損害の算定

一、物損の算定

 物が毀損された場合、その物が市場で売買されているときは、市場におけるその物の価格が損害額と算定されることになる。
 その物がほとんど市場で売買されていないが、市場において賃貸されている場合、市場における賃料等から、例えば次のように損害額が算定されることになる。その物が市場において年六万円で賃貸されており、その物の維持費が年一万円とすると、その物は年五万円の利益を生むことになる。そして、その物を今後二〇年の期間にわたって賃貸できる場合には、その物は五万円×二〇年=一〇〇万円の価値があることになる(このほか、その物が年五万円の利益を生む場合、市場金利を年利五%とみて、その物には一〇〇万円の価値があるという算定方法もありえるであろう)。その物が毀損された場合、その物を金銭に換算した場合の損害額は一〇〇万円であり、被害者は一〇〇万円の損害賠償請求をしうることになる。決して、毎年五万円の損害が発生するわけではない。物が毀損された瞬間にその物という損害が発生するのであり、その損害の算定額が一〇〇万円なのである。
 また、毀損されたその物について、一〇万円をかけて修繕した場合には、年三万円で賃貸できるとすると、その修繕済の物は、(三万円−一万円)×二〇年=四〇万円の価値があることになる。修繕前の状態では、一〇万円かければ四〇万円の価値になるということを考えると、三〇万円の価値があることになる。もともと一〇〇万円の価値のある物が、三〇万円の価値になったのであるから、損害は七〇万円と算定されることになる。

二、人身被害の算定

 人身被害の算定も物損の場合と同様に考えることができる。交通事故で腕を失った場合、腕そのものが損害なのである。そして、次のように損害額の算定をするのである。腕を失わなかった場合、年六〇〇万円の収入を得られたが、腕を失ったことにより、年三〇〇万円の収入しか得られなくなったとする。そして、今後二〇年間働くことができたとする。この場合、右腕という損害は、(六〇〇万円−三〇〇万円)×二〇年=六〇〇〇万円と算定される。決して、毎年三〇〇万円の損害が発生するわけではなく、腕を失った瞬間に腕という損害が発生するのであり、その損害の算定額が六〇〇〇万円なのである。すなわち、逸失利益といわれてきたものは損害そのものではなく、損害額の算定における一つの指標にすぎない。
 なお、この腕を失った被害者が、一月後、再び事故にあって死亡したとしても、第一の事故の損害を再計算して減額する必要はない。腕を失った瞬間に腕という損害が発生するのであり、その損害の算定額が六〇〇〇万円であるからである。他方、この第二の事故における損害は、腕を失っている状態で三〇〇万円の年収が見込めたのであるから、その年収を維持するための生活費支出が年一〇〇万円かかったとすると、(三〇〇万円−一〇〇万円)×二〇年=四〇〇〇万円と算定される。第二の事故の損害の算定においては、第一の事故前の年収六〇〇万円ではなく、第一の事故後の年収三〇〇万円が指標となる。これは、すでに破損した時計の価格が、まったく故障や破損のない時計の価格よりも低く算定されるのと同じである。
 ところで、もともと年六〇〇万円の収入を得られた被害者が、腕を失ったとする。この腕を失った被害者は、毎年一〇万円の治療をすることによって、年三〇〇万円の収入が得られるとする。そして、今後二〇年間働くことができたとする。この場合、この右腕という損害は、(六〇〇万円−三〇〇万円+一〇万円)×二〇年=六二〇〇万円と算定される。このように、治療費もそれ自体損害ではなく、損害額の算定における一つの指標ととらえることができるのである。

三、担保権侵害の場合の損害算定

 いわゆる担保権侵害の場合の損害算定についても、ここで検討してみよう。担保権の対象となっている物が破損された場合、担保権者の損害額はどのように算定されるか。次のような算定方法が考えられる。その物が(担保権が付されていない状態で)市場で一〇〇万円で売買されていたとし、担保権を設定された状態で市場では七〇万円で売買されたであろうと予想されたとする。この場合には、物の所有者の損害が七〇万円、担保権者の損害は一〇〇万円−七〇万円=三〇万円と算定される。あるいは、その物が(担保権が付されていない状態で)市場で一〇〇万円で売買されていたとし、担保権設定者たる債務者の一〇〇万円の債務について、債務保証契約(あるいは破産損害保険契約)を充分に資力のある第三者と締結する場合、その第三者が三〇万円の保証料(あるいは保険料)をとるとすれば、担保権者の損害は三〇万円と算定されることになる。

*本稿に関連する判例として、判例研究「退職年金の逸失利益算定と遺族年金の控除」、判例紹介障害年金の損害算入(最判平成一一年一〇月二二日)遺族年金の損害算入(最判平成一二年一一月一四日)参照。また、事故の被害者が別の事故で死亡した場合のいわゆる「逸失利益」について、最高裁平成八年四月二五日第一小法廷判決(平成五年(オ)第五二七号損害賠償事件)、最高裁平成八年五月三一日判決(平成五年(オ)第一九五八号損害賠償事件)は、いわゆる「継続説」をとっており、本稿において述べたように筆者は判示に賛成である。他方、最高裁平成一一年一二月三〇日第一小法廷判決(平成一〇(オ)第五八三号損害賠償請求事件)では、事故の被害者が病気で死亡した場合の「介護費用」について、いわゆる「切断説」をとっている。この平成一一年判決については、筆者は判示に反対である。平成一一年判決においては、被害者は病気で死亡したのであるから、もともと余命が少なかったとして損害額を算定すればそれで説明できたものと思われる。

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