古くて新しいテーマ
近藤貞二昨年は愛知万博(愛・地球博)が長久手町と瀬戸市を会場として開催され、185日間の会期を無事に閉幕しました。会期中の入場者数は予想を大きく上回る2100万人を超えたそうで、その経済効果も大きく大成功だったとマスコミなどでも報じていました。
とはいえ、「自然の叡智」というテーマとは裏腹に、当初は、希少動植物が生息する海上(かいしょ)の森を切り開き、跡地は一万人規模の大型団地にする構想だったことは心に留めておきたいことです。
さて、万博は新しい技術を紹介したり、各国の様子を紹介するだけではなく、実証実験の場でもあります。
今回の万博でもいろいろな実証実験が行われたようです。
障害者に関連する実証実験の中で私は、国土交通省が瀬戸会場で行っていた「自律移動支援プロジェクト」のモニターとして実証実験に参加しました。
また、先日ポートメッセ名古屋で行われたモーターショーでも「IGSPシステム」という視覚障害者用の信号機も見てきました。
また、扶桑町での「人に優しい街づくりセミナー」にも関わらせていただいたりしましたので、それら視覚障害者の外出環境の将来についてレポートします。
自律移動支援実証実験
まず万博の瀬戸会場で、国土交通省のプロジェクトが行った自律移動支援システムの実証実験ですが、概要は以下のとおりです。
瀬戸ゲートからパビリオンに向かって敷設された視覚障害者用の点字ブロックの要所要所や建物の壁面などに、情報を発信するためのICタグが埋め込まれており、視覚障害者は専用の白杖でICタグの場所情報を読み取り、携帯端末(ユビキタスコミュニケータ)よりナビゲーション情報を取得しながら誘導するというシステムです。
身につける機器としては、ICタグ情報を受信するためのアンテナが組み込まれた白杖、ICタグを読み取るためのリーダー、自分の方向を感知するための電子方位計、ユビキタスコミュニケータ(小型パソコンのようなもの)、情報を聞くための骨伝導式ヘッドホン、それらを駆動させるためのバッテリーなどです。そしてそれらがコードで繋がっています。

現在ではまだ実験のため既存の物を寄せ集めていますので、写真のようにウエストポーチで腰の両側に振り分けて、胸の前には首からかけられたユビキタスコミュニケータがぶら下げられており、頭には音声を聞くためのヘッドホンを着け、さらに右手には白杖を持つという、まあとんでもなく大がかりな装備ですが、最終的にはそれらすべての機器を組み込んだ白杖とユビキタスコミュニケータだけになるそうです。
ですよね!!そうでなければ、いくら便利だとか安全だとか言っても、こんな格好で外出する気にはとてもなれませんものね。
実験では、自由散策と目的地までの誘導という二つのコースを体験しました。
まず自由散策ですが、自由散策といっても勝手にどこへ行ってもいいということではなく、実験ですので決められたルート内を歩くことになります。もちろん係りの人もついてくださって説明してくださいました。
もうすこし具体的にお話しますと、プロジェクトの事務所を出て点字ブロック上を歩いていると、ピンポーンという合図があって「5メートル先に左に向かう点字ブロックがあります」などのような予告音声がヘッドホンから聞こえてきました。
5メートルほど進むと、なるほど案内のとおり左に向かう点字ブロックがあって、ここでもやはり「左にトイレ方面への点字ブロックがあります。まっすぐ進むとエレベーターがあります」などと聞こえてきました。
ここではまっすぐ進んで、エレベーターでパビリオンに向かうためのデッキに出ました。
長いデッキ上には誘導ブロックはなかったと思いますが、パビリオンゾーンに向かう途中、瀬戸物でできているという大きなお皿のモニュメントの説明が聞こえてきました。
さらに進むとパビリオンゾーンの入り口になって、「右方面には○○、左方面には××方面になります」のような音声案内がありました。
私は左方面に向かいましたが、やはり要所要所に音声による情報があり、その情報を聞きながら自分の意思で歩くというのがこれのシステムです。
次に目的地までの誘導ですが、実験では近くのトイレまで行って、用を足して事務所へ帰ってくることを想定して行われました。
