京都地判平成9年5月15日(平成8年(ワ)第1898号)

1.判決
 請求棄却。

2.争点
(1)Y製剤は,本件特許発明の技術的範囲に含まれるか。
(2)Yが,Y製剤の製造承認を得るために本件特許権の存続期間中に各種試験等を実施した行為は本件特許権を侵害する違法行為か。
(3)存続期間が満了した本件特許権に基づき,Y製剤の販売の差止請求が可能か。
(4)不法行為の効果としてY製剤の販売の差止請求が可能か。

3.判断
「第三 当裁判所の判断
一 存続期間満了後の特許権に基づく差止請求の可否について(争点3)
  1 Xは,争点1及び2が肯定されることを前提に,Yが本件特許権の存続期間満了後にY製剤を販売する行為は,本件特許権の存続期間中にYがなした各種試験等の違法行為と一体の違法行為であるから,存続期間満了後もなお本件特許権に基づき,Y製剤の販売の差止が認められるべきであると主張するので,まず,この点(争点3)につき判断する。
  2 特許法100条1項は,「特許権者又は専用実施権者は,自己の特許権又は専用実施権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し,その侵害の停止又は予防を請求することができる。」と定めていることから,現に特許権又は専用実施権を有している者が,現にその権利を侵害され又は将来その権利を侵害されるおそれがある場合に,その侵害の停止又は予防を請求できるものと解せられる。これを本件についてみると,仮に,Yが本件特許権の存続期間中になした各種試験の実施等が本件特許権の侵害行為であり,かつ,Yがその成果に基づいて本件特許権の存続期間満了後にY製剤の販売を行うものであるとしても,本件特許権は存続期間の満了により既に消滅しているから,Y製剤の販売により,本件特許権が現に侵害され又は将来侵害されるおそれがあるということはできない。
    また,特許法67条が特許権の存続期間を一定期間に限った趣旨は,特許権の付与によって発明者の利益を保護することにより発明の保護・奨励を図り産業技術の向上に資するとともに,特許権という独占的かつ排他的支配権の付与による第三者の営業活動上の制限ないし不利益及び発明の実施の促進による産業の発達に寄与するという目的との調和を図ったものであると考えられる。そして,特許法67条2項,67条の267条の3は,医薬品等の特許権については,その製造承認等の手続の特殊性に鑑み5年を限度として存続期間の延長を認めているところ,右条項以外に特許権の存続期間の延長を認める規定は存在せず,右条項が昭和62年法律第27号により創設されたものであることに照らせば,特許法は,医薬品等の特許権についても,右条項の限度を超えてはその存続を認めない趣旨と解するのが相当である。
    しかるに,特許権の存続期間が終了してもなおその特許権に基づき差止請求権を行使できるとするならば,特許権の効力の存続を認め,特許権の存続期間を延長することと同様の結果をもたらすことになるところ,このような結果は,前記のように特許権の存続期間が法定され,延長期間も限定されている趣旨に反することになる。
    以上のように,特許権に基づく差止請求を定めた特許法100条1項の文言並びに特許権の存続期間及び延長期間の趣旨に照らせば,存続期間の満了した特許権に基づく差止請求を認めることはできないといわざるを得ない。
  3 Xは,Xが求めているのは,本件特許権の存続期間中のYの侵害行為の成果としてのY製剤の販売の差止のみであり,特許期間の延長を求めているものではないと主張する。しかし,特許法100条に定める差止請求権は,特許権によって発明者の利益を保護するための最も直截的かつ効果的な手段であって,特許権に付与された主要な効力の一つであることに照らせば,特許権の存続期間満了後に差止請求を認めるとすれば,特許権の存続期間及び延長制度の趣旨に反することは明らかであるから,右主張は採用できない。
