最高裁平成一一年一〇月二二日第二小法廷判決(平成九年(オ)四三四号、平成九年(オ)四三五号損害賠償請求事件)
【要旨】
障害基礎年金及び障害厚生年金の受給権者が不法行為により死亡した場合には、その相続人は、加害者に対し、被害者の得べかりし右各障害年金額を逸失利益として請求することができる。
【事実】
Aは、Bの過失に基づく医療事故により死亡した。Aの遺族Xらが、Bの使用者Yに対して、民法七一五条一項に基づき、Aが生存していたら受けられたはずの国民年金法に基づく障害基礎年金及び厚生年金保険法に基づく障害厚生年金相当額等の賠償を請求した事案である。
なお、亡Bは、本件事故当時、第一級障害者として、国民年金法に基づく障害基礎年金として年間一三二万四八〇〇円(うち二人の子の加給分各二〇万九一〇〇円、合計四一万八二〇〇円)、厚生年金保険法に基づく障害厚生年金として年間一二〇万〇九〇〇円(うち妻の加給分二〇万九一〇〇円)の合計年間二五二万五七〇〇円の障害年金を受給していた。
Xらの本件事故当時における生計は、右障害年金により維持されていた。しかし、亡Bは、本件事故により死亡したため、右障害年金の受給権を喪失した。
また、Xらのうち、亡Aの妻は、Aの死亡により、国民年金法に基づく遺族基礎年金として年間一一四万三五〇〇円、厚生年金保険法に基づく遺族厚生年金として年間五九万五一〇〇円の合計年間一七三万八六〇〇円を受給している(以下、併せて「遺族年金」という。なお、その後、受給額は改定されている。)。支給を受けることが確定した遺族年金の額は、原審口頭弁論終結の日の属する月分まで合計で七一四万一七一三円である。
原審は、次のとおり判断して、加給分を含めて亡Aの受給していた障害年金の逸失利益性を肯定した。国民年金法に基づいて支給される障害基礎年金も厚生年金保険法に基づいて支給される障害厚生年金も、当該受給権者に対して損失補償ないし生活保障をすることを目的とするとともに、その者の収入に生計を依存している家族に対する関係においても同一の機能を営むものと解されるから、不法行為により死亡した者は、得べかりし障害年金を逸失利益として同額の損害賠償請求権を取得し、その相続人は、加害者に対してその賠償を請求することができるものと解される。したがって、亡Aの相続人である一審原告らは、亡Aの得べかりし障害年金相当額の損害賠償請求権を相続により取得し、一審被告に対してその賠償を請求することができる。そして、亡Aは、本件事故当時、日常生活のほとんどの面で介助を必要とする状態にあり、将来においてもその改善は困難であったが、その外の同人の身体的、精神的状況を総合すると、亡Aが同年齢の健康な平均的男子より特に短命であるとは認められず、亡Aは、本件事故により死亡しなければ、平均余命ま、障害年金を受給することのできたがい然性が高いものと認められる。さらに、障害基礎年金受給額のうち子の加給分については、その子が一八歳に達した日以後の最初の三月三一日が終了するまで(国民年金法三三条の二第三項六号本文)、また、障害厚生年金受給額のうち妻の加給分については、妻が六五歳に達した月まで(厚生年金保険法五〇条の二第三項、四四条四項四号)、それぞれ加算して支給されるから、これらも亡Aの得べかりし障害年金に含まれる。
これに対し、Yが次のように主張して上告したのが本件である。障害年金と従来判例において逸失利益性が肯定されてきた老齢年金等とは、その趣旨・目的等を異にするものである上、障害年金については、国民年金法及び厚生年金保険法上、受給権者の障害の程度の変更により、その額が改定され、又は支給を停止するものとされているから、障害年金はその存続が確実であるということはできず、その受給権の喪失を損害と認めることはできない。少なくとも、子の加給分については、国民年金法上、子が一八歳に達すること以外にも、死亡、婚姻、養子縁組等の事由があるときは加算されなくなり、妻の加給分については、厚生年金保険法上、妻が六五歳に達すること以外にも、死亡、離婚等の事由があるときは加算されなくなるから、子及び妻の加給分は存続が不確実であって、その受給権の喪失を損害と認めることはできない、
【判旨】
