 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
(イ) 該当すると考えられる例
@ 労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりすること
A 労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること
(ロ) 該当しないと考えられる例
@ 労働者への配慮を目的として、労働者の家族の状況等についてヒアリングを行うこと
A 労働者の了解を得て、当該労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、必要な範囲で人事労務部門の担当者に伝達し、配慮を促すこと
なお、厚生労働省ではハラスメント対策の総合サイト「明るい職場応援団」を開設し、企業におけるハラスメント対策をバックアップしています。
マタハラとは何か
「マタハラ」とはマタニティー・ハラスメントの略で、働く女性が妊娠・出産をきっかけに職場で精神的・肉体的な嫌がらせを受けたり、妊娠・出産を理由とした解雇や雇い止めで不利益を被ったりするなどの不当な扱いを意味する言葉です。
男女雇用機会均等法では、婚姻、妊娠、出産等を理由とする不利益取扱いを禁止しています。さらに「事業主が職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針(平成29年1月1日)」を制定し、解釈例規等を変更するなど、マタハラの防止を図っています。
●事業主が職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針
●妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いに関する解釈通達について
●(参考条文)男女雇用機会均等法9条
1 事業主は、女性労働者が婚姻し、妊娠し、又は出産したことを退職理由として予定する定めをしてはならない。
2 事業主は、女性労働者が婚姻したことを理由として、解雇してはならない。
3 事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(昭和22年法律第49号)第65条第1項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第2項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
4 妊娠中の女性労働者及び出産後1年を経過しない女性労働者に対してなされた解雇は、無効とする。ただし、事業主が当該解雇が前項に規定する事由を理由とする解雇でないことを証明したときは、この限りでない。