東京高判平成16年2月27日(平成15年(ネ)第1223号)

1.判決
 原判決取消。

2.判断
「第4 当裁判所の判断
  当裁判所は,X1,X2の本訴請求は理由があると判断する。その理由は,次のとおりである。
  1 専用実施権が設定されている場合における特許権者による侵害の停止又は予防の請求の可否について
    X1は,本件特許権を有し,X2は,X1から,本件特許権について,範囲を全部,地域を日本全国,期間を特許権の存続期間全部とする専用実施権の設定を受けている(争いがない。)。
    原判決は,特許法100条に基づく権利は,特許発明を独占的に実施する権利を全うさせるために認められたものであるから,専用実施権を設定したことにより実施権を有しない特許権者については,その行使を認めることができない,また,その権利の行使を認めるべき実益もない,と判断した。
    しかし,特許法100条は,明文をもって「特許権者又は専用実施権者は,自己の特許権又は専用実施権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し,その侵害の停止又は予防を請求することができる。」と規定している。しかも,専用実施権を設定した特許権者にも,次のとおり,上記権利を行使する必要が生じ得るのであり,上記権利の行使を認めないとすると,不都合な事態も生じ得る。これらのことからすれば,専用実施権を設定した特許権者も,特許法100条にいう侵害の停止又は予防を請求する権利を有すると解すべきである。
    専用実施権を設定した特許権者といえども,その実施料を専用実施権者の売上げを基準として得ている場合には,自ら侵害行為を排除して,専用実施権者の売上げの減少に伴う実施料の減少を防ぐ必要があることは明らかである。特許権者が専用実施権設定契約により侵害行為を排除すべき義務を負っている場合に,特許権者に上記権利の行使をする必要が生じることは当然である。特許権者がそのような義務を負わない場合でも,専用実施権設定契約が特許権存続期間中に何らかに理由により解約される可能性があること,あるいは,専用実施権が放棄される可能性も全くないわけではないことからすれば,そのときに備えて侵害行為を排除すべき利益がある。そうだとすると,専用実施権を設定した特許権者についても,一般的に自己の財産権を侵害する行為の停止又は予防を求める権利を認める必要性がある,というべきである。
  2 争点1(差止請求の対象物の特定及びその内容)について
    X1,X2が,当審において一部訂正したロ号物件目録及び原審におけるYのロ号物件目録に対する認否・反論・・・によれば,本判決添付の別紙ロ号物件目録について争いがあるのは,3(1)(iiiの2)と同(iv)の一部のみであり,その余は,当事者間に争いがない。この争いがある部分については,後に判断する。
  3 争点2(ロ号方法は本件特許発明の技術的範囲に属するか)について
    (1)本件特許発明の概要(甲第2号証(本件公報))
      本件特許発明は,医薬,農薬等の構造設計に利用できる,生体高分子とリガンド分子との安定複合体構造の探索方法に関するものである。本件特許発明は,生体高分子に安定して結合する低分子量の化合物分子(薬物分子,酵素の基質,阻害剤等)であるリガンド分子を探索する方法であり,生体高分子に対するリガンド分子の結合様式とリガンド分子の活性配座を同時に探索することを目的としたものである。すなわち,本件特許発明は,生体高分子とリガンド分子との間の相互作用として,水素結合,静電相互作用,ファンデルワールス力を考慮して安定複合体の結合様式を探索すると同時に,リガンド分子の活性配座を探索することにより,任意のリガンド分子を生体高分子のリガンド結合領域に自動的にドッキングさせる方法を開発したものである。・・・
      本件特許発明の特許請求の範囲(本件明細書の【請求項1】)は,次のとおりである。
      「(1)生体高分子中の水素結合性官能基の水素結合の相手となり得るヘテロ原子の位置に設定したダミー原子とリガンド分子中の水素結合性ヘテロ原子との対応づけを組合せ的に網羅することにより,生体高分子−リガンド分子間の水素結合様式を網羅する第1工程,
      (2)前記のダミー原子間の距離と前記の水素結合性ヘテロ原子間の距離を比較することにより,生体高分子−リガンド分子間の水素結合様式及びリガンド分子の水素結合性部分の配座を同時に推定する第2工程,及び
      (3)第2工程で得られた水素結合様式と配座毎に,リガンド分子中の水素結合性ヘテロ原子とダミー原子との対応関係に基づいてリガンド分子の全原子の座標を生体高分子の座標系に置き換えることにより生体高分子−リガンド分子の複合体構造を得る第3工程
      を含む生体高分子−リガンド分子の安定複合体の構造を探索する方法。」
      (上記特許請求の範囲における「生体高分子とは,生体に見出される高分子・・・である。水素結合性官能基は,水素結合に関与すると考えられる官能基及び原子を含む概念である。水素結合性ヘテロ原子とは,リガンド分子中に存在する水素結合性官能基を構成するヘテロ原子をいうものとする。水素結合性部分とは,リガンド分子の構造のうち,ダミー原子と対応づけられる水素結合性ヘテロ原子を含む構造部分をいうもの」・・・である。)。
    (2)本件特許発明の上記特許請求の範囲を,「発明を実施するための最良の形態」(・・・,以下「最良実施例」ともいう。)に基づいて具体的に説明すれば,次のとおりである・・・(証拠)。
      (ア)構成要件Aについて・・・
        ・・・
        以上のとおり,本件特許発明の構成要件Aは,「生体高分子中の水素結合性官能基の水素結合の相手となり得るヘテロ原子の位置に設定したダミー原子」(S8)と「リガンド分子中の水素結合性ヘテロ原子」(S9)との「対応づけを組合せ的に網羅することにより,生体高分子−リガンド分子間の水素結合様式を網羅する第1工程」(S12)である(ただし,括弧内のS8,S9等の記載は,構成要件中の各構成に対応する最良実施例中のステップを説明の便宜上付したものであり,構成要件中の各構成を最良実施例の各ステップのものに限定する趣旨ではない。)。
