傘かしげ
近藤 貞二※本文中のリンクをクリックすると、別ウインドウが開きますので、このページに戻るには、開いたそのページを閉じてください。
雨の日に、走行車両に水たまりの泥水をかけられてむっとすることがあります。
また、電車の降り口のドアをふさがれて、降りるのに苦労していらつくこともあります。
自分からぶつかってきておきながら、怒られて理不尽な思いをすることもあります。
悪気はないのでしょうけれど、なんと他人に迷惑をかけている人が多いことでしょう…。
そのことに気づいていないと思うと、さらにむっとします。
けれど、自分はどうなのかと考えてみると、私が知らないあるいは気づかないだけで、きっと多くの人に迷惑をかけているのかもしれません。
そのように思うと、きっと私が受ける不合理よりも、人から気遣ってもらっている回数の方がずっと多いことでしょう。
「傘かしげ」という言葉があります。なんとも美しい響きのこの言葉は、雨の日、狭い路地で向こうから来た人とすれ違うとき、お互いの傘がぶつかったり滴でぬれないように、互いに傘を外側に傾ける所作のことをいうそうです。
言葉の響きも美しいのですが、その情景を思い浮かべても美しい所作ですね。
この言葉を知ったのは、以前に松尾敏彦さんが書かれたおもちゃ箱24号の原稿でした。
彼は「かさかかげ」と書いていますが、かかげるのもいいのですが、調べたところ「傘かしげ」が正解です。
この言葉は、江戸時代の商人哲学「江戸しぐさ」のひとつだそうです。「しぐさ」は「仕草」ではなく「思草」と書くのだそうですから、まさに生活の哲学なのでしょうね。
現在では道徳だとか礼儀とかにつながるのかもしれませんが、当時の傘はたぶん紙製だったのでしょうから、相手への気遣いと同時に、自分の傘を守るためでもあったのでしょう。
いずれにしても、何気ない所作やしぐさ、周囲の人への配慮は美しいものがあります。
「傘かしげ」…。この美しい響きをもつ言葉と精神を心に刻み、忘れないようにしたいと思います。
ちなみに、その他の江戸しぐさには、「肩引き」 「時泥棒」 「うかつあやまり」 「七三の道」 「こぶし腰浮かせ」などというのもあります。
どれも心に刻んでおきたい言葉です。