    また,Xは,Yは本件特許権の存続期間中の違法行為の成果を得ようとするものであるから,右違法行為がなかったとすれば,現在あるであろう姿に戻すという限度において,いわば特許期間満了後の特許権の余後効力として,差止請求権を有すると主張する。しかし,Xが主張するような特許権の余後効力を認めることができる法的根拠はないばかりか,このような余後効力を認めるならば,結局,特許権の存続期間や延長期間の趣旨に反することになることは前記と同様であるから,採用することはできない。
    Xは,特許権の存続期間満了後に後発医薬品の製造・販売の準備を始めた場合には,その製造承認を得るために少なくとも2年6か月を要するから,その期間中は,Xが本件特許権に係る医薬品の製造・販売について市場を独占できる利益を有するとし,その独占的利益の侵害を防止するために侵害行為のなかった状態に戻すことを特許権の効力として認めるべきであるとも主張する。しかし,特許法が特許権の存続期間を法定している趣旨からすれば,特許権の存続期間満了後における経済的利益まで保護するものであるとは解せられない。また,確かに,薬事法の規制上,医薬品の製造承認を得るには一定の期間を要することとなっているものの,それは薬事法所定の目的を達成するための行政上の必要性に由来するものに過ぎず,先発の医薬品の製造・販売業者の利益を図るためものではないのであるから,薬事法による医薬品の製造承認上の規制により,結果的に,特許権の存続期間の満了後においても,一定期間,後発医薬品の製造・販売が開始されないことになり,先発の医薬品の製造・販売業者が事実上市場を独占できるという利益を享受することがあるとしても,それは,薬事法の規制に伴う事実上の反射的利益に過ぎない。したがって,これをもって,特許権に存続期間満了後も差止請求を認める根拠とすることはできない。
    さらに,Xは,Yは本件特許期間中に秘密裡に準備行為を行ってきたのであるから,本件特許権の存続期間が満了したことを理由に差止請求権が認められないとYが主張することは,クリーンハンドの原則や信義則に照らして許されないと主張するが,本件特許権の存続期間の満了後は,Xは差止請求権を有しないから,Xの右主張は失当である。
    Xが,指摘するその他の事由及び外国の裁判例を考慮しても,以上に述べたところに照らせば,特許法その他わが国の法制上,既に消滅した特許権に基づき差止請求を認めるべき根拠は見い出せない。
  4 右のとおり,存続期間満了後の特許権に基づく差止請求は認めることはできず,したがって,仮に争点1及び2が肯定され,Y製剤の販売が,本件特許権の存続期間中になされた侵害行為の成果に基づくものであるとしても,Xの本件特許権に基づく差止請求は理由がない。
二 不法行為の効果としての差止請求の可否について(争点4)
  1 次に,不法行為の効果としてY製剤の販売の差止請求が認められるか否かについて検討する。
    仮に不法行為の効果として,その差止請求を認めうる場合があるとしても,それは被害者の現存する権利又は法的利益が現に侵害され又はその侵害が間近に迫っている場合に限られるものと解するのが相当である。しかるに,Xが主張する権利侵害の内容は本件特許権の侵害であるところ,本件特許権は存続期間の満了により既に消滅しているから,Y製剤の販売により,本件特許権が侵害され又はその侵害が間近に迫っているということはできず,本件特許権の侵害による不法行為の効果としての差止請求を認めることはできない。
  2 Xは,本件特許権の存続期間の満了後2年6か月間は市場を独占できる利益を有し,Y製剤の販売によりこの利益が侵害されると主張するが,Xの主張するこの利益が,事実上の利益に過ぎないことは前記一3で述べたとおりであって,法的に保護された又は保護すべき利益であると解することはできない。したがって,右利益の侵害を理由として,YのY製剤の販売行為が不法行為に該当するということはできない。
    その他のXの主張をもってしても,Y製剤の販売によって,Xの現存する権利又は法的利益が,現に侵害され又はその侵害が間近に迫っているものということはできない。
  3 したがって,争点1及び2が肯定されるか否かにかかわらず,不法行為の効果としての差止を求めるXの請求も理由がないというほかはない。
三 以上の次第であり,Xの請求はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。」