1.判決
請求棄却。
2.判断
「第4 当裁判所の判断
1 専用実施権が設定されている場合における特許権者による差止請求の可否について
特許法は,77条2項において,「専用実施権者は,設定行為で定めた範囲内において,業としてその特許発明の実施をする権利を専有する。」と規定し,他方,68条において,「特許権者は,業として特許発明の実施をする権利を専有する。ただし,その特許権について専用実施権を設定したときは,専用実施権者がその特許発明の実施をする権利を専有する範囲については,この限りでない。」と規定している。
そうすると,特許権に専用実施権が設定されている場合には,設定行為により専用実施権者がその特許発明の実施をする権利を専有する範囲については,差止請求権を行使することができるのは専用実施権者に限られ,特許権者は差止請求権を行使することができないと解するのが相当である。けだし,特許法の規定する差止請求権(同法100条)は,特許発明を独占的に実施する権利を全うさせるために認められたものというべきであって,第三者の請求する特許無効審判の相手方となり,無効審決に対して取消訴訟を提起するなどの特許権の保存行為とは異なり,特許権者といえども,特許発明の実施権を有しない者がその行使をすることはできず,また,行使を認めるべき実益も存しないからである。
これを本件についてみるに,本件特許権については,特許権者であるX1から,X2に対して,地域を日本全国,期間を特許権の存続期間全部とする専用実施権が設定されている。したがって,本件特許権について差止請求権を行使することができるのは,専用実施権者であるX2に限られ,特許権者であるX1が差止請求権を行使することはできない。
よって,X1の請求は,その余の点につき判断するまでもなく,理由がない。
2 争点1(差止請求の対象物の特定及びその内容)について
本件において,X1,X2は当初はプログラム自体(イ号物件)の販売の差止めを求めていたところ,Yにおいて,Yが販売しているのはプログラムの収録されたCD-ROMであるとして,差止めの対象物を争ったことから,X1,X2は,(1)主位的に,プログラムの収録された媒体(ロ号物件)が本件特許発明に係る方法の使用にのみ用いる物として,特許法101条2号により本件特許権又はその専用実施権を侵害するものとみなされるとして,その販売の差止めを求め・・・,(2)予備的に,プログラム自体が本件特許発明に係る方法の使用にのみ用いる物として,特許法101条2号により本件特許権又はその専用実施権を侵害するものとみなされるとして,その販売の差止めを求めている・・・。
そこで,X2の差止請求に理由があるかどうかを判断するために,まず,(1)主位的請求について,@ロ号物件の方法(ロ号方法)が本件特許発明の技術的範囲に属するかどうか,Aロ号物件がロ号方法の使用にのみ用いる物かどうかを検討し,次に,(2)予備的請求について,@イ号物件の方法(イ号方法)が本件特許発明の技術的範囲に属するかどうか,Aイ号物件がイ号方法の使用にのみ用いる物かどうかを検討する。
前記のとおり・・・,ロ号方法及びイ号方法の内容については,当事者間に一部争いがある。
そこで,ひとまず,X1,X2がロ号方法及びイ号方法の内容として主張するロ号物件目録及びイ号物件目録の記載に基づき,それらの方法が本件特許発明の技術的範囲に属するかどうかを検討することとする。
3 争点2(ロ号物件による間接侵害の成否)について
まず,ロ号方法が本件特許発明の技術的範囲に属するかどうかを検討する。
Yは,前記・・・のとおり,本件明細書の記載に関して,@本件特許発明にいう「リガンド分子」とは,「リガンド分子」全体を意味するものと解釈すべきである・・・,A本件特許発明は,「生体高分子−リガンド分子間相互作用」のうち,水素結合のみを考慮することを特徴とする・・・,B本件特許発明では,「ダミー原子間の距離と水素結合性ヘテロ原子間の距離とを比較する」(第2工程)ことのみによって,リガンド分子中の生体高分子への配置を推定することとし,他の要素の考慮を排除する・・・,C本件特許発明では「生体高分子−リガンド分子間の水素結合様式」(配置)と「リガンド分子の水素結合性部分の配座」とが「同時に推定」される・・・,D本件特許発明にいう「ダミー原子」は,生体高分子中の各水素結合可能原子の各水素結合性可能領域につき1個ずつ設定されるものである・・・,E本件特許発明では,まず「ダミー原子」と「水素結合性ヘテロ原子」との組合せを作成して(第1工程),その後に各組合せごとに「ダミー原子」間の距離と水素結合性ヘテロ原子間の距離とを比較する」(第2工程)という手法をとる・・・,との見解を述べ,Yの解釈する本件明細書の「特許請求の範囲」によれば,X1,X2の主張するロ号方法(ロ号物件目録記載の生体高分子−リガンド分子の安定複合体構造の探索方法)は,本件特許発明の技術的範囲に属しないと主張する。そこで,Yの主張する上記@ないしEの点について,順次検討する。
(1)「リガンド分子」について(前記@)
ア 本件明細書の記載
「リガンド分子」に関して,本件明細書の「特許請求の範囲」では,「ダミー原子とリガンド分子中の水素結合性ヘテロ原子との対応づけを組合せ的に網羅する」(第1工程),「リガンド分子の水素結合性部分の配座を同時に推定する」(第2工程),「リガンド分子中の水素結合性ヘテロ原子とダミー原子との対応関係に基づいてリガンド分子の全原子の座標を生体高分子の座標系に置き換える」(第3工程)といった記載がある。そこで,これに対応する本件明細書の「発明の詳細な説明」の記載を参酌して,「リガンド分子」の意味する内容につき考察する。
(ア)第1工程について
「特許請求の範囲」の第1工程に含まれる本件特許発明の好ましい実施態様のS10のステップでは,「生体高分子とリガンド分子との間に形成される水素結合の数の最小値1minと最大値1maxを指定する。」・・・とされ,「1min≦i≦1maxの関係を満たすすべてのiについて,S12〜S30のステップを繰り返す。・・・(中略)・・・これによって,生体高分子とリガンド分子が形成する水素結合の全組合せが選択されることになり,生体高分子とリガンド分子の結合様式を系統的に,また効率的に探索できるようになる。」・・・と記載されている。
そうすると,上記水素結合の数の最大値1maxの値によっては,たとえリガンド分子中のヘテロ原子であっても,水素結合性へテロ原子として選ばれない場合があり,その場合には,ダミー原子との対応づけに含まれず,第1工程において水素結合様式を網羅する際にも考慮されない水素結合性へテロ原子が存在することになる。
したがって,本件特許発明の第1工程は,ダミー原子とリガンド分子全体中の水素結合性ヘテロ原子との対応づけを組合せ的に網羅する場合のみならず,ダミー原子とリガンド分子の一部分の水素結合性ヘテロ原子との対応づけを組合せ的に網羅する場合をも包含するものと解される。
(イ)第3工程について
本件特許発明においては,リガンド分子を水素結合性部分と非水素結合性部分に分割(S15)した後,第3工程に含まれるS22のステップで「リガンド分子の水素結合性ヘテロ原子の座標と,対応するダミー原子の座標とが一致するように,リガンド分子の原子座標を生体高分子の座標系に置き変え」・・・,その後,S26以降のステップで,残された「リガンド分子の非水素結合性部分」の配座を順次発生させている。
したがって,本件特許発明の第3工程は,いったんリガンド分子の部分構造の座標を生体高分子の座標系に置き換えた後,最終的にリガンド分子の全原子の座標を生体高分子の座標系に置き換えるような態様をも包含するものと解される。
なお,Yは,本件特許発明にいう「リガンド分子」とはリガンド分子全体を指す旨主張し,その根拠の一つとして本件明細書の請求項2及び「発明の詳細な説明」欄・・・の記載を挙げるが,そこで示されているのはPre-Pruning法に関するものであり,この方法は本件特許発明とは明らかに区別されるものであるから,Yの主張は理由がない。
イ ロ号方法の内容等
証拠(乙3,11)及びロ号物件目録のうち当事者間に争いのない記載部分によれば,ロ号方法では,リガンド分子全体を部分構造であるベース・フラグメントとその他の複数のフラグメントに分割し,その上で,ベース・フラグメントの配置,他のフラグメントの接続という工程に進むこととされていることが認められ,リガンド分子全体について,第1工程ないし第3工程の過程を行う本件特許発明とは工程の流れを異にしている。