「国民年金法に基づく障害基礎年金も厚生年金保険法に基づく障害厚生年金も、原則として、保険料を納付している被保険者が所定の障害等級に該当する障害の状態になったときに支給されるものであって(国民年金法三〇条以下、八七条以下、厚生年金保険法四七条以下、八一条以下参照)、程度の差はあるものの、いずれも保険料が拠出されたことに基づく給付としての性格を有している。したがって、障害年金を受給していた者が不法行為により死亡した場合には、その相続人は、加害者に対し、障害年金の受給権者が生存していれば受給することができたと認められる障害年金の現在額を同人の損害として、その賠償を求めることができるものと解するのが相当である。」
「子及び妻の加給分については」、「基本となる障害年金と同列に論ずることはできない。すなわち、国民年金法三三条の二に基づく子の加給分及び厚生年金保険法五〇条の二に基づく配偶者の加給分は、いずれも受給権者によって生計を維持している者がある場合にその生活保障のために基本となる障害年金に加算されるものであって、受給権者と一定の関係がある者の存否により支給の有無が決まるという意味において、拠出された保険料とのけん連関係があるものとはいえず、社会保障的性格の強い給付である。加えて、右各加給分については、国民年金法及び厚生年金保険法の規定上、子の婚姻、養子縁組、配偶者の離婚など、本人の意思により決定し得る事由により加算の終了することが予定されていて、基本となる障害年金自体と同じ程度にその存続が確実なものということもできない。これらの点にかんがみると、右各加給分については、年金としての逸失利益性を認めるのは相当でないというべきである」。
損害額について「国民年金法及び厚生年金保険法に基づく障害年金の受給権者が不法行為により死亡した場合において、その相続人のうちに、障害年金の受給権者の死亡を原因として遺族年金の受給権を取得した者があるときは、遺族年金の支給を受けるべき者につき、支給を受けることが確定した遺族年金の額の限度で、その者が加害者に対して賠償を求め得る損害額からこれを控除すべきものと解するのが相当である」。そして、「この場合において、右のように遺族年金をもって損益相殺的な調整を図ることのできる損害は、財産的損害のうちの逸失利益に限られるものであって、支給を受けることが確定した遺族年金の額がこれを上回る場合であっても、当該超過分を他の財産的損害や精神的損害との関係で控除することはできないというべきである」。
【評釈】
私見は判示に反対である。
要するに、本件判示は、遺族は加害者に対し、障害年金の受給権者が生存していれば受給することができたと認められる障害年金について、賠償を求めることができるというものである。
将来得べかりし年金の損害算入については、平成五年に退職年金(すなわち老齢年金)について最高裁の判決が出ており(最判平成五年三月二四日民集四七巻四号三〇三九頁)、これがリーディングケースとなっている。この平成五年判決では、次のように判示されている。
退職年金を受給していた者が不法行為によって死亡した場合には、相続人は、加害者に対し、退職年金の受給者が生存していればその平均余命期間に受給することができた退職年金の現在額を同人の損害としてその賠償を求めることができる。この場合において、右の相続人のうちに、退職年金の受給権者の死亡を原因として、遺族年金の受給権を取得した者があるときは、遺族年金の額の限度で、その者が加害者に対して賠償を求め得る損害額からこれを控除すべきものであるが、いまだ支給を受けることが確定していない遺族年金の額についてまで損害額から控除することを要しないと解するのが相当である。
すなわち、本件判示は、平成五年判決を踏襲したものといえるであろう(なお、平成五年判決には反対意見がある)。