これはトイレという目的地までの誘導ですので、カーナビのように音声の指示に従って歩くことになります。
トイレの前では男女の入り口はもちろん、個室のドアを開けると、便器の向きやペーパーホルダの位置、水洗レバーの位置などの音声ガイドも聞こえてきました。
体験が終わるとヒヤリングによる調査がありました。ほとんどは音声告知の仕方についての質問でしたが、私が一番希望したことは、詳細モードと簡易モードの切り替えがほしいということでした。
初めての所とよく慣れた所とでは、当然欲しい情報や必要な情報は違ってくるはずです。これを必要に応じて適宜切り替えられるシステム作りが必要だと思いました。
このシステムはまだ実験段階のせいなのか、音声告知があるべき所で音声がなかったりして、まだちょっとセンサーの反応が悪いところがあるという印象でした。
また、骨電動式とはいえ、ヘッドホンを着けていなければならないというのもストレスになりそうだとも感じました。
なお、上記の文中に示した音声ガイドは正確ではありません。また、この実証実験は、現在も神戸市で行われています。
視覚障害者向け歩行誘導システム
去る11月17日から20日まで、ポートメッセ名古屋でモーターショーが催され、その会場のITS特別企画展のコーナーに、株式会社INBプランニングと名古屋情報文化センターとの共同開発による「IGSP(Intelligent Guidance System for Pedestrian)」という、視覚障害者向け歩行誘導システムの参考出展がありましたので見に行ってきました。
まずこれは、一言で言えば視覚障害者用の信号機です。
視覚障害者用には音響信号機がありますが、しかしこれは、近隣への騒音に対する配慮から、早朝や夜間は、多くの交差点で音が止められてしまうことがあるようです。
また、現在の歩行者信号機は設置場所が遠く、弱視者の方にとって視認性が不十分との指摘もあるそうです。

今回展示されていたIGSPは、高さ1メートルほど、直径10センチほどの太さのゴム製のポールの信号機でした。
これの大きな特徴は、次の通りです。
- 1メートルほどの高さに信号機本体(発光する部分)があるため、弱視者でも信号を認識しやすいこと。
- 音声と震動の両方で信号の状況を知ることができるので、盲聾の方でも利用できること。
- ゴム製なので万一ぶつかっても衝撃が少ないこと。
- ICタグ(利用者側)とタグリーダ(信号機側)を利用して、利用者に音声による赤・青の案内や所在地の案内をしてくれる。
というのが開発者の売り文句ですが、ICタグについてはまだ準備ができていないということで、今回は装備されていませんでした。
これのいい点は、音声と震動で赤・青の状態が分かることと、目の近くで赤・青の状態が分かりますので、弱視者にも配慮された信号機だと思いましたが、最も私が気になった点は、全盲者には進む方向が分かりにくいということです。つまり、目標となる音響などが聞こえませんので、横断歩道から外れてしまわないかという不安があります。
また、震動でも赤・青の状態を知らせてくれる発想はおもしろいと思いましたが、音声が聞き取れない方の場合、信号機に白杖あるいは手で触れていないと分かりませんので、いっそのこと点字ブロックを信号に合わせて震動させることはできないだろうかと思いました。
今回はICタグがまだ組み込まれていませんでしたが、上で述べた国土交通省が行っているシステムとも連繋されて、いろいろな機能も追加・発展していってもらえたなら、すばらしいシステムになるのではないかと期待します。
扶桑町における「人にやさしい街づくりセミナー」
最後になりましたが、去る11月26日に、私の職場がある扶桑町で「人にやさしい街づくりセミナー」という催しがありました。
これは県の主催ですが、扶桑町がそれにのっかるかたちで「住みたくなる扶桑町、ずっと住んでいたい扶桑町を目指して」をテーマに、まちのバリアフリーを考える集会です。
参加対象は扶桑町民ですが、私はパネラーの一人として参加する機会があたえられました。
このセミナーは二部構成ですすめられ、一部では愛知県や扶桑町のまち作りにおけるバリアフリーに関する取り組みや事例などが紹介されました。