      (イ)構成要件Bについて・・・
        ・・・
        以上のとおり,本件特許発明の構成要件Bは,「前記のダミー原子間の距離と前記の水素結合性ヘテロ原子間の距離を比較することにより,生体高分子−リガンド分子間の水素結合様式及びリガンド分子の水素結合性部分の配座を同時に推定する第2工程」(S19)である。
      (ウ)構成要件Cについて・・・
        ・・・
        以上のとおり,本件特許発明の構成要件Cは,「第2工程で得られた水素結合様式と配座毎に,リガンド分子中の水素結合性ヘテロ原子とダミー原子との対応関係に基づいてリガンド分子の全原子の座標を生体高分子の座標系に置き換えることにより生体高分子−リガンド分子の複合体構造を得る第3工程」(S22)である。なお,上記AないしEの工程は,本件明細書の「請求項3」に発明特定事項として記載されている。これらの工程は,本件特許発明(請求項1)には,発明特定事項としては記載されていない。しかし,同発明がこれらの工程を含むものをその対象から除外しているわけではないことは明らかである。
      (エ)構成要件Dについて
        本件特許発明は,上記第1ないし第3工程「を含む生体高分子−リガンド分子安定複合体の構造を探求する方法。」である。
    (3)本件特許発明の技術的範囲に関するYの主張について
      (ア)「ダミー原子」について
        (a)Yは,本件特許発明の「ダミー原子」は,生体高分子の水素結合性領域を構成する三次元格子点の中心に1個だけ配置されるものである,と主張する。
          しかし,本件特許発明を特定する特許請求の範囲に,同発明における「ダミー原子」が何であるかを述べるものとして記載されているのは,「生体高分子中の水素結合性官能基の水素結合の相手となり得るヘテロ原子の位置に設定したダミー原子」だけであり,これ以外にない。そして,「ダミー原子」がその位置に存在すると仮定した架空の原子という意味の用語であることは,当業者にとって自明の事項である(弁論の全趣旨)。そうだとすると,本件特許発明の「ダミー原子」とは,その特許請求の範囲に記載されたとおり,「生体高分子中の水素結合性官能基の水素結合の相手となり得るヘテロ原子の位置に設定した」架空の原子のことであり,「生体高分子中の水素結合性官能基の水素結合の相手となり得るヘテロ原子の位置に設定した」架空の原子であるものはすべてこれに含まれる,と解すべきであり,これを水素結合性領域を構成する三次元格子点の中心に1個配置されるものと限定して解釈すべき理由はないというべきである。確かに,本件明細書には,「水素結合性領域内で,かつ,他の原子のファンデルワールス半径外に,適当な数,例えば5〜20個の三次元格子点が存在する水素結合性領域を構成する三次元格子点の中心にダミー原子を配置することにより行うことができる。」・・・との記載がある。しかし,上記記載は,本件明細書の「発明を実施するための最良の形態」中の記載であり,いわば,最良実施例についての説明にすぎない。そうである以上,本件特許発明の「ダミー原子」を,最良実施例の構成のものに限定して解釈すべき根拠が認められない限り,本件特許発明の「ダミー原子」をY主張のものに限定して解釈することはできないことが明らかである。しかし,上記根拠は,本件全証拠を検討しても見いだすことができない。本件特許発明においては,生体高分子中の,水素結合性領域を構成する複数の三次元格子点の任意の箇所に任意の個数だけ架空の原子を設定した場合も,これらをそれぞれ本件特許発明の「ダミー原子」と解することができるというべきである。
        (b)Yは,本件明細書の上記記載やX1の発表論文(乙第4号証訳文7頁14〜16行)を参照すれば,X1,X2が「ダミー原子」は水素結合性領域に一つだけ設定されるものであると考えていたことが明らかである,と主張する。しかし,本件明細書の記載が本件特許発明の最良実施例についての記載にすぎないことは上記のとおりである。また,本件特許出願の明細書でもなく,出願経過の書類でもない,X1の発表論文を,本件特許発明の技術的範囲の解釈の資料とすることも相当ではない。Yの上記主張は採用することができない。
        (c)Yは,本件特許発明においては,各水素結合性領域ごとにダミー原子を一つとしたために,特許請求の範囲に記載された三つの工程の後に,エネルギー極小化等の工程が必要となり,AMBER4.0という市販の別のソフトウエアを使用して,エネルギーが一定値以上である配座を排除することにより,真の解を得ている,これに対し,ロ号方法では,一つの領域に数十の生体高分子側相互作用点をあらかじめ設定することにより,エネルギー極小化の工程等を大幅に削減することができたのである,と主張する。
          しかし,Yの上記主張は,本件特許発明の「ダミー原子」が,生体高分子中の各水素結合性領域に1個だけ配置されると限定して解釈することを前提としたものであり,そのように解釈することができないことは上記のとおりである以上,本件において意味のないものという以外にない。
          Yは,ロ号方法では,一つの領域に数十の生体高分子側相互作用点をあらかじめ設定することにより,正確にかつ厳密な推定をすることができる,とも主張する。しかし,これまた,本件特許発明の「ダミー原子」が,生体高分子中の各水素結合性領域に1個だけ配置されると限定して解釈することを前提にするものであり,本件において意味を持たないことが明らかである。のみならず,本件特許発明の最良実施例のように,水素結合性領域にダミー原子を一つ設定したものにおいても,ダミー原子の組合せとリガンド分子の水素結合性ヘテロ原子の組合せのそれぞれにより生じる各図形の間に略合同の関係が認められるか否かを判断するときの誤差の許容値の設定を適宜調整することにより,適切な配置,配座となり得るリガンド分子を漏らさず補足することが可能なことは明らかである。本件特許発明の最良実施例において,数十の生体高分子側相互作用点を設定するロ号方法と,その精度において有意な差異が生じないようにすることは,単なる設計的事項にすぎないものというべきである。