本件判示は、障害年金を損害に算入する理由づけとして、障害年金は「保険料を納付している被保険者が所定の障害等級に該当する障害の状態になったときに支給されるものであって」、「程度の差はあるものの、いずれも保険料が拠出されたことに基づく給付としての性格を有している」と述べている。しかしながら、保険料負担者が誰かということが、給付を損害賠償において算入するか否かという問題に結びつく理由はない。障害年金であってもいわゆる「サラリーマンの配偶者たる専業主婦(夫)」など保険料を拠出していない受給権者もある。また、私保険を考えると、障害年金に近い性格のものにいわゆる障害保険があるが、保険料負担者と保険金受取人とが異なる場合もあるし、同じ場合もあるのであるのである。したがって、本件における最高裁の理由づけは、その根拠が薄弱である。
続いて、本件の論点についての筆者の見解を説明しよう。
本件で論点となっている生存を条件として支給される老齢年金や障害年金などのような生存給付の損害算入について、筆者の見解は、リーディングケースである平成五年判決の判例研究等で示したとおりである(文末参照)。要するに、筆者の見解は、障害年金のような生存給付は損害の算定において算入されないというものである。その概要を示すと次のとおりである。
まず、人身損害の算定について考えるために、「逸失賃金」について検討しよう。人身損害賠償について、逸失賃金自体を損害と考える立場では、被害者と被害者の雇用者との契約関係にもとづく賃金(請求権)の損失を損害としているのであり、加害者とは無関係の契約関係を損害賠償の基準とするのは当然であるということになる。しかし、人身損害も物損と基本的には同一であり、物損の場合の損害賠償額がその物の市場価格によって決定されるように、人身損害についても損害は労働市場における市場価格で決定される。その意味で、賃金を損害賠償額算定の基礎にしているにすぎないのである。
たとえば、ある物が毀損された場合、その物が市場で売買されているときは、市場におけるその物の価格が損害額と算定されることになる。その物がほとんど市場で売買されていないが、市場において賃貸されている場合、市場における賃料等から、例えば次のように損害額が算定されることになる。その物が市場において年六万円で賃貸されており、その物の維持費が年一万円とすると、その物は年五万円の利益を生むことになる。そして、その物を今後二〇年の期間にわたって賃貸できる場合には、その物は五万円×二〇年=一〇〇万円の価値があることになる(このほか、その物が年五万円の利益を生む場合、市場金利を年利五%とみて、その物には一〇〇万円の価値があるという算定方法もありえるであろう)。その物が毀損された場合、その物を金銭に換算した場合の損害額は一〇〇万円であり、被害者は一〇〇万円の損害賠償請求をしうることになる。決して、毎年五万円の損害が発生するわけではない。物が毀損された瞬間にその物という損害が発生するのであり、その損害の算定額が一〇〇万円なのである。
人身被害の算定も物損の場合と同様に考えることができる。たとえば、交通事故で腕を失った場合、腕そのものが損害である。そして、次のように損害額の算定をするのである。腕を失わなかった場合、年六〇〇万円の収入を得られたが、腕を失ったことにより、年三〇〇万円の収入しか得られなくなったとする。そして、今後二〇年間働くことができたとする。この場合、右腕という損害は、(六〇〇万円−三〇〇万円)×二〇年=六〇〇〇万円と算定される。決して、毎年三〇〇万円の損害が発生するわけではなく、腕を失った瞬間に腕という損害が発生するのであり、その損害の算定額が六〇〇〇万円なのである。すなわち、逸失利益といわれてきたものは損害ではなく、損害額の算定における一つの指標にすぎない。
被害者死亡の場合でも同様である。生存給付の内容は保険者(保険会社又は政府等)と被保険者との間で決定される。被保険者の年収に関係なく高額の生命保険に加入することができるように、被保険者の年収に関係なく高額の生存(老齢・退職)給付がなされることがある。たとえば、稼働能力が皆無であったとしても、一億円の生存(老齢・退職)給付がされることもありえる。要するに、生存給付は被害者の生命の価値とは無関係である。したがって、生存給付は、被害者の生命という損害の算定の基礎とはなりえない。結局、実定法解釈としては、生命という損害の算定において生存給付は算入されないのである。
そして、稼働能力が皆無であったとしても、一億円の生存(老齢・退職)給付がされることもありえるとすれば、加害者とは無関係に給付される生存給付の内容が加害者の責任に影響を及ぼすはずがないし、及ぼすべきではないと筆者は判断する。