二部ではパネルディスカッションが行われ、パネラーは役場サイトから都市計画担当者の方、地元の駐在員の方、車椅子使用者の方、そして視覚障害の立場から私の4名でした。
そして、NPOの「人にやさしい街づくり尾張地域ネットワーク」の方が進行役となってパネルディスカッションが進められました。
私は、現在の所で仕事を始めて20年目になりますが、仕事を始めた20年前と比べて、毎日の生活範囲内では残念なことに私にとってのバリアは増えてしまったことを話しました。
具体的には、毎日の通勤途中に新しく道路ができて、信号機も無いその道路を横断しなければならなくなったことが1番の精神的なバリアです。
私の毎日の生活範囲内ではバリアは増えましたが、一部でも事例が紹介されたように、バリアフリーに配慮された公共施設や大型店舗などが増えたことも事実です。
しかし、そもそもそこまで行くまでに私には大きなバリアがいくつもあって行けないのです。それらが結ばれてこそはじめてバリアフリーと言えるのではないでしょうか。
とはいえ、総ての道路に点字ブロックを敷設することなど不可能でしょうし、できたとしてもナンセンスでしょう。せめて町内を移動できる公共交通機関がほしいものです。
「バリアフリー」と言えば、段差が障害になって…というように、物理的障壁をいうことが多いようですが、視覚障害の場合、段差があること事態が障壁ではなく、段差があるのだという情報がないことがバリアとして問題になります。
つまり、障害の種類、年齢や利用者の状況によってバリアは異なり、例えば、点字ブロックは私たち視覚障害者には有用な設備ですが、車いす使用者やベビーカーなど使用者にはバリアになってしまうことがあります。
逆に、真っ平らな床は車いす使用者には都合がいいのですが、視覚障害者には情報不足で不安になります。
そのように考えていくと、バリアフリーっていったい何だろうと思ってしまいます。総ての人に対してバリアフリーが実現することなどあるのだろうか?と、思ってしまいます。
ディスカッションではまた、ハード的バリアフリーも必要だが、心のバリアフリーの促進も大切だという話も出ました。
もちろんそうでしょう。結局のところ、人の意識に行き着くのでしょうか?
私は今回のセミナーに参加して、まずはいろいろな立場の人がバリアになっている部分やいい点を出し合うことで、そこからどのような改善が必要なのか何ができるのかなどが見えてくるのだろうと思いました。
そんなことを思いながら、改めて「バリアフリー」とか「ユニバーサルデザイン」について、私なりに考える機会が得られたことは、このセミナーに参加できたメリットだと思います。
「セミナー」という言葉の語源には、「種」という意味があるとか聞いたことがあります。今回のセミナーが今後どのように反映されるのか分かりませんが、バリアフリーのまち作りに関して、私の中には小さな種がまかれたように思います。
まとめ
昔、まだ車や鉄道が無かった頃、人はみな歩いてどこまでも移動していました。歩くのが普通だった時代では健常者でも視覚障害者でも、時間的あるいは行動範囲という点ではそれほどの差はなかったはずでしょう。
ところが、車で移動するのがあたりまえになった現在では、その差は大きくひらいてしまいました。
また、街も車社会に合わせて変わってきました。特に田舎に住んでいるとそれを感じます。
ただ思うことは、物理的なバリアはお金の問題で多くは解決できることだと思いますが、情報のバリアフリー化はその手段さえ確立されていません。
視覚障害者の安全誘導システムの研究・開発は、古くて新しいテーマです。
これまでにも、いくつもの視覚障害者用の誘導システムや安全システムなどの試作が紹介されていますが、一部では実用化されて使われているものもあるのかもしれませんが、多くは泡のように消えていってしまっているように思います。
そろそろこの辺で、これまでに開発されたものを集約して、本当に役に立つものを考える時期にきているのではないでしょうか。
近い将来、IT技術がもっともっと進歩して、また、人の心ももっともっと豊かになって、誰もが安心して外出できる社会になることを願っています。