          本件特許発明は,前記のとおり,生体高分子の水素結合性領域において安定して結合するリガンド分子を探索するために,その水素結合等に注目し,生体高分子中の水素結合性官能基の水素結合の相手となり得るヘテロ原子の位置に設定したダミー原子の間の距離と,リガンド分子中の水素結合性ヘテロ原子の間の距離を比較するのと同時に,リガンド分子の活性配座を推定することに,その発明としての中核的な技術思想があるのであり,ダミー原子自体は,必須のものではあるものの,その個数は,本件特許発明の上記技術思想と直接には関係しないのである。
        (d)Yは,そのほか,ロ号方法では,ベクトル・テストを実施するために,数十の生体高分子側相互作用点を設定することが必須となる,と主張する。しかし,ロ号方法においてベクトル・テストを実施することは,本件特許発明との対比において単なる付加にすぎない,と解すべきことは後記のとおりであり,このことが「ダミー原子」の解釈に影響を与えることはない。
          Yは,ダミー原子の数を増加させると,計算時間が膨大なものとなり,実用的ではない,とも主張する。しかし,本件特許発明の最良実施例について,水素結合性領域におけるダミー原子の数を1個から複数個に変えた場合を仮定してみても,計算時間が膨大なものとなり,実用的なものではなくなることを認め得る証拠はない(現に,ロ号方法においても,ロ号物件目録3(1)(vii)において,ベース・フラグメントの生体高分子に対する配置を,その類似性によりグループ分けし,各グループごとに,そのグループを代表する配置のものに絞っているのである。)。
        (e)以上からすれば,本件特許発明の「ダミー原子」には,生体高分子の水素結合性領域の中心に1個だけ配置されたものも,複数の個数配置されたものも含まれるというべきであり,これを1個のものに限定すべきであるとするYの主張は採用することができない。
      (イ)「リガンド分子」について
        Yは,本件特許発明の構成要件A,B及びCにいう「リガンド分子」とは,いずれも「リガンド分子」全体のことである,と解釈すべきである,と主張する。
        しかし,本件特許発明の構成要件Aの「ダミー原子とリガンド分子中の水素結合性ヘテロ原子との対応づけを組合せ的に網羅する」を充足するには,「リガンド分子中の水素結合性ヘテロ原子との対応づけ」を網羅すれば足りるのであるから,上記要件は,リガンド分子中の水素結合性部分についてのみ規定しているものであり,リガンド分子中の非水素結合性部分については何も規定していない,というべきである。したがって,構成要件Aの第1工程において,リガンド分子全体が接続されたものが必ず必要であるとまでいうことはできない。
        本件特許発明の構成要件Bの「前記のダミー原子間の距離と前記の(リガンド分子の)水素結合性ヘテロ原子間の距離比較することにより,生体高分子−リガンド分子間の水素結合様式及びリガンド分子の水素結合性部分の配座を同時に推定する第2工程」におけるリガンド分子についても,ここで問題となるのは,その水素結合性ヘテロ原子間の距離と「生体高分子−リガンド分子間の水素結合様式及びリガンド分子の水素結合性部分の配座」であり,この第2工程の段階においても,規定されているのはリガンド分子の水素結合性部分についてのみであり,リガンド分子の非水素結合性部分については何も規定していないということができる。したがって,この段階でも,リガンド分子全体が接続されていることが必ず必要であるとまでいうことはできない。本件特許発明の最良実施例においても,リガンド分子を水素結合性部分と非水素結合性部分に分離して(S15,ただし,この「分離」とは,水素結合性部分にのみ注目し,非水素結合性部分については,考慮しなくてよいと意味であり,非水素結合性部分を切り離すという意味ではないことは,前記のとおりである。),その後,水素結合性部分のみについて,配座を順次発生させ,水素結合性ヘテロ原子の原子間距離を算出し,「生体高分子−リガンド分子間の水素結合様式及びリガンド分子の水素結合性部分の配座を同時に推定する」(構成要件B)ことは,上記のとおりである。
        本件特許発明の構成要件Cは,「リガンド分子の全原子の座標を生体高分子の座標系に置き換える」ものであるから,この第3工程の最終段階については,リガンド分子全体が接続されていることが必ず必要となることが明らかである。
    (4)ロ号方法の概要と本件特許発明との対比
      ロ号物件目録中の争いがない部分及び弁論の全趣旨によれば,ロ号方法は,次のとおりのものである。
      (ア)構成要件Aに対応するロ号方法の工程
        (a)ベース・フラグメントの選択
          ロ号物件では,まず初めに,リガンド分子全体を,ベース・フラグメントとその他の複数のフラグメントに分割する。ベース・フラグメントの分割に当たっては,水素結合・塩橋・疎水相互作用等の相互作用を考慮する。水素結合・塩橋のウエイトを疎水性相互作用の100倍以上とすることにより,水素結合・塩橋に関与する原子をより多く含む部分が優先的にベース・フラグメントとして選ばれる(ロ号物件目録2)。
        (b) ベース・フラグメントの配置
          生体高分子中の相互作用可能な各原子につき,数十の点により近似的に表現される相互作用面を設定する。ここでいう相互作用面とは,相互作用の相手となる原子が存在することの可能な領域を経験的に推定したもので,生体高分子中の相互作用可能な原子からの距離と角度の条件により定義される球面・錐面・部分錐面等の様々なタイプからなる。相互作用面には,水素結合・塩橋・疎水性相互作用の種類がある(同3(1)(i))。
        (c)生体高分子中の相互作用可能な原子につきそれぞれ設定される相互作用面を構成する前記各数十の点(単に「生体高分子側相互作用点」ともいう。)すべてを含むすべての2点の組合せの表が作成される。この表は,すべての2点の距離を計算してその計算値によって整理された表(ハッシュ表)である。この表を利用することにより,特定の原子間距離を持つ生体高分子側相互作用点の組合せをすべて直接選び出すことが可能になる(同3(1)(iii))。