しかし,前記アで判断したとおり,本件特許発明における「リガンド分子」とは必ずしも「リガンド分子全体」を意味するものではなく,「リガンド分子」の一部分をも包含するものであるから,ロ号方法が上記のような特徴を有するからといって,直ちに本件特許発明の技術的範囲に属しないということにはならない。
(2)水素結合のみを考慮することについて(前記A)
ア 本件明細書の記載
本件明細書の「特許請求の範囲」においては,第1工程ないし第3工程のそれぞれにおいて「水素結合」に関する記載はあるが,疎水相互作用等の他の分子間相互作用に関する記載はない。しかし,この記載においては,「水素結合のみ」など水素結合だけを考慮する旨を示唆する表現はみられない上,一般的な技術常識に関して「分子間相互作用の中で水素結合,静電相互作用,疎水相互作用などが特に重要なことが,生体高分子とリガンド分子の複合体の結晶解析によって知られている。」・・・という記載があることを考え併せると,本件特許発明が分子間相互作用の中で水素結合のみを考慮するものであると限定して解釈すべき根拠を見いだすことはできない。
イ ロ号方法の内容等
生体高分子−リガンド分子間相互作用に関して,弁論の全趣旨によれば,医薬化合物のデータベースである「MDDR」では,そこに含まれているすべての医薬化合物9万5901種類中水素結合性ヘテロ原子が含まれていない化合物は32種類(全体の0.033%)にすぎず,水素原子1個の化合物は681個(0.71%)しか含まれていないことが認められ,上記の分子間相互作用において水素結合の重要性は高いということができる。さらに,証拠(乙7)及びロ号物件目録のうち当事者間に争いのない記載部分によれば,「FlexX」においては疎水性原子団のウエイトは水素結合性官能基の100分の1以下とされていることが認められ,「FlexX」においても水素結合を疎水性相互作用よりもはるかに重要視していると評価することができる。
そうすると,ロ号方法において,生体高分子−リガンド分子間相互作用として水素結合のみならず疎水相互作用も考慮するとしても,それは,単に生体高分子−リガンド分子間相互作用として水素結合以外に疎水相互作用をも付加的に考慮できるようにしただけであるというべきであり,それにより,本件特許発明とロ号方法とで技術思想や作用効果が異なるとまでは認めることができない。
以上によれば,ロ号方法においては,(ア)水素結合のみならず,疎水相互作用をも考慮する,(イ)水素結合性ヘテロ原子を0個または1個しか含まないリガンド分子を取り扱うことも可能であるとしても,それを根拠にして,ロ号方法が本件特許発明の技術的範囲に属しないということはできない。
(3)距離の比較のみによって配置を推定することについて(前記B)
ア 本件明細書の記載
本件明細書の「特許請求の範囲」においては,第2工程に関して「前記のダミー原子間の距離と前記の水素結合性へテロ原子の距離を比較することにより」との記載があるが,「特許請求の範囲」の他の部分の記載及び「発明の詳細な説明」の記載をみても,リガンド分子の生体高分子への配置の推定に関して,他の要素の考慮を排除することを示唆する趣旨の記載を見いだすことはできない。
イ ロ号方法の内容等
ロ号物件目録のうち当事者間に争いのない記載部分によれば,ロ号方法では,生体高分子側相互作用点すべてを含むすべての2点間の距離を計算してその計算値によって整理された表(ハッシュ表)を利用することにより,特定の原子間距離を持つ生体高分子側相互作用点の組合せをすべて直接選び出していること,上記ハッシュ表による作業のほかに,ベース・フラグメント中の相互作用可能な原子が生体高分子側相互作用点上に位置すること及び生体高分子中の相互作用可能な原子がベース・フラグメント中の相互作用可能原子につき設定される相互作用面上に位置することを確認するためにベクトル・テストを行っていることが認められる。