具体例として、次のような場合を考えてみよう。七〇歳まで生存したときには二〇〇〇万円が給付されるが、七〇歳前に死亡した場合にはいっさい給付はなされないという生存給付があったとする。AはYの不法行為によって七〇歳直前に死亡した。Aの遺族XはYにこの生存保険給付を受給できなかったことを損害として賠償請求することができるだろうか。Yの不法行為がなかったらAは二〇〇〇万円受け取ることができた、というのは言葉のトリックにすぎない。さらに、次のような仮定のもとで考えをすすめてみよう。実は、この生存給付の対象は、AのほかにBだけであった。この生存給付の予算は二〇〇〇万円であり、この予算のために、AとBとがそれぞれ(保険料又は税というかたちで)一〇〇〇万円の負担していたとする。さて、この場合、二〇〇〇万円の給付額というのは、どちらかが七〇歳前に死亡することをみこして設定していたことになる。そして、Bは七〇歳まで生存して二〇〇〇万円受け取ったとする。このような状況においては、「Yの不法行為がなかったらAは二〇〇〇万円受け取ることができた」という主張は誤っている。もしもYの不法行為がないとはじめからわかっていたならば、二〇〇〇万円の給付をするような設定などしないのである。すなわち、当初から、不法行為死亡をも考慮に入れ、不法行為死亡の場合にはまったく給付が得られないということを前提としたうえで、一人あたり一〇〇〇万円の負担に見合う一〇〇〇万円の給付の期待値がAにはあったのである。それ以上の利益をA(の遺族)に認める必要はない。さらに、想定を追加しよう。XはAの死亡により二〇〇〇万円の生命保険金を得ていたとする。この場合において、Xが生存給付を損害として請求できるとすれば、Xは死亡給付である生命保険と、生存給付分の損害賠償との二重取りになってしまい、これは明らかに過分な利得である。
結局、生存(保険)給付や死亡給付(生命保険)は、ある一定の事象の発生・不発生により配当の有無が決まるギャンブルであり、予想外の事態が発生したからといって、ギャンブルの損害の填補を他人に求めることはできないのである。要するに、死亡の原因を作出したものに生存給付額を要求するのは、競馬で落馬した騎手に勝馬配当額を請求するようなものなのである。
最後に、次の点を確認しておく必要がある。老齢年金、障害年金、遺族年金などの生存給付を損害として算定するとすれば、現在の社会保険制度では国民皆保険が実現しているのであるから、死亡時に三〇歳であっても二〇歳であっても、二歳であっても、胎児であっても、平均余命まで生存していたと仮定すれば、六五歳以降は少なくとも老齢基礎年金が支給されていたはずである。つまり、被害者が死亡した場合には常に老齢基礎年金等を損害として算定しなければならないのである。生存給付を損害賠償において損害額算定に算入するとすれば、それは人身損害算定方法の全面的な革新になるといってよいであろう。
なお、本件判示は、損害額について、被害者の死亡によって遺族が受給することとなった遺族年金受給額を「損益相殺的な調整」によって、財産的損害のうち逸失利益に限定して控除することを判示しているが、この判断は誤っている。被害者の死亡によって遺族が受給することとなった遺族年金受給額を控除するか否か、控除するとしてその控除の金額がいくらになるかということは、「損益相殺的な調整」によるものではなく、厚生年金保険法四〇条及び国民年金法二二条によって定められた保険代位によって定まるものである。これについては、平成五年判決の判例研究等ですでに述べたとおりである。
(参考)
本稿の判例は最高裁判所ホームページ http://www.courts.go.jp/ から参照しました。
本稿の評釈部分は、平成五年最高裁判決を対象とした判例研究「退職年金の逸失利益算定と遺族年金の控除」及び「損害の算定」、「生存保険給付の損害算入」を再構成したものです。また、この判決の後、平成一二年に遺族年金の損害算入について判決がありましたが、これについては、判例紹介遺族年金の損害算入(最判平成一二年一一月一四日)参照。