        (d)ベース・フラグメント中の相互作用可能な全原子を選択し,ベース・フラグメントの可能な配座を列挙する(同3(1)(iiiの2))。
          (この点については争いがある。Yは,この記載は削除すべきである,仮に,複数の配座のベースフラグメントを列挙する旨をロ号物件目録に記載する必要があれば,「ベース・フラグメントの配置」の工程ではなく,それに先立つ「ベース・フラグメントの選択」の工程に,「30個以下の配座を持つ4個までのベースフラグメントのセットが選択される。」旨を追加すべきである,と主張する(原判決6頁9行〜13行)。しかし,ロ号物件目録3(1)(iv)(争いがない部分である。)記載のとおり,ロ号方法においては,「選択された各ベース・フラグメントの各配座,及び,ベース・フラグメント中の相互作用可能な三つの原子の各組合せについて,前記組合せ表(ハッシュ表)を利用して等しい原子間距離を持つ生体高分子側相互作用点の組合せを探索する」のであるから,「等しい原子間距離を持つ生体高分子側相互作用点の組合せを探索する」前に,「選択された各ベース・フラグメントの各配座,及び,ベース・フラグメント中の相互作用可能な三つの原子の各組合せ」を網羅していることは明らかである。Yの上記の指摘も,配座の個数とベース・フラグメントの個数の最大値を明記すべきであるとの主張であり,同目録3(1)(iiiの2)の記載内容自体を争うものではない,と解することができる。そして,配座の個数の最大値の設定等は,本件特許発明との対比において必要な事項と解することもできないから,これを目録中に記載する必要はない。そうである以上,本件においては,X1,X2の主張のとおり,上記のようにロ号方法を認定するのが相当である。)
      (イ)構成要件Aとロ号方法との対比
        (a)ロ号方法は,生体高分子中の相互作用可能な各原子につき,数十の生体高分子側相互作用点により近似的に表現される相互作用面を設定するものであり,この相互作用の主要なものは,水素結合であるから,ロ号方法の相互作用面上の数十の生体高分子側相互作用点は,構成要件Aの「生体高分子中の水素結合性官能基の水素結合の相手となり得るヘテロ原子の位置に設定したダミー原子」に相当する。
        (b)ロ号方法では,生体高分子側相互作用点のすべてを含むすべての2点の距離を計算してその計算値によって整理されたハッシュ表が作成され,この表により,特定の原子間距離を持つ生体高分子側相互作用点の組合せをすべて選び出すことが可能になる。ロ号方法では,ベース・フラグメント中の相互作用可能な全原子を選択し,ベース・フラグメントの可能な配座を列挙する(なお,配座の数の最大値を30個以下とすることは前記のとおりである。)。ロ号方法では,これにより,後述のとおり,ベース・フラグメント中の相互作用可能な三つの原子の各組合せについて,これと等しい原子間距離を持つ生体高分子側相互作用点の組合せを探索することが行われるのであるから,その探索の前に,生体高分子相互作用点とベース・フラグメント中の相互作用可能な三つの原子の各組合せを網羅しているものということができる。したがって,ロ号方法は,「ダミー原子とリガンド分子中の水素結合性ヘテロ原子との対応づけを組合せ的に網羅することにより,生体高分子−リガンド分子間の水素結合様式を網羅する第1工程」との構成を具備しているものと認められる。
        (c)Yは,本件特許発明の「ダミー原子」は,生体高分子中の各水素結合性官能基の各水素結合可能領域につき1個ずつ設定されるものであるから,ロ号方法の数十の生体高分子側相互作用点は「ダミー原子」には該当しない,と主張する。しかし,本件特許発明の「ダミー原子」についての同主張を採用し得ないことは前記のとおりである。ロ号方法における数十の生体高分子側相互作用点は,正に「生体高分子中の水素結合性官能基の水素結合の相手となり得るヘテロ原子の位置に設定した」ものであり,これを「ダミー原子」ではないとする理由はない。この点と関連して,数十の生体高分子側相互作用点をダミー原子とすることにより,その後の計算がどの程度繁雑となり,全体の探索時間にどのような影響を与えるのか,あるいは,「ダミー原子」を1個とする本件特許発明の最良実施例のものと比べ,これを数十とするロ号方法が探索の精度において優れているのか等について,当事者双方が種々の議論を試みている。しかし,これらの議論は,ロ号方法のものを本件特許発明の最良実施例と比較した議論にすぎないものであり,ロ号方法が本件特許発明の技術的範囲に属するかどうかについて,直ちに影響を与えるべきものではないこと,及び,本件特許発明の最良実施例のものと比べても,顕著な作用効果の差異等を認めることができないことは,前記のとおりである。
        (d)Yは,本件特許発明にいう「リガンド分子」は,リガンド分子全体を意味するものと解釈すべきである,と主張する。しかし,本件特許発明の第1工程及び第2工程において,リガンド分子について規定しているのは,その水素結合性部分のみについてであり,これらの工程においては,リガンド分子の非水素結合性部分については規定しておらず,リガンド分子全体が接続されていることが必ず必要であるとまでいうことができないことは,上記のとおりである。ロ号方法においては,リガンド分子全体を,ベース・フラグメントとその他の複数のフラグメントに分割すること,ベース・フラグメントの分割に当たっては,水素結合・塩橋のウエイトを疎水性相互作用の100倍以上とすることにより,水素結合等に関与する原子をより多く含む部分が優先的にベース・フラグメントとして選ばれることは,上記のとおりである。したがって,この水素結合等に関与する原子を多く含むベース・フラグメントの相互作用可能な原子は,構成要件Aの「リガンド分子中の水素結合性ヘテロ原子」に相当するものであるということができる。