ロ号方法におけるハッシュ表を用いた2点間の距離の計算は,本件特許発明の構成要件Bの距離を比較する方法の一環として行われるものであり,距離を比較していることに変わりはないから,ロ号方法は「距離を比較することにより」との要件を充足するというべきである。
Yは,ロ号方法がベクトル・テストを採用していることから本件特許発明の技術的範囲に属しないと主張するが,ロ号方法において行われるベクトル・テストは,その内容等に照らし,本件特許発明に付加して行われているものにすぎず,このことを根拠にして,ロ号方法が本件特許発明の技術的範囲に属しないということはできない。
(4)配置と配座を同時に推定することについて(上記C)
ア 本件明細書の記載
本件明細書の「特許請求の範囲」においては,第2工程に関して「生体高分子−リガンド分子間の水素結合様式及びリガンド分子の水素結合性部分の配座を同時に推定する」と記載されている。また,「発明の詳細な説明」欄の「発明を実施するための最良の形態」の項においては,第2工程に対応する部分に関して,「S14で得られたダミー原子の原子間距離と,S18で得られた,対応するリガンド分子中の水素結合性へテロ原子の原子間距離との差の2乗の和であるFの値が一定の範囲以上となるリガンド分子の配座を除去する(S19)。このステップにより,生体高分子とリガンド分子の水素結合様式及びリガンド分子の配座の可能性を効率的に網羅することができる。」・・・と記載されている。
上記の実施例においては,まず対応づけを決めてから配座を変化させつつ距離の適合性を確認するから,この段階ではダミー原子の位置は固定されている。配座を変化させて,リガンド分子側の原子間の距離がダミー原子間の距離と一致すると,適合性が確認され,「配置」と「配座」が同時に推定される。
イ ロ号方法の内容等
証拠(甲4,乙11)及び弁論の全趣旨によれば,ロ号方法においては,まず,MIMUMBA Libraryというデータベースに基づきベース・フラグメントの配座が選択され,そして,その後に,ハッシュ表を用いた距離の比較やベクトル・テスト等の工程を経て所定の条件を満たしたものが解として得られるという探索方法をとっていることが認められる。
Yは,上記の工程では,ベース・フラグメントの配座がベース・フラグメント選択の時点で推定され,その後にベース・フラグメントの配置が行われるから,ベース・フラグメントの生体高分子に対する結合様式(配置)とベース・フラグメントの配座とが当時に推定されることはないと主張する。しかし,ベース・フラグメントの配座が選択された時点では,等しい原子間距離を持つ生体高分子側相互作用点の組合せの探索はまだ行われていないから,この時点では配座が推定されたものということはできない。ロ号方法において配座が推定されるのは,ハッシュ表を用いた距離の比較やベクトル・テスト等の工程を経て所定の条件を満たしたものが解として得られた段階であり,この段階で,生体高分子−リガンド分子間の水素結合様式(配置)及びリガンド分子の水素結合性部分の配座が同時に推定され
ることになる。
したがって,ロ号方法は,本件特許発明の構成要件Bの「生体高分子−リガンド分子間の水素結合様式及びリガンド分子の水素結合性部分の配座を同時に推定する」の要件を充足する。
(5)「ダミー原子」について(前記D)
ア 本件明細書の記載
弁論の全趣旨によれば,蛋白質の水素結合の相手となり得る概念上のヘテロ原子位置に対して,「ダミー原子」という用語をあてたのは本件特許発明が最初であることが認められるから(このことは,X1,X2も自認する。平成14年7月1日付け原告第3準備書面4頁参照),「生体高分子中の水素結合性官能基の水素結合の相手方となり得るヘテロ原子の位置に設定」されるという「ダミー原子」という概念は,本件特許発明の出願前には知られていなかったということができる。
したがって,「ダミー原子」の意義は「特許請求の範囲」の記載からは明らかでなく,本件明細書の「発明の詳細な説明」の記載等を参酌して解釈せざるを得ない。
そこで,「ダミー原子」に関連する本件明細書及び図面の記載をみると,次の点を認めることができる。
