リニア鉄道館を訪ねて

小野田 学

平成24年8月26日(日)

其の日も厳しい残暑の1日が約束されたような晴天。

名古屋港の近くに「リニア鉄道館」が建設されて数年。我が国の古今の鉄道車輌や一部の模型などが展示されていて、ずいぶん賑わっているとのこと。そんな巷の噂を聞いていながら、視覚障害者の僕にはヘルパーの制度を利用しても出かけて見ようにもやはり腰が重い。人の噂などでは実感がまるでわかないもの。やはり、出かけてみるに限る。
そんな矢先、母校岡崎盲同窓会でぜひ見学に出かけてみようと言う希望が寄せられ、役員会では興味と野次馬根性で簡単に其の企画が決まる。とはいえ、進めてみると2,3 難問が出てきた。
当然のことながら、視覚障害者の団体では鉄道など公的交通機関を利用しての往復は見学に割り当てられた時刻との兼ね合いとか、誘導や乗車券の入手などに難点があると言うことで、いっそのこと観光バスを利用しては?と貧しい同窓会の行司としてはずいぶんデラックスな企画とはなったのだった。

やはり、観光バスをチャーターした企画は大成功。其の日参加希望者30数名は岡崎と豊田の2箇所の集合場所でたいこうトラベルの中型バスに乗車。11時やや前ごろ予定通り鉄道館に到着。
夏休み最後の日曜と言うので、展示場は聞きしに勝る大賑わい。やはり、子供たちのはしゃぎまわる甲高い声がひときわ目立つ。
入館手続き。展示品の内容説明を声で教えてくれる器具を受付で借り受ける。器具と言ってもテープレコーダーの兄弟のような小型の器具で4桁の数字を打ち込むと該当の展示物の説明を1分間くらいヘッドホーンで聞くことができる仕掛け。
「4桁の数字を打ち込めば…」と説明されても其の数字が何のことやら受付嬢の説明でははっきりしない。付き添いのヘルパーが受付嬢に問い合わせてくれて漸く展示品の全てに4桁の数字が記されていて、其の数字を首に掛けた小型の器具に打ち込めば其の展示品の説明を聞くことができると言う。
ところが、僕に貸し出してくれた器具はタッチカーソル画面であり、これでは視覚障害者には操作できないからと受付けで交渉。3,4分くらいも待たされて、漸くキー入力が叶う器具を探し出してきてくれたと言うお粗末さ。今後のこともあり、キー入力ができる器具もぜひ受付けカウンターの近くに出しておいてくれるようにと依頼したのだった。

昔懐かしい木製の列車や最新の新幹線などの実物が広々とした展示場内に手狭なほどに多く展示されている。
早速、ヘルパーの案内で古く懐かしい木製列車や、最新の新幹線列車などに触れたり乗車してみたり。展示品に記されている番号はやはりヘルパーの助けを借りない限り読めないので、せっかく数字キー入力の器具を借り受けたところで、視覚障害者にはまるで使い物にならない。残念!
もちろん、乗車したからと言っても走り出すわけではなく、ただ内部を見学するのみ。木製の椅子の列車のすわり心地はよろしくはない。
 トイレの扉の中側に点字で使用法や自動水洗などの押しボタンの位置や使い方などが懇切に記されているはずだが、トイレの扉は施錠してあって、入るわけには行かない。もっとも、トイレの戸が開くようならそこでようを足すような不心得者があるだろうからと言う展示場側の心配のためだろう。
乗降口の扉も自動ではなく、手動のものも多い。50年余りも昔、僕が時々お世話になった列車もほとんどがまだ手動扉だった。
もう数年も早く東海道線に自動扉が採用されていたなら、琴の宮城 道雄氏が刈谷駅で列車から転落死亡するような悲劇は起こらなかったはず、などとふと悔やまれる。

500円くらいも出せば、列車の運転席に入って運転体験もできるような設備(と言っても、列車が走り出すわけではもちろんあるまい)あったようだが、僕らにはそれはどうにも興味をそそられないような設備。

見学予定の約2時間をずいぶん残して僕ら仲間の多くはロビーで寛ぐ。やはり視覚に訴える展示が多く、おもちゃの列車が動いているような展示もいくつかあったらしい。まあ、三日、四日を要してゆっくり手に触れ、、座席への座り心地なども味わって見ない限り「野次馬根性」は満足できないだろうが…。

予定の2時間が過ぎて、午後1時過ぎ子供たちのはしゃぐ声に賑わう鉄道館を辞去。漸く午後4時ごろ一同出発地に安着。解散したのだった。

鉄道館の賑わいもさることながら、帰路立ち寄った名古屋港ビルでの昼食の割り語弁当の美味しさが印象的だった。比較的安価な交通費のわりには美味しい昼食だった。まあ初期の野次馬根性も3,4割くらいは満足できたように思われた有意義な1日だった。
 (この1文は某氏の希望により記したものです)。