        (e)Yは,本件特許発明は,「生体高分子−リガンド分子間相互作用」のうち,水素結合のみを考慮することを特徴とする,と主張する。しかし,本件特許発明は,生体高分子とリガンド分子との水素結合を考慮するものであればよく,ロ号方法においても,上記のとおり,ベース・フラグメントを選択するに当たって,水素結合・塩橋に関与する原子を,疎水性相互作用に関与する原子の100倍以上のウエイトをもって,優先的に選択し,生体高分子とベース・フラグメントとの水素結合を考慮するものであるから,水素結合以外に,疎水性相互作用をも考慮するものであるとしても,これは,水素結合に着目した本件特許発明の方法に,疎水性相互作用を利用した方法も付加するにすぎないものであるというべきである。したがって,ロ号方法が疎水性相互作用をも利用しているからといって,そのことを理由に本件特許発明の技術的範囲に属しないと解することはできない。
          Yは,乙第11号証の図8を指摘して,疎水性相互作用の重要性を強調する。しかし,ロ号方法においては,上記のとおり,ベース・フラグメントを選択するに当たって,水素結合に関与する原子を,疎水性相互作用に関与する原子の100倍以上のウエイトをもって,優先的に選択しているのである。ロ号方法における疎水相互作用の重要性を強調するYの主張は採用し得ない。
      (ウ)構成要件Bに対応するロ号方法の工程
        (a)ロ号方法においては,選択された各ベース・フラグメントの各配座,及び,ベース・フラグメント中の相互作用可能な三つの原子の各組合せについて,ハッシュ表を利用して,等しい原子間距離を持つ生体高分子側相互作用点の組合せを探索する。
        (b)上記工程により取り出された三つの生体高分子側相互作用点について,いわゆるベクトル・テストが行われる。ベクトル・テストでは,ベース・フラグメント中の相互作用可能な原子が生体高分子側相互作用点上に位置するだけでなく,生体高分子中の相互作用可能な原子がベース・フラグメント中の相互作用可能な原子につき設定される相互作用面上に位置することを確認する。
        (c)上記の工程で得られたベース・フラグメントの生体高分子に対する配置を,その類似性によりグループ分けし,各グループごとに,すべての配置についての情報を総合して,そのグループを代表する配置を得る。
      (エ)構成要件Bとロ号方法との対比
        (a)ロ号方法では,上記のとおり,選択された各ベース・フラグメントの各配座,及び,ベース・フラグメント中の相互作用可能な三つの原子の各組合せについて,ハッシュ表等を利用して,これと等しい原子間距離を持つ生体高分子側相互作用点の組合せを探索するものであるから,構成要件Bの「前記のダミー原子間の距離と前記の水素結合性ヘテロ原子間の距離を比較することにより,生体高分子−リガンド分子間の水素結合様式及びリガンド分子の水素結合性部分の配座を同時に推定する第2工程」との構成を具備するものと認められる。
        (b)Yは,本件特許発明では,「ダミー原子間の距離と水素結合性ヘテロ原子間の距離とを比較する」(第2工程)ことのみによって,リガンド分子中の生体高分子への配置を推定することとし,他の要素の考慮を排除するものである,と主張する。確かに,ロ号方法では,上記のとおり,ベクトル・テストを行っている。しかし,同方法が,選択された各ベース・フラグメントの各配座,及び,ベース・フラグメント中の相互作用可能な三つの原子の各組合せについて,ハッシュ表も利用して,これと等しい原子間距離を持つ生体高分子側相互作用点の組合せを探索しているものである以上,その後に,ベクトル・テストを行っているとしても,これは,本件特許発明の方法にベクトル・テストを付加したにすぎないものと解するのが相当である。上記ベクトル・テストの付加により,ロ号方法が本件特許発明の利用発明として別の特許の対象となることがあり得るとしても,このような付加によってロ号方法が本件特許発明の技術的範囲に属しなくなる,と解すべき理由はないのである。
        (c)Yは,本件特許発明では「生体高分子−リガンド分子間の水素結合様式」(配置)と「リガンド分子の水素結合性部分の配座」とが「同時に推定」されるのに対し,ロ号方法では,配座は距離の比較の前に選択される,と主張する。
          本件特許発明の構成要件Bは,「生体高分子−リガンド分子間の水素結合様式及びリガンド分子の水素結合性部分の配座を同時に推定する」ものである。
          ロ号方法においても,選択された各ベース・フラグメントの各配座,及び,ベース・フラグメント中の相互作用可能な三つの原子の各組合せについて,ハッシュ表等を利用して,これと等しい原子間距離を持つ生体高分子側相互作用点の組合せが探索されるのであるから,ベース・フラグメントについて,生体高分子の相互作用点の距離と等しい原子間距離を持つものが探索され,その後ベクトル・テストも経て,真の解が得られたと判断された時点において,当該ベース・フラグメントの配置と配座が同時に推定されているのである。ロ号方法において,MIMUMBA Libraryというデータベースに基づいて,ベース・フラグメントの配座が選択され,その後に,ハッシュ表等も用いて両者の距離の比較がなされるとしても,両者が等しい原子間距離を持つと判断され,ベクトル・テストを経た時点において,それに対応するベース・フラグメントの配置と配座が同時に推定されていることに変わりはない。MIMUMBA Libraryによるベース・フラグメントの配座の選択は,距離の比較の前になされるものであり,本件特許発明の最良実施例でいう,リガンド分子の配座の入力(S11)に相当するものであり,構成要件Bの「配座を・・・推定する」こととは異なるものである。
        (d)Yは,本件特許発明は,構成要件Aで,生体高分子中の水素結合性領域におけるダミー原子と,リガンド分子中の水素結合性ヘテロ原子との対応付けを組合せ的に網羅し,その後に,構成要件Bで,ダミー原子間の距離と水素結合性ヘテロ原子間の距離との比較を行うことが必須要件とされている,これに対し,ロ号方法では,あらかじめ生体高分子側相互作用点2点間の距離計算を行いハッシュ表を作成するため,組合せのDOループをセットする前に,距離の比較を開始しているのであり,このようにして距離の比較をする前に組合せを網羅することはしていないし,組合せを網羅した後に距離の比較を行うという工程も採用していない,と主張する。
          しかし,ロ号方法では,生体高分子側相互作用点のすべてを含む2点間距離を整理したハッシュ表を作成して,また,ベース・フラグメント中の相互作用可能な全原子を選択し,ベース・フラグメントの可能な配座を列挙し,その後,生体高分子側相互作用点の距離の組合せと等しいものが,選択された各ベース・フラグメントの各配座,及び,ベース・フラグメント中の相互作用可能な三つの原子の各組合せにあるかどうかを,ハッシュ表も利用して,探索するものであるから,本件特許発明の「ダミー原子」に相当する生体高分子側相互作用点の組合せと,リガンド分子の「水素結合性ヘテロ原子」に相当する,ベース・フラグメントの相互作用可能な全原子との組合せを網羅して(第1工程),その後に各組合せごとに「ダミー原子」間の距離と水素結合性ヘテロ原子間の距離とを比較する」(第2工程)ものであるということができる。すなわち,ロ号方法では,生体高分子側相互作用点間の距離の組合せと等しい原子間距離の組合せを持つベース・フラグメントの相互作用可能な原子の組合せを,距離を比較して探索するものである以上,その前に各組合せを対応付けして網羅し,その後,対比するという作業がなされていることは当然だからである(もっとも,本件特許発明の最良実施例においては,前記のとおり,ダミー原子とリガンド分子の水素結合性ヘテロ原子の可能な組合せをすべて選択した(S12)後に,各ダミー原子間の距離を算出し(S14),リガンド分子の水素結合性ヘテロ原子の原子間距離を算出しており(S18),ロ号方法のハッシュ表の作成時期はこの点で本件特許発明の最良実施例とは異なるものである。しかし,本件特許発明の構成要件A及び構成要件Bにおいては,「・・・ダミー原子とリガンド分子の水素結合性ヘテロ原子との対応づけを組合せ的に網羅する・・・第1工程」と「前記のダミー原子間の距離と前記の水素結合性ヘテロ原子間の距離を比較することにより,生体高分子−リガンド分子の水素結合様式及びリガンド分子の水素結合性部分の配座を同時に推定する第2工程」とが要件として規定されているのであり,前記各距離の算出を,第1工程の「組合せ的に網羅する」の前に行うか,後に行うかについては,特に規定していない,と解すべきである。)。ロ号方法におけるハッシュ表は,生体高分子側相互作用点のすべての2点の組合せを網羅して,各2点間の距離を計算して整理した表にすぎず,ハッシュ表を作成するだけで,生体高分子側の二つの相互作用点の間の距離と,リガンド分子側のベース・フラグメントの二つの相互作用可能な原子の間の距離との比較を行っているということはできないのである。
        (e)Yは,構成要件Bの「リガンド分子」についても,リガンド分子全体と解すべきであると主張する。しかし,構成要件Bの「リガンド分子」についても,構成要件Aの「リガンド分子」について述べたのと同じ理由により,「リガンド分子」の水素結合性部分についてのみ規定しているものと解すべきである。
      (オ)構成要件Cに対応するロ号方法の工程
        (a)ロ号方法においては,前記工程により取り出された三つの生体高分子側相互作用点と,ベース・フラグメント中の水素結合等の相互作用可能な三つの原子の対応関係に基づいて,ベース・フラグメントを生体高分子の結合ポケットにはめ込み,ベース・フラグメントの生体高分子の座標系への変換を行う。上記の変換は,対応付けされた生体高分子側相互作用点とベース・フラグメント中の相互作用可能な原子の各々が最も近づくように最小二乗法計算によって行う(同3(1)(viii))。
        (b)ベース・フラグメントと他のフラグメントとの間がどのようにつながるか(つなぐ順番と各フラグメント間の距離及び角度)は,元のリガンド分子の構造における値がそのままデータとして保持されて用いられる(同上)。
        (c)ベース・フラグメント中の相互作用可能な三つの原子の別の組合せ,又は選択された別のベース・フラグメント若しくは別の配座がある場合には,上記手順を繰り返す(同3(1)(ix))。
        (d)他のフラグメントの接続
          @以上の工程で取り出されたベース・フラグメントの配置に対し,残りの複数のフラグメントから,元のリガンド構造中でベース・フラグメントの隣にあるものを一つ選び,経験的に低いエネルギー値をとる構造から抽出した「環構造」や「回転可能角の組」が入っているデータベースを使用して,ベース・フラグメントと当該フラグメントの間の距離と角度は元のリガンド分子の構造中での値のとおりに保ちながら,生体高分子との相互作用(水素結合,疎水相互作用,又は塩橋)を考慮しながらはめ込んでいく。このときに変化させ得る自由度は,はめ込みをされる部分とはめ込む隣のフラグメントとの結合についてのねじれ回転角だけである(同4(1))。
          A上記@の工程でのはめ込みの際に,ベース・フラグメントにはめ込まれるフラグメントの生体高分子の座標系への変換を行う(同4(2))。
          B上記@の工程で得られたベース・フラグメントとフラグメントの配置を,配置の類似性によりグループ分けし,各グループごとに,すべての配置についての情報を総合して,そのグループを代表する配置を得る(同4(3))。
          C上記Bの工程で得られたベース・フラグメントと他のフラグメントの各配置に対し,元のリガンド構造中で隣にあるフラグメントの一つを残りのフラグメントから選び,上記@ないしBと同様の工程を行うことを繰り返す(同4(4))。
      (カ)構成要件Cとロ号方法との対比
        (a)ロ号方法では,上記のとおり,生体高分子側相互作用点の距離の組合せと等しいものが,選択された各ベース・フラグメントの各配座,及び,ベース・フラグメント中の相互作用可能な三つの原子の各組合せにあるかどうかを,ハッシュ表も利用して,探索した後に,同ベース・フラグメントの生体高分子の座標系への変換を行い,その後,残りの複数のフラグメントから,元のリガンド分子の構造中でベース・フラグメントの隣にあったものを一つ選び,経験的に低いエネルギー値をとる構造から抽出した「環構造」や「回転可能角の組」が入っているデータベースを使用して,ベース・フラグメントと当該フラグメントとの間の距離と角度は元のリガンド分子の構造中での値のとおりに保ちながら,生体高分子との相互作用(水素結合,疎水相互作用,又は塩橋)を考慮しながらはめ込んでいき,そのはめ込みの際に,ベース・フラグメントにはめ込まれるフラグメントの生体高分子の座標系への変換を行うものであるから,結果としてリガンド分子全体の座標変換を行うものであり,構成要件Cの「第2工程で得られた水素結合様式と配座毎に,リガンド分子中の水素結合性ヘテロ原子とダミー原子との対応関係に基づいてリガンド分子の全原子の座標を生体高分子の座標系に置き換えることにより生体高分子−リガンド分子の複合体構造を得る第3工程」との構成を備えるものである。