(ア)本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には,ダミー原子の設定方法等に関して,・・・との記載がある。
(イ)本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には,「背景技術」として・・・という問題点があったとした上で,・・・とし,さらに,・・・という効果を奏するものとされている。
(ウ)本件公報の第1図の(C)には,水素結合性領域の中心部分,すなわち1点,にダミー原子を設定することが開示されている。
イ 特許請求の範囲の解釈
前記アの認定事実を総合すると,本件明細書には,「三次元格子点が存在する水素結合性領域を構成する三次元格子点の中心にダミー原子を配置する」という記載がある一方で,本件明細書及び図面には1個の水素結合性領域に数十のダミー原子を設定し得ると解し得るような記載や,そのような場合の設定方法に関する記載は一切存在しないことを指摘することができる。
また,前記ア(イ)の認定事実によれば,ダミー原子を,どのようにして,どこにいくつ設定するかをあらかじめ決めておかなければ,ダミー原子を設定するに際して,「作業者の先入観が入り易く,客観的に膨大な可能性の中から正しい解に到達することが極めて難しい上に,時間と労力がかかる。」という従来技術の問題点を解決できないことを指摘できる。
さらに,1個の水素結合性領域について,殊更ダミー原子を数十も設定するようなことをすれば,所定の演算処理に要する時間が,ダミー原子を1個設定する場合に比較して,当然長時間かかることになってしまう上に,処理が複雑になって所期の目的や効果が達成されなくなるおそれがあるが,その不都合に見合う効果が特に期待できるわけでもない。加えて,本件特許発明においては,ほぼ最終段階のS30のステップ・・・で生体高分子−リガンド分子の複合体構造を最適化しているが(甲2により認められる。),このことは初期の段階でダミー原子を数十も設定するような精緻な手法を採用するという解釈と相容れるものではない。
以上の点を併せ考えると,本件特許発明にいう「ダミー原子」とは,「水素結合性領域内でかつ,ファンデルワールス半径外に,適当な数,例えば5〜20個の三次元格子点が存在する水素結合性領域を構成する三次元格子点の中心(すなわち1点)に設定される便宜上の原子」を意味すると解するのが相当である。
ウ ロ号方法の内容等
ロ号物件目録のうち当事者間に争いのない記載部分によれば,X1,X2が「ダミー原子」に当たると主張するロ号方法(「FlexX」)における「生体高分子側相互作用点」は,「生体高分子中の相互作用可能な原子につきそれぞれ設定される相互作用面を構成する数十の点」と規定されるものである。
上記を前提に,本件特許発明の「ダミー原子」とロ号方法の「FlexX」における「生体高分子側相互作用点」とを比較すると,「ダミー原子」が水素結合性領域を構成する三次元格子点の中心に位置されるものであるのに対し,「生体高分子側相互作用点」は,それにより近似的に表現される相互作用面を構成するものである上に,当該面上に配置されるものである点(X1作成の2002年3月11日付け技術説明資料(甲7)スライド40にもその旨の記載がある。)及び「ダミー原子」が「水素結合性領域を構成する三次元格子点の中心(すなわち1点)」に設定されるものであるのに対し,「生体高分子側相互作用点」は数十の個数設定されるものである点において,その役割,配置される位置及び設定される個数が相違している。
したがって,ロ号方法の「FlexX」における「生体高分子側相互作用点」は,本件特許発明の各構成要件の「ダミー原子」に該当しないというべきである。
エ X1,X2の主張について
X1,X2は,(ア)本件特許発明の「ダミー原子」は,1個の水素結合性官能基について1個又は2個以上設定されるものであること・・・,(イ)本件明細書の「発明の詳細な説明」の欄において,「ダミー原子」の個数を1個に限定するとの記載はなく,実施例においても,蛋白質中の官能基の数である10より多い13個の「ダミー原子」を設定する例が示されていること・・・を挙げて,「FlexX」における数十の「生体高分子側相互作用点」は「ダミー原子」に該当する旨主張している。
