最判平成17年6月17日(民集59巻5号1074頁(平成16年(受)第997号))

(原審:東京高判平成16年2月27日(平成15年(ネ)第1223号)

<事案の概要>
 X1(原告,控訴人,被上告人)は,発明の名称を「生体高分子−リガンド分子の安定複合体構造の探索方法」とする特許権(特許第2621842号,平成5年3月26日出願(優先日:平成4年3月27日),平成9年4月4日設定登録。以下,「本件特許権」という。)の特許権者である。X1は,本件特許権について,専用実施権者をX2(原告,控訴人),範囲を全部とする専用実施権を設定している。
 Y(被告,被控訴人,上告人)は,プログラムをCD-ROMに収録された形態で輸入し,日本国内で販売している。X1,X2は同プログラムの用いる方法が本件特許権の技術的範囲に属し,かつ同プログラムないしこれを記録したCD-ROMが「その方法の使用にのみ用いる物」に当たると主張して,Yに対し,販売の差止めを求めた。
 なお,X1,X2は当初はプログラム自体の販売の差止めを求めていたところ,Yにおいて,Yが販売しているのはプログラムが収録されたCD-ROMであるとして,差止めの対象物を争ったため,X1,X2は主位的にプログラムの収録された物体の販売の差止めを求め,予備的にプログラム自体の販売の差止めを求めた。
 第一審(東京地判平成15年2月6日(平成13年(ワ)第21278号))は,X1,X2の請求を棄却。
 X1,X2控訴。
 控訴審(東京高判平成16年2月27日(平成15年(ネ)第1223号))は,第一審判決を取り消した。
 Y上告。

<判決>
 上告棄却。
「2 特許権者は,その特許権について専用実施権を設定したときであっても,当該特許権に基づく差止請求権を行使することができると解するのが相当である。その理由は,次のとおりである。
 特許権者は,特許権の侵害の停止又は予防のため差止請求権を有する(特許法100条1項)。そして,専用実施権を設定した特許権者は,専用実施権者が特許発明の実施をする権利を専有する範囲については,業としてその特許発明の実施をする権利を失うこととされている(特許法68条ただし書)ところ,この場合に特許権者は差止請求権をも失うかが問題となる。特許法100条1項の文言上,専用実施権を設定した特許権者による差止請求権の行使が制限されると解すべき根拠はない。また,実質的にみても,専用実施権の設定契約において専用実施権者の売上げに基づいて実施料の額を定めるものとされているような場合には,特許権者には,実施料収入の確保という観点から,特許権の侵害を除去すべき現実的な利益があることは明らかである上,一般に,特許権の侵害を放置していると,専用実施権が何らかの理由により消滅し,特許権者が自ら特許発明を実施しようとする際に不利益を被る可能性があること等を考えると,特許権者にも差止請求権の行使を認める必要があると解される。これらのことを考えると,特許権者は,専用実施権を設定したときであっても,差止請求権を失わないものと解すべきである。
3 以上によれば,被上告人が本件特許権に基づく差止請求権を行使することができるとした原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は,採用することができない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。」