        (b)ロ号方法においては,前記のとおり,三つの生体高分子側相互作用点とベース・フラグメントの相互作用可能な三つの原子の対応関係に基づいて,ベース・フラグメントを生体高分子の座標系に変換するものである。もっとも,この座標系変換は,フラグメント単位で行われているものである。しかし,本件特許発明の構成要件Cは,上記のとおり規定しているだけであり,第2工程で得られた水素結合様式と配座ごとに,リガンド分子の全原子の座標を生体高分子の座標に置き換えればよいのであるから,@リガンド分子の水素結合性部分と非水素結合性部分とを分離しないままで,水素結合性部分にのみ着目して第1及び第2工程を実施した後に,非水素結合性部分も含めてリガンド分子の全原子の座標を置き換え,その後,非水素結合性部分について最適の配座を選択していくとの最良実施例の方法が構成要件Cを充足することは当然として,それだけでなく,Aリガンド分子の水素結合等の相互作用可能な部分のみを当初から分離して,これについて第1及び第2工程を実施した後に,これを生体高分子の座標系に置き換え,その後,リガンド分子の水素結合性部分に隣接する非水素結合性部分について,これを水素結合性部分に接続し,生体高分子の座標系に置き換え,その後,隣接する非水素結合性部分に同様のステップを繰り返した後に,最終的にリガンド分子の全原子の座標を生体高分子の座標系に置き換えるとの方法も,構成要件Cを充足するものというべきである。
      (キ)構成要件Dとロ号方法との対比
        ロ号方法が構成要件Dの「を含む生体高分子−リガンド分子の安定複合体の構造を探索する方法」であることは,上に述べたところから明らかである。
      (ク)以上のとおりであるから,ロ号方法は,本件特許発明の構成要件AないしDの構成をすべて具備するものであり,本件特許発明の技術的範囲に属する,というべきである。
  4 争点3(ロ号物件による間接侵害の成否)について
    (1)ロ号物件は,「SYBYL」と称する分子モデリングシステム・ソフトウエアを記録した媒体であり,FlexX(ロ号方法を実施するためのソフトウエア)以外のソフトウエアも収録されている(ロ号物件目録前文)。
      ロ号物件の宣伝広告用パンフレットには,
      「SYBYLR/Baseは,分子設計に必要な様々なツールを含んでいます。
        ・構造構築,構造最適化,構造比較
        ・構造のグラフィックス表示,構造とデータの関連づけ
        ・注釈(文字や矢印)の表示,ハードコピー機能,印刷機能
        ・種々の力場の提供(適用分野:分子設計とグラフィックス表示)」
とSYBYLの機能が網羅的に記載され,その上で,FlexX等について,「FlexXTMとCSCORETMを共に用いてバーチャル(仮想的)・ハイ・スループット・スクリーニングを行うことにより,合成やスクリーニング実験に用いる化合物の順位付けを行うことができます。FlexXは高速かつ柔軟に複数のリガンドを活性部位にドッキングさせることができます。Cscoreは複数の種類の評価関数を用いて,蛋白質に結合したリガンドの親和性を総合評価します。」などの記載がある(乙第6号証)。
      上記のように,SYBYLは,分子設計に必要な様々なツールを含んでいるとはいえ,FlexXが,分子設計において極めて重要な中心的な役割を果たしているものであることは,これまでに認定してきたことから優に認められ,FlexXを使用せずに分子設計をすることがほとんど考え難いことであることは,上記に認定したロ号方法の内容,機能から明らかである。
      特許法101条2号の「その発明の実施にのみ使用する物」とは,その方法の発明に使用する以外の用途を有しない物との意味であり,「その発明の実施にのみ使用する物」との立証を覆すためには,その方法の発明に使用する以外の用途が抽象的にあることをいうだけでは足りず,その用途が社会通念上経済的,商業的ないしは実用的な用途であると認めるに足りるものであることを主張し立証することを要するというべきである。
      しかし,SYBYLについては,上記のとおり,FlexX以外のソフトウエアを備えているとしても,SYBYLを分子設計以外の用途に使用することが実際上は考えられず,分子設計における,FlexXの上記のような重要性の下で,FlexXを使用しない用途が社会通念上経済的,商業的ないしは実用的な用途であることを認めるに足りる証拠は,本件全証拠を検討しても見いだすことができない。
      以上からすれば,ロ号物件は,本件特許発明の技術的範囲に属するロ号方法の使用にのみ用いるものである,ということができる。
    (2)Yは,ロ号方法が,疎水性リガンドについて,疎水性相互作用のみを考慮して実施されることがあり,このようなドッキング計算(水素結合を考慮しない用途)は実用的な用途である,と主張する。
      しかし,ロ号方法では,水素結合・塩橋があれば,そのウエイトを疎水相互作用の100倍以上とすることにより,水素結合・塩橋に関与する原子を含む部分が優先的にベース・フラグメントとして選択されるものとされている(ロ号物件目録2)。また,リガンド分子として採り上げられる生体内の生理活性分子や薬あるいは薬の候補分子についての特許情報を収録したデータベース(MDDR)によれば,これらのうち水素結合を1個以下しか含まない化合物は全体(9万5000個)のうち,0.7%しかなく,そのほとんどすべてのものが水素結合を2個以上含むものである(弁論の全趣旨)。さらに,FlexXを使用して,疎水性相互作用のみを利用した安定複合体の探索ができるかどうかを確認し得る証拠はない。これらの状況の下では,FlexX(ロ号方法)を使用する場合において,疎水性相互作用のみを利用した安定複合体を探索するとの方法が,社会通念上,経済的,商業的ないしは実用的な用途であるとまでいうことはできず,FlexX(ロ号方法)は,相互作用として水素結合を含む安定複合体の探索方法にのみ使用されるものであるというべきである。