しかし,(ア)については,X1,X2が指摘する箇所には「1個の水素結合性官能基から2個以上のダミー原子が設定され・・・」と記載されており,「1個の水素結合性領域に2個以上のダミー原子が設定され・・・」と記載されているのではない。また,(イ)については,X1,X2が指摘する箇所には「合計10個の水素結合性官能基が選択された。該水素結合性官能基に対して13個のダミー原子が設定された。」と記載されており,「合計10個の水素結合性領域・・・に対して13個のダミー原子が設定された。」と記載されているのではない。
これを敷衍するに,例えば,1つの水素結合性官能基が複数のヘテロ原子を包含するような場合には,包含されるヘテロ原子の種類や数に応じて,1つの水素結合性官能基に対して2個以上の水素結合性領域が決定される可能性があり,それに対応して1つの水素結合性官能基に対して2個以上の「ダミー原子」が設定される場合があるのは当然のことである。
また,本件公報の第1図の(C),X1作成の陳述書(甲4)の別紙その3「本件特許アルゴリズムに関する図解」の@の図及びX1作成の2002年3月11日付け技術説明資料(甲7)のスライド23には,1個の水素結合性官能基(カルボニル基(=O))に対し,2個のダミー原子が設定される例が示されていること,X1ほか2名の執筆に係る「Rational Automatic Search Method for Stable Docking Models of Protein and Ligand」と題する論文(乙4)には,「1つの水素結合性ヘテロ原子から生成されるダミー原子の数は,官能基の水素原子と孤立電子対の数による。」・・・という記述があることからすれば,1つの水素結合性官能基が単一のヘテロ原子のみを包含するような場合であっても,例えば,当該ヘテロ原子が2個以上の孤立電子対を有する場合には,1つの水素結合性官能基に対し2個以上のダミー原子が設定される場合があると認められる。
以上によれば,X1,X2が指摘する本件明細書の記載は,前記イの「ダミー原子」の解釈と何ら矛盾するものではなく,上記の記載を根拠として「FlexX」における数十の「生体高分子側相互作用点」が「ダミー原子」に該当するということはできない。X1,X2の主張は理由がない。
(6)この項のまとめ
以上によれば,E「ダミー原子」と「水素結合性ヘテロ原子」の組合せの網羅と距離の比較の順序・・・について検討するまでもなく,ロ号方法は本件特許発明の技術的範囲に属しない。
したがって,ロ号物件が本件特許発明に係る方法の使用にのみ用いる物(特許法101条2号)に該当するかどうかを検討するまでもなく,X2の主位的請求(ロ号物件の販売の差止め)は,理由がない。
4 争点3(イ号物件による間接侵害の成否)について
次にイ号方法が本件特許発明の技術的範囲に属するかどうかを検討する。
前記のとおり・・・,イ号方法の内容については,当事者間に一部争いがあるが,ひとまず,X1,X2がイ号方法の内容として主張するイ号物件目録の記載に基づき,イ号方法が本件特許発明の技術的範囲に属するかどうかを検討することとする。
イ号物件目録の内容については,当事者間に争いがあるところ,イ号方法の工程においても「生体高分子中の相互作用可能な原子につきそれぞれ設定される相互作用面を構成する数十の点」が存在し,これが「生体高分子側相互作用点」として規定される(この点は,Yも争っていない。)。
そして,X1,X2がこの「生体高分子側相互作用点」が「ダミー原子」に該当する旨主張している点も,ロ号方法におけるのと同様である。
そうすると,前記3(5)で論じたのと同様の理由により,「生体高分子側相互作用点」は「ダミー原子」に該当しないから,イ号方法は本件特許発明の技術的範囲に属しない。
したがって,イ号物件が本件特許発明に係る方法の使用にのみ用いる物(特許法101条2号)に該当するかどうかを検討するまでもなく,X2の予備的請求(イ号物件の販売の差止め)は,理由がない。
5 結論
以上によれば,X1,X2の請求は,いずれも理由がない。
よって,主文のとおり判決する。」