日本の歴史認識慰安婦問題 > はじめに

flowerはじめに

15年戦争(満州事変から太平洋戦争)の歴史認識の問題として、南京事件と慰安婦問題は大きく取り上げられてきました。慰安婦問題の論争は1990年代初頭から続いていますが、日韓関係は悪化の一途をたどり、今や経済戦争と呼んでもいい状態にまでエスカレーションしてしまっています。一方で、南京事件はこのところはやや落ち着いているようにみえます。
多くの“ふつうのおとな”の方々は、「なぜ、こんなにこじれてしまったの?」、「韓国はけしからん!」、「いくら議論しても結論は出ないのでは?」、などと思っているかもしれません。“ふつうのおとな”にできることは限られていますが、慰安婦問題とはどういう問題なのかを知ることにより、何ができるか考えてみてはいかがでしょうか。このレポートはそういう方々のために、できるだけ簡単にわかりやすく、しかし、正確さは失わないように慰安婦問題についてまとめてみました。

(1) 慰安婦問題の特質

なぜ、慰安婦問題はここまでこじれたのか、南京事件と対比しながらその特質を見てみると次のようなことが挙げられる。

(a) ナショナリズムのぶつかりあい

日本のナショナリストたちは、国家責任を認めず、公人たる閣僚や議員などが慰安婦制度や軍国主義などを正当化する言動を繰り返してきた。それが韓国のナショナリズムを刺激して日本を非難する、するとまた日本のナショナリストが反発する、という悪循環がくり返されてきた。このような感情的な対立が、相互不信をエスカレーションさせてきたといえる。
中国は、南京事件を国内の政治には利用するものの、日本に対して謝罪や補償は今のところ求めていない。

(b) 多面性と多様性

慰安婦問題は、政治問題化したこともあって、慰安婦に関する歴史事実の論争にとどまらない。国連は女性の人権問題としてとりあげ、世界的な議論にもなった。韓国は慰安婦問題を植民地支配の問題とからめて日本を追求している。また、歴史事実についても、悲惨なめにあった慰安婦が多数いたことも事実だが、お金を稼いだ慰安婦がいたことも事実。否定派/肯定派はそれぞれ都合のよい事実を持ち出して主張することも、決着がつかない理由のひとつでもある。

(c) 法的責任と道義的責任

日本は道義的責任を認め、1995年に設置した「アジア女性基金」を通して元慰安婦への謝罪と補償を行ったが、この基金は形式的には民間主導の組織である。しかし、韓国の慰安婦支援団体は、あくまでも国家としての法的責任を追及する立場を貫き、「アジア女性基金」による謝罪と補償を拒否した。
日本が国家による謝罪や補償を行わなかったのは、慰安婦がいた当時の国内法・国際法に照らし合わせて国家責任を問うことは困難という判断、ならびに1965年の日韓協定で戦後補償は解決済み、という方針があったからで、これらは法秩序を維持するという意味でやむをえない判断ともいえる。しかし、韓国や日本の国家補償を求める人たちは、そうした現実的対応を拒絶しあくまでも国家の法的責任を追及している。

(2) 論者の分類と基軸とした文献

慰安婦問題の論者のグループ分けは、南京事件のように明確にはなっていない。このレポートでは、主として国家補償への対応方法をもとに、次の3つのグループに分け、それぞれのグループの代表的な著書を基軸として参照した。

(a) 国家補償派

官憲による慰安婦の組織的かつ強制的な募集などの公式資料は発見されていないが、国家が慰安婦システムの運用に深く関与しており、業者などが行った未成年少女の徴募など国際法違反の行為に対して国家として謝罪及び補償すべきである、というグループで、韓国の慰安婦支援団体と連携している。女性の人権擁護を主張するフェミニストたちもこのグループに含まれる。このレポートでは、主として次の文献を参照する。

・吉見義明:「従軍慰安婦」、岩波新書,1995年4月20日(2018年9月5日第26刷)

※文献名は吉見「従軍慰安婦」と略すことがある。

(b) 和解派

慰安婦問題に国家の責任はあるが、現行の法体系・法秩序で法的責任をとらせるのは非現実的であり、道義的責任によって、謝罪と補償を行うべきだ、という論者たち。このレポートでは、韓国と日本の女性研究者の著作2件を基軸として参照する。

・熊谷奈緒子:「慰安婦問題」、ちくま新書、2014年6月10日

・朴裕河(パクユハ):「帝国の慰安婦」、朝日新聞出版、2014年11月30日

(c) 否定派

官憲による慰安婦の組織的かつ強制的な募集などの事実は確認されておらず、国家の法的責任を問うことはできない、とする論者たち。このグループの論理基盤を支えているのが南京事件では中間派だった秦郁彦氏である。このレポートでは、秦氏の次の著書を基軸文献としている。

・秦郁彦:「慰安婦と戦場の性」、新潮選書、1999年6月30日

※文献名は、秦「戦場の性」と略すことがある。

(3) 本レポートの構成

本レポートの本文は第1章から第5章で構成されている。第1章は、概要 で本レポートの要旨を解説しており、時間のないかたはこの章を読むだけでも一定の理解ができるようにしている。第2章から第4章は慰安婦システムの内容や、論争の内容、論争の歴史などを記載し、第5章がまとめになっている。

(4) 用語

慰安婦の呼称については、「従軍慰安婦」、日本軍「慰安婦」、「性奴隷」、「軍性奴隷」などさまざまな呼び方があり、カギカッコ付きで「慰安婦」と表現する研究者も多い。最近は単に慰安婦と称することが一般的になってきたと思われるので、このレポートではカギカッコはつけず単に慰安婦と称する。
慰安婦によりサービスを提供するための構成要素(慰安婦、業者、軍関係者、慰安所など)とそのための仕組み(慰安婦制度)を総称して、このレポートでは慰安婦システムと称する。
なお、その他の用語の定義については、「用語集」を用意したので、それを参照されたい。用語集はHOMEページからリンクしている。

(5) 引用について

・引用元の文献名は、[著編者名]:[文献名]、[引用元ページ] の形式で記入するが、引用頻度の高い文献は [著編者名] を省略したり、[文献名称]を略称にしたりすることがある。

・引用部分は、"{ }"でくくっている。原文のまま引用している場合と、要約したり現代語訳にして引用している場合もある。

・本文を読みやすくするため、原文は註釈に記載し、本文には要約を記載することもある。

・引用文中、" ・・・ "は途中省略、【  】は筆者の注釈、下線やカラー文字は筆者の追記である。

・原文がカタカナ混じりの文章は、ひらがなに置きかえ、数値を表す漢数字はアラビア数字に置きかえている。

・入手しにくい資料や1次引用した著者の意思を示す場合は、"孫引き"を行うことがある。

・各文献の発行元、発行日などは、別紙「参考文献」を参照願います。「参考文献」には私の寸評も掲載した。