      Yは,X1,X2が主張するロ号物件目録3(iv)の「ベース・フラグメントには水素結合・塩橋に関与する原子をより多く含む部分が優先的に選ばれるので,三組のすべてが疎水性相互作用の性質をもつ場合は稀である。」との部分を否認する。上に認定したところからすれば,ロ号方法は,「三組のすべてが疎水性相互作用の性質をもつ場合は極めて稀である。」ものと認められる(X1,X2は,ロ号物件目録の上記部分について,当初,「極めて稀である」としていたのを,当審の最終段階において「稀である。」と訂正した。しかし,上に認定したところによれば,ロ号物件目録としては,「極めて稀である。」と記載するほうが,その表現として適切であるので,ロ号物件目録の上記表現をそのように訂正する。)。
  5 争点4(権利濫用の抗弁)について
    Yは,本件特許発明は,LUDIと同一の発明である,そうでないとしても,LUDIから容易に想到し得る発明である,と主張する。しかし,本件特許発明は,LUDIと同一であるとも,LUDIから容易に想到し得るものであるとも,いうことができない。
      (ア)乙5文献には,LUDIについて,次の記載がある。
        ・・・
      (イ)乙5文献の上記の記載から明らかなように,LUDIは,プログラムに内蔵したライブラリ中の数百の剛体の分子フラグメント(構造断片)をつなぎ合わせて,標的となるたんぱく質のポケットに水素結合等により結合し得る多様なリガンド分子の候補の構造を構築していく方法である。乙5文献のタイトルが,'A new method for de novo design of enzyme inhibitors'(「酵素阻害剤のde novo設計(新たな設計)のための新たな方法」)となっていることからも分かるように,LUDIは,ユーザーがリガンド分子を入力するのではなく,プログラムが結合ポケットに適合する分子フラグメント(構造断片)を順次組み合わせて,新たな分子構造を構築していく方法(構造自動構築法)であり,どんな構造のリガンド分子がプログラムから出力されるかは,当初からは知ることができないものである。したがって,LUDIには,本件特許発明が第1工程から扱っている「リガンド分子」,すなわち,生体高分子との安定複合体構造を探索するために,プログラムに入力される所与の「リガンド分子」という概念がない。このように本件特許発明にいう「リガンド分子」に相当するものがないLUDIが,本件特許発明における「生体高分子−リガンド分子の安定複合体の構造を探索する方法」(構成要件D)に該当することは,あり得ない。
      (ウ)乙5文献の上記の構成から明らかなように,LUDIにおいては,たんぱく質のポケットに適合し得る分子フラグメントは剛体であり,「600フラグメントのライブラリを用いて」ライブラリに入力されたままの配座でしか距離を比較しないのであるから,本件特許発明の構成要件Bの「リガンド分子の水素結合性部分の配座を同時に推定する」という構成を欠いている。
        LUDIには,上記・・・のとおり,「内部の柔軟性は一つのフラグメントについて幾つかの配座を含めておくことで扱える」との記載がある。しかし,分子フラグメントを剛体として扱っていることは,上記・・・に記載されたとおりであり,LUDIが行っているのは,入力した配座のままのフラグメントがどういう結合様式で安定して結合ポケットに入り得るかを検討する剛体ドッキングである。このことは,乙5文献の著者自身が,本件特許出願の1年半後の1994年10月に発表した論文に,「我々の検索では,分子ごとに単一の三次元配座を,プログラム・・・により生成して用いた。FCD中には,複数の回転可能な結合を持つために複数の配座を取りえる構造が多数存在する。単一の配座を用いるということが現在のアプローチの最大の制約であり,いくつかの重要なヒットを逃すことになるかもしれない。」(甲第32号証同訳文)と記載して,LUDIについて,単一の配座の分子フラグメント(剛体のもの)を使用する制約があったことを認めていることからも明らかである。LUDIは,本件明細書が解決すべき問題として挙げている,「はじめに与えた配座・・・でしかドッキング状態が検索できない」・・・という従来技術の問題点を解決できていなかったのである。
        これに対し,本件特許発明の構成要件Bの「生体高分子−リガンド分子間の水素結合様式及びリガンド分子の水素結合性部分の配座を同時に推定する第2工程」とは,配座の自由度があるリガンド分子について,任意の1配座に対応した1組の原子座標を入力するだけで,可能なすべての配座と結合様式で安定に結合ポケットにはまり得る可能性を自動的に検討し,水素結合性様式と配座を同時に推定するものであり(より具体的には,リガンド分子の水素結合性部分の配座を変化させながら,ダミー原子間の距離とリガンド分子の水素結合性ヘテロ原子間の距離を比較することにより,可能な水素結合様式とともに可能な配座を選択するものである),LUDIがこの構成を備えていないことは明らかである。また,LUDIの開発者の上記論文中の上記記載(甲第32号証)によれば,本件特許発明の出願時において,LUDIから本件特許発明に想到することが当業者にとって容易とはいえなかったことも明らかというべきである。
  6 以上のとおりであるから,X1の本訴請求は理由がある。そこで,X1の本訴請求を棄却した原判決を取り消し,X1の本訴請求(主位的請求)を認容することとし,第1,第2審における訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条61条を,仮執行の宣言について同法297条259条1項を適用して,主文のとおり判決する。」